23話 絶体絶命の智香と信一郎
「消え去れぇぇぇぇぇい!」
佐々木場の両手から魔界砲が智香へ放たれた。決壊したダムのように、絶望的な力の激流が智香を飲み込もうとやってくる。
その激流に怯まず、智香は二センチの刃を勢いよく振り下ろした。
「うわわわわわわわッ!?」
「よっしゃぁッ! よくやった智香ッ!」
その刃は魔界砲をあっさりと裂いた。それは熱したナイフで裂かれたバターのようで、魔界砲は智香の両脇を通り過ぎた後、すぐに霧散していく。
智香は感嘆の声を上げる。
「す、凄い! コレ凄いよ沙世お姉ちゃん!」
命を捨てる覚悟で刃を振り下ろした智香だったが、まさか魔界振動刃(二センチ)がここまでとは思わなかった。
「ば、バカなッ!? エンネルーベの妹にこんな力があるだと!?」
佐々木場は魔界砲で片がつくと踏んでいたのだろう。まさか裂かれるとは思っていなかったようで面食らっていた。
「わ、私の魔界砲が……」
――今の佐々木場は致命的な隙を晒している。これなら即座に魔界振動刃で佐々木場に攻撃できる。
「よぉぉしッ! このまま佐々木場の懐まで走って行って――」
「行くなっての」
勢いよく飛びだそうとした時、ドスペラルドから無感情な沙世の声がした。
「な、なんでよ!? せっかくの大チャンスなのに!」
「指。指見て、指」
「指?」
智香は「何でだよ」と思いながら自分の指を見ると――灯っていた反撃の炎が瞬時に消えた。
「な、なんで刃がッ!?」
何故か魔界振動刃が消えている。起死回生の武器がいつの間にか無くなっていたのだ。
これでは佐々木場に攻撃どころか抵抗もできない。
「魔界砲と相殺したみてーだわ……」
ものすごく狼狽えてる智香に沙世は告げる。
「しかもその相殺で魔界戦衣がオーバーヒートしてる……佐々木場の魔界砲は一発でそれだけの威力があったっつーことね……」
「ど、どういうこと!?」
意味はわからないが、嫌な予感はする。
「ざっぱに説明するなら、全力疾走して疲れてる状態にされてんのよ。見た目だけはどーにか保ってっけど、魔界戦衣は死んでるに等しいわ。放置しとけは勝手に回復すっけど、それまで智香の魔界力は素のまま。具体的に言うと三分くらい……」
「さ、三分ッ!?」
魔界戦衣の機能が使えない。無防備の状態が三分続くと沙世は言っている。
これではとても佐々木場と対峙できない。いや、三十秒だったとしても無理だろう。
「どうにかできないのッ! 変身する時みたいに魔界力をもってくるとか、何かそういうヤツッ!」
「この状態であんな魔界力の塊ぶつけたら智香が死ぬっての……」
「な、なら他ッ! 他に何かいいアイデア! 良い考えはッ!」
「…………」
「そ、そんな……」
どうやら本当にどうしようもないらしい。黙っている沙世から「打つ手無し」と伝わってくる。
魔界戦衣は三分使えない。智香自身の力では話にならない。沙世はサポートできない(打つ手がない)。頼れる仲間はいない。逆転アイテムだってない。佐々木場に対抗できる術が全くない。
つまりコレの意味する所は――魔界滅亡である。
「せ、せめて私が囮になって外崎君を逃がすべき……かな?」
「囮とかなんの意味もな……ん? 囮?」
智香が囮になる意味はない。信一郎がここから逃げたとしても、すぐに佐々木場は見つけるだろう。綺砂倉町もマズいことになる。というか、そもそも逃げるなど不可能だし、今の智香が囮になれるか非常に怪しい。
「まさか相殺されるとは思わなかったぞ。どうやら私はお前を見くびっていたようだなぁぁッ!」
佐々木場がその場でバンザイするように全身を広げると、以前智香が破壊した紫球が、身体の至る所から発射された。
「もうエンネルーベに遅れはとらんぞぉぉぉぉぉぉぉッ!」
周囲の地形が変わりそうなくらい紫球が乱れ飛ぶ。連射できない魔界砲が防がれたので、手数に切り替えたようだ。
「死ねぇぇぇぇ! 私の邪魔をするものはすべて死んでしまえぇぇぇ! 消え失せろぉぉぉぉぉぉ!」
