10話 全てはまだ始まってもいなかったのだ
「な、何なのこの魔界力!? どんだけよこの威圧感!?」
本能的に智香は傍の茂みに逃げ込み、ワナワナと身体を震わせて校門近くの様子を窺った。もちろん、ドスペラルドは忘れず持ってきている。
「畏怖まで感じさせる魔界力だなんて! やっぱ思った通り人間界って異常ッ! 物騒な世界だよここッ!」
紫球に続いて、あまりに不可解な出来事に遭遇している。
迫り来る圧倒的な魔界力に当てられて気を失わないよう自身を奮い立たせながら、智香は“誰か”が来るのを待った。
すると、しばらくして少年がやってきた。
「……え?」
走ってきたのか、顔は汗だくで肩を激しく上下させている。
一体どんなヤツがやってくるのかと智香は冷や汗を流していたが、その見た目に拍子抜けしてしまう。
制服を着ていることから察するに学生だろう。人混みに紛れればすぐにわからなくなってしまうような、そんな外見の少年だ。
「え!? あの男子なの!? あの男子が!?」
しかしそんな外見とは裏腹に、そこから感じられる魔界力はあまりに常軌を逸していた。
目で見てなおさらわかってきたが、あの少年はとにかくデタラメな魔界力を持っている。
智香を震え上がらせているのは間違い無くあの少年だ。
「ゼェッ、ゼェッ、ハァッ……ど、何処だッ!? 一体何処に落下をッ!?」
少年は息を整える時間も惜しいのか、なぜか慌ただしく校門や周囲を見ており、這いつくばって茂みの中まで顔を突っ込んで見ていた。
明らかに何かを探している。
「おかしいッ! あの光はたしかにこの辺りに落下したはずだッ!」
溝に挟まっているブロックまでどかして、少年の慌ただしさが落ち着く様子はない。「ぬあああッ!」と声を上げながらブロックを次々と持ち上げる姿は、金銀財宝を探すトレジャーハンターのようだ。几帳面なのか、持ち上げたブロックを雑に放り置かず、几帳面に並べている。この少年の性格が出ているようだった。
「何を探して……って、まさか!?」
あの少年が探しているまさかの何かを、智香は容易に推理できた。
「……私を捜してる」
少年は「あの光」「この辺り」「落下」と言った。それは魔界戦衣を着た智香を指しているのではないだろうか。おそらく、派手に飛んできた魔界力か、流星蹴の輝き等々を見て、この場所だろうと予想をつけてやってきたのだ。
「人間っておっそろしすぎでしょ! 紅葉お姉ちゃんが足元にも及ばない魔界力を持ってるとか怖すぎ! あんなのに対抗できるのは魔王様くらい――」
そこでハタと気がつく。
ここに現れて当然の人物に、気がつく。
「……まさか」
なぜ沙世はずっと家にひきこもって研究をしていたのか。
なぜ紅葉は泣きながら智香に抱きついてくるのか。
なぜ智香は次元と時間を超えてこんな場所へやってきたのか。
エンネルーベ家は何をなかったことにしようとしていたのか。
「あ、あそこにいる男子がぁッ!?」
それは隕石事件で死んでしまった――
「智香! 智香ってば返事ッ! 聞こえてんなら返事しなさいっての!」
焦りを帯びた沙世の声が聞こえた。ドスペラルドを見ると、いつ直ったのか目に光りが戻っている。目つきの悪い視線を智香に向けていた。
「聞こえる! 聞こえるよお姉ちゃん!」
智香は少年に聞こえないよう声を潜めて返事をする。
「智香!? ふー、よかった。やれやれだっての」
「通信切れるなんて怖すぎるから、ホント勘弁してよ……」
もっと沙世に文句言いたい智香だったが、再び通信できるようになったので今はよしとする。魔界に帰ったら色々と言ってやるつもりだが。
「よし、ちゃんと変身は解除されてんね。魔界戦衣の制御はドスペラルドを通してこっちでやってっからさ。さっきみてーな問題が起きると安全装置が働いて解除されんの」
「あ、そうなんだ。問題が起きると解除され……ん? 問題?」
