11話 魔王の護衛がはじまる
「どうにかできないのッ!? 魔界に私が戻れないのは理不尽じゃないッ! おかしいおかしいおかしいッ! 修正できてなーい! 修正できる機械なんでしょーがっ! 今すぐどうにか修正しろッ!」
あまりに信じられない事態なので、智香はドスペラルドを掴んでガクガクと揺らした。ドスペラルドが「地震です。地震です」と目覚ましに似た声で言っていたが、そんなの智香は聞いていない。
「無理……です。強制的に魔界滅亡っつーのが無くならない限り……うぬぬ。こんなのあり得ねーはずなのに。魔王様ってばどんだけ……どんだけ圧倒的な存在なんだってのッ! うぐぐぐ」
「な、なんてこと……」
沙世がここまで言うなら、本当にどうにもできないのだろう。唸る沙世の声を聞いては、素直に言われたことを認めざるを得なかった。
「で、でもさ。なんで魔王様は魔界を滅亡させるの?」
少しの時間が過ぎてお互いが落ち着いた頃、智香は口を開いた。
「怨みをぶつける相手がいねーとか、地獄での革命の目的が変わってるとか、魔界に対する印象が激変してるとか、色々考えられるけどわかんねーわね。でも、はっきりしてんのは死因が智香っていう隕石じゃなかったら、魔王様は魔界全土を滅ぼす。私達(エンネルーベ家)ってある意味魔界を救ってたのかもしんねーわね……」
「んなバカな。んなアホな。んな無茶苦茶な」
「魔王様はそんな無茶苦茶な人っしょ。魔王になったのは、自分を殺した犯人を見つけるのと、自分を地獄落ちにした原因をどうにかするため、ってのは有名な話だし。一歩間違えば魔界全土を滅ぼす暴走をしてもおかしくねーと思う。実際、それができそうな力を持ってんだし」
「……そう言われると」
沙世の考えには一理ある。智香は反論できなかった。
「どうやったら魔界滅亡にならないと思う?」
「智香が魔王様を守るしかねーわね」
エクスディカテリアにエラーが出た時、既に答えは出ていたのだろう。きっぱりと沙世は言った。
「いつか来るだろう刺客からね。魔王様が誰かに殺されるっつー未来を回避して、それをエクスディカテリアに記録できれば問題なくなるわ」
「……マジ? それを私が?」
智香に拒否権はない。
エンネルーベ家の大問題が、魔界全土に広がる大事件に発展したのだ。
魔界滅亡。それは絶対に阻止しなければならない。
「腹を括るしかねーわね。もちろん私が全力サポートする。何としても魔王様が殺されるのを阻止すんのよ。そうするしか、私達にも魔界にも未来がねーわ」
「誰が魔王様を殺そうとしてるか調べられないの?」
エクスディカテリアは外崎信一郎が殺される未来を予知できている。なら、殺しにやってくる者が誰で、いつやって来るかわかるだろう。結果を見られるなら、その過程も解るはずだ。
「……むちゃくちゃ言いにくいんだけど、それはできねーの」
しかし、それは甘い考えだった。
「エクスディカテリアって大きな結果(歴史)は予知できても、細かな過去や未来や、その過程はわからねーわ。魔王様は誰に殺されるとか、何時で何処が現場になるのか、とかね。未来っつーのはただでさえ無数に枝分かれした道みてーなもんだから、そう簡単に何でも完璧に予知すんのはできねーのよ」
「くっ! 肝心な所がッ!」
今回の(隕石事件)は時間も時代もはっきりわかっていたから実行できたのだ。
エクスディカテリアがいくら都合の良い機械でも、さすがに何もかもできるほど凄くはなかった。
「あ、そこに魔王様いるっしょ? もう学校に来てる時間だろーし」
「……やっぱあの男子って魔王様なんだ」
改めて智香は外崎信一郎を見た。
ある程度探して諦めたのか、信一郎は外したブロックを元に戻している。時折「見間違いではないと思うのだが……」と、呟きながら周囲をキョロキョロと見ているので、完全に諦めてはいないようだが。
(あの男子を……私が……)
隕石事件はエンエルーベ家の罪だ。智香一人で背負うモノではないと言われているし、智香が自分を悔いて暗い未来を過ごすなんて絶対許さないとも言われているし、責任を姉二人に押しつけないのも許さないと言われている。
わかっている。わかっているのだが。
――私はあの男子の命を奪った。
その本人である信一郎を見ると、どうしても智香の心にズキリと痛みが走ってしまう。
(ダメダメ! 今更なんだから!)
自己嫌悪に陥る自分を払うように、智香はブンブンと首を振った。
「魔王様って、すごく私達に気を使ってくれてたんだね」
「そりゃーね。姿見せるだけで民衆を気絶させちゃまじーもの」
おそらく、あれほどの魔界力が垂れ流されているのは制御を知らないからだ。
魔王は自身の魔界力が制御できない時期があって苦労していた、と聞いたことがある。たしかにこんな魔界力を垂れ流されたら、紅葉はともかく、智香のような一般的魔界人にとっては災害に等しい。
「しかし人間時代の魔王様って、外見は普通なのに中身がアレとか、詐欺ってレベルを飛び越えて――」
「――智香、あんた魔王様の恋人になれ」
その発言に智香は足を滑らせそうになる。
「い、いきなり何言ってんのッ!?」
「あんたは魔王様を守んなきゃいけねーからさ。そのためには、できるだけ魔王様の側にいる必要があんでしょ。だから、恋人になればそれが不自然じゃなくなる。いつ魔王様を殺すヤツが現れるかわかんねーんだし、恋人になんのが一番いいわ」
「む、ムチャいわないでよ……」
「それに、智香が魔王様の恋人になればエンネルーベ家の保険になるかもしんねーし! いつかアンタが魔界人だと知られても「アイツの故郷だ。滅ぼすわけにはいかんな……」とか思うかもしんねーわ! それが魔界滅亡阻止になる可能性だってあるかもだし! うん、我ながら名案だわ」
「い、いや、そんなの無理……」
「どうせ処女っしょ? 問題ねーでしょ」
「なんの問題がないのッ!」
恋人になるのは飛躍しているが、信一郎の近くにいる必要はある。犯人の出現時間や位置がわからないのだから、信一郎の周辺で護衛するのは必須だ。
だが、それは智香にとって非常に困難すぎる。
「恋人はおいといて……魔王様のそばにはいないといけない。でも……」
今も信一郎の強大な魔界力は智香の精神に負荷を与えている。かなり離れている今の距離でさえ、心臓を締め付けるような感覚やら威圧やら畏怖やら何やらかんやらあるのだ。
なのに、そばになんて近づけば。
即死だ。
「転校手続きは人間界の色んな書類やら文書やらを偽造して……あ、住む所も用意しねーとね。人間界って魔界と似てっから早く済むといーけど。どのくらいで準備できっかな」
沙世は何やらテキパキと、智香が人間界に住む用意を始めているようだ。
「魔王様を……守る」
信一郎を守らねば魔界が滅亡する。
それはわかっている。その義務もある。それは十分過ぎるくらいわかっているが。
「私にそんなこと……できるの?」
沙世がテキパキと智香が人間界に住む用意をしている間、当人の智香は頭を抱えて唸っていた。




