17話 その頃魔界では
「列乃、経緯はどうなっている?」
「反乱者の九割は捕まえました。残りも時間の問題でしょう」
紅葉は自身の個室オフィスで、部下であるコドー・烈乃・グロータルの報告を聞いている。
隙あらば常にスーツの襟を正し、表情をほとんど変えない彼女の姿は、列乃という人物の几帳面さを現している。気の張り詰めた顔はいつものことだ。上司の前で絶対に失礼の無いよう振る舞う彼女は、魔王に対する紅葉と同じく、紅葉の右腕として尽くしている。
「よくやってくれた列乃。この事件が終わった後は長期休暇だ。あまり休んでないようだからな」
紅葉は事件に対処するため列乃の報告を聞いていた。
「はっ、恐縮です」
その事件とは、地獄で起こっている反乱だ。
「地獄でこのような事件が起こるのは、魔王様以来か……」
「はい。まさか、魔王様の統治後もこのようなことが起こるとは思いませんでした」
地獄とは人間が死んだあと、閻魔に「更生の余地あり」と判断された魂が行く場所だ。
魔界は死んだ人間の魂を裁いており、閻魔庁に勤務する魔界人が地獄行きか天国行きか決めている。天国行きの人間は、本人が望むなら魔界の人間特区に住めるようになっており、それは天国に行ってからでも決められる。魔界から天国に移住するのも可能だ。
しかし、地獄にそんな自由はない。与えられた刑期を終えねば何処にも行けず、その名の通り地獄の日々が続く。程度はあるものの、過酷なのは間違いないため、行きたがる者は誰もいない。
そして、この地獄は罪を犯した魔界人が行く場所でもあり、その魔界人達が反乱を起こしていた。
「魔王様の時はもっと大規模だったらしいがな。地獄と魔界がそのままの意味でひっくり返ったそうだ」
「あの方の魔界力を見れば納得です。魔王様が魔界力を全解放すれば、それだけで魔界が滅びると聞いてますから」
その規模は大きく、地獄にいる囚人達三割にも達する数が一斉に行動を起こした。ここまでの反乱となると閻魔庁職員達や警察だけではどうにもならず、紅葉がやって来なければならなかった。
(もー、どうしてこんな事件が起きちゃうかなぁ。最近、全然智香ちゃんと会話できてないし! プンプンッ!)
紅葉は人間界に行った智香と会話したくてたまらないのに、事件が解決していないためずっと家に帰れていない。何日も智香の声を聞いておらず、紅葉は寂しくて泣きそうになっていた。無論、部下の前でそんな粗相はしないが、帰ったら沙世にダイブして泣きじゃくるのは決定している。
「しかし、ようやく事件解決だな」
幾日が経過し、地獄の反乱は収束に向かっていた。紅葉の指揮により次々と反乱者とその関与者が捕らえられ、想定よりも短期間で地獄は落ち着きを取り戻しつつある。これなら明日にでも家へ帰られるだろう。
「やっと妹達の元へ帰れる」
帰る途中、商店街で色々と何か買って帰る必要がある。沙世は魔界一の発明家でも、料理の腕はからっきしなので、ここ数日はロクな物を口にしていないはずだ。何でもいいから、まともな料理を作ってあげなくてはならない。あと、ひどく散らかってるだろうから掃除機もかけて――
「……申し訳ありません、解決はまだかと思います」
「どうした? 何かあったのか?」
しかし、帰宅は列乃の発言でまだ難しいと思わざるを得なくなる。
「アズ・佐々木場・ミストラーの行方がまだわかっておりません」
「何? まだ、佐々木場の行方はわかっていないのか?」
アズ・佐々木場・ミストラーとは、少し前に銀行強盗で紅葉が捕らえた犯人で、今回の反乱を起こした首謀者でもある。
かつて閻魔庁に勤務してその力量を轟かせていた者で、紅葉に匹敵するとまで言われていた魔界人だ。