沙世がサラッと言ったことを智香は聞き逃さなかった。
「問題って……まあいいか。そういうのは魔界に帰ってから聞くね。私も話したいことあるからさ。早く魔界に帰してよ」
「…………」
なぜか沙世が無言になる。
「沙世お姉ちゃん?」
智香はまた通信が切れたのかと思ったが、ドスペラルドの目は正常に光っているし、「あー」や「うー」といった沙世のうなり声も聞こえる。
「えーと智香? 怒らねーで落ち着いて聞いて欲しーんだけども。あ、錯乱もなしね?」
「何よ? そういうのは帰ってから聞くって言ったじゃない。早く魔界に戻して――」
「魔界に戻せなくなっちった」
瞬間、時が凍った。
「………………………………はい?」
「えっと、正確に言うとね。智香をこっちに戻せねーんだわ」
智香の頭がフリーズしても沙世の報告は続く。
「えー、世界矛盾修正機能のことは言ったっしょ?。上書きには、実際改変した未来をエクスディカテリアに記録させる必要があるって」
智香はコクリと頷く。
「それは、すぐに行われねーで智香がこっちに帰ってきたら開始する仕様なのね。でねーと、時空やら歴史やらに無理が生じて改変した人物を排除――えーと、つまり、智香がそっちにいたまま上書きすると、智香の存在そのものが消えるかもしんねーワケ。だから、こっちに戻ってきた時にエンターキー押す(改変完了)んだけど……どうも、隕石止めたのって実はヤバかったみてーでさ」
「や、ヤバい?」
智香の頬に冷や汗が流れる。
「今、智香が戻ってきた時に起こる上書きの結果が出てんだけども……ここで問題無しって出ればOKなんだけども……つーか、出るはずなんだけれども。絶対に出るはずなんだけども」
エクスティカテリアの出した結果。
「あんたが戻ってきたら魔界がその……滅亡するって、うん」
それは、エンネルーベ家の家庭問題を遙かに更新できる内容だった。
「…………」
ザアッと一際大きな風が吹く。
その風によろめいたのか、ドスペラルドがコテンと倒れて転がった。
「隕石を阻止すれば問題はなんもかんも終わり。解決……するはずなんだけどもそれは違って……話はどうもここで終わらねーみたい」
「ど、どう終わらないの?」
「魔王様って隕石で死なねー場合、誰かに殺される未来が待ってるみてーなのよ……」
緊張した声で沙世は続ける。
「世界矛盾修正機能は改変した出来事を記録して、それで起こる諸々の矛盾を自動修正する。この、隕石以外の原因で魔王様が死んだら魔界滅亡っつー修正箇所はなんというか……あまりに大きな出来事すぎて修正できねーみたいでさ」
「…………」
「さっき通信が切れちったのは、この魔界滅亡未来のせいでエクスディカテリアにエラーが出たから。どーにか直したけど、問題は矛盾修正がエラーのせいでできねーってこと……」
「…………」
第二の沈黙が智香を襲った。沙世の話を理解しようとすればするほど、頭の中が真っ白になっていく。
「つまり、あんたを魔界に戻すと、改変した隕石のことだけじゃなくて、魔界滅亡の結果まで上書きされんの。だから戻せないっつーことなんだけども……って智香大丈夫? 私が言うのもなんだけど」
「…………な、なななななななななぁッ!?」
本来ならばこれで終わるはずだった。
死ぬ原因だった幼い智香の落下さえ防げば全て解決するはずだった。これでエンネルーベ家に安心が訪れると思っていた。沙世が世界矛盾修正機能という、恐ろしく都合の良い機械を作ったおかげで、全てが穏便に終わる日が来たと確信していた。
「なんでじゃああああッ!?」
だが、そうはならなかった。
むしろ事態は悪化し、エンネルーベ家は魔界滅亡の導火線に火をつけた大悪党になってしまった。導火線についた火はなんとか止めているが、それはかろうじて止めているに過ぎない。
「ふっざけないでよぉぉッ!」
思わず智香はドスペラルドに向かって叫んだ。




