・第一話・ゴブリンなめてた
さてよさてさて衆人皆様方、平和な日常を如何お過ごしで?
それでは本日のお題だが、例えば『世界が滅びました二年前に戻って救ってみよう』とか言われたどうするかという話で。そんなうさんくささ爆発の話にホイホイ反応してしまったのは、人の業というか、破滅に対する人間の意地というか。
そして、過去のトラウマを肩代わりする存在として生み出された貧乏くじは誰でしょう?
俺だよ!
ジロウマルなんざ素敵な名前を与えられはしたが、生まれて早々にヒデェ展開極まりないよ。
いや、本体こと南雲の竜樹さんの話も解るけどさぁ、ちょっと今の状況とか説明してみるとかなりなわけです。
さて、救うべき異世界に飛ばされた途端に森の中でした。
何を言っているかわからねーって思うかもしれないが、つまりは再開ポイントに気遣いゼロです。いやあもう、正直フリーダムだよ。こんなん真面目にやる気とか減衰しまくっています。
『遭難ってゲームオーバー一直線じゃねぇか』
「正直、詰んだんじゃないかと心配になってきた」
十代半ばの日本人男性、俺の本体である南雲 竜樹の言葉には諦めた感がバリバリである。
そりゃあそうである。じめじめと湿度高めの木々の間、苔に足を滑らせそうになりながら息も絶え絶え状態であれば誰だってそう思う。鼻の奥へ流れ込んでくる緑の匂いに咽そうになるくらいであった。
情けないとは思うかもしれないが、本来的に人間とはひ弱なのだ。空気がなければ死ぬし、温度が低ければ死ぬし、食わなければ死ぬのだ。正直、生活基盤って大事だよね! ってな話だが、少なくともこの森抜けねぇとそう遠くない未来に実際そうなる。
そう思って一人と一匹で移動を始めたのだが、人の気配が欠片もない。
歩いていない、どころか物理的な肉体を持たないこっちは特に問題ないと思っていたが、ダイレクトに竜樹の疲労感がこっちにも伝わってくる。いや、マジでなんだこの特殊な関係性。
「ちょい、休憩」
『そうしようか。このままじゃなんともならんっぽいし』
幹に身体を預けたまま小休止。モンスターに会わなかったの幸運だが、そもそもここ何処だろうな。情報があんまりに少なすぎる。
………情報?
『おい、竜樹さん、ポーチ』
「何かあるといいんだが」
ここで初めて中身を改める。
落ち着いてからと揃って保留していたのだが、このままではなんともならん。
ポーチの数は四つ。それに鞘に収まったダガーナイフが一振り。
ダガーナイフは刃渡り20センチ前後の元世界では銃刀法に抵触気味な白銀色のナイフ。
軽いわりには刃が厚く、軽く木の枝に振ってみたところ紙のように切れた。どんだけのワザマエで作った品なのか。
まずポーチの一つを開く。これはポーション。透明な瓶に何かやや緑がかかった透明な液が満たされたもので、部位欠損はさすがに治らないくらいのレベルだろう。保険にはなるかもしれない、程度か。
続いて二つ目。
………おい、いきなり当たりだぞ。手紙が一通入っていた。
枚数は二枚、一通目は何か変な注意分のようなもの
『以下のものは持ち込まないでください………』
なんだこれ?
