6 匿名SNSに写真の無断流出、鬼バズり
うぅむ、やっぱり外出は歓迎されなかったな。
朝食を済ませた俺は、大臣のエグゼクティブデスク並に豪華な勉強机の前で、腕を組んで黙考していた。歓迎されないどころか、まさか、あのちっこくて全体的に白っぽい小鳥遊さん、もとい真白が、あそこまでの剣幕で怒鳴るほどの禁忌だったとは。温厚そうな女の子なのに。
浅はかだったと認めなきゃいけない。俺の軽挙妄動で自分が酷い目に遭うだけならともかく、周りの女性を徒に刺激して、犯罪者にしてしまう可能性が生じるとなれば、外出の自由は諦めるべきだ。なのに、前世の記憶が重石になって、男が女から性的に見られることにイマイチ深刻になりきれないんだよな。常に自分で戒めとかないと、いつの間にかフラフラ徘徊してそう。
とりあえず、特別な事情がない限り、単独での外出は控えることにする。でも、気軽に走りに行けないのは辛いな。ランニングマシンを導入したい。
自分の目で見て選びたいから、オンライン購入は嫌だ。単独外出はダメでも、メイドさんの誰か、あるいは中葉さんと同伴なら、スポーツ用品店でのショッピングくらい許されると思う。昼食の時にでも打診してみるか。
壁に囲まれての引きこもりライフは、性に合わないけど我慢しよう。二週間後に学校が始まれば、外の空気を安定的に吸えるようになる。
「ああそうだ、学校か。学校も女の子ばっかなんだよな? 女の子に馬鹿って噂されたら泣いちゃうよな〜」
マインドを切り替えて、俺は、勉強の予習に着手する。
中二までの内容は、静江おばあちゃんから一応習った。双方とも魔法にお熱で座学はおざなりだったけど、前世の知識が残ってるおかげで数学・国語・理科は余裕なんだよな。もちろん、理科には魔法がある世界ならではの学習事項も多数あるのだけど、それらは魔法を習得する上で切っても切り離せないものだったから、静江おばあちゃんと一緒にきっちりやった。
問題は社会、特に歴史。世界の地形が前世とほとんど同じなのは助かるんだけど、魔法と変異体のせいで、人類が歩んできた経路も、歴史的イベントの質感もまったく違う。
例えば、戦乱時代の優れた英雌(この世界では、「雄」ではなく「雌」の方に「ゆう」の訓読みが付けられている)に、地形や天候、兵站で引っかかって戦争に失敗するエピソードがない。多分魔法でどうにかしてる。代わりに、領土の広域化で変異体の討伐に遅滞が生じ、その跋扈を許して衰退するケースが多い。竜型みたいな、単に強大な変異体が出現して社会に混乱をもたらす場合もある。一人の英雌がいれば領土拡大は出来ても、勢力はすぐに滅亡してしまうため、支配層の入れ替わりが激しくなる。どの地域でも、狩猟師の組合を管理出来るくらい文字・算術・魔法が発展し、変異体を追い払って農耕や畜産が安定して行えるようになるまでこの傾向が続く。
ちょっと蓋を開けるだけで、だいぶファンタジー世界と分かるだろ? ファンタジーじゃない世界から転生してきた俺、歴史観については適応が未完了だ。
付け加えて、歴史の教科書に、「その英雌は何故戦争を起こしたか」的な動機がほとんど記述されていないのが痛い。物語のない歴史は、どうしたって無味乾燥なものに感じられてしまう。
ピンポーン、と音が鳴った。
俺の個室にはインターホンが付いている。部屋が広すぎて、扉のノックを聞き漏らす恐れがあるからだ。小型モニターをチェックしてから、応答用の受話器を取る。
「どうぞ、葉鳥さ──美羅」
意識して呼び捨てにした。
金髪(真白によると地毛らしい、彼女の真っ白な髪と同じく)の美女が入ってくる。ナイスバディなお姉さんのはずなのに、昨日よりも仕事着の装飾がゴテゴテしていて、体のラインが見えづらくなっていた。
内心でシュンとする。表には出さない。
「お勉強中でしたか? 歴史ぃ? 歴史がお好きなのですか? 意外です」
「いやあ、これっぽっちも好きじゃなくて、苦手だからやってるというか」
「えーっ!? せっかくのお休み期間なのに根詰めすぎちゃダメですよー? 小中高の歴史なんて、好きじゃなきゃただの苦行じゃないですか? 出来事が羅列されてるだけで、その日その時その場所の、人の心が省かれてるから」
「おお、美羅も通った道か」
「はい、通らせていただきましたよ。まあ事情もありまして、女が動く理由なんて大半が男の子を攫って犯すためなんですが、思春期メスザルが真似したら大変ですし、男の子も怖がっちゃうでしょ? だから検閲されて、もう勢いで、数少ないまともな動機部分もカット〜、みたいな。あれ、この裏話、男の子に話していいヤツだったかしら?」
良くないヤツなんじゃないっすかね?
