26話 智香の償いかた
「魔王様は魔界力が制御できなくて、それを佐々木場に利用された。だから暴走を制御状態にもってけば問題解決。別に難しいことじゃねーわ」
だが、本当にそうならば沙世はすぐにこの方法を提示したはずだ。
「制御状態にもってくには、魔界戦衣で高まってる智香の魔界力をぜーんぶ魔王様に注げばいい。そうすることで、暴れ回ってる魔王様の魔界力を沈めんの。熱湯を水で薄めて飲める温度にする、ってのを想像してくれればわかりやしーと思うわ」
「……それってつまり」
智香は沙世がこの方法を黙っていた理由がわかった。
「そーよ智香。それをやるにはアンタが魔王様に数分間触れ続けなきゃなんねーの」
電撃に等しい今の信一郎に触れなければならない。ほんの少し触っただけでも激痛が走ったのに、沙世はその痛みに数分間(死んでも)耐えろと言った。
「で、これだけでもやべーんだけど、この方法はあくまで暴走爆発を阻止するだけの方法。元の魔王様はそのまんま……この意味わかる?」
「うん、わかる」
全てがうまくいって信一郎の暴走を止めたとしても、だ。
その直後、智香は魔界戦衣のなくなったノーマルな状態で信一郎を前にしてしまう。
つまり、智香は死んでしまう距離である信一郎の三メートル以内にいることになるのだ。
「ホントにわかってんのかっての! 智香は魔王様の魔界力に耐えられねーでしょうが! 私はアンタに死ねっつってんのよ!?」
散々激痛を味わった後に死ね。
沙世はこんなことを妹に言いたくなかったから躊躇っていたのだ。
「暴走爆発を止めた瞬間に離れればいいじゃん。三メートルくらい大丈夫だよ」
「時間が刹那すぎんのよ! 全然大丈夫じゃねーわ! どんだけ低確率だっての! 智香はまず間違い無く、暴走を止めた瞬間モロに魔王様の魔界力を浴びて終わりだっての!」
「そこはほら、お姉ちゃん言ってた気合いでさ」
「こんな時に冗談いってんじゃねーわよ!」
沙世の涙声が聞こえる。こんな方法しか提示できない自分に怒っているようだった。
「沙世ちゃん。これしか方法がないなら何を言っても智香ちゃんはやるよ。私達は信じてあげなきゃ」
「何言ってんの紅葉姉さん!」
紅葉も自分と同じだと思っていたからだろう。
智香を肯定する紅葉に沙世は驚いていた。
「私もね。自分が頑張れば智香ちゃんや沙世ちゃんを助けられるなら同じことをする。大事な人を守りたいって思いは止められないもん」
紅葉の声が僅かに震えている。智香の行動を認め覚悟を決めても、それと矛盾するように心配でたまらないのだ。
当然だ。大好きな妹が死ぬかもしれないのを手放しで喜べるワケがない。
「それは沙世ちゃんも同じでしょ?」
「それは――」
否定できず沙世は黙ってしまう。
「ね? だからさ。智香ちゃんとケンカしちゃダメ」
「……うん」
メッと、紅葉は沙世を慰める。
「死ぬつもりはないんでしょ智香ちゃん?」
「もちろんだよ。最悪、この場から外崎君を連れて飛んでけばいいんだし」
その場合、全身で信一郎の身体に触れることになるので、ヘタすると智香は消し炭だ。この
方法でも危険なのは変わらない。
「智香ちゃん。危なくなったらやめなきゃダメだからね。死ぬなんてお姉ちゃんは許しません。これだけは絶対だよ?」
紅葉は残酷な結果になるとわかっていても、念を押すように智香に確認する。
「私は最後まで足掻きたいってだけ。ありがとう紅葉お姉ちゃん」
「……死ぬんじゃなく、足掻くんだったら許してやんわよ。私だっていっぱい足掻いたかんね」
エクスディカテリアという凄まじい機械を作った沙世の言葉はなかなか重い。
ドスペラルドが智香のそばから離れる。
「いざとなったら私が行くからね智香ちゃん! 数秒くらいならきっと大丈夫だよ!」
「いや、一秒も大丈夫じゃねーけど。一秒未満でも姉さんがいたら次元崩壊だけど」