絶対に4月1日的な気分で書かれたものだ。変身ベルトって元の世界にもねぇよ。
書いてある意図が一切不明なので保留。二枚目。
『これを読む頃には君達にとっての異世界に戻っていることだろう。以下に、今後に関わるであろう案件を載せておく。可能であれば是非調べてみて欲しい』
どうやらこちらはアドミラルからのもののようだ。いや、一枚目もアドミラル作ではあるのだろうが、あっちはわけわからんだけに内容が解るものがありがたい。
内容については箇条書き。
1.妖精についての資料収集
2.陸三巌の名を持つ人形の入手、復元
3.人身売買を担う組織の壊滅
4.ゴーレム『AL』シリーズの発掘
5.怪獣に対する対処と撲滅
6.怪獣の存在理由と真相
7.オーパーツの入手
8.眠り姫
いや、なんだよこれ放置したフラグを回収する為のイベント表かよ。というか、前回にこれをよこせとも思ったが、考えてみれば時間そのものが足らなかった前回だと結局はイベントの消化が間に合わずに終わったな。あと、最後だけ内容が一切わからん。
さすがに竜樹だってダラダラ過ごしていたわけじゃないのだし。
他にもツッコミ所満載な内容だが、現状で役に立たないことだけははっきりとした。
深く溜め息を吐き出した竜樹も、期待はずれな内容にイライラしているようだが、無言で手紙を元のポーチへ戻す。まぁ、さすがに破って捨てていい内容ではない。多分。
残り二つのポーチを探る。なんか出て来いとか祈る。
町まで移動できるなんとかの翼とか、なんか移動用の動物が呼べるなんとかの笛とか野菜とか。
そして一つのポーチからはケースが二つ1セットで。内容部は黒い粉と白い粉。
わりと嫌な予感がしたのだが、竜樹もまず一粒ずつ口へ運ぶ。
「塩と胡椒だな」
『いや、確かに必要だけど』
とりあえず塩の粒を口の中に落として塩分を摂る竜樹。あぁ、なんかすっげぇ物悲しい。
そりゃあ前回が恵まれていたのは認めるけど、森の中で塩を舐めている現状がせつない。
オーロックさん、あんたが作ったご飯は美味しかったよ。
涙なくして騙れない悲喜こもごもはさておき、残り一個のポーチの中身で運命が決まる状況とか不安しかない。
さりとて他にできることもなく開く。
転がり出てきたのは何か宝石のような緑色の結晶体。あれだ、ダイヤの原石がなんか緑っぽい感じというか、残念ながら今はごつごつした綺麗な石ころでしかない。ぶっちゃけ使えない。
というか、手紙用意する時に入っている道具のことくらい書いて置けよ。
なにこれ換金用アイテムですか? お金使えるよーな状況じゃねぇとか想像しなかったのか。
一人と一匹が揃って溜め息を吐いている間にも太陽の角度が変わる。
有用なアイテムが塩って本当に泣くぞこの野郎。
どっからかチャカポコと変な音が聞こえてくるしマジで詰んだか。
「楽器らしき音が聞こえる。行ってみよう」
『いや、森で音楽とかフラグ臭しかしねぇ』
「既に餓死フラグ手前だ。今更過ぎる」
『アドミラルは箪笥の角で小指を複雑骨折してしまえ』
「俺の分も含めて両足分祈っておいてくれ。あと転んで腰骨も打ってしまうと尚良い」
一人と一匹で呪詛を吐きながら木々の間を進む。
そして目撃した空間に対し、一瞬阿呆のように揃って思考をフリーズしてしまった。
打ち鳴らされる木製ジョッキ。
粗末とはいえ文化的な机と椅子に、バンジョーに似た弦楽器を器用に弾き、唸り声とも叫び声ともつかぬ声で奏でられる素っ頓狂な歌。笑っているモノの傍で泣いているモノがいて、踊り始めた誰かに対して幾つモノ拍手が重なっていく。
ごくごく普通の酒場の風景。
そこに居るのが全てゴブリンでなければ、だが。
正直舐めていた。ゴブリン半端ない。
外見的には緑色の肌に荒い生地の上下という簡素な格好。革鎧らしきものを装備している存在も多いが、たまに緑色の肌の女性もいる。女性の方は比較的小柄だが人間寄りの外見をして居る。頭身が低く耳が大きいが、外見的には大きな隔たりもなさげ。
異世界っぽいというか、ギャルゲーっぽいというか。
そのまましばらく観察していると更に驚く。
「さっき鳥とったげっちゃが、おまえんとこいらんげっちゃか?」
「いいげっちゃな。焼いてツマミにするげっちゃ」
なんか訛りというか変な口癖みたいなものがあるが、聞いた限りでは人間の言葉を喋っている。ミスターなオークを見た時にも驚いたが、基本的に人型なら八割方が喋れる存在なのだろうか?
