マクアフィル最後の攻撃。窮地のエメロッテ。ドリジャールの刃。
まるで演壇の手品師さながらに、さりげなく人の群から離れてホルダーに入り、中に隠しておいたリボンとベルトでドレスをまとめ上げ、きれいにセットされた髪の上からゴーグルをつける。ここまでの作業を人知れず行うことは、王様の前で問答を一言一句間違えず、自然にそらんじてみせることと同じくらい、困難な仕事だったわ。
でも、その苦労は十分に報われたことは、ホルダーに掛けられる拍手と声援で十分に伝わった。
この広い軍隊の演習場で見せた一連の動きは、どれもホルダーの基礎的な能力や機能を実演するのに、過不足ないものだったわ。
そしてそれらが、ホルダーに搭載された太陽炉の出力に支えられていることは、将来ホルダーの兄弟たちを乗り回すことになるだろう兵隊たち、彼らを指揮する将軍たち、大臣たちや王様にも、ご理解してもらえたはずだわ。
「最後に、このゴーレムの開発者で、本日の実演を行って下さったエメロッテ・レーン女史をご紹介して、この場を下がらせていただきます。敬礼!」
動作実演の節目ごとにホルダーの体を調べ回っていた兵隊さんたちが、その声を聞いて離れていくのが振動で伝わった。私は示し合わせた通り、工廠武官さんの声を頼りに装甲板を解放して、外にでた。
ゴンドラに籠もった熱気が解放され、乗り出した体に地表の微風が優しく触れた。ゴーグルを外して、ホルダーと私を見ているすべての人たちに向かって、微笑みを向ける。
細波のように聞こえるのは驚きと賛嘆の声だった。垣根の内側に並んだ人たちは拍手をしてくれた。それらの一部に、おじさまが混じっている。軍服姿で、直立不動。その視線は油断なく辺りへ向けられているけれど、きっとこちらも見ているに違いない。
今日という日が迎えられたのは多くをおじさまに助けていただいたからだ。そのことを私は決して忘れない。そして、いつか父の墓前に、私の手に還ってきた・・・・・・そう、これは本来は私のものだったはずだ・・・・・・レーン家の紋章を供えるの。小さな肖像画でしか知らない父、それでも私の心の支えだった本物の父に、私はあなたの娘ですと、話して聞かせてあげたい・・・・・・。
こみ上げるものが、私の目を滲ませた時、背後から異音が聞こえた。まだ熱をもったホルダーの装甲が張力に応じて波打っているのだろうか。
「動くなよ」
日の光の下で聞いたとは思えない底冷えする声だった。
振り返りたい衝動が首筋を震わせた。耳が聞こえる声を追いかけて、ぴくぴくした。
「動いたり叫んだりしたら、俺はお前を離す。だが、その代わりに誰かが死ぬことになる。王か、大臣か、観客か、ドリジャールかが、な」
地獄の湿気を含んだような冷たい声だ。でも、私はこの声の主に先日お会いしている。その時彼は、土砂と瓦礫の中に埋もれてしまったはずだわ。であるなら、今私の背後に現れ、節くれた指先で私の首筋を掴んでいる方は、土塊の中から蘇ったに違いない。まさに彼とその一党が作り出していたゾンビのように。
「もはや俺に手駒はいない。手下は全滅し、手塩にかけて作り出したゾンビたちもすべて地下墓地の瓦礫の下に埋まってしまった。だがなんとしても、貴様の如き小娘に栄光を与えるわけにはいかないのだ。そのために、死にかけの体を繋ぎ合わせて、なけなしの不可視化薬を服用した・・・・・・ぐふっ」
微かに薬品と、腐った血の臭いがした。ゾンビの製造に耽溺するあまりに、自分自身をゾンビの如く再生改造するなんて。
「貴様をここでくびり殺し、俺の自爆でもってこのゴーレムを破壊する。俺の後を、他の死体魔術師が継いでくれるに違いない・・・・・・ぐふっ」
淡く儚い、しかし危険極まりない夢想をつぶやきながら、私の背後に隠れたマクアフィル氏の爪が、首に食い込んでいく。呼吸と血流を塞がれて頭が乱れていくのがわかったけれど、このままではいずれそれさえ分からなくなる。
それは、困るわね。
私はさりげなく、首もとのアクセサリーを直すようなそぶりをして指先を首もとに寄せた。これで辺りを隙なく注視しているおじさまのこと、私の危機を察知してくれるでしょう。
