21話 刺客の登場
「ハァーッハッハッハッ! 今ので実感できたぞ! ついにキサマを殺せる! 殺せるぞ魔王ッ! いや、ここでは外崎と言うべきかなぁッ!」
佐々木場は手を顔に当てて愉快とばかりに笑い始めた。
「……これが佐々木場? あの銀行強盗の?」
智香が見た姿とは全く違う。魔王と同じような筋骨隆々すぎる姿で、かつ背丈も倍以上になっている。冷徹な視線や態度に余裕はあれど油断はない。誇張なく力強さを感じさせる全身と精神は、かつて銀行強盗で人質係をしていた人物とはとても思えなかった。
「紫球だけではない! この身が! 私がこの時代と場所に! フハハハハハ! 世界移動もタイムワープも完全に成功したぞッ!」
「はぁ!? バカなこと言ってんじゃねーってのッ!」
沙世は驚愕するしかなかった。佐々木場の発言は色々とあり得なかったからだ。
世界移動やタイムワープは沙世が完成させた物で、誰にも技術開示をしていない。作ったのはつい最近だし、魔界では沙世以外作れないはずだ。
何より、佐々木場は紅葉が捕まえている。そもそもここにいるワケがないのだ。さらに言うなら、世界移動もタイムワープも佐々木場と接点が何も無い。
「アズ・佐々木場・ミストラー! なぜ、お前がそこにいる!?」
「ほぉ、この声はエンネルーベ・紅葉・アリアロフか? 懐かしいな」
紅葉の声を発しているドスペラルドに、佐々木場はニヤついた視線を向けた。
「もうお前のことなど忘れてしまったと思っていたが、頭の片隅に埃となって残っていたようだ。全く、まだ恐怖は消えていないか。我ながら自分に失望する」
「懐かしい? 忘れてしまっただと?」
変だった。
紅葉はほんの数日前に佐々木場と会っているのに、なぜ懐かしいなどと言うのか。
「ああ、そうそう。ここは私がいる世界より二百年も前でね。それでつい懐かしいと言ったんだよ」
「……何だと?」
もうわかったろうと、佐々木場はニヤリと笑った。
「私はお前が知っているアズ・佐々木場・ミストラーであり、そうではない者! 二百年先の未来からやって来たアズ・佐々木場・ミストラーだッ!」
本人であって本人ではない。
目の前にいる魔界人は、エンネルーベ姉妹のいる魔界より遙か未来からやってきた佐々木場だった。
「……観測確定論だわ」
「な、何よソレ?」
聞いた覚えがある。たしか、以前沙世が色んな時間理論名を羅列していた中にあった一つだ。
「この世にある“何か”は観測されたその時から生み出されるのが確約される、っつーヤツよ。この場合、私が世界移動装置やタイムワープ装置の存在をどんなに隠し通しても、必ずその発明ができるよう世界が追いついてくる。どうやら二百年後の世界じゃそれが私抜きで発明されてるみてーね……」
生命、秩序、機械、薬、等々、それらが生み出され広まるのは、時が経って発展発達したからではない。“ソイツ”が生み出した“何か”はその瞬間世界が観測し、“ソイツ”でなくとも“何か”を生み出せるようにしてしまう。それが観測確定論だ。
ひらめき、インスピレーション、発想、気づき等々、これらのほとんどは観測確定論によるもので、大半の人々は世界に観測された様々なモノを生み出し続けている。
当たり前のようだが、その当たり前には理由がある。人は世界に対し絶対に隠しごとができないのだ。
「ふん、観測確定論だと? そんな最もらしいことを言って納得しないでほしいな。私は執念でココにやって来たのだッ!」
佐々木場は拳を振り上げ地面に叩きつける。その衝撃は泥を崩すようにアスファルトを破壊し、破片を周囲へ散らせた。
「全ては貴様が! 魔王が私を落ちぶれさせたことから始まったのだ! だから紅葉に捕らえられるハメになったッ! 地獄の反乱は失敗し再度紅葉に恥をかかされたッ!」
これまでの辛い日々でも思い出しているのか、佐々木場はワナワナと身体を震わせる。
「それは絶対に忘れることのできないドス黒い記憶と感情だ! それが私に世界移動装置とタイムワープ装置を産みださせたッ! 元凶である外崎を過去現在未来から消滅させるためになぁッ!」
「ぼ、僕が君に何をしたんだ? 全く身に覚えがないぞ?」
「ふん、そんなの知る必要はない。知らぬまま消え失せろ」
佐々木場は信一郎を睨んだあと、隣にいる智香を見て不敵に笑った。
「ククク……紅葉の妹。私はお前も逃がさんぞ。紫球ではしくじったが、私がこの場に来たからには絶対に始末する。姉への嫌がらせに巻き込まれる自身の運命を怨むんだなぁぁぁぁッ!」
ギロリと佐々木場の目が光った。
「そっから逃げろ智香ッ!」
