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怪獣狩らないと滅ぶ世界について  作者: ザイトウ
【第三章】二週目開始のデスパレード
40/50

・第二話・銀色のシスター&ブラザー

 ゴブリンに貰った荷物を背に、森を分けて村に下りる。

 まるで御伽噺の一節のようであるが、登場人物のキャスティングが少々悪い。

元異世界人にしては一週目で多少の体力はついたが、山歩きについてはまだまだ慣れが足らない。怪獣病の頃に身体能力任せだったツケが、到る所で竜樹を苛む。肩に留まっているだけのこっちにしてみても、ぐらぐらと不安定に揺れる様子はいささか座りが悪い。


「北、北、北」


 ほとんど呪文である。方位磁石を始終確認し、泥まみれの靴で前に進んでいき始めてどれだけ経ったか。息も絶え絶えの様子ながら、変な所で聡い我等一人と一匹は、ほとんど同時に森の変化に気付いていた。


「森の様子が」

『変わったみたいだな』


 この変化については、ダンジョン潜りの経験が生きたのだろう。

 過去に入った『地母神の祠』という場所と、空気というか雰囲気が非常に似通っていた。説明に困る感覚的なものであるが、こう、風が粘つくとか肌にちりちり見えない火の粉が触れる感触というか、つまりは魔力の密度が違うのだ。

 つまり、ダンジョンか、もしくは、魔力の集まるような場所がある。

あ、ヤバい。なんかフラグ臭しかしねぇ。森入ってからそんなんばっかりだ。


経験ってのは大事だと思う。人間は遭遇した状況を記憶することで備えることができる。

竜樹は咄嗟に近くに落ちていた木の棒を手にする。折れた木のようだが、長さも太さも杖にするには丁度いいくらいのものだ。

その枝を地面に向けると、緊張しながらも魔術式を構築していく。


「《落穴(ピット)》」


本来は落とし穴を作っておく地属性の術式であるが、今回は杖の先端が入るくらいの小さな穴を作った。そして竜樹は魔術が成功したことに安堵しながらも、穴へ木の棒を差し込む。


「《圧製(プレクス)》」


そして杖の周囲の地面へ魔術式で加圧。土を石にする。


「《焼成(ヤード)》」


そのまま固めた石へ瞬間的にとはいえ高熱を与える。

端的に言えば焼き物の作成手順でしかない。ただし、セラミックも大まかには同じような作り方で出来きるものである。強度や重さも十二分、地面から引っ張り出した棒の先には、ソフトボール大の四角い塊は、鈍器としての性能を十二分に有していた。

というか、躊躇わずに鈍器を用意したあたりが怖い。なにこの本体。マジでこれから俺って生まれたの?


「ジロウマル、偵察頼めるか?」

『いいけど、自重しろよ?』

「いや、さすがに誰彼構わず殴りかかったりはしないぞ?」


 ごめん。元自分の言葉とか一番信用できない。

 そんな言葉を飲み込んだ俺は、僅かに羽ばたくフリをして空へと舞い上がる。

 実際は物質もどきだから羽がなくても浮遊できるし、精々が羽ばたくとちょっと早く移動できる程度である。

しかし竜樹さん、人が偵察に動いている間にも魔力を使っているようだ。なにやっているのかは解るけど知らないふりをしておきたい。精神衛生上あんまりよろしくないことを企んでいるっぽい。

あの変質的なまでに精密で魔力効率を重視した魔術式は、どう考えても魔術側の師匠の影響だ。こうやって別の存在として感じてみると、指示した人間からの影響というのは実に色濃いものだ。

ヴィスラはそういった意味でとんでもなく優秀だったのだろう。雨と鞭とトラウマ的に。

あぁ、浴びるように降ってくる炎の雨とか、走馬灯にも絶対に再生される場面だよあれ。

飴じゃないね。まさに雨だね。甘いところなんて全然なかったよ。

そして、魔術式に関してだが、これは日本語の文法などの素養と、加えて『原初語』という謎スキルが大きく影響しているようにも思う。

ぶっちゃけ、世界で一番くらいに面倒とさえ評されることもある日本語は、丁寧語、謙譲語、尊敬語などが入り混じり、使うことは容易でも使いこなすのは日本人ですら完璧には不可能という代物だ。単語一つとっても、同音異義語の多さやら、音読み訓読みに代表され、独自のものもの多数ある日本漢字やら、とかく、複雑性なら世界有数という。

漢字やひらがなの混ざった複数もの形態素、オノマトベ、それらに慣れ親しんだ思考形態に加え、スキル『原初語』の影響なども混ざって魔術的な記号や文字の意味合いや理解が早い。思考の上で魔術式を使う時も、ヴィスラに刻み込まれた反射的な魔術式の組み立て速度に加え、組み立て時に不要な要素を省いてしまう魔術式の『組み替え方』まで加わるのは強みだろう。

