満天下で披露されるホルダーとエメロッテ。迫る凶手
「ただいまより、騎乗式人型ゴーレム、『ホルダー』の実演を行います」
軍に武装を生産供給する王立工廠付きの武官が、大衆の耳目が集まる中で宣言した。
「こちらの幌をご覧下さい」
そう言って部下に指図すると、ホルダーの上に掛けられていた幌布が取り払われ、観衆の中から歓声が上がった。
「大きい!」
「今まで見たゴーレムとは違うな」
「騎乗って、中に人がいるのか」
どよめきが一旦納まるまで待って、武官は周りに聞こえる大きな声で、はきはきと喋った。
「エメロッテ・レーン女史開発の、この新式ゴーレムは、内部に操縦者を設置することで、従来のゴーレムの数倍に迫る出力と、精密な操作、数々の特殊機能を満載した、全く新しい兵器であります」
「一つ、質問よろしいかな」
王と共に垣根の内で見物していた王室の廷臣の一人が手を挙げた。
「なんでしょう」
「そのゴーレムに人が乗り込むとして、どのような者でも従来のゴーレムのように、命令し、操作することが出来るというのかね」
「お答えしましょう。遺憾ながら、どのような者でも、というわけには参りません。内部のゴンドラは複雑な上に窮屈なものなのです。現状は操縦者を厳選し、十分な習熟が必要となるでしょう。ゆくゆくはより簡便な操作方法で運用できる改良をすることとなります」
質問を投げた廷臣は小さく頷き、引き下がった。武官の答えに満足したらしい。
「それではこれより、実演の演目を説明します。まず、ホルダーの運動性能をご覧下さい」。
武官はそう言って垣根の端に設置された自身を含む工廠部門の人間が控える観覧席の置かれた、小さな天幕の下に消えた。
ホルダーが、全身の給排気口からゆっくりと全身に空気を取り込む音が地面を震わせる。
「コォォォォ・・・・・・」
耳慣れないその音に観衆がざわめく。それらを背にしてホルダーは歩き始めた。
垣根の内側にはいくつかの障害物が、あらかじめ設置してあった。いずれもプリシィア大陸軍工兵部による見事な構築物であり、俺たち兵隊が戦場で出くわすお馴染みの諸々だ。
土を押し固めて作られた土累。逆茂木などの杭。それらの上に張り巡らされた鉄線には鋭い棘が打ってあり、接近するものを寄せ付けない。
これらの障害物に敵方が手間取っている間に、味方側は有利な位置から接近したり、より遠くに設置された大砲などで雨霰と砲弾を降り注いだりするわけだ。
従来であれば、命知らずのゾンビやゴーレムを突っ込ませ、障害物を突破することになる。当然、ゾンビは消耗するし、ゴーレムも破壊されることは避けられない。
しかし、ホルダーにとっては全くなんの妨げにもなっていなかった。
自身の肩ほどの高さまで積まれた土の壁を押し崩し、逆茂木の列を下生えを踏みつぶすが如く通り抜け、張り巡らされた有棘鉄線を大きな手で掴むと、蜘蛛の巣を払うようにブチブチと破り抜けた。
あっというまに、ホルダーは障害物で満たされた実演場を一周し、元の位置に戻った。
観衆からはその様子に大きな歓声が上がった。
「すごい!」
「なんてパワーだ!」
「それに動きもはやいぞ」
垣根の内にいる廷臣たちからも拍手が上がった。
「これだけでも従来型のゴーレムから切り替える価値があるな」
そんな声も聞こえ、俺の口元は思わず緩みそうになる。
部下たちが運動後のホルダーの状態を確認しているのを後目に、再び武官が進み出て話し始めた。
「次に、ホルダーの武装を検証します。ホルダーの右腕には体内に循環するエーテル蒸気を発射する機構、足裏と股下の三カ所に上空飛翔用のエーテル蒸気噴射孔を備えております。右腕の物を『太陽砲』、下部の物を『蒸気噴射装置』と呼称します。性能緒元は関係各位にのみ詳述させていただくとして、この場ではあちらの標的に対する実演で代えさせていただきます」
武官がしゃべり終わると、それに合わせるようにホルダーに取り付いていた部下たちが引き下がった。それを確かめ、武官もゆったりとした足取りで天幕まで下がると、再びホルダーが動き出す。
武官が指し示した標的は、垣根で区切られた演習場のはずれに設置されていた。合板を人型に切って案山子に張り付けた、ありふれた標的だが、位置が遠い。目測でざっと30メートルはあるだろうか。
部下たちに手筒の練習をさせた経験を持って言えば、この距離からの射撃は有効なものとはいえない。
しかし、ホルダーの太陽砲なら、どうだろう。
ホルダーは再び体内に吸気しながら動き始める。その足下から大量のエーテル蒸気を噴射し、あたりに輝く蒸気の渦を作って、空に向かって飛び上がった。
「飛んだ!」
「きれい・・・・・・」
稚げな子供の声が聞こえ、俺はちらりとそちらを見た。
