3 小鳥遊真白-1
「真白ちゃん、ありがとね。おかげでなんとか耐えられた」
「ううん、ボクも、ボクだけだったら我慢出来なかったよ」
衣擦れの音が、使用人区画の更衣室に響く。主との初顔合わせを済ませた四人の新米メイドは、仕事着を脱いで、私服に着替え直していた。
衣を皮膚から剥がそうとする度に、滲み出た水分のせいで引っかかりが生じる。メイドの一人、小鳥遊真白は、ムレムレな布の内側から漂ってくる、いつもなら意識しない自分の体臭を嗅いで、内心、無性に恥ずかしく感じていた。どうせ、夕食を済ませた後は、すぐシャワーを浴びるのに。もったいないと思いつつ、真白はボディシートで肌を拭う。
全部、ご主人様が悪いと、真白は頭をカリカリ滾らせた。ただでさえ、リアルで男の子と初めて会うということで緊張していたのに、あの人は、自分如きのチンケで輪郭もない理想を、翼の生えたペガサスのように飛び越えていった。
頬がまた、熱くなる。
「でもさー、手応えマシマシだったよね?」
喜色に溢れた声音で、美羅がそう言った。真白は、分厚いゴムがブチンと千切れたような心地に襲われる。全部ご主人様が悪いのではなかった。最後に発情して暴走し掛かったのは、この女のせいだ。
「もおおお! 美羅があんまりにも明け透けに言うから、ボクもスイッチ入っちゃったんじゃん! そりゃあ手応えはすんごくあったけど!」
「そうだよ美羅お姉ちゃん! 確かに手応えはめちゃくちゃあったけど、あんなの博打にも程があるよ! 初っ端からガツガツ下心見せすぎて、つくし様に怖がられたり嫌われたりしたらどうすんのさ!?」
真白に続いて、桂亜も追撃する。
美羅は素直に謝った。ただし、言い訳付きで。
「ご、ごめんなさい。可愛いとか魅力的だとか、ご主人サマがあんまりにも持ち上げてくれるものだから、つい調子に乗っちゃって……」
「美羅先輩、軽率ではあったけど、責められない。私も火照りで脳みそやられて、どうにかなりそうだったし。というかさ」
先輩の顔を立てながら、ろこが三人に問いかけた。
「習った話と、全然違くない?」
真白は、ろこの意見に心の底から同意した。他二人と一緒に深く頷く。
真白たち四人の新米メイドは、鳳家に仕える使用人家系の出身である。幼い頃から使用人になるための訓練を受けた。少なくない数の子供たちが脱落していく中で、この四人は、「男性付き」希望が通るぐらいに優れたパフォーマンスを示した。厳しいメイド術の修行に耐えられた所以は、彼女たちの高い基礎能力もあったが、より直接的に効いた要素は、女性が積極的にならざるを得ない世界においてなお、最強クラスの異性への関心だった。
四人とも、男の子と会話すらしないまま朽ち枯れ果てる人生が嫌だった。
当初は互いにライバル視していた。しかし、とある事件を契機にして、四人は固い絆を結ぶことになる。
しょうもない事件だった。ある日、魔法の得意な真白が年齢詐称魔法(もちろん違法術式に当たる)を自力で開発。成人女性向けゲームを秘密裏に購入するも、美羅、桂亜、ろこの順にバレてしまう。その後、なんだかんだあって、皆でえっちなゲームの隠匿に走った。
きっかけはどうあれ、四人は仲睦まじく、常に纏まって行動するようになった。やがて、ギスギスしがちな「男性付き」希望組では珍しく、セットとして認識されるようになった。このことが、鳳家の「奥様」、すなわちつくしの母親にとってプラスに映った。
──訓練生だった頃、将来男性に仕えることになるだろう四人は、男性の一般的な傾向についても教えられた。
貴重な男性は、生まれた瞬間から女性たちによって大切に育てられる。安全な屋内で、物質的になるべく不足のないように。よって、肌は色白で、標準以上の食欲があれば恰幅良く、少食なら痩身に育つ。
また、性格は基本的に控えめかつ繊細で、男性から女性に話しかけてくることはほとんどなく、女性から迫りすぎると恐怖させてしまう。暴力的な行為や表現は好まない。ただし、少し鍛えた程度の女性よりは、男性の方が強い力を持つ。
趣味の時間以外は部屋でぼんやり過ごす。義務は淡々とこなす。
「肌は日焼けされてたし、恰幅良くもなければ痩身でもなかったよね。長袖越しの憶測なんだけど、肉の付き方、プロのアスリートみたいだった」
