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魔界の命運は家庭問題に託された  作者: 三浦サイラス
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18話 外崎信一郎の日常

『今日も全然会話できなかった……』



『明らかに避けられてっからね。そう簡単にはいかねーわよ』



 帰りのホームルーム中、智香は沙世と通信波機能をしながら一つの決断をしていた。



『でも、なんとかしてまともな理由を言わないと!』



『そーよね。これ以上あの魔王様を見るはのなーって感じだし』



 転校してから数日が経ち、湊と妙有以外にも会話できるクラスメイトは徐々に増えていった。最初はあんな失敗を披露してしまったものの、智香に興味を持つ生徒達は多かったのである。


 無論、それには信一郎も含まれている、のだが。



『これ以上、私のせいで外崎君がやつれていくのは見てらんないよ……』



『昔の魔王様ってあんなキャラだったんね。全くもって予想できんわ。できるわけがねーわ』



 体臭事件以降、何やら信一郎は無意味に身体を鍛えており、あきらからなオーバーワークで具合を悪くする日が増えていった。湊や尚志が心配しても「身体を動かして体臭を出し切らねばならん」

と、よくわからない返答をするので説得不能だった。


 おまけに、香料博士になる気かってくらい匂いについて調べており、様々な香水を自身に試している。それでいて信一郎は予習復習もしっかりやって、授業態度等も真面目で真剣なので、嫌でも調子の悪さが顔にも身体にも出るモノだった。



『でも、私のせいとはいえ、どうして外崎君はあんな変な無茶をするのかな……』



『何かせずにはいられねーのよ。努力すれば智香への問題が解決できるなら、身体壊すくらいどうってことねーんでしょーね』



 そんな信一郎を止めるべく、智香はどうにか話をしようと行動している。三メートルという不安要素はあるが、別に会話ができない距離ではない。



『魔王様ってそういう人みたいじゃん。私はそう思ったわ』



 だが、智香は何日も信一郎とまともに話ができずにいる。智香が話そうとすると信一郎が離れて行くのである。


 己が近づくと智香を傷つけてしまうと誤解(誤解じゃないが)しているので、とにかく智香のそばに近寄らなくなってしまったのだ。


 常に三メートル以上の距離を取り、目を合わせようともしない。今では信一郎が智香を避けており、本来とは逆の現象が起こっていた。時折悲痛な表情で顔面で机を叩いており、それがまた見ていて心が痛む。



『困った……ホントに困った……』



『校内が無理なら放課後に魔王様を尾行して、タイミングよさそーなトコ見つけて話しかけるしかねーわね』



『うん、私もそれしかないと思ってる』



 信一郎は徒歩で通学している。尾行するのは問題ない。しかし、普通に呼び止めたのではレアモンスターのように逃げてしまうだろう。


 なので、どうにかして信一郎の帰り道を先回りする必要がある。話を聞かなくてはならない状態に追い込むのだ。



「では、本日はこれまで。さっさと帰れよ」



 そうこう考えている内に杉原の話が終わり、クラスは放課後の喧騒に包まれた。


 智香は妙有に「何処か寄ってかない智香っち?」と声をかけられたが「ごめん」と言って、すぐに信一郎の後を追った。



『しっかし魔王様を尾行するなんてね。魔界人としてはドキドキもんだわ』



『私はお姉ちゃんと違う意味でドキドキしてるよ……』



 調子の悪さを隠すように、きびきびした動作で信一郎は教室を出て行く。



『普通に帰んのかしらね。寄り道するようなタイプに見えねーし』



 沙世のいうように信一郎が寄り道せず、真っ直ぐ家に帰るなら話しかけやすい。寄り道で色々動かれるよりは信一郎の行動を掴みやすいだろう。



「うー、誰も私を見ていませんように……」



 智香はやっちまった失敗を誤解せず受け入れてくれる親友ができた。そのおかげで、クラスで浮いた存在にはなっても、嫌われてはいない。クラスの一員として受け入れられている。


 なので、この怪しげな姿を見られるわけにはいかなかった。尾行にポジティブなイメージを持ってる者など皆無だろうから、ひっそりこっそりやり遂げねばならない。



『この辺でいんじゃねーかな。どう智香?』



『うん、ここだね』



 うまく尾行できるか心配だったが、そんなの不要だったらしい。誰とも出会わず信一郎の尾行を続けられ、智香はホッと息をつく。



『人通りも多くないし、分かりやすい道だから見失う心配もない。これなら話ができそう』



 しばらくして一軒家が疎らに並ぶ場所にやって来た。ここなら道が単調に続いているので、逃げられても先回りが容易だ。信一郎に話を聞いてもらいやすい場所として最適だろう。


