自作画集/「積善館」「紫雲寺海岸」「磐城館」「珈琲ゼリー」 ノート20180622
Ⓒ奄美剣星/「積善館の渡り橋」2006年(水彩)
昔、薄給の中から小銭を猫の貯金箱にいれることを習慣にしていた。満杯になったとき、旅行に行ったり食事に出かけたりしたものだった。
場所は群馬県の四万温泉。行ってみてびっくり、旅館はおろか、パチンコ屋、射的場まであり、繁華街までが昭和時代で時間をとどめており、宮崎アニメ『千と千尋の神隠し』そのままの世界だった。――『千と千尋の神隠し』の舞台は、坊ちゃんの舞台になる松山温泉がモデルとのことだが、こういう感じの温泉は戦前は日本中にあったらしい。――宿にしたのは群馬県四万温泉にある積善館もその一つ。訊いた話しによると、江戸時代から三百年つづく老舗で、建物の一部は重要文化財に指定されており、酒井法子がヒロインの母親役で出演したNHK朝の連続テレビ小説『ファイト』、木村拓哉主演『伊豆の踊子』ほか名だたる映画・ドラマの舞台となっている。温泉はかけ流し。
街路から旧館横の赤い橋を渡ると、本館に至る。仲居さんは重要文化財である建物を観るように進めてくれたのだけれども、私はこの橋の上から望む向こうの渡り廊下が気に入ってスケッチした。絵は二日がかりで完成した。
渡り廊下は、江戸時代風である右手の旧館と、大正から昭和時代初期風である左手の温泉施設をつないでいる。本館は、画面枠外で、温泉のさらに左にある。ときどき渡り廊下のガラス窓越しを仲居さんたちが小走りするのが望めた。
スケッチをしたのは四月。まだ肌寒く感じたのを記憶している。
Ⓒ奄美剣星/「紫雲寺海岸」2005年 (ボールペン・水彩)
新潟県に長期出張したときに、紫雲寺海岸をスケッチした。その年は、10月初旬で、季節外れの夏日だった。
テトラポットに遊ぶ少年たちは、絵の背後にある自転車でやってきた。左横にパラソル、自家発電用風車、サーフィンとグライダーが一緒になったような競技をする人々とにぎやかなところだった。
途中、アラブもしくはインド人中年男性二人がが私をみて微笑んだ。彼らが振り返った先には、ロシア系と思われる四肢の長い、豹柄のハイレグ水着をきた女性二人がいた。彼女たちが、泳いできて上陸し、砂浜に横たわった。すると日焼けした男性二人が、私を見てニヤリと笑った。
――あのお、私、いちおう日本人なのですけど~。
Ⓒ奄美剣星/「磐城館」 2002年 (水彩)
磐城館は、昔、福島県いわき市平にあった瀟洒な喫茶店だ。最寄り駅は、かつて平駅と呼ばれていたところの、いわき駅だ。いわき駅後背の高台が平城である。そこは伊達家に備えて徳川家の重鎮・鳥居氏が築いた城で、いく家かの城主が交代した。戊辰戦争と第2次世界大戦で市域はほとんど焼失している。それでも歩いてみると、古い土蔵の商家を散見できる。
店の並びを「本町通り」という。そこはかつてのメインストリートで、国道六号線が通っていた。少しさびれてはいるが、書店、楽器店、文房具店が並んでおり、かつての名残りがある。
帰省するとよく立ち寄ったものだが、紅茶を注文してみると、メニューに「キームン」と書いてあった。
一般向け専門書によると、トワイニング社の薫製茶「プリンス・オブ・ウエールズ」は、(キーマンがベース)とあり、産地である中国語では祁門。少し離れた町に廈門というのがあり、現地の言葉で(アモイ)というのがあるから(キモイ?)──あ、失礼。
「キーマンをください!」
「え、キームンのことですね?」 店長から予想した返事がきた。
数年後、私は、祁門茶をそう呼ぶこともあるということを知った。
Ⓒ奄美剣星/「珈琲ゼリー」 2004年 水彩
アイスクリームを載せた珈琲ゼリーは、群馬県高崎市の珈琲館で描いたものだ。珈琲館は首都圏にあるチェーン店だが、昨今、わが郷里にもできた。描いているうちにアイスクリームが溶けてくる清涼感が楽しい。珈琲といえばバッハの曲に『珈琲カンタータ』というのがある。
バッハ『珈琲カンタータ/第4曲 アリア』ソプラノ、フルート、通奏低音
http://www.youtube.com/watch?v=ugaKDS3R_ZM
訳・引用 http://www.ebach.gr.jp/kaisetsu/bwv211.htm
(リースヒェン)
ああ、コーヒーの味の何と甘いこと!
千のキスよりまだ甘い、
マスカットよりもっと柔らか。
コーヒー、コーヒー、コーヒーなしじゃやってけない。
私を何とかしようと思ったら、
コーヒーをくれるだけでOKよ。
『珈琲カンタータ』裏話
http://www.ucc.co.jp/enjoy/column/column.php?cc=49