首の筋肉が石になる瞬間だった。
子供が垣根の縁から目一杯に体を伸ばし、空へ浮かんだホルダーを指さし笑っていた。そんな微笑ましい光景の中に、あの悪趣味なシャツをローブで覆ったマクアフィルの姿があった。
目が、爛々と狂気と害意で光っている。奴の目は子供たちと同じように宙にあるホルダーに向けられているが、その意味するところは天地よりかけ離れているだろう。
俺はすぐさま、この場を離れて奴を追いかけるにはどうするか考える。たがそれは無理な話だろう。まだ少し実演観覧は続く。撤収時にうまく隊列を捌いて観衆の中に飛び込むのは不可能じゃないが、それでも水の中でガラス粒を探すのに等しい労苦が想像できる。
だから、俺は胃が締め付けられるような緊張を耐え、視線を前へ戻した。必ず奴は仕掛けてくる。その時が来るのを待つ。
そうしている間にも、蒸気噴射で上昇したホルダーは緩やかに演習場を周回し、ホルダーが近づき、吐き出された蒸気の煌めきの粒が降りかかるたびに、観衆からは歓声が上がった。
演習場を一回りしたホルダーは、そのまま高度を維持して標的に近づいた。自在に高所を取れるホルダーは、適当な地点に制止すると、右腕を標的に向けた。
ぱ、ぱ、ぱ、という短い発射音と共に腕から光る蒸気の線が続けて飛ぶ。一発一発が並んでいる人型の標的の胸元を貫通した。高圧発射された蒸気の固まりは標的に当たって弾け、細かな穴が密集した奇妙な弾痕を板切れに加えた。
「当たってるぞ!」
「すごい! この距離で届くのか」
拍手と歓声に見守られながら、矢継ぎ早にホルダーの太陽砲は標的を打った。ぱ、ぱ、ぱ、ぱ、と一発一発が短い放射に終始しているのは、先の地下墓地での戦いをふまえたものだろう。
ここでこうして歓呼の声をうける最新式のゴーレムといえど、まだまだ発展途上の産物なのだ。とはいえ、それを周りに言って聞かせるような輩はいない。
標的をすべて撃ち終えたホルダーが地面に着地する。己の重みでずっしりと、膝と腰を折り曲げる様にはどこか疲労感を感じられた。
再び兵士たちがホルダーを囲んで状態を確認する中で、武官が言った。
「以上で新式ゴーレム『ホルダー』の実演を終了します。観覧の各位に、参加していただき感謝します。最後に、このゴーレムの開発者で、本日の実演を行って下さったエメロッテ・レーン女史をご紹介して、この場を下がらせていただきます。敬礼!」
工廠武官とその一隊は整列し、一糸乱れぬ敬礼を取った。すぐさま歩兵小隊に編入しても恥をかくことはないだろう出来映え。しかし、それでは勿体ない連中だな。
ホルダーの背面装甲が開き、陽炎を立てる中、小さな人影が抜け出て、ホルダーの肩口に腰掛けた。
エメロッテは謁見時のドレスの上から袖やフリルが邪魔にならないよう、リボンと皮ベルトでスカートや腕の布地をまとめ上げ、顔にはゴーグルを填めていた。
ゴーグルを額に上げて髪を振る所作には若さと力強さ、そして未来への栄光を約束する希望に満ちた瞳が、垣根の内外から向けられた視線に応えていた。
ふたたび廷臣たちと陛下が拍手を送り、観衆は自分たちが見ていたゴーレムを動かしていたのが、少女からまだ脱し切れていないような若い娘であることにようやく気づき、驚き、そして声を上げた。
見てるか、ダミアン・レーン。お前の娘は人々に愛され、光に照らされているぞ。
彼女の顔に亡父の面影が、ちらっとだけ窺えた。目頭に熱いものを覚えたその時。
背筋を這い上る危機への本能的反応が俺を襲った。のぼせ上がった気分が一気に氷点下まで冷え切り、一方心臓が激しく脈打つ。表情と姿勢だけは懸命に維持していた。でなければ、俺はホルダーへ向けて走り出しかねないほどだった。
エメロッテの姿が見える。陰になっている部分は、ホルダーの廃熱で陽炎が立っており、揺らめている。その揺らめきの中から延びた透明な腕が、エメロッテの細い首を締め付けているのが、彼女の薄い皮膚の上に浮き上がった手形で示されている。
マクアフィル。奴はいずこからか再び不可視ゾンビを忍び込ませ、この観衆の中でエメロッテを残虐爆死させるつもりなのか。
しかし、この白昼でいかな不可視化で陽光への対応機能を付与されているとしても、先ほどまであの辺りはホルダーから放出された太陽光を放つエーテル蒸気が濃厚に飛散していたはずだ。そこにゾンビを突っ込ませれば、たちどころにゾンビの体表面は傷つき、まともに操作など利かなくなるだろう。
何せ俺は、『墓場の友』製ゾンビの致命的弱点を知っている。
であれば、今エメロッテの首を締め上げているのは・・・・・・
「マクアフィル・・・・・・奴自身が透明化している・・・・・・」




