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ホルダーの配備が進むプリシィア王国で、エメロッテは学友と再会する。

 平たい衣装木箱を鞍に括ったまま、俺は王立墓地から駐屯地にある、自分の執務室へ向かった。

 敷地内を横切るとき、柵と鉄線網で区切られた演習場が見えた。場内では既に納入された三体の騎乗型ゴーレムが隊列行進の訓練に励んでいた。


「三号! 遅れているぞ! 歩調を合わせろ」

了解(イエッサ)!」


「随行歩兵は列を乱すな! 踏み殺されたいのか!」

了解(イエッサ)!」


 騎乗型ゴーレムと一般型ゴーレム、それらの間に人間の兵士を混ぜ込んだ一団が、訓練監督の声に合わせて行進する様は、今はまだ奇怪なものに見えるが、いずれ自然なものになるはずだ。

 演習場を一別して、俺は馬止めに馬を置いて建物に入った。飾り気のない殺風景な屋内を進み、執務室の戸口を開く。戸口の上には『近衛隊指令部』の看板が掛かっている。


 中にはいると、見えるのは数竿の机と椅子、白墨(チョーク)の粉で汚れた大きな黒板。キャビネットに丸めて差し込まれた数枚の地図に、部屋の隅で今は静かに鎮座する暖房器が冬の訪れを待っている。鼻に香るのはインクと鉄の臭い、いつだかの戦勝で口を切った火酒の匂いがわずかに残っている。


 ここには俺と、俺の下に配属された四名の助役が在籍し、日々の業務を取り仕切っている。隊員の配置、定期訓練の計画、備品の管理といった、地味で、詰まらん、だが絶対に必要ないっさいの仕事がここに持ち込まれ、ここから出て行くわけだ。

 そこに今日は、たった一人だけが席に腰を下ろし、珠算機を使って数字と取っ組み合っていた。


「ドイル・マーカント軍曹」

「ドリジャール隊長! 今日は非番では?」

「出かけのついでに寄っただけだ。新装備の配給状態は?」

「ご自分の方がご存じでしょう。なにせ、供給元なんだから」

「俺はケツ持ちをしてるだけさ。今のところ資金の滞りはないが、現場での動きを知りたい」


 ドイル軍曹は手元の紙を指で叩きながら、ペンの頭でこめかみを掻いて言った。


「工廠から納入された三機のゴーレムは順調に稼働中です。訓練計画も微調整をしながら消化できています。将軍府から命じられた配備計画は全体で見ると巧く進んでいると見ていいでしょうね」


 将軍府、つまりこの駐屯地全体を所轄する大本営は、ホルダーの能力を高く評価し、当座として一二機の導入をエメロッテに打診した。エメロッテは現状の自分に自前の生産設備がないことを告げると、王立工廠のゴーレム製造部門で生産を引き受けることになった。


 とはいえ、あくまでエメロッテは大陸軍の配下にはない在野の人間であり、彼女の工房は相変わらず登記上と同じ、セルジュゲイル館の敷地内にあった。エメロッテは自分の工房でいくつかの基幹部品を作り、工廠に納入すると、今度は工廠の監督官に早変わりし、委託したゴーレム製造の状況を見て、それらを大陸軍に引き渡すと、次は訓練教官に成り代わって、ゴーレム操作の基礎を指導する。

 まさに目を回すような忙しさのはずだが、若さか、情熱か、エメロッテは実に楽しそうに動き回っていた。


「しかしまぁ、この新型、結構な値段になりましたね。差し引きでもかなりの資本があの娘の懐に入りますよ。・・・・・・隊長、まさか」

「俺が中抜きしてるとかほざいたら舌を()()()に切ってやるぞ」

「イエッサ」

「エメロッテにはレーン家の復興という目標がある。そのためには資金がいくらあってもいい」


 国王陛下はレーン家の散逸した財産の補填を約束したが、実際のところ、それらの多くは既に何度も人の手を渡っており、とても軽々(けいけい)に取り上げてエメロッテに下げ渡すわけにはいかないものが多数だった。


