第27話:【第6便】あったかポトフ_2
「きた!」
嬉しいお知らせであるチャイムが鳴った瞬間、私は急いでオートロックの解除へ向かった。配達員の声を聞く前に、もう鍵を解除して自宅の玄関ドアの前に移動する。
躾けのなっていない犬のように、私はドアの隙間から今か今かと配達員を待った。
「あっ! こっちでーす!」
私は大きく手を振った。
配達員はかつく会釈をすると、いつもの箱を手渡してくれた。
「サインは不要です」
「わかりました、ありがとうございます」
配達員が背中を向けてすぐ、私は家の中へと戻る。
早く、今日のお届け品の中身を確認したいのだ。
「やった! 早く、早く!」
箱は思っていたより大きくて、両手で持つとずしりとその中身の重さが伝わる。
もしかしたら、前回のステーキよりも大物かもしれない。
「ちょっと重いな……でも、この重さがたまらないよね」
いつもの白いダンボール。角のラベルには太いフォントで、数字が並んでいた。
「00482181……うん、私だけの番号」
誰もいないのをいいことににんまりと笑って、足早にリビングへと向かう。
そして、リビングのテーブルに箱を置いた。
ハサミを持ってきて、テープの端をカットする。切り損ねた部分を引っ張ると、ピリッと乾いた音がして蓋にあたる部分が浮き上がった。
その中から、ふわっと冷たい空気がやんわりと広がる。
「わぁ……今回もきれいに詰めてある」
思わず声が出た。
一番上にはいつもの案内紙。それから、アンケート。
『今月お届けいたしましたのは『あったかポトフセット』でございます。』
また、今回も違う料理が載っている。
「ポトフ……いいねぇ。季節ぴったり」
私は目を細めて読みながら、口角を上げた。
案内紙とアンケートを端に置いて、両手を箱の中に入れる。
まず保冷材を取り出す。四隅にきっちり収まっていて、その冷気に晒された食材たちの外装には、薄く白い霜がところどころついていた。
食材は段ごとに仕切りがしてあり、種類ごとに分けられている。
「面白いね、立体パズルみたい」
一番上から確認するのも楽しいが、今日は一番下から見ていきたい、そんな気分だった。
仕切りごと取り外し、まずは下段からチェックする。
下段には、透明パウチに入ったカット野菜。
小ぶりのじゃがいもは大きくよっつ、にんじんは厚めの輪切り。玉ねぎは四等分だろうか、芯は残っている。セロリの緑が鮮やかで、葉の端がまだ瑞々しい。
これらかまとまって小分けにされていた。
「全部鍋に入れるだけで良いじゃん! これはラッキー……!」
指でラベルをなぞる。『国産』『加熱用』『下処理済』。
次に中段。
ここはスープが入っていた。透き通る淡い黄金色の液体。
量から見て、きっと濃縮スープだ。ラベルには『骨・香味野菜・食塩・白ワイン』
もうすでに美味しそうだ。素材に野菜が含まれているとはいえ、ここへ箱の中の野菜と肉類が入れば、たまらない出汁が採れるだろう。
想像しただけで、涎が溢れそうになる。
「ワイン入りだって。ちょっとリッチ」
光にかざしてみると、まるでべっこう飴みたいな透け方をしていて、思わず見入ってしまう。
最後に上段。
真空パック入りのお肉がなんとみっつ。厚みのあるブロック肉で、脂身と赤身の層がきれいに整っている。
「うわぁ……美味しそう」
自然と声が出た。
美味しそうなお肉、ただそれだけで重みも増す気がした。
「煮込んだら溶けそうなくらいに柔らかそう……」
食材を眺めているだけで、何なら少し満足してしまう。
それから、トッピング用なのかトウモロコシの粒。
彩りは完璧だ。
「あれ、これは何?」
隅の小さな布袋が目に入り、気になって取り出す。
『ハーブミックス』
「あ、なるほど!」
袋に直接書かれた、手書きの文字がゆるくて可愛いらしい。
紐を解くと、ローリエと黒胡椒、タイムの香りがふわっと広がった。
「専門店みたいな、そんな雰囲気する」
顔を近づけて、もう一度深呼吸する。少し粉っぽくて、それでも鼻の奥がすうっとした。
テーブルに全部を並べてみた。
野菜パック、肉、スープのパウチにトッピング、ハーブミックス。それから、いつも通りの案内紙とアンケート。
「……豪華だなぁ」
スマホで写真を一枚撮る。これはSNS用ではなく、ただ記録として。最近は、こうして料理前に並べるのが習慣になっている。
面白いことに、最近になってこの流れが習慣化してきたのだ。
記録する、ということは、私にとって何か意味があるらしい。
私は案内紙を再び手に取り『おすすめの調理方法』を目で追った。
「まずはお肉を茹でて、野菜を加えて、最後にスープ……うん、簡単そう」
声に出して読むと、何だかワクワクしてくる。
「さ、さっそくやりますか!」
そう言いながら、野菜をひとつずつパックごと冷蔵庫に入れる。お肉は下段、スープはドアポケット、ハーブ袋は小物トレイへ。
一旦定位置へ入れておくのだ。でないと、何を腐どこに置いたのかすぐに忘れてしまうし、キッチンもすべて置きっぱなしにできるほどの広さがない。
空になった箱を畳もうとしたとき、内側に印刷されたメッセージが目に入った。
『お手元に届いた瞬間から、今日のご飯は始まっています』
『どんな食材でも、美味しくいただきましょう』
『身に覚えはありませんか?』
「ふふ、いい言葉だなぁ」
上ふたつの文章は、素直に素敵だと思えた。
けれど、最後の一文はよくわからない。
前にも見た気がするが、会社のキャッチコピーか何かだろうか。
「そう言われると、ちょっと心が引き締まるよね、なんて」
少し照れたように笑って、箱を折り畳む。うまく切れなかった部分のテープの端が指先にくっついて、ぺたっぺたっと音を立てた。
料理を始める前に、テーブルを拭く。
「ポトフにはパンかなぁ」
――ふと、思い出す。昔、あの人と一緒に作ったポトフのこと。「味見ばっかしてる」と笑われて、じゃがいもをひとつ取られた。
結局、私もあの人も、味見と称してほとんど食べてしまったっけ。
あのときのスープの香り、湯気の白さ、それから、窓に映る二人分の影。
それから微かによぎる、赤い匂い。
「懐かしいな……」
今日のポトフも、あのときみたいに美味しくできるといい。




