ドリジャール、帰還した弟オルフェウスを迎え、これまでの冒険を語る。
「なるほど、そういう顛末だったんだね。しかし、大急ぎで帰ってきたというのに何事も終わった後で、その一切合切を伝聞だけで済ませるというのは、なんとも損な気分だよ」
「伝記にでも書くんだな、斯く語れり、だ」
王立墓地に建てられた墓守小屋にある応接間で、俺は自分の弟である死体魔術師オルフェウスにそう言って、エメロッテの帰還からマクアフィルとの戦いまでを語り終えた。
民草の永久の眠りを見守るという国王の義務により造営された王立墓地は、プリシィアの様々な階級の墓が建てられ、それに付随する施設も色々ある。そして国王の名で運営され、そこに任命される墓守の小屋も、尋常なものではない。
実際のところ、小屋といいつつ地下一階半、地上三階建ての母屋、そこに戸板数枚分離れた位置に建つ土蔵作りの離れ屋を供えた住まいは、大衆の標準的な生活環境と比較すれば豪邸といって差し支えない。
そこに今はオルフェウス、奴の率いる女ゾンビのマリベル、下男を勤める群体ゾンビのゾーエが住んでいる。ひとりとニ体で暮らすには広い敷地で、弟は日中は配下になっている墓堀り人たちを率いて墓地を整備したり、埋葬の為の穴を掘ったり、墓石を埋めたり、垣根を直したりしている。そして日が暮れれば、夜陰に紛れて墓によからぬことをしようとする輩が入ってこないように、墓地の門扉を閉ざして園内を見回るのだ。
総じて、オルフェウスは及第点をつけてやってもいいくらいには真面目に墓守として暮らしている。身内ながら、意外なものだ。
だがそれであっても王立墓地のすべてに目を光らせているわけではないし、隣接する私有墓地についても及ぶところではない。マクアフィル家所有墓地で謀られた一連の事件について、オルフェウスは知悉してはいなかったらしい。
「まぁ、僕はそもそも人付き合いに疎いわけで。墓守になったことも幾人かにしか話してないかな」
指折り数えながらオルフェは言った。さもあろう。
「適当に口を割らない良い友人を選んでいるわけだ」
「そうだね。しかし、『墓場の友』ね・・・・・・聞かないなぁ。これでもプリシィアの主立った死体魔術師のことは頭に入っているつもりなんだけど。ということは、さして腕の立つ魔術師でもなかったんじゃないかな」
魔術師、それもゾンビを生み出す死体魔術師にとって腕前の優劣を示すのは、個体の複雑精緻な機能美の表現であるという。生前と変わらない、あるいはそれ以上の造形美。生理を上回る内臓器官。筋肉や骨、神経系の駆動性などなど、こだわればきりがなかろう話だ。
そこに立つと、マクアフィルとその一党が繰り出してきたゾンビは、一見すれば機能性を供えているように見えた。しかし、その機能のために別の要素を切り捨てている場面が多々見受けられたのも事実だ。
破壊に強いが、造形は醜悪極まりない『パッチワーク』
隠密性に優れるも、体組織の崩壊を促進する『スリーピングマーダー』
消音飛翔、不可視化という高度な機能を持ちながら、自爆による攻撃を行う『インビジブルハガー』
「仮に僕が、それらと同様の機能を盛り込んだゾンビを作るとしても、ほかの要素をおろそかにはしないな」
「だろうな。なにより、もっとお前ならうまくやるだろう。より遠くからゾンビを指示する、とかな」
「うん。ゾンビの強みは自律稼働だからね・・・・・・その連中、みんな目視距離内でゾンビを稼働させていたんだね? ということは」
「ああ。恐らく『知性化』が出来なかったんだろう」
知性化。ゾンビに生前と同様か、それに近い自己判断機能を与える死体魔術の一種だ。当然、オルフェの愛着する女ゾンビのミラベルにはこれは備わっており、簡単な指示をするだけで、後は彼女が勝手に行動してくれるようになっている。
