第161話 待っている人
帰る場所がある人もいれば、帰りたい場所を待ち続ける人もいます。
国道は今日も、そんな誰かを静かに見守っています。
夕暮れの国道は、不思議と人の本音を引き出す。
昼間の喧騒が少しずつ遠のき、車の音だけが一定のリズムで流れていく。
優斗はいつものように歩いていた。
新しい靴は少しずつ足に馴染み始めている。
昨日よりも自然に歩けた。
ガードレール沿いのベンチを見ると、一人の女性が座っていた。
七十代くらいだろうか。
買い物袋を膝に乗せたまま、何度も道路の向こうを見ている。
「こんばんは。」
優斗が声を掛けると、女性は少し驚いて笑った。
「あら、こんばんは。」
「誰か待ってるんですか?」
女性は照れたように頷く。
「息子が迎えに来るって言ってね。」
時計を見る。
約束の時間は、とっくに過ぎていた。
「連絡は?」
「スマホねぇ。」
バッグから取り出した携帯電話は電源が切れていた。
「充電がなくなっちゃって。」
優斗は自分のスマホを差し出した。
「番号、分かります?」
「もちろん。」
息子へ電話を掛ける。
数回の呼び出し音。
勢いよく繋がった。
『母さん!?』
焦った声だった。
「お母さんなら大丈夫です。」
『すみません! 渋滞で全然動かなくて……電話も繋がらないから探してて。あと十分です!』
女性へスマホを渡す。
「もしもし。」
その一言だけで、息子の声が少し落ち着いたのが分かった。
電話を切ると、女性は何度も頭を下げた。
「ありがとう。」
「いえ。」
沈黙が流れる。
女性はぽつりと言った。
「昔はね。」
「はい。」
「待つのは親の仕事だったの。」
優斗は耳を傾ける。
「子どもが学校から帰るのを待って。」
「仕事から帰る主人を待って。」
「それが当たり前だった。」
少し笑う。
「今は待たれる側になっちゃった。」
その笑顔は少しだけ寂しそうだった。
「でも。」
優斗は空を見上げる。
「待ってくれる人がいるって、悪くないですよ。」
女性は目を丸くした。
「そうね。」
風が吹く。
国道沿いの草が揺れる。
「あの日。」
優斗は自然と口を開いていた。
「俺も、誰にも待たれてないと思ってました。」
女性は何も聞かなかった。
ただ頷いてくれた。
「でも違いました。」
「迎えに来る人が、ちゃんといた。」
それは父だった。
灯だった。
あの老人だった。
靴屋だった。
母の想いだった。
全部あとから気付いた。
やがて一台の車が止まる。
「母さん!」
四十代くらいの男性が飛び降りてきた。
「ごめん!」
「ごめんね!」
二人とも謝って、二人とも笑った。
女性は乗り込む前に振り返る。
「お兄さん。」
「はい。」
「あなたも誰かを待ってるの?」
優斗は少し考えた。
「ううん。」
そして笑う。
「今は、帰ってくる人を迎える側です。」
女性は嬉しそうに頷いた。
「素敵ね。」
車が走り去る。
赤いテールランプが遠ざかる。
優斗はポケットから黒糖飴を取り出した。
包み紙が夕日に光る。
「帰る人。」
小さく呟く。
国道は今日も、人を送り、人を迎え、人を繋いでいる。
そして優斗はまた一歩、まっすぐ前へ歩き出した。
第161話を読んでいただきありがとうございます。
今回は「待つこと」と「迎えること」をテーマに描きました。
第1話では誰にも待たれていないと思っていた優斗が、今では帰ってくる誰かを迎えられる存在へ変わっています。
国道はただ車が通る道ではなく、人の人生が交差する場所。
終盤に向けて、その意味をさらに丁寧に繋いでいきます。




