16話 またやってしまうエンネルーベ・智香・シャントス
「湊は智香君と一緒に昼食をとっているじゃないか。色々と会話して親交を深めたのだろう? 僕では直接聞けないし、副委員長であるお前に頼みたいのだ」
信一郎は真剣な顔で両手を合わせ湊に頼み込んでいる。だが、頼まれた湊はフンと荒く鼻息を鳴らした。
「智香はあんなこと言うくらいアンタを嫌ってるのよ? ストーカーに追い詰められた子供みたいに怯えてたわ。なのに、簡単に聞けるわけないでしょう」
さっきまでの自分を棚に上げて湊は言った。
「そ、それはそうなのだが……」
何も言い返せず、信一郎は俯く。
「信一郎。アンタ本当に智香に何もしてないでしょうね? 近所で園児の誘拐事件が起こった時、心配だからって園児をずっと追い回してたことあったし……正直、心配だわ」
「ぬぅ……な、ならば僕はどうすればいいだろう?」
「何もしなくていいわ。とりあえず、智香と一線引いときなさい」
そう言って席に帰ろうとする湊を、信一郎はガッシと肩を掴んで引き留めた。
「な、何よ?」
「それはダメだ! これは可及的速やかに解決せねばならない! 僕が問題ならなおさらだ! 教室という狭い空間で特定の二人がずっと顔を背ける事態などあってはならない!」
智香と信一郎の関係が修復されなければ、気まずい雰囲気だけをクラスに垂れ流してしまう。二人の関係はクラスの平穏だと、信一郎は考えているようだった。
「た、頼む湊! 幼なじみのよしみで智香君に僕のことを聞いてくれ! お願いだッ! 後生だからッ!」
「ちょ、ちょっとアンタ……」
「後生! 後生だ! 後生だぁッ!」
信一郎はお構いなく湊の両肩を掴むと、グワングワン身体を揺らした。振り子のように湊の頭が揺れまくり、同時に再び顔が赤くなる。
「こら! この……でぇい! 放しなさいッ!」
「どぅおわッ!?」
湊は思い切り信一郎を突き飛ばし、その際バランスを崩した信一郎は自分の机に突っ込んだ。
「た、頼む湊ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
だが、それで引き下がる信一郎ではない。すぐに立ち上がると、湊の肩を掴もうと手を伸ばしてくる。
「お前はゾンビか!」
「ゾンビでもなんでもいい! 僕は智香君が嫌う理由を知りたいだけだッ!」
伸ばされた手を湊は弾くが、信一郎は諦めずに手を伸ばしてくる。それをまた湊は弾き、信一郎は手を伸ばし、湊はまたまた弾き、両者は一向に引かない。
「僕はただ智香君が僕を嫌う理由が知りたいだけだ! なのに何故お前はそれを認めない!」
「認めないなんて言ってないでしょ! しばらく様子を見ろって言ってんのッ!」
「その間僕はずっと智香君と一線を引けというのか!? 嫌われたまま過ごせというのかッ!? それは中々に残酷だぞ! 嫌われた原因もわからず毎日を過ごすなど耐えられん!」
「アンタは思い込みすぎなのよッ! 冷静になれこのバカ! だからいつもいつもいつもいーーーーーーーーっつも変なヤツって言われるのよ! こないだも――」
「ちょ、ちょっと二人とも何やってるのッ!?」
何やら争いが始まりそうで、慌てて智香がやってくる。自分が火種なので、仲裁に入らずにはいられなかった。
「曲がりなりにもクラスの委員長と副委員長でしょ! なんで何処となく武闘家みたいな友情ゴッコしてんの!」
そう、仲裁に入らずにはいられなかったのだが――信一郎から三メートル以上離れた位置からとなっている。
「と、智香君……」
「うぐ……」
信一郎が一歩智香へと踏み込むと智香は一歩後ろへと下がった。
「ぼ、僕は一体何を君にしてしまったんだ? どうして智香君は僕をそこまでして避けるんだ?」
「そ、それは……」
さっきは妙有が助けてくれたが、その妙有はジュースを買いに教室を出て行っている。今はいない。
湊もやはり気になるのだろう。智香と信一郎のやり取りを静観しており、尚志や優といったクラスメイト達も右に同じである。
必死な信一郎を邪険に扱ってしまうのは気が引ける。なんでもいい。ここは納得してもらえる言い訳を言うのだ。なんとしても言い訳しなければならない。
(言わなきゃ……何か言わなきゃ……)
しかし何を言う? 信一郎が納得する言い訳など智香にはない。湊と妙有の時と同じく、エンネルーベ家の罪を消すために歴史修正に来て失敗しましたなんて絶対言えないし、魔王だ魔界力だなんてのも信じてもらえる以前の問題だ。
何か。何かないのか。
信一郎が一発で信用してくれるナイスな言い訳はないのか。
(何か何か……うあああああ! 何か何かあああああああッ!)
智香の脳内は混乱している。どうにかして言い訳を捻り出そうとフル回転している。
そのせいか――出てきたのは信一郎じゃなくても相当ショック間違いなし。なかなかの言い訳だった。
たぶん、思春期男子が同年代女子に言われたら余裕で死ねそうなヤツ。
「……外崎君って死ぬほど臭いの」
「臭い!?」
信一郎は巨大なハンマーで眉間を叩かれたようにグラリとふらついた。たたらを踏んで、倒れないようどうにか踏ん張る。
「と、智香君は僕が臭すぎるから……その、近づけないと……言うのかい?」
「え、えーっと……はい」
「そ、そんなに僕の体臭がッ!? 僕の体臭が殺人的!? というか智香君さっきからッ!?」
「智香っちさぁ」
いつのまにか戻って来ていた妙有が智香の後ろに立っており、買ってきたアップルジュースにストローを刺しながら言った。
「明後日の方見ないで、信ちゃんを見て話してあげなよ」
「うわあああああああ! 石けんとシャンプーの量を三倍にするッ! 香水も買ってくるうううう!」
近づかれたら臭くて死ぬとまで言われては、思春期男子として耐えられず、教室を飛び出すのは当たり前だ。
泣きわめく信一郎はさすがに珍しかったのか、クラスの全員が出て行った信一郎に注目していた。
「ま、またやってしまった……」
智香はガクリと床へ手と膝をつき、土下座するように項垂れた。
「……智香って信一郎の体臭に耐えられないの?」
「違うッ! 違うの湊ッ! ひょうたんから出た駒なのッ!」
「ことわざの例えが違うと思うよ智香っち」
湊と妙有は理解しているのだろう。
二人は四つん這いで絶望する智香を優しく抱き起こした。
「わーーーーん! ありがとう湊ー! 妙有っちー!」
ついに智香は二人の暖かさに泣く。
「ホントのことなら床に手なんかつかないでしょ。ほらほら泣かないの。わかってるから安心しなさい」
「おお、呼び名がパワーアップした」
たしかな友情に涙が止まらない。
さっきは耐えられた涙が洪水のように溢れ出てくる。その涙を智香は止められず、わんわん泣き叫んでいた。