しかし、現状の私にはこれ以上できることがなさそう。私の力で、狂気走った魔術師の腕力に打ち勝つことはできそうにない。
額の上に脂汗が浮かぶ。せめてもの抵抗に指先を首に絡む爪にひっかけた。びくともしなかった。
「無駄なあがきを・・・・・・」
一際の力が込められて首が締まった。体を支えている片腕が震えるのが周囲に分かるだろうか。懸命に、何か手だてを考える。でも感じるのは、呼吸の苦しさ、身動きのとれなさからくる恐怖と絶望だ。
「ぁ・・・・・・ぅ・・・・・・」
「分不相応な力に手を出した報いを受けるがいい。愚かなエメロッテ・レーン」
「ぅ・・・・・・くっ・・・・・・」
次第にふわふわとした靄が意識を包んでいくのがわかった。まもなく私は意識を失い、脳が壊れてしまうんだわ。人体解剖の授業を受けるべきではなかったかしら。いまから自分が、どうなっていくのかを詳細に感じとれてしまうんだから・・・・・・。
その時。視界が白い光に包まれ、私は気を失った。
白光の中に人が立っている。
私は地面にうつ伏せに倒れていた。体が鉛を巻いているように重たい。
耳の奥がじんじんと唸っていて、気持ち悪かった。どれ一つとっても気楽な状態とは言えないけれど、私はゆっくり体を起こして、その人を見上げた。
光を背負っているその人の顔かたちははっきりとは分からない。背の高い、男の人。それくらいかしら。分かることは。
逆光の陰の中にある彼の口が動いていた。何かを私に伝えようとしているけれど、耳の奥が唸っていてなにも聞こえないわ。
それでも、陰の中の表情が軟らかくこちらを見守っているのは分かった。逆光の人はゆっくりと動いて光の先を指し示した。
暖かな光。太陽のような・・・・・・
「畜生! いったい何が起こったんだ!?」
はっ、と私は目を覚ました。その途端、全身に激痛が走って、口から小さな悲鳴がこぼれる。
耳に聞こえるのは、垣根の外に屯していた観衆があげている悲鳴の響きで、自分がまだ演習場の地面に転がっていることに気づいた。
「陛下を安全なところへ! 道をあけよ!」
がなり立てる厳めしい声が聞こえたのは、顔をあげた先に見えた土煙の中だった。
混乱が演習場に広がっている。私は震える体を制して立ち上がろうと手を突いた。
そうしながら、私もまた乱れた思考を並べ直さなければいけないと気づく。実演の最後、背後から襲いかかったマクアフィルの手に捕まり、窒息死しそうになっていたはずなのだ。・・・・・・と、そこまで思い出し、振り返った。
「なんなんだこの騒ぎは! 俺は何もやっちゃあいない!」
「いいや。お前がやったのさ」
土煙の中から人影がぬっと現れ、ホルダーの上に構えたマクアフィルと、地面に投げ出されている私の両方からその姿が見えた。
おじさま! ドリジャール・セルジュゲイル!
「もともとこの演習場に作った垣根と客席は即席作りの安普請。壊れやすい作りのところに、どうやら不埒な輩が爆弾を据え付けていたらしい。これは民衆の前にお出になる陛下を狙ったテロリズムに違いない。・・・・・・ということで、ローランドがさっきから大慌てで陛下を天幕に引き下がらせて、王宮からの迎えの馬車を寄越しているはずだ。奴にとっては既に用事は済んでいるからな、飛ぶように退散してくれるはずさ。例え、見かけばかりの爆発騒ぎであってもな」
「な、な、な・・・・・・」
ホルダーの上で、わなわなと震えるマクアフィルの目が、怒りと驚きに見開かれて、今にもこぼれ落ちそうに見える。そんな目に見られながら、おじさまは悠々と歩み寄り、私に手をさしのべ、立ち上がらせた。
「すまない、エメロッテ。仕掛けがあることをもっとよく話してやるべきだった・・・・・・ちっ、痛むか?」
普段から険の鋭いお顔に一層の皺を寄せ、懐からお出しになったハンケチーフで、私の額や頬を拭ってくれた。ちょっと不作法で、お化粧が崩れちゃいそう。でも、そのごわごわとした触れ方に、私はつかの間うっとりとした。
「・・・・・・少し、体を打っただけだわ」