紫球の乱れ撃ちは止まらない。命中率よりも数を優先しているせいで、攻撃方向がバラバラだ。そのため魔界砲より避けやすいが、絶えず放たれている。今は回避できているが、この数ではいずれ当たってしまうだろう。
「外崎君ッ! ムチャだけど、どっかに逃げてぇぇぇッ!」
佐々木場から多少離れてる程度では全く安心できない。
どうにかして逃がさなければと、智香は信一郎の元へ行こうとするが。
「と、とととととと外崎君ッ!?」
その際、錯覚だと思いたくなるモノが見えた。
智香の横を信一郎が通り過ぎたのである。
全くもって意味不明だった。
「な、何で出てきてるのッ!? どうして佐々木場に向かって歩いてるのッ!?」
いつやって来たのか、いつからそこにいたのか、そんなのはどうでもいい。
問題なのは信一郎が佐々木場へ向かって歩いている、ということた。
紫球が乱れ飛んでいるなどお構いなし。命の危険など何処吹く風で、信一郎はどんどん進んでいく。
「外崎君何やって――」
「ふざけるなお前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」
信一郎の一喝が波動のように響き渡った時、それは起こった。
「えッ!?」
「何だとッ!?」
佐々木場と智香は驚愕した。
放たれていた紫球が全て消滅してしまったのだ。
「な、何が起こった……の?」
一喝のせい、なのだろう。
だが、目の前で起こった現象が信じられず、智香は思わず信一郎を凝視してしまう。
「そこのお前ッ! そうだッ! お前だぁぁぁぁぁッ!」
佐々木場の攻撃が消えた後に見えたのは、ボロボロになった空き家や道路、穴だらけになって戦場跡のようにむき出しになった地面だった。
「自分が何をしたのかわかっているのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
信一郎がもの凄い形相で佐々木場の目の前までやってくる。
つまり信一郎はとても怒っていた。
「何の意味と根拠があってここまでやったッ!? ここはお前が好き勝手していい場所じゃないだろがぁッ!」
今の信一郎に警戒や用心といったモノはない。この惨状にした本人が目の前にいるのだ。ひたすらプッツンしているせいで、自分の置かれている状況、佐々木場の危険性、智香に動くなと言われたこと、全て頭からスッ飛んでいた。
「た、ただの大声で私の攻撃が……かき消された?」
起こった事実が理解できないのは無理もない。
佐々木場は呆然とするしかなかった。
「無意味にこの町を荒らし破壊するなどッ! 何てことをしてくれたんだッ! あまりにもッ! あまりにもあり得ないッ!」
目の前の佐々木場がどんな顔してるかなど、どうでもいいとばかりに信一郎は捲し立てる。
「お前が何処の誰かなんてどうでもいい! ただひたすらに謝罪しろッ! この町に謝れッ! それとも、この状況にする必要があった理由を述べてくれるのかッ! 納得できる言い訳をしてくれるのかぁッ!」
「……人間であっても魔王は魔王。そういうことか」
佐々木場は目の前の怒り狂っている信一郎を見て、苦い顔で戦慄する。
「これが格が違う……というヤツなのだな」
佐々木場は信一郎から距離を取ると、己にある全魔界力を翼の先端へ集中させた。
「ならば! なおさらお前はここで消し去る必要があるッ!」
「おいッ! まだ僕の話は言い終わってないぞッ! 喋るなら謝罪しか受け付けんッ!」
蜘蛛足のような羽が軋むように広がり、、その先端に魔界力が収束していく。
「やはり私の未来を変えるにはお前を倒すしかない! お前を倒せば! 続くはずだった私の人生がッ! 幸福がやってくるッ! 祝福された未来がッ! やって来るはずだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
魔界人は魔界力を翼で受けている。そのため、翼は最も魔界力が効率的に伝わる場所であり、放てる場所であり、その際の衝撃に耐えられる場所だ。
つまり、翼から直接放たれる魔界砲は、手から放たれるモノとは威力が全く違うということだ。