四人の新米メイドたちは、つくしよりずっと早く、昼のうちに男子寮の最上階フロアに到着していた。待機時間のうちに作ったカレーをよそいつつ、真白はニヤニヤ笑う。
「ボク、痩身派だったんだけど、無警戒の角度からズドンといかれた気分」
「分かる! 未知の感覚。正直言うとさ、あの腕を見て、抱きしめられたいって思っちゃった。我ながら情けないよね、女なのに……。私がつくし様の肉壁になるんだから、鍛え直さなくちゃ!」
桂亜は大口を開けて、ムンとカレーを頬張った。そして、「誰!? カレーに直接、福女漬け突っ込んだの!?」と怒りをあらわにする。
「意外とイケるでしょ? でもさー、桂亜ちゃん。鍛え直すって言ったって、私たち、結構頑張ってきた方じゃない?」
ダボっとしたYシャツの袖を捲って、腕の肉を摘む美羅。
「メイド術の練習全部サボって筋トレに回しても、つくし様ぐらい鍛えられるビジョン、湧かないんですけど」
「やる前から諦めるのは良くないよ美羅お姉ちゃん! でも、同意」
「鍛錬するなら、実は男の子の方が筋肉付けやすいらしいという仮説がある。愛読してる健康科学系の雑誌に書いてた」
「へー、ろこってそんなの読むんだ。知らなかったよボク」
「うん、読んでる。たまに男の子の体に関する特集が組まれる」
「えーっ!? ろこお姉ちゃん、そんなの私も見たいに決まってるじゃん! どうして教えてくれなかったの!?」
「本屋に置かれてる部数が少なかったから。売り切れる確率を減らしたかった」
「健康科学かぁ。ボク、つくし様から、つくし様ご自身のお体を教材にして、男の子の秘密についてじっくり学びたいな、うへへ……」
真白が、内なる欲望について口を滑らせた途端、食卓の会話が止まった。彼女の可憐な顔に向かって、他三人の視線が集中的に注がれる。メイドやめてエロゲライターにでもなるのかとでも言いたげな仲間達の表情に、真白は、穴があったら入りたい気持ちになった。カレーの効果も相俟って汗が止まらなくなる。
三人の顔つきが優しくなった。
「早速ご主人サマに入れ込んでるわねー、ムッツリ真白ちゃん」
「気持ちは分からなくもないんだけどさ、エロザル真白ちゃん」
「ご飯中に垂れ流していい電波じゃない、ヘンタイ真白」
「あうあうあう!? つ、つくし様はさぁ! 体型の他も、教科書の内容と一切合切違ってたよね! 自分から私たちに話しかけてくださったり、すっごく好意的に褒めてくださったり、地味に自己紹介で槍が得意だと仰ってたり、私たちが暴走し掛けた時も、むしろ喜んでそうな雰囲気を醸してたり……」
喜んでそうな雰囲気を醸すつくしの姿が、はっきりと脳裏に浮かんだ。
真白は口をパクパクさせる。自爆の火を消すための話題転換だったのに、また自爆した。しかし今度の爆撃は、他の三人を巻き込んだ。
つくしのあの反応が、乙女の獣性をフランベにする。
「つ、つくし様が、つくし様ご自身が、ふひっ」
真白の斜め前、ろこが口角を気持ち悪く歪める。
「ご自身の判断で私たちに手を出せば、いひっ♡ 正妻となられる女に、不誠実ではなくなるのではと、私、思考」
真白の背筋にひゅっと怖気が走り、茹だった頭が冷却される。
ろこが垂れ流した電波は、真白の無害な妄想とは異なり、冗談では済まされない危険な考えだった。
幸運にも、他の女に先んじてつくしに近づくことは出来た。しかし所詮はメイド、下の女に過ぎず、序列上位の夫人にはなれない。もちろん一番愛して欲しい、でも、体裁上は絶対に一番になれないのだ。故に、春からつくしが通う花央院学園には必ず存在するだろう、鳳つくしと家格が釣り合い、かつ交際を望む女性より先に関係を持てば、将来、鳳つくしハーレムにおける確執の要因になる。
つくし様に不幸をもたらすかもしれない。それは、絶対に排除すべき可能性。
美羅と桂亜に目配せして、真白は席を立ち上がった。痴魔女に堕ちようとするろこを三人で取り囲み、頭に連続全力チョップを喰らわせる。
祓魔の儀式は無事に完了し、ろこは理性を取り戻した。
貞操逆転世界なので、女の子は割と簡単に闇堕ち(痴魔女化)します。かわいいね。