沙世の叫びと同時に、ドスペラルドの全身から黒い煙が吹き出した。
「ぬうッ!?」
煙はあっという間に立ち込め、佐々木場を含めた周囲の視界を奪ってしまう。
「外崎君!」
「智香君――うおおッ!?」
この場から逃げるべく、智香は信一郎の手を取ると、すぐに煙から飛び出した。智香に引っ張られる信一郎が、風にたなびくビニール紐のようになっているが、気にしている場合ではない。
佐々木場はまだ煙の中だ。煙そのものが動いて佐々木場の視界を封じている。沙世の発明品だろう。智香と信一郎がこの場を離れる時間を稼いてくれていた。
「今のうちに!」
智香は全力で地面を駆ける。
「お姉ちゃん! 佐々木場が外崎君を殺そうとしているヤツで間違いないよね!」
「間違いねーわ! エクスディカテリアが言ってたのは佐々木場! 紫球の魔界力と佐々木場の魔界力が一致してっしね! 実験がてら魔界力の塊をこの世界に送ってたんだわ! そのまま魔王様を倒せれば一石二鳥になっしさ!」
「てことは、あそこで私が紫球を壊さなかったら外崎君が狙われてたのか」
佐々木場の標的は信一郎だ。もしあの時、智香が逃げたりやられたりしていたら、間違い無く信一郎は殺されただろう。
あの場で紫球を破壊できてよかったと、智香はホッと息をつく。
「どどどどどどどうするの~!? 智香ちゃんじゃあ未来場ちゃんの相手はヤバすぎるわよぉぉ~」
「や、やっぱ私じゃ無理かな?」
魔界戦衣を着てるのだから善戦くらいできないか、と思うが。
「だって智香ちゃんの強さを十とするなら、未来場ちゃんの強さは千ってところだもの……」
「ぐっ、絶対勝てっこない……」
流星蹴がまともに命中したのに大したダメージがなかったのだ。紅葉の判断は至極当前だった。
「一体何が起こっているんだとか、色々と喋っている小鳥のぬいぐるみはなんだとか、さっきの巨人のオッサンは何者だとか、そもそも智香君は何者なんだとか、そういうのは一旦置いておこうッ!」
本当なら空を飛んでもっと距離を取りたいが、空には身を隠す所がない。すぐ佐々木場に見つかってしまうため、飛ぶことはできなかった。
前方に空き家を見つけ、智香と信一郎はその庭へと侵入する。塀は朽ちているが空き家をグルっと囲んでおり、茂みもあるので身を隠すには十分な場所だ。
『お姉ちゃん。死んだ人ってのは魔界人だろうが人間だろうが、必ず閻魔から天国行きか地獄行きか裁かれるよね。未来場……じゃなくて、佐々木場は外崎君を殺すって言ってるけど、魂が地獄に行く以上、本当の意味で殺すことは無理なんじゃないの?』
『別に無理じゃねーわ』
智香の当然の疑問を沙世は即座に否定した。
『肉体が死んで魂が地獄に行く一瞬を見切るなりすれば魂は殺せる。魂の消滅ってヤツね。そんなのまず無理なんだけども、佐々木場には自信があんでしょーね。魂が地獄に行く前に殺れねーなら、ここに来る意味ねーんだし』
佐々木場が追ってくる気配はない。黒煙で撒けたかもしれないが、安心するにはまだ早い。もう少し様子を見なければならない。
『でも、佐々木場の魔王様殺しは絶対に失敗する』
『え? どうして?』
『未来の魔界が滅びてっからよ』
沙世は話を続けた。
『佐々木場が魔王様を殺せるっつーなら、エクスディカテリアはあんな答え(魔王による魔界消滅)を出さねーはず。絶対に佐々木場が失敗するからあの未来なワケ』
沙世の声に苛立たしさが混ざっていく。
『少し考えればあの野郎わかんでしょーに。元閻魔風情がいくら強くなろうと魔王様の魂を殺せるはずがねーでしょが。格が違いすぎんの忘れてんでしょーね』
二百年が経ち、かつてと比べて何十倍もの強さを手に入れても、佐々木場はただの魔界人だ。
そんな魔界人が魔王を殺すだなんて、その時点でナメている。その身から魔界力を発生させられるとかいう果てしない人物を元閻魔の魔界人が殺せるワケがないのだ。
「智香君。いつまでもここに隠れているわけにはいかないと思うんだが、この後どうするんだい?」
「え? う、うん、そうだね。えっとこの後は……」
この危機を脱するためにも、魔界の平和のためにも、エンネルーベ家の安心のためにも、智香は佐々木場という巨大な敵を倒さねばならない。
しかしどうやって? 智香と佐々木場にある実力差は相当だ。真正面からぶつかったら確実に負ける。
どうすべきかと悩む智香だったが、そこに頼もしい声が聞こえた。
「ここで佐々木場は絶対にぶっ倒すかんね智香。そうじゃねーと魔界が滅亡して終わりなんだから」
言葉に覇気がある。これはお手上げと思ってる者の声ではない。どうやら沙世には勝算があるようだ。




