27話 エンネルーベ・智香・シャントスは救われる
「私はコレくらいしかできないから……」
こんなことをしなくとも、魔界戦衣がなくなった状態で信一郎の目の前にいればいい。だが、それだと信一郎が智香を殺したことになってしまう。
信一郎に罪を負わせるワケにはいかない。
死ぬなら智香自身の手で行わねばならなかった。
「紅葉お姉ちゃんも沙世お姉ちゃんも……ものすごく怒ってるだろうな」
最初はこんなことをするつもりはなかった。信一郎を助けて魔界に帰って終わり。それだけだった。解決するのだから死ぬつもりなど全くなかった。
だが、智香は人間界に留まることとなり、信一郎がどんな人物か知ってしまった。自分がどんな人物を殺したのか理解してしまった。さらに湊や妙有まで巻き込んでしまい、被害を拡大させてしまった。
こうなれば嫌でも智香は実感してしまう。
エンネルーベ家の罪は――やはり自身が背負うべき罪なのだと。
「ごめん紅葉お姉ちゃん、沙世お姉ちゃん。お姉ちゃん達はいつも私を庇ってくれるけど、これ以上はダメだよ」
智香は信一郎を殺してしまった。
智香が信一郎を殺したから沙世にエクスディカテリアという苦労をさせてしまった。
智香が信一郎を殺したから紅葉に負担を強いることになってしまった。
智香が信一郎を殺したから湊と妙有にまで危険が迫ってしまった。
「責任は私が……取らなきゃ」
どんなに姉達が庇ってくれようとも、全て智香のせいで起こってしまった事実は変わらない。
ならば、死をいう形でスジを通すべきだろう。そうすることでしか智香は償えないのだから。
「外崎君……」
智香は信一郎を前に申し訳ないとばかりに俯く。
「転校初日にあんな酷いこと言ってごめんなさい。外崎君は魔界を統治できる立派な凄い男子だよ。胸をはって、これからもみんなに愛される外崎君でいてください」
やっと謝罪できた。智香はホッと胸をなで下ろす。
「湊、妙有っち。私と友達になってくれてありがとう。転校初日に声をかけてくれたの、本当に嬉しかった。とってもとっても感謝してる。これからもそんな二人でいてね」
最高の友人に向けて智香はニコリと笑った。
「智香ッ!」
「やめて智香っち!」
まだ湊と妙有はその場から動けない。
智香の翼に集束している紫の光を眺めることしかできなかった。
「さようなら」
魔界戦衣がなくなり衣服が元に戻る。
瞬間、智香は魔界砲を自身に発射した――はずだった。
「やめないかあああああああああああああああああッ!」
撃った魔界砲が掻き消えたのだ。信一郎が叫んだせいだった。
信一郎は佐々木場の時にやったあのムチャクチャを、智香にもやったのだ。
「ふざけてんじゃないぞ智香君ッ!」
信一郎は智香に抱きついた。
「と、外崎君!?」
「君が言ってたことは真実だろう! そのまま受け取るべきだろう! 僕を殺したとか! 僕が魔王だとか! 過去を変えるだとか! 全部その通りなんだろう! 僕や湊や妙有に起きた危機は全て智香君のせいなんだろう! だが、それだけじゃない!」
智香に抱きつく信一郎の腕に力が入り、互いの心臓の鼓動が聞こえそうなくらい身体が密着する。
「智香君は僕らのために頑張ってくれた! 僕らを助けてくれたんだ!」
それはまるで、信一郎が智香を何処にも行かせないようにしているようだった。
「自らの命をかけて僕らを守ってくれた! 困難な敵に諦めず立ち向かってくれた! それも真実なんだ!」
信一郎の声と身体が震えている。
「そんな智香君を誰が非難する! 誰もできるワケがない! いるなら僕がさせない! 責めさせてやるものか! 大事な友人である智香君を非難するヤツは僕が絶対に許さない!」
「で、でも私は外崎君を――」
「殺したからなんだッ! 智香君は隕石から守ってくれたんだろ! 僕の命を救ってくれたんだろ! 今だってそうだ! それでいいじゃないか!」
「わ、私の罪はそんな程度で済むモノじゃ――」
「被害者である僕がいいと言っているんだッ! 気にする必要はないと言っているッ! 智香君が気に病む必要など何処にもないッ!」