「じゃあ六十分の一秒でもいいから! 光の速さでも可よ!」
「私のキーボード操作速度を超えてんだよなー」
「えーん! 一フレームでも智香ちゃんに会えないよー」
さっきまでのやり取りが嘘のような明るい会話だ。いつもの泣いてる紅葉と、それに呆れる沙世の図が出来上がっていた。
「外崎君。もう少しだけ待っててね」
「智香……君……」
智香は信一郎のそばに前にやってくると、視線を合わせるように膝を曲げた。
「私が絶対に助けるから!」
智香は暴走した魔界力に弾かれるのも構わず、無理矢理信一郎の肩を掴んだ。
「あぐうッ!」
再び、電撃に手を突っ込んだに等しい痛みが智香の手に走る。
「あああああああああッ!」
「智香!」
「智香ちゃん!」
大事な妹が苦しみに声をあげている。尊重したとはいえ、そんな智香の声を聞けば沙世と紅葉の二人が狼狽えるのは仕方なかった。
「だい……じょうぶッ!」
魔界戦衣が次第に光の円へと変わり、元の衣服に戻っていくのと比例して、智香の手がズタズタになっていく。指先に血が滲み、それは鮮血となって信一郎の頬を汚した。
「と、智香君ッ!?」
「ごめん外崎君……顔汚しちゃった」
苦痛に顔を歪めても、智香は信一郎から手を離さない。
「情けない……僕は智香君になんてことをさせているんだ……」
「気にしないで。外崎君は被害者なんだから」
信一郎の全身で爆ぜている魔界力が少しずつ消えていく。智香の頑張りで暴走が止まりつつある証拠だ。
「……外崎君がこうなってるのって私のせいなんだ」
智香は“私達”でなく“私”と言った。
「私がここに来たからアイツ(佐々木場)に襲われたの。私が……この世界に来なければ外崎君は平穏無事に暮らせてたのに、私が外崎君の運命を……未来を変えてしまったからこんな目に合わせてしまった」
「……智香君?」
「隕石のこと覚えてる? あれって赤ちゃんの頃の私でね。外崎君を殺しちゃったの」
智香は信一郎に罪を白状するように言った。
「死んだ外崎君は私の住んでる魔界の王様になるんだよ。みんなから慕われる立派な魔王様でさ。この間、私を助けてくれたんだ」
「僕が……魔王?」
急に理解するには難しい内容で信一郎は困惑するが、智香は構わず続ける。
「魔王様は人間だった頃の自分を殺した犯人が誰なのか捜しててね。バレたら大変だから、私は過去を変えるため……外崎君を隕石落下から守るために綺砂倉町にやって来たの」
ブシュウ、と再び智香の手から鮮血が飛び散った。
「でも、そのせいで外崎君だけじゃなくて、湊と妙有っちまで危険な目にあった。私が魔王様に犯人であることを言わなかったから……巻き込んでしまった」
もうじき魔界戦衣が完全に元の衣服に戻るが、それに比例して信一郎の魔界力暴走も収まりつつある。もう爆発に湊と妙有が巻き込まれることはないだろう。信一郎もじきに動けるようになるはずだ。
「私、完全に疫病神だよ。だから私……消えなきゃいけない」
佐々木場が死んだことで刺客の憂いは消えた。信一郎が襲われる心配はなくなり、それは同時にエンネルーベ家の最大最悪の問題が解消されたことも意味している。
これなら後は――智香が自身に始末をつけるだけだ。
「消える? どういうことよ智香?」
「何言ってるの智香っち?」
智香が何を言ったのか湊と妙有にも聞こえている。
「智香ちゃん?」
「智香――あんたまさか!」
もちろん紅葉と沙世にも聞こえている。
「ごめん。私、お姉ちゃん達に嘘ついちゃった」
智香は慌てて飛んで来たドスペラルドを片手で掴むと、そのままスイッチを切った。
これで沙世から邪魔されることはない。やがて魔界戦衣は消えてしまうが、その役割はほぼ終わっている。問題なかった。
「償い方は……コレしかないよね」
智香は翼に魔界砲を撃つための魔界力を集約させた。
その魔界砲を撃つ翼の先端は――智香自身に向いている。