「そうか? なら、この小さな切り傷は見なかったことにしないとな。あとで手当ての都合をつけてやらねば、傷が残ったら殊だぜ」
仮に傷であっても、あなたにつけられたものならなんてことないのに。
そうは思っても、自分が恐怖と痛みで体を竦ませている事実には向き合わなければいけなかった。戦闘態勢であるのを差し引いても、触れるおじさまの肌はホルダーの装甲のように熱い。ということは、それだけ自分の体が冷え固まっているということね。
縋るようにして立った私を、マクアフィルが見下ろしている。けれど、私はもう恐ろしくない。
「さて、マクアフィル。そろそろホルダーの背から降りる気にはなっただろう」
「黙れ! ドリジャール! 今ここで殺す!」
吼えたマクアフィルはホルダーから飛び上がって、もうもうと立ちこめて一向に収まりそうにない土煙の中へ消えた。
「おじさま! 奴が仕掛けてくるわ!」
「大事ない。今日ここで奴をしとめる」
おじさまはお腰に差した鎖刃剣を抜き、構えた。
きっとマクアフィルは土煙の中から飛び出して私と、おじさまと、ホルダーのいずれかを狙うはずだわ。どれがもっとも可能性が高いだろう。どこから狙っているだろう。
土煙は一向に収まりそうにない。もしかしたら、おじさまは爆弾の中に煙幕装置を加えているのかもしれない。そう、この爆発はきっとおじさまが仕掛けたもの。今日という晴れの日を餌に、行方しれずだったマクアフィルをつり出してとどめを刺すための罠だ。そのために、観衆を、大臣たちを、友人と王様を危険に曝したのだ。なんという悪辣だろう!
しかしなぜか、私はまったくそのことに、不快感も葛藤も感じなかったわ。むしろ清々しく、高揚感さえ覚えるわ。
きっとそれは私の中に流れている、ダミアン・レーンを通して入っているセルジュゲイルの血がそうさせているに違いない。
剣を構えているおじさまの神経が極限まで引き絞られているのを、私はそばに立っているだけで理解できた。恐怖は取り払われ、まるで水盤の上に貯まった止水のように、心は穏やかになった。
目で、耳で、肌で、心で、おじさまの挙動を読みとるのだ。おじさまの洞察力はこの場で何者よりも鋭敏に、見えざる敵手を掴む。それに身を委ねた私は、自然と両手を組み、待った。
無意識の動きがあった。
「がっ・・・・・・」
気が付いた時、私の背後では凶漢と化した魔術師が倒れていた。
「ありえ、ない・・・・・・」
倒れているマクアフィルが血泡を吐きながら、肩から胸に走った大きな刀傷を曝しているのを、私は立ち上がり、振り返って見た。
死にゆくマクアフィルが・・・・・・漸く彼は死にゆくのだ・・・・・・私を驚きの目で見ている。どうしてそんなに驚いているのか、私は遅ればせながら漸く気づき、その事実に震えた。同時に胎の奥が濃い酒を飲み干したみたいに熱く燃えて痺れ、足腰から力が抜けて膝から落ちそうになった。
すばやくおじさまの腕が伸びて私の腰を巻き取り、そばに立たせた。
にちゃり。
「おっと、倒れるな。ドレスが汚れる」
「・・・・・・わ、私」
「うまく避けてくれた」
「ま、まったくわからなかったわ・・・・・・おじさまの動きにずっと注目してて、そのうち、頭の中がぼんやり、ふわふわして・・・・・・」
恐る恐る私は自分の頭の上を撫でた。指先にかかる毛筋の中に、僅かだけど、切り取られたばかりの髪が混じっていた。
「俺の動きに無意識のうちで同調してくれたらしいな」
私を抱く腕と逆の手にある鎖刃剣から、幾筋かの血が垂れて地面を汚しているのが見える。
私は、私に向かって切りかかったおじさまの剣を避けたのだ。
私の背後から、私を盾に飛びかかったマクアフィルは、私が避けたことで直前まで見えなかっただろう、おじさまの剣戟をまともに受けた。
と、そこでようやく、土煙が晴れていった。空は明るく、人気はない。垣根の上に満ちていた観衆も、垣根の内側に陣取っていた王宮の方々もいなくなっていた。いるのは私、おじさま、そしてホルダーだけだ。
物言わぬホルダーは、自分を滅ぼそうとして逆に滅んだ魔術師の、乾き始めた瞳に見入られながら、太陽の光をうけて装甲を照り輝かせていた。




