表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
身に覚えはありませんか?  作者: 三嶋トウカ
夏:第1便~第3便

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/36

第26話:【第6便】あったかポトフ_1


 朝の空気は冷たかった。

 窓の外で、街路樹の葉がはらはらと落ちていく。風が吹くたび、ベランダに積もった葉がカラカラと音を立てて転がった。


「やだな。秋だ秋だって思っていたけど、もう冬、だよね」


 小さく呟いて、カーテンを開ける。白い光が部屋に流れ込む。いつもと同じ朝なのに、何となく胸の奥が弾んでいる気がした。

 それもそのはず。

 今日は、届く日だ。


 カレンダーの金曜日に、赤い丸をつけたのは先週。

 思えば、先月の特選ステーキを食べ終えてから、毎日少しだけそわそわしていた。

 届くものは毎回違うけれど、どれもパッキングから下ごしらえまで丁寧に行われていて、見た目も味も完璧だった。

 無機質な箱を開ける瞬間のわくわくが、今では日常のご褒美になっている。


「今日は何だろうなぁ。寒くなってきちゃったから、あったかいものがいいなぁ」


 自分の声が部屋に響く。

 その音が、窓ガラスに当たって跳ね返り、静かな部屋の中でゆっくり消えた。


 朝食はいつも通りだった。

 パンをトースターに入れて、焼ける匂いが広がる間にコーヒーを淹れる。

 ポコポコと湧く音が、部屋の中に独特の香りとともにあたたかさを運んでくる。


「もう一枚、焼こうかな」


 誰もいないが、まるで誰かに確認するように話す。

 以前はこうやって、あの人と話をしながら朝食も作っていたっけ。

 それはもう、手放してしまったけれど。懐かしい感覚だけはまだ、心の奥に残っている。

 トーストにバターを塗る。広げるたびに、表面がきらきら光る。ただの油さえ、考え方によっては日常の彩りとなる。

 マグカップを両手で包んで、ひと口。

 苦いけれど、いつものほっとする味。安心感がある。


 何気なくテレビをつけると、朝のニュースが流れていた。


「明日は関東でも初雪の可能性があります。防寒具を用意……」


 キャスターの声を聞きながら、私はリビングの窓から空を見た。

 確かに、空の色が薄黒くなっている。


「雪、降るかなぁ」


 外の景色を横目に、パンをちぎって口に運ぶ。


 テーブルの端には、今まで記入したアンケートが重ねて置いてある。

 そろそろ半年になるから、今までの結果を急に見たくなったのだ。

 たった一回懸賞に当たっただけなのに、毎月美味しいものが届く。そこには幸せしかない。

 アンケートには、真面目に答えているつもりだ。少しでも参考になれば良いなと思うし、欲を言えばさらに良い品が届くきっかけになれば、とも思っている。


「検証に向いてる人っているよね。妙に運がいいって言うか。……もしかして、私?」


 なんて、変な妄想をしながら食器をシンクに運んだ。


 食器を洗いながら、手の中に残るお湯の温度を感じる。

 そうだ、寒くてもうお湯を使ってしまった。無意識に、水とお湯を切り替えていた。

 まだまだ月を数えて秋だと思っていても、身体も世間も「もう冬だよ」と言っている気がした。


 テレビでは、どこかの建設現場のニュースをやっている。

 画面は見ない。音だけが耳に入る。


『遺構から古い骨が見つかり――』

「あぁ、骨」

『依然行方不明になった男性の――』


 そこからまた、何か言っていたような気がするが、スポンジをすすぐ音でよく聞こえなかった。


 あとは、いつも通りに身支度をして、いつも通りに家を出る。

 手には、薄手のコート。まだまだ先だと思っていたのに、もう使うときが来るなんて。

 それ以外、いつも通りの電車に乗って、いつも通り会社に着いた。


「ねぇ、今月は何が届くの?」


 同僚に声をかけられる。

 彼女も、私の家に届くご馳走が、気になっているらしい。


「わかんない!」


 私はそう言って笑った。


「あ、そうだったね」


 彼女もそう言って笑う。

 何が届くかわからない点すら、この懸賞では美味しさのスパイスになる。


「また写真見せてよ」

「もちろん!」

「急に寒くなったから、鍋のセットとか最高じゃない?」

「それ私も思った! もつ鍋も良いし、水炊きにすき焼きとか? ちゃんことかしゃぶしゃぶも良いなぁって」


 私はお届け品に思いを馳せる。

 今まで外れはひとつもなかった。だから、今回も外れるわけがない。


「絶対私、定時で帰るからね?」

「はいはい。わかってるよ」


 今日は、この検証が届く日は、残業なんてしたくない。

 私は高らかにそう宣言して、定時のチャイムが鳴った後すぐ、颯爽と自席を立った。


「……うわー……やっぱり、暗くなると一気に寒くなるね」


 一人ごちる。薄手でも、コートを持ってきたのは正解だった。ブルブルと肩を震わせて、私は縮こまって帰り道を歩く。

 急に寒くなったことが憂鬱でも、それ以上気にすることはない。

 だって、それ以上に楽しいことが、この後待っているのだから。


「たっだいまー!」


 誰もいない部屋への挨拶。中は暖かく、外との温度差を強調された気がした。

 すぐに部屋着に着替えて、お風呂のお湯を張った。

 美味しい物を食べた後に、今日はせかせかとしたくない。そんな気分だったから。


「今日はちゃんと受け取れそう!」


 配達員さんには、いつも感謝している。

 毎回美味しいものを届けてくれるから、感謝のひとつでも言わなければ、罰が当たりそうだ。


「今日は何かなぁ」


 鼻歌を歌いながら、空気の入れ替えのために窓を開ける。

 全ての窓を開け終えた後、インターフォンの鳴る音がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