信一郎は血塗れになっている智香の手を優しく掴むと、自分の手を添えた。
自身の手が血で汚れるなど全くお構いなしだ。冷たくなっている智香の手に、信一郎の体温がじんわりと伝わり暖かくなる。
「ここまでしてくれる君を責めるヤツは人間じゃない!」
「と、外崎君……」
つかえが取れたかのように、智香の目からブワッと大粒の涙が零れ落ちた。
「僕の器を舐めないでもらいたいね! 魔王であるとかいう僕も同じなはずだよ! 殺した人物が誰なのかという好奇心が働いても、怨みを晴らすだとか、断罪するだとか、そんなこと絶対に思わない! 智香君は悪でもなんでもない魅力的な女の子なんだ! そんな子に魔王の僕が危害を加えるものか! この僕が保証するよッ!」
「と……ざきくん……ううう……」
涙が止まらない。智香は「ありがとう」と信一郎に言いたいのに、泣いてるせいで感謝を言葉にできなかった。
「ううう……うわーん! うわーん!」
智香は叫ぶように泣き続ける。
信一郎はそんな智香を慰めるように、その頭を撫でた。
「僕には智香君への感謝しかない! 僕には智香君と出会えた嬉しさしかない! 僕には智香君が魅力的な女の子にしか見えない! 僕には智香君の優しさしか見えない! 僕には智香君が生まれてきてありがとうとしか思えない!」
「ふぐっ……「しかない」って……いっぱい言ってるから矛盾してるよ外崎君……」
まだ涙は止まらないが、信一郎の言ってることのせいだろう。ツッコミができるくらいには落ち着いてきた。
智香は目尻を拭って、感謝とばかりに信一郎の身体を愛おしく抱きしめる。
信一郎が言ってくれた全ては、智香の心に優しく響き刻まれた。
「……で、いつまで抱きついてるのよ?」
「お二人さんてば見せつけてくれるね」
動けるようになった湊と妙有がいつの間にかそばに来ている。
智香と信一郎の二人は同極の磁石のように慌てて離れた。
「と、智香君! ご、誤解しないでほしい! 僕は別に下心だとか、そういう意味でその――だ、だだだだ抱きついたワケじゃないから!」
「フフフ。うん、わかってるよ外崎君」
我に返った、というべきなのか、忙しく手を動かしながら弁明する信一郎を見て、智香は笑った。
「――ん? 智香、信一郎が平気になったの?」
「え? 平気って……」
そこまで言って智香は気がつく。
そうだ。今の自分は魔界戦衣を着ていない。信一郎に抱きつくなんかされたら、死んでしまうはずなのに。
「――ひうッ!?」
と、そんなことを思ってたら怖気がきた。
智香は飛び退くように信一郎から離れて、三メートル以上の距離を取った。
「ど、どうしてだろ? たしかにさっきまで問題なかったのに……」
平気になった、というワケではないようだ。信一郎の魔界力に当てられてしまう状況は変わっていない。
さっきまでの状況は一体何だったのだろう。
「……あ、わかったぞ智香君!」
何か閃いたのか、信一郎は手をポンと叩いた。
「息だ! さっきまでの僕は息を止めていた!」
「え? あんた息止めてたの?」
どうして息を止めたんだと、湊は信一郎にジト目を向ける。
「え? 熱くなったりとか、夢中になったりとか、そんな時は息が止まるものだろう?」
「いや、そんなのは信ちゃんだけじゃないかな」
妙有は呆れたように頷きながらツッコみをいれた。
「そうか! 僕の体臭は息を止めていれば消臭されるのか! これは人体の神秘だな!」
「あ、ゴメン。外崎君の体臭がキツいワケじゃなくてね……」
白状や謝罪はしたものの、まだ大雑把にしか説明できてないので、誤解はまだまだ残っている。
「ねえ智香。この人形なんだけど喋ってたわよね? 私の気のせいじゃないわよね?」
「……やべ。スイッチ切ったままだった」
転がっていたドスペラルドを湊は拾うと、それを智香は青ざめた表情をして受け取った。
「……今から私は無茶苦茶怒られるからさ。それが終わったら三人に私のことを詳しく説明するね」
智香は覚悟を決めてドスペラルドのスイッチを入れる。
その瞬間、山を割りそうな姉二人の怒号が響きわたった。