だが実際は紅葉と比べるべくもない力量で、色々と問題の多い人物だった。特に賄賂や自分勝手な都合等で人間の魂や魔界人を裁いていたのは大罪で、魔王により地獄行きの判決を受けた。だが、佐々木場は地獄行きの前に逃走。その後、銀行強盗で紅葉に捕まった。
かつては紅葉の好敵手とまで言われていた佐々木場だったが、最後は銀行強盗の人質係という墜ちに墜ちた立場になって、地獄へ落ちたのだった。
「私の包囲網からここまで逃げ続けるとはな……」
例え反乱者達の九割を捕まえても、首謀者が捕まっていないのでは意味がない。佐々木場を捕まえなければ、今回のような事件が再び魔界で起こる可能性がある。
「逃走場所の予想はできないか?」
「……申し訳ありません」
「気にするな。佐々木場を舐めてかかった私が悪い」
「本来なら紅葉様のお手を煩わせず、私だけで佐々木場を――」
「お前にはお前にしかできない仕事があり、私には私にしかできない仕事がある。気にするなと言ったろう? 列乃はよくやってくれているよ」
「紅葉様……ありがとうございます」
列乃は深々と頭を下げる。
「私と列乃で佐々木場を捕らえる。異論はないな?」
「はっ」
「では行くぞ」
紅葉が立ち上がり、その後ろを列乃はついていく。
部屋を出て行き、二人は佐々木場を捕らえるため仕事に取りかかった。
(佐々木場ちゃん、どこにいるのかなぁ~)
紅葉は佐々木場が捕まっていないことに妙な胸騒ぎを覚えている。
佐々木場はかつて魔王が裁いた時抵抗したから、だろうか。実力差は明らかだったのに、佐々木場は怒りにまかせて。魔王に怯まず襲いかかったのである。
もちろん佐々木場など魔王の相手ではなかったが、これまで魔王に歯向かったのは佐々木場が最初で最後だ。本人曰く「敵わないなら、せめて嫌がらせくらいしたい」とのことだったが、それでも驚愕の行動だ。他の者達は魔王の強さに震えて、逆らおうなどと考えない。
(……逆らう?)
紅葉の顔が青くなった。
(ま、まさか佐々木場ちゃんの狙いって!?)
魔王なのでは?
佐々木場は魔王の首を狙うため紅葉から隠れ、行動しているのではないだろうか。
(あ、でもでもでも~。一人でも複数でも一個大隊だったとしても~。魔王様に勝てるワケないか。死んじゃうために行くようなものよね)
魔王を殺すなど不可能だ。それに、佐々木場は魔王の強さを直に思い知っている。対峙なんか絶対にしたくないはずだ。
しかし、ふと紅葉は思った。
(でも、魔王様が弱ければ?)
佐々木場が魔王を倒すことなどできるワケないが。
それは今の魔王なら、に限られる。
(いや、そんなのないない。絶対ないよぉ。アハハハ、変なこと考えちゃった)
エクスディカテリアを知ったせいで紅葉は考えてしまう。
もし、佐々木場がエクスディカテリアのような機械を手に入れれば、すぐに過去の人間界へ行くだろう。その時代と世界なら人間の外崎信一郎を殺せるからだ。
無力に等しい人間の信一郎なら佐々木場で十分に勝てるし、その結果を今に反映できるなら殺さない理由がない。
(でもでも、エクスディカテリアは沙世ちゃんの発明だもん。エクスディカテリアは私の家にしかないし、そのことを知ってるのは私達三姉妹だけ。例え色々うまくいって私から逃げおおせても、タイムワープも世界移動も何もできないよね)
そう、エクスディカテリアは沙世が発明したものだ。一機だけで、沙世が作った物以外存在しない。
人間の魔王を殺そうにも、佐々木場には手段がない。そもそも、想像すらできないだろう。
過去へ行くなど。
人間界へ行くなど
過去の外崎信一郎を殺して歴史を変えてしまおうなど。
「列乃。佐々木場は今日中に見つけ出すぞ」
「はっ!」
あり得ない心配をしても仕方ない。
紅葉と烈乃は佐々木場の捕縛任務を開始する。