『竜樹、どうする?』
「悪い。正直、相手の反応が解らんので、声をかけるべきかかなり迷っている」
そりゃあそうだろう。あの人数に襲われたら逃げられん。
かといって、引き返して森の中に戻るのも遠慮したい。
仕方なく大きな音をたてながら木々の間から抜け出ると、人の姿に対してゴブリン達が警戒するよう僅かに喧騒が小さくなった。しかし、革鎧一つ持たない泥だらけの竜樹に気付くと、慌てたように数人が近付いてきた。
「お前さん迷子かげっちゃ? こげな森の奥来てよお生きちょったげっちゃな」
「水筒もなさそだげっちゃが、喉が乾いたげっちゃろう? おーい誰か水ばー」
もてなされてしまった。
鴉姿の俺さえ皿で水を与えられたのだが、竜樹は竜樹でえらく戸惑っているのが見て取れる状態。だよなー、あんまりに唐突だもんなー。
ポーカーフェイスまがいの薄っぺらい表情も、もう一人の自分である俺から見れば顔に出し損ねた感情がそこかしこから見て取れる。
「んだら森さ迷子なって一人でげっちゃか? 人間ってのは変なとこでタフでげっちゃな」
「んだんだ。わしらは人に比べりゃ力はあるが、こんの妙な根性だけじゃ絶対にかなわんげっちゃ」
むしろ人間よりよっぽどフレンドリーにさえ感じる。
俺も竜樹も、街に居るより気分が随分と楽なくらいだ。
「人の居る方ってどっちですか?」
「このまま村の北抜けて獣道の先に村があるげっちゃ。ただ、その間がなぁ」
「何か問題でも?」
「戦士気取ったクソガキ共と、隣のクラパーチが小競り合い始めてげっちゃ」
なんでも、森で死んだ冒険者の一団から武装を剥いだゴブリンの若い衆が、調子に乗って暴れまわっているという。村に迷惑こそかけてはいないらしいが、近隣のモンスターの巣を荒らす、隣の縄張りに居るクラパーチ・ディアボロスの若手と睨み合っていると、騒ぎの元になっているとのこと。
「クソガキ共は徒党組んでげっちゃが、クラパーチさ本気出したら瞬く間に半殺しげっちゃ」
「あっちは数こそ少ねでげっちゃが、ワシ等なんかと桁が違う力をもつもんでげっちゃ」
「諌めないとならねでげっちゃが、あいつら、どこぞに隠れとるんで困っとるんでげっちゃよ」
悪ガキなんぞ何処でも同じなのだろう。げっちゃげっちゃと特徴的な喋りで困った困ったと酒をあおるゴブリンのおっさん達。なんだろうこのしまらねぇ感じ。とにかく、森を抜けるには北側に行くしかないようだ。
「んだら食えっちゃ、食えっちゃ。」
「いや、金が無い」
「気にするもんでなかげっちゃ。若いのに律儀すぎるちげっちゃ」
そのままたらふく食わされた竜樹は、しきりに頭を下げながら村を後にした。
本当にこの世界は予想外なことばっかり起きるな。
一晩くらい泊まっていけとも誘われたが、それに対し「太ったところを食われるのではないか」とか想像してしまった後ろめたさに背を押され、先を急ぐと伝えて森へ逆戻りした次第である。
そしたら今度は干し肉だの水の入った水筒だのをくれた。
見ず知らずの自分にここまで持て成してくれるのかと竜樹が頭を下げれば、鷹揚にまたゴブリン達は彼の肩を叩く。
「困っとる時はお互い様でげっちゃ。若いもんが遠慮ばかりするでなかでげっちゃよ。わしらシールガンはそう生きてきたもんでげっちゃて」
なんと懐の広い人々か。ゴブリンの氏族シールガンの彼等に何度も礼をつげて去る。
あと、わざわざ方位磁石もくれた。たまたま拾ったものだそうだが、おそらく森で冒険者が落とした品なのだろう。なにやら黒い金属で枠が作られており、妙に高価そうな印象を受けるような品であった。
村まではまだ遠そうだ。
次回は来週金曜日8月14日予定です