俺は応接間の窓辺から外を見た。外では黒いローブで身を覆った巨漢が、大きな鉈でもって薪を割っているのが見える。
「あのゾーエにだって『知性化』が出来ているお前からみれば、連中のやっていたゾンビ製造魔術は稚拙なものだっただろうさ」
「ははは。まぁ、ゾーエの知性はちょっと特殊なものだけどね。ゾーエの本体のゾンビ猫と、体を構成している鼠ゾンビの、小さな脳味噌同士を繋ぎ合わせてあるんだ。おかげで5~6歳の子供くらいの判断機能を与えてやれる」
「ああやって小間使いをさせてやれるくらいにはな。まぁ、コーヒーの淹れ方だけはいかんともしがたかったが」
そう言って俺は手元で温くなったグリーン・ティーを飲み干した。独特の苦みと渋みがあるが、さほど不快ではない飲み物だ。
「一丁前に魔術師ぶった挙げ句、新式のゴーレムと製造者を襲おうと画策するなんてね。そんなことをするくらいなら、もっと腕を磨けばいいのにさ」
「エメロッテも全く同じことを言っていたな。魔術師なら、課題は技術で克服するものだとさ」
「しかし、あのエメロッテちゃんがねぇ」
懐かしげに目を細めるオルフェは、脳裏に幼子だったエメロッテが浮かんでいることだろう。
今や彼女は、大陸軍に新式のゴーレムを製造、納入する女親方だ。日夜せっせとホルダーの兄弟たちを生み出すべく、傘下に入ったゴーレム魔術師たちと働いている。その傍らで、納入したゴーレムの操縦を指導する教官として大陸軍の駐屯地も出入りしていた。
そんな具合に多忙な彼女を捕まえるのは難しく、帰国したオルフェ達を俺は一人で出迎えることとなった。
「そのうちこっちから、屋敷に行くよ。その、ホルダーっていうゴーレムにも興味あるしさ」
「そうしてくれ。それじゃ、俺は失礼するよ」
「あら、もうお出になりますの?」
そういって応接間に入ってきたのは女ゾンビのミラベルだった。ミラベルは磁器のように白い肌に扶桑国のものらしいドレスを着て、茶菓子を乗せたカートを押していた。
この扶桑様式のドレスというものがくせ者で、体の線が見えそうな細作りになっており、絹の布地に金糸銀糸で草花を描いている。コルセットで絞り出しているような肉体の曲線の上に、それらが重なっているわけだが、どういうわけか扶桑のドレスは袖や裾が異様に短く、ミラベルの腕や脚が放埒にさらけ出されていた。顔を見ると、化粧も扶桑風らしく、白地の肌に細く書かれた眉と、目尻と唇に配された紅色が目に付いた。
「そんな怪訝な顔をされては困るわ、ドリジャール卿」
「貴様が生前は王女だった事実がなければこうも見据えたりもしないさ」
「まぁ、ひどい言い草だわ。でも、そうね。生きていた頃は夢にも見なかった遠い異国を、何日も旅をするのはとても楽しい日々だったわ。あそこでは、間違っても私がプリシィアの姫だったなんてことは誰にもわからないから」
カートを置いて親しげにオルフェの腕にしだれかかり、愛嬌たっぷりに微笑むミラベル。片親とはいえ高貴な血を受けて生まれた女が、わざとらしく売笑婦めいた振る舞いをしてみせるのは癪に障るが、ゾンビとは製造者にそのように振る舞うことを命じられた存在でもある。怒るのは筋違いだ。
「屋敷に来るときはもう少し大人しい格好をさせておけよ。エメロッテが吃驚する」
「ああ、そのエメロッテにだけど・・・・・・ミラベル」
「はい」
ミラベルはゆらりと立ち上がって、部屋の隅に置かれた衣装箱から一着のキモノ・・・・・・蓬莱式のドレスを出した。
「手ぶらで帰すのもなんだからね、持って行ってよ」
「蓬莱の女物か」
「うん。他にも色々見せたいものもあるけど、その辺は、追々あるだろうしね」




