第26話:【第6便】あったかポトフ_1
朝の空気は冷たかった。
窓の外で、街路樹の葉がはらはらと落ちていく。風が吹くたび、ベランダに積もった葉がカラカラと音を立てて転がった。
「やだな。秋だ秋だって思っていたけど、もう冬、だよね」
小さく呟いて、カーテンを開ける。白い光が部屋に流れ込む。いつもと同じ朝なのに、何となく胸の奥が弾んでいる気がした。
それもそのはず。
今日は、届く日だ。
カレンダーの金曜日に、赤い丸をつけたのは先週。
思えば、先月の特選ステーキを食べ終えてから、毎日少しだけそわそわしていた。
届くものは毎回違うけれど、どれもパッキングから下ごしらえまで丁寧に行われていて、見た目も味も完璧だった。
無機質な箱を開ける瞬間のわくわくが、今では日常のご褒美になっている。
「今日は何だろうなぁ。寒くなってきちゃったから、あったかいものがいいなぁ」
自分の声が部屋に響く。
その音が、窓ガラスに当たって跳ね返り、静かな部屋の中でゆっくり消えた。
朝食はいつも通りだった。
パンをトースターに入れて、焼ける匂いが広がる間にコーヒーを淹れる。
ポコポコと湧く音が、部屋の中に独特の香りとともにあたたかさを運んでくる。
「もう一枚、焼こうかな」
誰もいないが、まるで誰かに確認するように話す。
以前はこうやって、あの人と話をしながら朝食も作っていたっけ。
それはもう、手放してしまったけれど。懐かしい感覚だけはまだ、心の奥に残っている。
トーストにバターを塗る。広げるたびに、表面がきらきら光る。ただの油さえ、考え方によっては日常の彩りとなる。
マグカップを両手で包んで、ひと口。
苦いけれど、いつものほっとする味。安心感がある。
何気なくテレビをつけると、朝のニュースが流れていた。
「明日は関東でも初雪の可能性があります。防寒具を用意……」
キャスターの声を聞きながら、私はリビングの窓から空を見た。
確かに、空の色が薄黒くなっている。
「雪、降るかなぁ」
外の景色を横目に、パンをちぎって口に運ぶ。
テーブルの端には、今まで記入したアンケートが重ねて置いてある。
そろそろ半年になるから、今までの結果を急に見たくなったのだ。
たった一回懸賞に当たっただけなのに、毎月美味しいものが届く。そこには幸せしかない。
アンケートには、真面目に答えているつもりだ。少しでも参考になれば良いなと思うし、欲を言えばさらに良い品が届くきっかけになれば、とも思っている。
「検証に向いてる人っているよね。妙に運がいいって言うか。……もしかして、私?」
なんて、変な妄想をしながら食器をシンクに運んだ。
食器を洗いながら、手の中に残るお湯の温度を感じる。
そうだ、寒くてもうお湯を使ってしまった。無意識に、水とお湯を切り替えていた。
まだまだ月を数えて秋だと思っていても、身体も世間も「もう冬だよ」と言っている気がした。
テレビでは、どこかの建設現場のニュースをやっている。
画面は見ない。音だけが耳に入る。
『遺構から古い骨が見つかり――』
「あぁ、骨」
『依然行方不明になった男性の――』
そこからまた、何か言っていたような気がするが、スポンジをすすぐ音でよく聞こえなかった。
あとは、いつも通りに身支度をして、いつも通りに家を出る。
手には、薄手のコート。まだまだ先だと思っていたのに、もう使うときが来るなんて。
それ以外、いつも通りの電車に乗って、いつも通り会社に着いた。
「ねぇ、今月は何が届くの?」
同僚に声をかけられる。
彼女も、私の家に届くご馳走が、気になっているらしい。
「わかんない!」
私はそう言って笑った。
「あ、そうだったね」
彼女もそう言って笑う。
何が届くかわからない点すら、この懸賞では美味しさのスパイスになる。
「また写真見せてよ」
「もちろん!」
「急に寒くなったから、鍋のセットとか最高じゃない?」
「それ私も思った! もつ鍋も良いし、水炊きにすき焼きとか? ちゃんことかしゃぶしゃぶも良いなぁって」
私はお届け品に思いを馳せる。
今まで外れはひとつもなかった。だから、今回も外れるわけがない。
「絶対私、定時で帰るからね?」
「はいはい。わかってるよ」
今日は、この検証が届く日は、残業なんてしたくない。
私は高らかにそう宣言して、定時のチャイムが鳴った後すぐ、颯爽と自席を立った。
「……うわー……やっぱり、暗くなると一気に寒くなるね」
一人ごちる。薄手でも、コートを持ってきたのは正解だった。ブルブルと肩を震わせて、私は縮こまって帰り道を歩く。
急に寒くなったことが憂鬱でも、それ以上気にすることはない。
だって、それ以上に楽しいことが、この後待っているのだから。
「たっだいまー!」
誰もいない部屋への挨拶。中は暖かく、外との温度差を強調された気がした。
すぐに部屋着に着替えて、お風呂のお湯を張った。
美味しい物を食べた後に、今日はせかせかとしたくない。そんな気分だったから。
「今日はちゃんと受け取れそう!」
配達員さんには、いつも感謝している。
毎回美味しいものを届けてくれるから、感謝のひとつでも言わなければ、罰が当たりそうだ。
「今日は何かなぁ」
鼻歌を歌いながら、空気の入れ替えのために窓を開ける。
全ての窓を開け終えた後、インターフォンの鳴る音がした。




