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魔界の命運は家庭問題に託された  作者: 三浦サイラス
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13話 智香と信一郎の最悪な自己紹介

転校生は緊張した面持ちで教壇に立ち、チラリと杉原の顔を見てコクリと頷く。


「エンネルーベ・智香・シャントスです。その……き、帰国子女です! まだ日本には……えーと、慣れていないことも多いですが……み、みなさんよろしくお願い……し、します!」



 転校生は何回か噛みつつ自己紹介を終え、ホッとため息をつく。



「智香は聞いての通り外国に住んでいた。まだ日本に慣れてないから、みんな色々と教えてやってほしい。そんじゃ、智香」



「は、はい!」



 ビクリと肩を震わせて杉原の方を向く。



「まだ表情も身体も固いままだぞ智香。なーに、このクラスは良いやつらばっかりだ。みんなお前と仲良くしたいと言ってたぞ。余計な力は抜いた抜いた」



 ハッハッハと軽く笑いながら杉原は智香の肩を叩いた。智香も杉原につられるように軽く笑うが「あ、あは……はっはは……」と、引きつった笑いになっていた。



「なんか、転校生凄い緊張してるな」



「当然だ」



 信一郎は眉間に皺を寄せた表情のまま何度も頷いた。



「始めての土地、始めての場所、始めての人種、始めての文化等々、彼女にとっては知らないモノづくし。緊張しない方がどうかしているというものだ」



「うーん、まあそうなんだが、緊張というか……不自然って感じに見えないか?」



「転校初日は誰でも不自然になるものだぞ」



 信一郎は軽く尚志を睨むと「すまんすまん」と手で謝られる。



「では、質問タイムなんかは昼休みにしてもらうとして、智香は席についてもらおうか」



 杉浦は窓際である教室の右隅。信一郎の隣に用意された席指差した。


 それを見た信一郎は待ってましたとばかりに、机の中から何冊かのノートを取り出す。



「席についたらさっそく色々と教えてあげねば。最初は授業の内容だって困惑するはずだからな」



 そのノートには様々な授業の考察が書かれており、もし智香が授業でわからなかった場合は即座にコメントできるようビッシリと記入されていた。付箋まで貼られており、完全に対処できるようになっている。



「引くほど凄いな……いつから用意してたんだよ?」



「三日前からだ。全教科分作るのは中々大変だったぞ」



 ちなみに智香の席が信一郎の隣になっているのは、杉浦に転校生の世話は委員長である自分にさせて欲しいと希望したからだった。


 全ては転校生のため。やり過ぎと言われるだろうが、準備はいくらしても足りないことはないのである。



「彼女を完全にサポートする準備はできている。もちろん、鬱陶しいと思われないように注意するさ」



「一歩間違えたらトンデモ自爆になるから気をつけろよ……」



 転校生への準備は万全。いつ何を聞かれようと問題ない。信一郎は「放課後には校内の案内もしなければな」と気を引き締めつつ、智香が席に座るのを待つ。



「……ん? どうした智香?」



 席を指定したにも関わらず、智香は教壇から動こうとしない。それどころか、顔を俯け固まってしまった。


 生徒達が「どうしたんだ?」とザワつく中、智香は俯いたままぎこちなく指を動かし、ある方向を指す。



「先生……あの席でお願いできますか?」



 その瞬間、ピタリとザワつきが止んだ。


 智香が指さした場所が。教壇廊下側の一番左に位置する席だったからだ。信一郎の席と真反対に位置する席である。


 指差された席に座っている笹川優(ささがわゆう)は「えっ? えっ?」と首を忙しなく振って動揺していた



「と、智香? どうして笹川の席を?」



「先生どうかお願いします……」



 再度、教室がザワついた。


 クラスメイト達が「なぜ?」「どうしたんだ?」「なんでわざわざ前に?」「人のいる席譲れってか!?」など騒ぎまくるが、構わず智香は優の席を指し続ける。


 ちなみに、智香はずっと顔を伏せているので表情を窺うことはできない。



「あの席が嫌なのか智香? 別に移らなきゃならない理由はないと思うが」



「お願いします。あの席は勘弁してください」



「だが、お前の席は外崎の隣と決まってるんだ」



「わかっています。ですが、どうかお慈悲を……どうか席の変更を……」



「当たり前だが、あの席以外は決まってるから無理なんだ」



「どうかどうかどうかどうかッ! お願いしますッ!」



 杉浦が説得するも智香は断固として譲らない。しかし、杉浦はこの日のために信一郎が色々と準備したのを知っている。智香が指定したのは優の席でもあるし、智香の席を変えるわけにはいかなかった。



