7 小鳥遊真白-3
「コレクションルームとかいう図書館の蔵書スペースみたいなのあるだろ。生憎、俺に物を集める趣味はないんだ。トレーニングルームに改造したい」
新米メイド四人組は、同じ卓でつくしの言葉を聞いていた。真白の前には、メニュー名にして「メバルのソテー定食」と言うべき献立が並んでいる。春が旬の白身魚メバルは、寮のスタッフが手配してくれた。
朝食の際、「クヮァラスの」云々と叫んで卒倒しそうになった彼女は、つくしの不用意な外出に関する話題を打ち切り、昼食の希望を尋ねた。すると、山あいの田舎集落では海の幸に滅多にありつけなかった、オーソドックスな白身魚のソテーが食べたいと、はっきりした答えが返ってきた。加えて彼は、真白たちも一緒に食事を摂らないかと提案してきた。現代における身分の壁は、過去のそれと比べて明らかに低い。主人が使用人を食事相手にすることは珍しくないと、昔習った記憶がある。しかし、「男性付き」の候補になってから、そういう話はとんと聞かなくなった。
驚きながら、真白は「承知しました」と答えた。
「機材の中でも、とりわけランニングマシンはすぐ欲しい……」
つくし様って男の子なのに、やっぱり変わってるよな。真白はぼんやり考える。メイド実習で学んだ典型的な男の子の性格、すなわち物静かで臆病とは程遠い。もちろん男の子も人間だから、誰も彼もが典型例に当てはまる訳ではないが、それにしたって外れすぎだ。少なくともこの人は、部屋の中で大事に育てられてきたようには見えない。
「あ、俺から食べないとダメな感じか。いただきます」
つくしがサラダを口にした。彼の咀嚼を見届けてから、真白たちも食事を始める。異性と食事する初めての経験に、真白は内心ドキドキしていた。箸を落とさないように注意しつつ、懸命に所作の美しさを保つ。
料理当番は小茂鳥ろこだった。魚の切り身を口にした真白は、こいつ、自分の好みに寄せやがったなと、ろこに対して呆れを抱いた。オーソドックスな白身魚のソテーというオーダーなんだから、味付けで自己主張するのはやめてほしい。
「おっ。魚の味付け、良いな」
勝ち誇った笑みを同僚に振り撒くろこ。真白の心中に、髪色とは正反対のドス黒い嫉妬が渦巻く。
ボクの右拳はきっと、あのドヤ顔を沈めるために固く握り締められる。
「話を戻して、ランニングマシンが欲しい。どうも俺は、気楽に外に出て走れる身の上じゃあないらしいし。朝は真白に叱られちゃった」
「当たり前です! ろこみたいな痴魔女に襲われたらどうするんですか!?」
「真白、ケンカ売ってる? 魚のおかわり作る? ローリエと間違ってユーカリ使っちゃうかもしれないけれど」
「ごめんな真白。これからは注意するから」
「つくし様! 怒りをあまり表に出さず、実は邪悪な部分もある真白ちゃんがプンスカ常識を説く意味をよぉくお考えくださいね! 外出なさりたい時は、我々にご相談いただければ嬉しいです!」
「桂亜、ボクのパーソナリティをダシに説教しないで」
「真白って邪悪なの? いったいどの辺が?」
男の子の純朴かつ澄んだ瞳が、真白の方角を向いた。清浄な光に耐え切れなかった真白は、目を逸らした。
彼女は、性欲を満たすためなら年齢詐称や人払いといった違法術式の獲得に躊躇しない己の邪悪さを深く自覚していた。誇りでもあり、コンプレックスでもある。つくしのメイドにスカウトされたのは、なるべく早く仕事を回してもらおうと、認識改変魔法の開発を試みる最中だった。査定官のお局に、自分を実態よりも高く評価してもらうためだ。
こんな自分が嫌い、ではない。しかし、お天道様に顔向け出来るとも思っていない。つくしの美しく綺麗な瞳は、太陽と同等の輝きを放っている。
そうか、ボクはここで祓われるのか。真白は観念した。
「まあ、多少は邪悪な方が魔法の深淵に迫れるって、静江おばあちゃん──俺の先生言ってたよ。それにさぁ、心に悪魔を飼ってる女の子って、男のダメなところもちゃんと使ってくれそうで、良いよな」
「……っ!」
つくし様が、ボクの汚い部分を照らしてくれた?
