2 新生活、四人の新米メイド付き
前世基準なら大きめなのに、リビング全体と比べるとあまりにも小さいダイニングテーブルに着席すると、エレベータ方面の扉から、ゴツめのワゴンを押す女性が現れた。割烹着を正装にするとあんな感じになるんだろうな、という服をお召しになられている。ママみと上司みのマリアージュだ。
手前に小鉢が置かれた。酢漬けのホタルイカだ。ホタルイカ、好きなんだよな。
箸を持とうとして、中葉さんが立ったままであることに気づく。
「お食べにならないんです?」
「はい、つくし様へのご案内が済んでおりませんので。お食事のままお聞きください。フロアの維持管理について説明いたします」
頷く。触れないわけにはいかない話だ。こーんな広い住居、ヴァイタリティには自信のある俺でも、一人で面倒見切れるはずがない。清掃、修理、電力・ガス関連の業者の定期的な出入りについての確認かな、多分。
「フロアの維持管理は、寮が契約している業者ではなく、鳳家に侍る使用人の家系から派遣されたメイド四人に、住み込みでこなしてもらいます。なお、この四人には、つくし様の身の回りのお世話も手伝っていただきます」
透き通った出汁のお吸物を吹き出しそうになった。耐える。
「今からご紹介いたします。入ってください」
中葉さんが通信機に話しかけると同時に、エレベータへの通路に繋がるものとは真反対の扉から、古き良きメイド服に身を包んだ四人の女性が登場した。彼女たちは、階下から料理を運んできて、今も後ろに控えてくれているお姉さんとは違って、このフロアにずっと待機してたってことだろう。
五年半も狩猟師をやってきたのに気配を悟れなかった。腑抜けてたつもりはないから、ペントハウスの壁がプライベートの保護方面でめちゃくちゃ優秀なんだと思う。
右から順に、肌も白けりゃ髪も白い小柄女子、ナイスバディな金髪のお姉さん、茶髪のエネルギッシュそうな女の子、長い黒髪のスレンダーな少女。
白っぽい子から名乗りを上げる。
「た、小鳥遊真白です。十四歳です。魔法が得意です。よろしくお願いします!」
「葉鳥美羅でーす! 十八歳! 大学に通いながらメイドさせていただきまーす! よろしくね、ご主人サマ♡」
「飛鳥桂亜ですよ! 真白ちゃんと同じ十四歳です! 可愛がってもらえたらとっても嬉しいです!」
「小茂鳥ろこ。十六歳です。魔力が多いです。よろしく」
「つい最近自分の苗字を知った鳳つくしです。槍が得意です。こちらこそよろしくお願いします」
頭を下げた。皆から表情が見えなくなっただろうこの一瞬で色々考える。
あの、ちょっと待って? 全員魅力的すぎない? デカい駅のデカい会社が出すデカい広告で並んでてもキャスティングに疑問持てねえぞ。こんな可愛い女の子たちと同じフロアで生活するの? 法に抵触しない?
そりゃあ俺だって馬鹿な男だから、こういうシチュエーションに憧れがないと言えば真っ赤な嘘になってしまうけども、さすがに、降って湧いた幸運への悦びより大いなる何かへの申し訳なさが勝つよ。
「ちょっとー、つくし様、堅すぎですよ。お分かりです? 私たち、一介のメイド……」
「は、はい、美羅さん、分かってます。時間、なんですよね。四人の綺麗なメイドさんを侍らすお金持ちコース無料お試し版はここまでってことですね? ここから先は有料版でお楽しみくださいと」
「えー幻聴? つくし様、普段の私たちみたいなこと仰ってるんですけどー。おち○ち○の作り込みがすごそうな3DCGエロゲの渋い無料お試し版に苦汁を舐めさせられて、クレジットカードから無理矢理お金を捻り出す私たちみたいな……、はっ!? ここから先の夢の『男性付き』メイド生活、もしかして有料版なんですか? くっ……、いくらです?」
「そんな、ようやく四人で、ゲームじゃなくて現実でここまで来たのに!? うう、つくし様、ボク、あんまりお金持ってません……」
「あたしもだよー真白ちゃん。三千円しか持ってない」
「三千円って、桂亜ちゃん。つくし様の神々しいお姿を見て。このお方相手じゃ見物料にも届かないから。安心して、お金なら貸す」
「ろこお姉ちゃん……っ」
「私も出すわ。桂亜ちゃん、そして真白ちゃんの分も。大学生になった女の懐事情、舐めんじゃないわよ! ねえ、私たち、誓ったでしょ? 乙女四人、生まれた時は違えども、初めての時は一緒だって」
「美羅……、うん。ろこ、それに桂亜も。ボク、みんなとお友達になれて、ホントに良かった」
ひしっと抱き合う四人。
ドラマや映画の撮影ならカットが入りそうなタイミングを見計らって、俺は慌てて遮る。恥ずかしいけど、有料版発言の真意を素直に伝えるために。
「いやいやいやいや。女の子同士の友情フォーエバーなシーンに水差して悪いんですけども、落ち着いて。とりあえず財布を仕舞ってください。お金を出すのはあなたたちの方じゃないんです。俺の方なんですよ! その、皆さん、あまりにも魅力的すぎるじゃないですか。言葉も雰囲気も格好も、すべてにおいて可愛いが天井を突破してるじゃないですか! そんなあなたたちが、俺なんかのために住み込みで働いてくださるなんて、普通あり得ないんです。そのあり得ないことが起きようとしている。罪悪感半端ないんです! だから、いっぱい頑張って、お金に限らず価値ある何かでお返ししないと、俺の心のバランスが崩れちまいそうで……、あの、聞いてます?」
返事がない。四人とも、抱き合ったまま、完全に固まってしまっていた。
行儀は悪いけど、食卓から立ち上がり、男性的欲求にとって一番安全な体型の、小茂鳥ろこさんの肩を揺さぶってみる。反応はない。
「ど、どうして急に、気絶なんか」
「つくし様が悪いです。先ほどのお言葉は、二十歳にもなってないガキどもには刺激が強すぎました。側から見ていただけの私も危ないところでした」
マジか。そんな刺激の強いこと言ったか? みっともない男心を曝け出しただけだぞ。まさか、共感性羞恥?