目代塚(めじろづか) 丑雄(うしお)、奇術師ウィシオの通り名を得た元医師にして凄腕冒険者をやっていた彼もまた、そのあたりに気付いていた可能性はある。

だが、あの滅んだ世界では、彼も亡びに飲み込まれてしまっていたのか。

今となっては解らないがな。

そういった回想さておき、上空から見ると一面森である。そういえば飛べるってことを意識してなかったからか、こうやって上空から偵察するという考えがまったくなかったな。あー、これは気分が非常によい。

周囲は見渡す限りは木々ばかり、北側はやけに背の高い石山しか見えない。幾つモノ岩を寄せ集めて塔のように積み上げたような歪な造形の石山は、そこかしこに崩落らしき痕跡がある。

反対に進んできた南側には、池なのか川なのか解らないが水がたくさんある場所が見えた。微かに白い靄というか、蒸気のような、しぶきのような霧らしきものが見えた。

しかし、本当に変な形の岩山だな。これは本当に塔っぽくないか?

魔力溜まりが岩山あたりだとは解ったものの、この森は本当にモンスターというか魔物の気配がないな。

そのまま旋回し、竜樹の元へ戻る。


「あの岩山は背こそ高いが、簡単に迂回できそうだな」

『みたいだな。なんでか知らんがモンスターの気配もやはりない、早々にとんずらしよう』

「賛成だ」


 まるで見てきたように喋る竜樹だが、実際に見えていたのだろう。

 つい先程解ったが、互いに視覚情報なんかは共有できるらしい。無論、双方が許可をした時だけのようだが、かなり便利な能力だ。今更に気付くとか、マジで滅んだ世界から戻される時がどれだけ見切り発車だったか思い知らされる状態だな。

 竜樹が即席棍棒を肩にして歩き出す。そろそろ寝床を考えなければならないのだが。


「………どうしよう?」

『だよなー。村出た時は半日もあれば到着すんじゃねーのかって簡単に思ってたよなー』


 そうです。なにもかんがえていませんでした。

仕方なく再び歩き出す。

いや、正確には歩き出そうとした時、目の前に何か大きなものが飛来してきた。

慌てて避けるが人間大の何かが木々を圧し折り若木を潰して落下。

 どんだけ傍迷惑なんだこの銀色の何かは。強制イベントとか勘弁してください。

 しかも、同じく銀色の何かが追撃に動いていた。

 怪獣病の頃の超人的な動体視力のない竜樹には、相手の姿までは捉え切れていなかったはずだ。それでもかつての戦闘経験と訓練に裏打ちされた体術が飛び出すあたりが半端ない。人間に戻っても随分と枠から外れたものになってしまったようだ。

 追撃しようとした人影の足首を掴むと、飛び蹴りを見舞おうとした相手の勢いを利用。そのまま地面へ叩きつけていた。


「へぶし!」

「ん?」


相手の発した言葉に首を傾げている間にも、体格に比例しない重量感と共に地面が浅く陥没する。なにあれ体重どんくらいだよ。人型のスタンプのようなものが地面に刻まれた中、木々を薙ぎ倒していた銀色の何か、先に飛んできた方もまた立ち上がっている。


「銀色の、人間?」

『いや、これって魔物さんじゃね?』

 

 会話の間にも足首掴んだままの相手もまた反応している。


「きっ、さまぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 声のトーンから俺も竜樹も相手の性別を察してはいた。

 だが、思考より反射の方が早い。当たり前といえば当たり前のことだが。

 しかし、そこから起こったことは、元怪獣病といったものとは別次元のことだった。


「ふん!」


 音に例えると、がこん! どさ! げしぃ! である。 

 あ、ありのままにあったことを話すぜ。

 相手が起き上がるより先に掴んだ棍棒を一回転。フルスィングで額に一撃。振り下ろされた棍棒の先で焼き固められた土塊が砕けると同時、地面へ再び叩きつけられた相手を追撃。足裏が鎖骨のあたりを思い切り踏みつけるまでほんの数秒。

 あとは動けなくなった相手に、ナイフが突きつけられていた。

 戦略や戦術なんてそんなチャチなもんじゃ断じてねぇ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ………

 まぁ、ぶっちゃけ、刃引きした剣で大気ごと相手を切断しようとする通り名が暗黒剣士というにんげんやめました系の師匠筋(オーロック)達の影響としかやっぱり思えないわけです。条件反射レベルで自身への脅威に即応するあたりはヴィスラからのトラウマも窺えるというのが更にこわい。


「で、誰? 何か用事でもあるのか?」

『この状況でその台詞は脅しにしか聞こえねぇ』


 ほとんど肩の上で置物の如く必死でしがみついていた鴉形態の俺は、竜樹の台詞に思わずツッコミを返していた。いや、それこそ条件反射だよ。つーか、最近、本体の思い切りが良すぎるあたりは俺が分離しちゃった所為じゃないのか心配になっているくらいです。


「貴様! アイツらの仲間だろう!」

「誰のことだ?」

「あれのことだ!」


あんたに踏んづけられて叫んでいるその人って女性ですよとか言っている暇もなさげな状態。

 傭兵らしき男達が数人。総計七人武装は斧、剣、杖、各3人に槍が一人。鎧はフルプレートで森の中で見かけるには随分な重装備だ。行軍が出来るとはとても思えないレベル。イベント戦闘にしちゃあ少し性急過ぎやしないかね?