だってそれだと、この世界の女の人、蛮族ってことになっちゃうし。内輪の女子トークで盛り上がるための誇張された創作なんじゃねーかな。真に受ける男がいたら大変だ。
とりあえず、腕組みの姿勢で記憶を探る美羅さんの姿は、大変良い。あなたほどの方が腕を組むとちゃんと「そう」なるんだという純粋な発見がある。
「で、本来はどのようなご用向きで?」
「うあっ、忘れるところでした。あのこれ、つくし様ですよね?」
スマホが差し出された。画面を眺める。
軽装の男が、カラスを片手にぶら下げている。生き物の命を奪ったばかりだからだろう、顔つきがすごく真剣だ。
「うーん、どう見てもさっきの俺」
「やっぱりそうですかぁ。Z-Board見てたら鬼バズっててびっくりしました。落ち着いて聞いてくださいね? 投稿は鳳家の圧力で短い間に削除されましたけど、写真やスクショはいっぱい保存されちゃったと思います」
「こんなのが鬼バズっちゃったの? なんで?」
「なんでって……。女を突き刺し貫き通す、未知なのに本能疼くかっこよさ。バズらないわけないでーす」
本能疼くかっこよさ、ねえ。そう褒めてもらえるのはめちゃくちゃ嬉しいけど、SNSインフラ時代にバズるほどのもんじゃないだろ。ああでも、そうか、男が珍しい世界だから、男ってだけで過剰反応されるのかもしれん。
「投稿者の技術がすごかったのか、被写体一点集中で背景はめっちゃボヤけてるので、写真自体から場所の特定は難しいはずなんですけど」
「通行人が五人、寮の門番をしてた警備員さんが二人。この七人が口を割らなければ、今すぐ場所バレってことはないだろ。あと、ずっと田舎にいた俺の顔が知らないうちにメディア露出してるなんてそうそう考えにくいし、身元の方も、学校が始まって名簿が出るまでは心配しなくていいな。時間はたっぷりあるってことだ。まず寮側と相談しよう。念の為に聞くけど、名前は出てないよな?」
「は、はい。確認した限りですけど。みんな、『鴉の貴公子様』って呼んでます」
「貴公子……?」
持ち上げられすぎでは? 肌が痒くなる。自認、山を駆け巡る野猿なので。
いや、俺は一応、鳳家なる大貴族の御曹司なわけだから、貴公子本来の意味だったら当てはまってるのか? ひょっとして正体バレてる? 身元の特定、もう済んじゃってたりしない?
「しっかし、外出のハードルがまた上がっちまったなあ……」
「すっごく冷静ですね、つくし様」
実店舗でランニングマシン購入計画の雲行きが怪しくなってきた。悩む俺の隣で、感心したように言う美羅さん。
「うん? 写真がバズって、もっと舞い上がると思ってた?」
「いえ、その、繊細な男の子は、注目されると萎縮する傾向にあると習いましたから。特にZ-Boardなんて、ドブから生まれたドブ子ちゃんみたいな女どもの巣窟ですし、てっきり怖がらせてしまうかと……」
「あーそっち?」
美羅の懸念は尤もだった。匿名SNSなる魔境にいきなり無断で情報流されてそれが注目を浴びているとなれば、決して繊細じゃない俺みたいなズボラ男でも、もう少しシリアスに捉えるのが普通だろう。村にいた頃なら早い段階で警察への相談を決意してた。
「静江おばあちゃんと恵華おばあちゃんに言われた。『国に尽くしなさい』と」
美羅さんは困惑したように眉を顰めて、何か言いたげに口を開きかけた。しかし、俺と視線を合わせた後、唇を閉じ切らないまま、ポカンとして見つめるばかりになった。
「だから、どこかで表舞台に出る覚悟はあった。それが早まっただけさ」