「お前の席は後方だし、窓側だから日光が心地良いし、人気の場所だぞ? それに、隣に座っている外崎信一郎ってのは、委員長でお前の世話をしたいと言って――」



「お願いしますッ! あの席だけはッ! あの席に座るのだけは勘弁してくださいッ! 本当にッ! どうかぁぁぁぁッ!」



「うッ!?」



 智香は俯いていた顔をグアッと杉浦の正面へ持って行き、必死の形相で懇願した。こんな顔を見せられては杉原もさすがに言葉が詰まってしまう。



「だ、だがあの席は――」



「先生」



 杉原と智香を見かねて、信一郎が椅子から立ち上がる。



「笹川君には申し訳ないですが、智香君の席は移してもらいましょう。そこまで先生に頼んでいるのです。きっと、何か深いわけがあるに違いありません。なので――」



 信一郎は全てまるく収まるように、ある提案をした。



「僕の席も前に移してください」



 ピキ、と智香の身体が固まった。



「私は委員長です。まだ学校に慣れていない転校生の世話をする義務があります。しばらくは智香君の隣に座り、色々教えたいと思うのです。日本語は堪能なようですが、習慣や文化となるとそうはいかないでしょう」



 ペラペラと智香の隣に座る理由を信一郎は語っていく。その内容は全て智香を案じての親切心から来るモノばかりで、実際その通りだったが――当の本人である智香は顔を青くしていた。



「い、いや、いいですよ……その……悪いですから」



「遠慮しなくていいよ智香君。どうか僕を頼ってほしい」



 任せろとばかりに信一郎はドンと胸を叩く。


 だが、智香は信一郎から視線を外し、床へ不安気な視線を彷徨わせる。



「いやあの、本当にいいですから。ホントに私の隣になんて来る必要なんてないから……」



「遠慮しなくていいと言ったじゃないか。他人にあれこれ聞くのを恥じる必要はないよ」



「いや、ホントにいいので……」



「いやいや、そうやって気をつかわなくても大丈夫だ」



「わざわざ席まで移動してもらうなんてそんな……」



「これは転校生を世話したいと言う私の気持ちだよ」



 智香と信一郎の言い合い(?)はそれからしばらく続いた。


 いつまで続くのだろうとクラス全員が思い始めたが、終わりは唐突に訪れる。



「僕は新しいクラスメイトを祝福したい。だから――」



 信一郎が席から一歩前に出ようとした時だった。



「――ッ!?」



 その行動は“ある一言”を智香に言わせる結果になってしまう。


 それはクラスに流れる時を凍てつかせ、信一郎の思考をブッ飛ばした。



「来ないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」



 遠慮も配慮もない、肺の中の空気を全て吐き出した全力の叫び声だった。



「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



 さらにダメ押しの一撃。もちろんこっちも全力の叫び声だ。



「――――――――――――――――――――――――――」



 そんなのを聞いては何も言えなくなったのだろう。



 信一郎は電池の切れた人形のように、力なく席にストーーーーンと崩れ落ち、そのまま顔を俯けた。



「――ハッ!?」




 シーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン。




 必死だったからか、智香は信一郎が席について、やっと全てに気がついた。



「あ、あああ……」



 信一郎を傷つけてしまったこと、クラスの空気を凍らせたこと、大事な何かを色々と終わらせてしまったこと、等々。


 智香は慌てて両手で口を覆うがもう遅い。


 凍り付いた時の中、クラス全員は察してしまった。


 エンネルーベ・智香・シャントスという女子は。


 もんの凄ぉく外崎信一郎という男子が嫌いなんだなぁ、と。



「あ、あのぅ先生? 私、別に移動していいですから……」



 なんとかしてこの空気を穏やかな方向に持って行かねばと、優はそそくさと席を移る準備を始めた。即座に教科書やノートなどを鞄にしまい、自分の席を立つ。



「智香さんどうぞ。私は向こうに移りますから……」



 さっさと優は信一郎の隣へと移っていった。杉浦は何か言おうとするものの、これ以上はヤバいと察し、席を移る優を止めようとはしない。



「わ、わかった。では、智香は笹川の席に座れ」



 シーンと静まりかえった教室の中、智香はトボトボと優の席だった場所へ歩いていった。


 絶望した顔で席につき、机に顔を突っ伏す。机にゴンと額のぶつかった音が教室内に虚しく響いた。



「では朝礼を始める。今日の四時間目だが――」



 時間の入れ替わってしまった授業や、明日までに持ってくる物などを杉原は伝えて、朝礼はすぐに終わった。智香の自己紹介や諸々が長かったので、もう二~三分もすれば一時限目の授業が始まる。



「え、えと……外崎君大丈夫?」



「信一郎……」



 隣に座っている尚志と優が信一郎に声をかけるが、反応がない。



「――――――――――――――――」



 当人の信一郎は、身体を真っ白にさせ教壇を向いたまま固まっていた。



「ど、どうしよう大野君……」



「これは重傷だな……」



 全く微動だにしないので、尚志と優は信一郎の机の中から教科書とノートを出し、一時限目の授業の用意をしてあげた。


 信一郎はこの状態からいつ回復するのか。


 優と尚志は全く予測できなかった。

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