「外崎君逃げてッ! その一撃は相当ヤバいッ!」
佐々木場が本気の魔界砲を信一郎に放とうとしている。
智香は全力で信一郎に向かって走った。
「で、でもどうすればいいの!?」
信一郎は佐々木場の前から動こうとしない。どうやら、キレているため智香の声が届いてないようだ。
しかし、例え智香の声が届いても意味はないだろう。信一郎は佐々木場の目の前にいるため、魔界砲を避けようがない。今更逃げても確実に狙い撃たれてしまう。
「見てるでしょ沙世お姉ちゃん! ムチャでも何でもいい! 私がどうなってもいい! あそこから外崎君を逃がしてッ!」
イチかバチか信一郎の盾になろうとしても、距離が離れすぎている。智香が信一郎を庇える距離に行けた時には、もう魔界砲は放たれているだろう。
「ちょっとお姉ちゃんッ! 返事ッ!」
間違いなく信一郎は殺される。
猶予は残り数秒。
「なんで返事がないのッ!」
そういえば、さっき不自然な所でドスペラルドから声が聞こえなくっている。
通信が切れたのかと智香は焦るが、魔界戦衣は纏われたままだ。ラグを考えても、通信が切れてるなら変身が解除されてるはずなのでホッとする。
だが、それなら何故ドスペラルドから沙世の声が聞こえないのだろう。
ドスペラルドは目つきの悪い視線で前を見ているだけで、沙世の声を発そうとはしなかった。
「くたばれぇぇぇぇぇいッ!」
「ああッ!?」
ダメだ。間に合わない。
佐々木場の翼の先端から本気の魔界砲が放たれた。
周囲一帯全てを飲み込もうとする巨大な魔界力の一撃だ。威力も凄まじく、こんなの魔界戦衣を着た智香が百人いようと防げそうにない。この魔界砲の前では、智香など飛び交う蚊に等しかった。
全てが終わる。
佐々木場の全力は信一郎も智香も魔界の未来も何もかも絶望へ塗りつぶす――
「智香ッ!」
その時、ドスペラルドから沙世の声が聞こえた。
「……え? あれ? ど、どうして?」
気がつけば、智香は信一郎を庇うように抱きついていた。無駄だとわかっていても、信一郎を守ろうとした智香の決意の表れだった。
だが、これは間に合わない行動だったはず。
どうして信一郎を庇えているのだろう。
「き、君のような魅力的な女子にこんなことをされると……些か恥ずかしいな」
「ご、ごめん外崎君!」
近づけた同極磁石のように、智香は顔を赤くしてバッと信一郎から離れた。
これが普段で起こった出来事なら、顔を赤くした智香はモジモジしながら信一郎と目を合わせるのだろうが。
「……智香君」
今はそんなことを気にしてる場合ではない。
絶対に死ぬ一撃が放たれたのに、智香も信一郎も生きている。
魔界戦衣を来た智香が百人いても防げない一撃(魔界砲)は何故か霧散していた。
「これは一体何が起こっているんだい?」
智香と信一郎の目の前で空気が――空間が歪んでいた。おそらく、コレが盾となって魔界砲を防いでくれたのだ。
歪んだ空間がバチバチと青光を派手にまき散らし、やがてそこに小さな穴が空いたかと思うと、その穴が次第に大きくなっていく。
「ふー、間一髪。なんとなったわ」
「さ、沙世お姉ちゃん? こ、これって?」
歪みからビリビリとした振動が智香に伝わってくる。それは信一郎も同じなようで、少し顔を伏せつつ前を見ていた。
「返事できなくて悪かったわね。ちょい操作が難しいから、そっちに集中しねーといけなかったんだわ」
穴は人が通れそうな大きさまで広がるとピタリと止まった。
「そっちに最強の助っ人を送ったっからさ。心配かけたのはそれでチャラにしといて」
「……あ、まさか!」
智香はエクスディカテリアについて、とても重要なことを忘れていた。
智香を魔界に戻すことはできない。
だが、魔界から“何か”を人間界へ送ることは可能なのだ。実際、智香は生活用品やら書類やら何やら、沙世から受け取っている。
そう、魔界から人間界への転送は何の問題もない。
「全部、その人に任せときゃいーわ!」
当然それは“誰か”でも同じだ。