しゅき! 早くえっちしたい。よし、学校が始まったら、鳳と家格の合う出自の女とつくし様を即行至らせて、ボクの順番を早めるぞ。どんな手を使っても。
真白は心をポワポワさせた。つくしに対する判定が、一時的に甘くなる。
「では早速皆さんに、外出のご相談をさせていただきたく。俺、トレーニング機材は、自分の目で見て選びたいんだよね。だから、今日の午後三時辺りでスポーツショップに行きたいんだけど、どうかな? みんなか、無理そうなら中葉さんが同伴で」
先ほどまでの真白なら「舌の根も乾かぬうちに」と眉を顰める要望だったが、心に住み着く薄汚い悪魔を肯定されたばかりの彼女は、ピンク色の脳みそで前向きに検討する。
真白たち「男性付き」メイドは、いつ如何なる時でも仕える男の子を守れるように、厳しい肉体的訓練を受けてきた。しかも男体に興味津々な真白にとって、長袖長ズボンの上からであっても、つくしの肉体が緻密に作り込まれたものだと看破するのは容易なことだった。彼は鍛錬を習慣化していて、しかも、かなりのリソースを割いている。男の子なのにストイックなのしゅごい。実店舗で機材を選びたい、それくらいのこだわりはあっても全然おかしくないよね。
つくしの首周りにチラリと視線をやって、真白は喉をごくりと鳴らす。エロい。未体験のエロさだ。あんな猥褻物を隠さなくて良いのか。いや、隠して欲しくはないけれど。つくし様の体、ステロイド打ちまくった女郎みたいにゴツくないのに、圧があるよな。相手を屈服させる「形」になってる。
分からせられる。女なのに、天井のシミを数える側になっちゃう……、ボク、ベッドじゃ蹂躙されちゃうよ……♡
「つくし様ァ! ボクらがエスコートしますので! 安心して機材をお選びください! そんじょそこらの痴魔女なんて、四人のスーパーウルトラエクソシストフォーメーションでとっちめてやりますよ!」
「うおおぉ、真白ちゃん、やる気全開だ! つくし様! 私も、真白ちゃんに負けないように頑張りますからね!」
「私も誠心誠意、全力を尽くします。有象無象の女に、つくし様は汚させない」
真白のエンジンフルスロットルな返事に、桂亜とろこも力強く追従する。
「なんて頼りになるメイドさんたちなんだ……、ホントありがとな! 朝、黙って出て行ってマジでごめん! 昨晩ちゃんと話し合っときゃ良かった」
結果、主従揃ってスポーツショップに行くという方向性で、机の雰囲気は纏まりかける。
しかし、美羅だけは渋面を晒して、納得していない様子を見せた。いつもはノリの良い姉貴分の、和を乱すような振る舞い。真白は訝しむ。もし真白が冷静だったなら、美羅の態度の裏にある事情を探った。そして、現在進行形で旋風を巻き起こしている、「鴉の貴公子様」盗撮バズ事件を突き止め、前言を撤回しただろう。残念ながら冷静ではなかったため、ノリに逆らう美羅に、ジトリとした視線で圧を掛けるだけにとどまった。
つくしの、何事かの念を美羅に送りつける必死の表情に、気づかなかった。
「あのー、ほとぼりが冷めるまでは……、えーと、入居してほとんど時間も経ってない訳ですし、そうお焦りにならなくともよろしいのではないですか? 使用人区画にもランニングマシンなど置いてありますし、しばらくはそちらを使ってはいかが……」
「!? 美羅は、あんなボロい骨董品をつくし様に使わせる気なの!? ヨタヨタのババアマシンが、つくし様のハッスルマッスルから繰り出されるズッコンバッコンインパクトに耐えられるわけないでしょ! 摩擦で発火しちゃうよっ」
「それはぁ、そうなんだけど」
「分かってるなら答えは一つ! 早急につくし様のトレーニング環境を充実させて、つくし様にはもっとお強く、そして、夜戦継続能力も高めてもらうの! 『ハッスルマッスルズッコンバッコン、燃え上がるのは私たち!』作戦、胎動だあぁああっ!!」
「あの、真白ちゃん? 真っ昼間からつくし様の前で汚い欲望ダダ漏れだけど、頭大丈夫そう?」
チョロい上に煩悩塗れのヒロイン!!!




