第22話:【第5便】特選ステーキ五種盛り_2
寝室から戻ると、部屋の中の空気がほんの少し変わっていた。
冷蔵庫の低い音と、開けっ放しの段ボールから漂う冷気が混ざって、冬の朝みたいな匂いがする。
私はそのまま、仲の緩衝材をべりべりと剥がした。白いもやが手に当たる。ひんやりとした空気に、改めて気持ちが緩む。
「……わぁ、めちゃボリューミーじゃん」
思わず声が出る。中には透明なパックがきっちりぴっちりと並んでいた。
期待に胸を膨らませ、私は中身を丁寧に取り出し、テーブルに置いた。
上段には五枚の肉、下段におまけのカットステーキのパック。間に仕切りの銀紙。パックごとにラベルが貼られている。どれも光沢のある白地に金文字。
サーロイン、ヒレ、モモ、カタ、ハラミ。
最後に「特選カットステーキ」と書かれた小ぶりのパックがひとつ。
「うわ、ほんとに五種類も入ってる……! すごいすごいすごい!」
声が弾む。
一番手前のサーロインを持ち上げる。パックの表面がひんやりして、掌に水滴がついた。
透明なフィルムの下で、肉の赤が深く光る。脂身のラインが均一で、美しい霜降り。
「何これ、高級肉! って感じ……」
角度を変えると、光が筋の間でゆらりと反射する。手で軽く押すと、弾力が指先を押し返した。
次はヒレ。細長く、淡い紅色。サーロインよりも血の気が少なくて、全体が落ち着いた桜色をしている。
「柔らかそう……」
私はそっとフィルムを撫でる。中の肉がわずかに動いた気がして、笑ってしまった。
「冷えてるせいか、ついピクッてなるね」
モモは筋がしっかりしていて、繊維が真っすぐ。焼いたら噛みごたえがありそうだ。歯触りを想像する。
「これはガーリックバターでいこうかな」
声に出すと、料理番組のナレーションみたいで楽しくなる。モモは逆に丸みがあって、中心の筋がわずかに白く浮き上がっていた。
「なんか、肩の関節っぽい形してる。……モモなのに?」
そう言ってから、急に自分で可笑しくなり笑った。私は一体、何を言っているのだろう。
カタ肉は、引き締まった肉質に見えるが、程よく脂身も見える。温かみのある、赤ピンク色が綺麗だ。
ハラミは、他と比べて色が濃い。赤黒く、でもどこか艶っぽい。表面が少し波打っていて、まるで呼吸しているように見える。
「一番香ばしく焼けそう」
私は鼻を近づけてみた。微かに鉄のような匂いがしたが、肉の匂いだと思って気にしなかった。
最後に、おまけのカットステーキ。
よく見ると、ひと口サイズの肉が透明なトレーに並んでいた。部位ごとに色も肉質も少しずつ違って、まるでグラデーションみたいだ。
表面に薄黄色の脂が厚めについている部位もあり「脂も楽しんでほしい」をいう意図を感じた。
このパックだけで、二百グラムはある。
「これ、試食ってことかな。豪華だよね、嬉しい」
パックの裏に貼られたラベルには、小さな文字でこう書かれている。
『こちらのおまけは、全ての味を一度にお楽しみいただけます。じっくり火を通すことをお勧めしますが、焼きすぎにご注意ください』
「気が利いてるなぁ」
思わず感心する。
箱の底には、黒い瓶と小袋が並んでいた。瓶には『赤ワイン&バターソース』、袋には『ローズマリー&ガーリックオイル』と書かれている。
四角いサイコロ状の脂身も、みっつ入っていた。肉を焼く前に、これで油を引くのだろう。
さらに、小さな岩塩ミルと焼き石の袋。手サイズの黒い石が入っていて、説明書には『加熱して肉の余熱を保つプレートです』とある。
「わ、これもしかして、再利用できる?」
声が弾む。まるでお店みたいだ。
これはもう、懸賞当選品というレベルじゃない。お取り寄せ品だ。しかも、高級店の。
リーフレットを広げると、上品な書体で『特選ステーキ五種盛りお召し上がり方』と書かれていた。
***
・サーロイン:塩胡椒でシンプルに。脂の甘みを感じてください。
・ヒレ:赤ワインソースで上品に。焼きすぎ注意。
・モモ:バターとニンニクでしっかり。肉本来の力強さを。
・カタ:低温でゆっくり火を通し、旨味を閉じ込めます。
・ハラミ:強火で香ばしく。最後にローズマリーを添えて。
***
読むだけでお腹が鳴った。紙の端を指でなぞると、送り主の拘りと温もりを感じる。
全部をテーブルに綺麗に並べ、私は少し離れて眺めた。照明の下で、肉の赤と脂の白が穏やかに光る。ラベルの金色が反射して、目に楽しい模様を作っていた。
「わぁ、まるで宝石箱みたい」
まさに、その言葉がぴったりだった。
私はスマホを手に取り、いくつか写真を撮った。
ラベルのアップ、全体の並び、瓶とソース。
投稿しようか迷ったけれど、まだ早い気がしてアルバムに保存だけした。これから焼くのだ。お披露目は、その後でも遅くはない。
「今日はどれ焼こうかな……」
小さく呟いて、冷蔵庫の温度を確認する。中に手を入れると、冷気の中から微かに温かさが返ってきた。さっきまで、冷気に触れていたせいかもしれない。
けれど、触れた瞬間に手のひらの脈が震えたような気がして、私は少しだけ眉を上げた。
「ん? 静電気?」
もう次の瞬間には、その震えは止まっていた。気にはなったが、パックを一枚ずつ並べ直した。
その時、パックの端から小さな音がした。ぴち、と薄い膜が弾けるような音。私は首を傾げて、耳を澄ます。今度は何も聞こえない。
温度差に肉が鳴ったか、私の気のせいだろう。
リビングの時計は十九時半を過ぎていた。
「よし、焼こう」
私はエプロンを掛け、グリルの前に立った。
――肉の赤が照明を反射して、一瞬だけ、生き物の目みたいに光った。




