読書/夏目漱石『坑夫』 ノート20180522
夏目漱石『坑夫』1908年
.
主人公〈自分〉は、19歳だというから、旧制高校生くらいだろう。良家の子息だ。
物語は大きく前半と後半に分かれ、ターニングポイントとエピローグがつく。前半は、東京を当てどなくさ迷っていた〈自分〉が、ポン引き(周旋屋)の長蔵さんにスカウトされ、列車と徒歩で、栃木県足尾銅山に向かうエピソドだ。長蔵は、途中で、少し頭の弱い赤毛布や、野生児の小僧をスカウトして、旅を続ける。足尾銅山の飯場到着で、物語前半の冒険が終わる。
ターニングポイントは、足尾銅山の飯場の描写だ。長蔵さん〈自分〉は〈自分〉を、飯場の一つに預けると姿を消した。他の二人は他の飯場で残炭拾いをやらせるようだ。婆様が切り盛りしている布団には南京虫がいる。飯はやたらとマズい。それでいて、布団も飯も有料。坑夫は熟練工になると、かなりの日銭を稼ぐ。だが、兄貴分とかに上納したりするので、実際にはそうそう稼げるものではない。余った金は、博打ですってしまう。挙句の果ては、栄養失調から衰弱死してしまう。飯場の隅にはそういう坑夫が横たわっていた。坑夫たちは、〈自分〉に対して敵意丸出しだ。飯場頭の原さんは、〈自分〉に、教養があることをすぐさま見抜いて、旅費は貸してやるから、帰郷しろという。だが〈自分〉がそれでも年季を務めあげると強情を張るので、ベテラン坑夫の初さんを案内役につけた。そして物語は後半に入る。
案内役の初さんは、意地悪で、新米の〈自分〉が足腰の立たなくなるように、意図的に坑道最深部に連れ込み、ヘバッタところで置き去りにした。洒落にならない苛めだ。下手をすれば死んでしまうではないか。〈自分〉は迷路のような坑道をさすらい、運よくベテラン坑夫の採掘場にたどり着く。安さんは、〈自分〉と同じような境遇で有識者だった。地上が絡んで、相手の男を刺し、治外法権になっている銅山へ逃げ込んだのだ。安さんは、親切なことに、〈自分〉を、判り易い坑道の主要幹線まで案内してくれた。飯場長のところに独力でたどり着いた〈自分〉をみた初さんは、新米を坑道で置き去りにしたことがバレ、赤っ恥をかく。こうして、後半の冒険は終わる。
エピローグは、翌日、銅山の規定により〈自分〉は、診療所で健康診断を受け、気管支炎にかかっていることが判明し、見事に坑夫不適格者となったことで始まる。〈自分〉が途方に暮れていると、飯場長の原さんは、坑夫たちの大半は文盲である者が多く、給金こそ低いが、飯場内の出納帳を預かる帳場係にならないかと持ち掛けてきた。飯場長の片腕になった〈自分〉は、別の飯場で兄貴分をやっていた安さんとの友誼を持ったことによって、獰猛な坑夫たちに一目置かれるようになった。そして、半年の契約期間を満了し、貯めた旅費で帰郷する。
〈自分〉は、全編を通じた随所で、ポツポツと、坑夫になった動機を語っている。上流階級の出自であること、学生であること、美しい許嫁がいて、さらに美しい恋人に惹かれ、三角関係を清算しようとしたのだが、死にきれず、坑夫になって死のうと決意したのだ。しかし、案内役の初さんの嫌がらせで、真っ暗な坑道に置き去りにされたことで、逆に生きたいと考えるようになったのは皮肉なことだ。
私は、先に、漱石の『硝子戸の中』を読んだのだが、この中の最初の方で、――長野県までの汽車賃が欲しいので、自分の体験を話すから取材料をくれ。――と売り込んできた人物は本編の主人公ではなかろうかと考えている。
ノート20180522