「……夕食を済ませてしまっては? 冷める前に」
中葉さんに促されて、旬野菜の天ぷら盛り合わせに目をつけた。ふきのとうに塩を付けてをいただく。旨いのに、十四歳の舌だから、独特の苦味を強く感じてしまう。
料理を食べ進めながら、気になったことを尋ねる。
「そう言えば四人とも、『鳥』の漢字が使われる苗字でしたね。鳳家と関係があるからですか?」
「はい! まさしく、つくし様の御慧眼の通りです。鳳家使用人の家系には『鳥』の字が与えられます。念のために言っておくと、私、納屋中葉は使用人家系の出身ではないので鳥を名乗れていませんが、娘が生まれて従者の仕事を引き継げば、例えば、納屋鳥みたいな苗字を新たに与えられるでしょう」
中葉さんは、羨ましげにそう言った。
デザートを平らげて、食事の世話をしてくれたお姉さんが退出したところで、あの四人がやっと復活した。全員顔を真っ赤にして俯いている。恥ずかしいんだろうな。客観的に見て、初出勤でいきなり気絶とかとんでもないやらかしだし。
気まずい沈黙を、率先して破っていく。
「美羅さんは大学に通いながらここで働くと述べてましたけど、他のお三方はどうされるんです? ろこさんは高校二年生、真白さんと桂亜さんは俺と同じ中学三年生ですよね?」
尋ねると、真白さんが答えてくれた。両手の人差し指をモジモジ合わせながらも、こちらと目を合わせずに。
「ボ、ボクと桂亜、それにろこは、花央院学園に転校させていただきます。使用人家系は、法の上では準貴族扱いになるため、テストに合格さえすれば入学出来るのです。昨日通知があって、みんな受かってます」
「おめでとうございます。じゃあ、真白さんと桂亜さんは俺と同学年ですね」
「はい、一応は。つくし様は頻繁に出席される予定なのだとか。男の子なのに偉いです。しかし、当然ですが、同じクラスには配属されないと思います」
ほーん、なるほど。俺が通うとこ、階級差別がしっかりあるのか。こえーな。
「えーと、つくし様ー」
美羅さんに呼びかけられた。そちらを振り向く。
傾けられた顔の中で、瞳がチラチラ彷徨っている。多分、俺と虚空の間を。
「さっきも言いかけたんですけど、つくし様、私たちにすごく丁寧に接してくださるじゃーないですか? えっと、男の子に尊重していただけるのは光栄なんですけど、でも、あんまり畏まらないでいただきたいんです。私たちはただの可愛くて魅力的な下僕で、つくし様はご主人サマなんですから」
彼女は続ける。
「つくし様の場合、その方が期待出来そうですし……♡」
空気が変わった。
妙に熱っぽい八つの視線が、俺の体の、ある一点に降り注いだ。
こうまで露骨な態度を取られて、理解出来ない男はいないと思う。
プレッシャーと表現しても差し障りがないレベルの求愛で、かつ、俺が嫌がらないかの試し行動でもあった。畜生、魅力的な女の子に迫られて、嫌な訳がない。
中葉さんが正しい。女性に綺麗で可愛いと、軽々しく迂闊に誉めた俺が悪い。男が500人に1人の世界では、女性のスタンスが前世とはまるで異なるようだ。行けると見たら即座に行くような女性じゃないと、遺伝子を残せないんだ。逆に言えば、行けると見られたらすぐ食いつかれてしまう。
不意に、前世で培った常識から、一度に複数の女性と関係を持つなど不誠実だという文言が頭に響いた。同時に、女性たちが自らを鎮めるための深呼吸を行い、プレッシャーを霧散させる。
「ふぅー……。ボクたちが先に至るのは、不誠実だよね」
「つくし様。家格が釣り合う正妻様を選んだ後に、あの、お願いします」
ペコリと頭を下げるろこさん。
彼女たちが使用人用の部屋に戻っていくのを見送ってから、オープンでラグジュアリーな風呂に入る。
これまたデラックスな私室で、一人になった。
腕を組み、深く考える。俺の名は「つくし」。その名に恥じぬ、周囲に尽くせる男になりたい。尽くすための行動は、前世基準で想像していた。身も蓋もない言い方をしたら、役に立つとは、身につけた知力と体力を労働力に変えて提供し、周囲の人々の負担を減らすことだという規範があった。でも、でもだ、この規範が正しくあるのに必要な前提が、脆く崩れ去ったような気がする。
自問する。男が著しく少ない世界で、俺に求められる尽くしとは、いったい何だ?