『竜樹』

「もう遅い」

『………現状の装備だと難易度半端ないぞ?』

「上等だ。これから先の敵は皆々残さず屍だ。全く平等の鏖だ」

『いや、無理だよな』

「本音的には隙をついて逃げようと思う」

『だよな。現実逃避しているのかと思ってすげぇ心配だった』


無表情に竜樹は言い切る。ご愁傷様と敵となる皆さんに伝えておきたいよ本当に。

 こっちは初級魔術に壊れた木の棒、多少の体術にナイフだけという見たままの弱者だ。

 だが、それでも負けることはないと確信している。勝つこともないだろうが。


起き上がろうともがく銀色の少女から足を放す。拳を構えていた銀色の青年に背を向け、咥内で短く言葉を連ねる。木の棒の先で地面を数度打ち鳴らすと、こちらに気付いたのが距離を置いて全身鎧達が次々と立ち止まっていく。

 そしてその後ろから強面の巨漢が出てきた。うわぁテンプレですよね。


「貴様達、クラパーチの氏族、ザガンであるな?」

「礼儀がなってないな。お貴族様じゃねぇようだが」


吹き飛ばされていた銀色の青年が巨漢に応える。肌の色が灰色に近い銀をしたモンスターとか亜人的な容姿をした彼だが、体表に浮かぶ赤い紋様がやけにカッケー感じだ。ただし、その赤が僅かに発光を始めたあたりで、妙に背筋がざわついた。羽毛に覆われているからわかんねーだろうがマジでぞわぞわする。


「捕えろ。殺すなよ」

「会話しろよ。というか、俺は無関係なんだが」

「見られた以上、すまんが消えてもらう」

「うわぁどんだけだよ」


 竜樹の意見とか即無視されました。なんでこう肉体言語メインの人としか交流をもてないのか。さっき会ったゴブリンの人達を見習って欲しいと心底思う。

そんなうんざりとした俺達の様子には気付いた様子もなく、片手にぶら下げた長柄のメイスを構えた巨漢を中心に、全身鎧達が動き出す。

 おいおい巻き込まれ系ってこんな感じですか?

仕方なく竜樹が木の棒で地面を打ち鳴らし、魔力を網目状に地面へ通す。

途端に走り出そうとしていた全身鎧達が次々に転んだ。

足元が僅かに凹むレベルの精密な《落穴(ピット)》が次々に開く。

 はい、仕込んでいましたよこの悪ガキは。なにこれ地味に効く嫌がらせ。タイミングとしては少女から足上げた時あたりです。木の棒を打ち鳴らしたのは別に警告なんて上等なものではなく準備でしたー。


 そして、唯一にして凶悪な某スキルがぶんぶんと猛威を振るって礫を飛ばした。


「ぎゃっ!!!」

「うぁぁぁぁっぁぁああぁぁぁ!?」


 抜け目ないというよりおっそろしい。

石を割っただけの即席投げナイフが投擲され、鎧の隙間へ吸い込まれていく。バイザーの隙間だの、躓いたことで晒された帷子の弱いところだの、寸分の狂いもなくザクザクと突き刺さっていく。

信じられるか? あれって人が上空から偵察している間に用意していたんだぜ?

俺こんなんから分離したのかよときっつい気分になるが、残念ながらこのレベルでは威力が足らない。

ほとんどが軽傷、もしくは不意打ちによる怯み効果といったところだろう。

だが、目的を考えれば十二分だった。

立ち上がった二人に視線を向けると、短くこう呟く。


「お前等も逃げちまえ」


 そのあとは使い慣れた術式である《砂塵幕(サンドアウト)》で砂煙による目晦まし。単純な煙幕よりタチが悪いことに、魔力の気配も散らばり、砂の擦れる音などで気配や物音まで隠してしまう。タイミングといい最小限の魔力で上に巻き上げて周囲に広げて落とすという手際といい、効率と精密さによる悪魔のような手管である。

 そのまま鎧の通り辛い樹木の密度が高い場所を走っていき、早々に逃走する。

 あとの二人がどうなったのか確認する暇もないが、絶対にこれはフラグになるな。

 こう、あとからあとから面倒ごとが生じるのはかわんないのな。前も今も。

 竜樹の肩の上、重々しい足音が遠ざかっているのを感じながら、鴉の身でありながら、器用に溜め息を吐き出した。

 あと、すっげぇ気になっていることが。

いや、そんな場合じゃないというのも解るけど。


『こっちって、東じゃね?』

「進路修正はあとで考えよう」


マジでなんか前途多難だなおい!?


次回更新は明日8月15日予定です

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