 なので、エメロッテは無闇な民事訴訟の束を抱えるような愚は犯さなかった。正当な商取引によって財産の回収を企図したのである。

 量産型ホルダーの対価にはこのような意図を汲んだ陛下の意向も、大いに反映されている。とはいえ、べらぼうに法外な上乗せではないはずだ。


「身一つで帰ってきた娘に一財産作らせるくらいで目くじらをたてるほど、プリシィアの宮廷は心が狭くはあるまいさ」

「まぁ、こっちとしては早く業務を補給部に移管したいって所が本音です。うちで採用を精査したからって導入の一切を面倒見ることはなかったでしょうに」

「そう言うな。これも取引のうちでな」


 そうでなければ一足も二足も飛び越して、エメロッテのゴーレムを軍に導入させることなどできなかっただろう。

 これくらいのことはやってやらねば、ダミアン・レーンの墓前に胸をはれんのだ。



 屋敷に帰ってくる頃には日が傾き、差し込む赤い光にセルジュゲイル館の壁が燃えるように輝き、尾を引くような長く鋭い影が尖り屋根から延びている。

 新たに任命した厩番の使用人に乗ってきた馬を預け、それまでずっと括ったままだった衣装箱を外して中を改めた。幸いにも、変に皺だらけになったりせず、絹地の織り込みの美しさは失われていない。

 安心して屋内に入ると、音もなく脇の影から近づいてきたのはクロコスミアだった。俺は肩にひっかけていたマントを外して渡した。


「おかえりなさいませ。来客がございます」

「なんだと?」

「貴方様にではなく、エメロッテ様にですが」


「応接間か」

「いいえ。地下です」

「ということは、ホルダーの前だな」


 俺は少し考えて、衣装箱をクロコスミアに預けて地階への階段を降りた。ホルダーを格納して整備運用するための空間として色々と物を加えていったので、地下はすっかりごちゃごちゃしていた。暗い階段を降りた先の明かりの中で、複数の人物が動き、話している音がする。照明の下に広げられた紙の上に、ペンと墨壺、計算尺が転がり反射していた。それらを囲むように若者が五人、スツールに座ったり、手にカップを持ったり、紙束を指さしたりしながら話している。


「だから、太陽炉(ソルモーター)の設計に手を加えて、出力を15パーセント下げる。その分の不足は過給機を大型化して補えば出力調整幅が減って安定する」

「総重量が増えると大幹のバランスを変えなきゃいかんじゃないか。面倒だなぁ」

「炉の出力をバランス補正に回してたツケだよ」


「これで操作系の負担を減らせるとして、間接部の負荷は減らないかしら」

「再計算しなきゃわかんないけど、多少の効果はあると思うよ」


 おお、若者の声の集まり、なんと姦しいことよ。


「ここは学生のパーティ会場にしてはむさ苦しいな」


 俺の声に議論していた若者たちの顔が一斉にこちらを向いた。男三人、女二人。うち一人はもちろんエメロッテだ。


「おじさま! お帰りになっていたのね」

「ただいまエメロッテ。こちらの客人たちは君の友人かね?」


 俺を見る四人の若者たちの目は、見知らぬ者を見る時の不安と好奇心を帯びている。エメロッテは一歩踏み出て言った。


「聞いて! ここにいるのは全員、私と一緒にサン・アップルトンの練金アカデミーでホルダーの設計開発をしていたメンバーよ。私が無断で資料とホルダーを持ち出したものだから、みんなはアカデミーを追い出されちゃったんですって」


「始末書を山ほど書かされたよ」

「賠償金は、なかったけどね」


 二人の男子が肩を竦めた。一人は濃茶の髪を短く刈っており、もう一方は灰色髪を肩に流している。


「僕らはホルダーと一切合切が無くなった時、すぐに集合した。そうしたらメロだけがやってこない。彼女が一番ホルダーを愛しているというのに、だ。僕はメンバーを代表して、彼女の家に行った。家政婦のおばさんに、『あの娘は出て行きましたよ』と言われて、僕らはこれがただの強盗ではないことに漸く気づいた」


 緩い巻き髪をしている、若者たちの中の年長らしき男子がそう続けた。


「メロがサン・アップルトンで生まれ育ったことを思い出して、渡航を決めた」

「なぜだね? 君たちがアカデミーから追放されたというのなら、たしかにその咎はエメロッテにある。償いを求めるためにかね」


 俺は一応、エメロッテの後見人らしく、目の前の若者をそっと威圧する。ぶるりと身を震わせるのが目に見えた。


「ホルダーを取り返してやろう、という気持ちがなかったといえば、嘘になるよ。でもそれ以上に裏切られた気持ちが強かった。メロ。僕らは仲間じゃなかったのか。君が抱えている問題についてもう少し助けてやれたんじゃないか・・・・・・そう思い、僕らは話し合ってプリシィアに来た」

「そうね・・・・・・何も言わずに飛び出してしまってごめんなさいね」


 エメロッテは友の言葉に申し訳もなかった。だが俺は一方で、どこか安心もしていた。エメロッテのサン・アップルトン時代は決して孤独ではなかったのだ。こうして心篤い友人が押し掛けてくるくらいに。

 その様子にわけもなく、俺自身とダミアン・レーンの青春が思い出され、肩に残っていた力みが抜ける気がした。


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