 さっそく智香は話しかけようとしたが――その行動は即中止となった。突如、信一郎が通りかかった家をノックしたからだ。



「わわわわわッ!?」



 ずっと背中を向けていた信一郎がいきなり横を向いたので、慌てて智香は側に立っていた電柱に隠れる。



「危ない危ない……って、外崎君何してるんだろ?」



 家から出てきたのは老人で、その様子を見るに親しい間柄のようだ。時に笑顔を見せる老人の表情がそれを表している。


 年齢差が余裕で五十歳はありそうだが、二人は一体どんな関係なのだろう。



『会話が聞こえねーとなんともなー。智香、もうちょっと近づけねーの?』



『無理無理! これ以上近づいたら外崎君にバレちゃ――』



「智香? こんなとこで何やってんのよ?」



 突然の声にビクリと智香は肩を震わせた。


 錆びた人形のようにギギギと後ろを振り向くと、湊と妙有が立っていた。疑問というよりは呆れた視線を智香に向けている。



「智香っち、いつから信ちゃんのストーカー始めたの?」



 果汁百パーセントのジュースをストローで飲みつつ、妙有は智香と向こうにいる信一郎を見比べる。



「が、学校じゃ外崎君に避けられてるから、外でどうにかこうにかして色々話そうと思って……」



 ストーカーというツッコミは間違ってないので訂正できない。



「智香の気持ちはわかるけどさ。あんなバカ、ほっときゃいいわよ」



「一番ほっとかない人が何言ってんだか」



「ほっとかないじゃない! 私のはアイツへの抗議!」



「うんうん、そうだねそうだね」



「その暖かい視線ムカツクんだけどッ!? って、そんなことよりッ!」



 湊と妙有がわちゃわちゃ話し始めるが、湊はすぐに打ち切って智香の方に向き直る。



「今日信一郎と話すのは難しいかもね。つか、この時間のアイツって見ての通りだし」



「そうだね。信ちゃんは学校帰り色んな家に行ってるから」



「色んな家?」



「そ、色んな家よ」



 智香の疑問に湊は答える。


「アイツ、学校の帰りにいつもお年寄りの家を回るだとか、幼稚園で帰りが遅くなってる園児の相手するだとかしてんの。それ以外も色々とやっててさ。見る人によっては感心されたり呆れられたりする“趣味”よ」



「信ちゃんって、そういうのを負担と思わないでやれちゃうんだよね」



「そうなんだ……」



 智香は素直に感心した。自分には真似できない何かをやれる人物は、それだけで凄いと思うからだ。



「信一郎の夢ってさ。自分の町を創ることなの。町長だとか議会員になるとかじゃないわよ。そのまんまの意味」



 湊は手に届かない何かを見るような視線を信一郎に向ける。



「だからかしんないけど、アイツは色々やってる。町を創るためには、まず町の人達に尽くせる人間でなくてならないから、って」



 話ながら三人は尾行を続けていく。



「町を創るなんて、信一郎の夢って壮大じゃない? だからアイツのやってることって、ただの自己満足でしかないけど……アイツはわかってるのよね。子供の自分じゃそれぐらいしかできない。精一杯やれるのはこれぐらだって、ね」


信一郎はいくつかの家を巡ったと思えば、誰も知らないような駄菓子屋に行ったり、寂れた公園に寄って掃除したりと中々忙しい。



「でも、絶対にやらなきゃいけないことだってのもわかってる」



 信一郎は誰もがやれることだが、誰もがやろうとしないこと。そういったモノを“趣味”として続けている。



「信一郎は言ってたわ。人がいるから町があって、町があるから人がいる。それらを関わらせたいから、自分は“趣味”を続けてるんだって。自己満足だけど、コレは町を“育てる”ことに繋がっているんだって。だから、アイツは凄く人を大事に思う所があってさ。でも、そんな突飛な考えをわかってくれる人なんてあんまいなくて、それにアイツって変だから失敗もいっぱいあって……って、ああ、もう! 何言ってんのよ私はッ! なんか喋る内にわけわかんないこと言ってるしッ!」



「ま、まあまあ。湊の言ってる意味はなんとなくわかるよ」



 智香は「ウガー」と叫びながら頭をバリバリ掻き始める湊を宥めた。



「信ちゃんのやってることは周囲から理解されにくいからさ。どうしても寂しくなっちゃうもんね」



「だから私くらいはわかってやるの。誰からも理解されないのは可哀想だからさ」



「おっと。私も信ちゃんを理解してるつもりだけどな」



「ごめん。そうだったわね」



 ふぅ、と湊はため息をつく。



「友達に恵まれて感謝しろっての。信一郎のヤツ、私とか妙有とかいなかったら、完全にクラスの腫れ物で除け者よ」



「ハハハ、かもね」



「全く困ったヤツよね」



 妙有に釣られるように、湊も困ったように笑う。



「…………」



 そんな二人を智香は無言で見つめてしまう。



「どうしたのよ智香? 私達の顔に何かついてる?」



「……私、湊と妙有っちと友達になれてよかったよ」



 また以前のように涙が出そうになる。


 この二人と知り合えたのは本当に幸運だったと、智香は思わずにはいられなかった。



「い、いきなり何言ってんの。こっちまで恥ずかしくなること言わないでよ……」



「ふふふー。私はもっともっと言ってくれても構わないよ?」



 顔を赤くする湊と、得意げな顔をする妙有は、両者の性格の差が見えて智香は笑った。



「しっかし信ちゃんの町を創る夢って途方も無いけど、どうしてだろ。信ちゃんを見てると、なんとなく実現させそうな気がしちゃうんだよね」



 妙有は残ったジュースを飲み干すと、空になった容器が軽く凹む。



「信ちゃんが創る町ってどんな町になるんだろ」



「創ったら、知り合いのよしみで住むのを検討くらいしてやるかな」



「……創ったのは町じゃなくて魔界だけどね」



 二人に聞こえないよう、ボソリとツッコミしてしまう。



「凄いな……外崎君……」



 夕方五時を過ぎても信一郎の趣味は終わない。そろそろ湊が帰らなければならなくなり、三人の尾行はそこで終わった

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