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屋外に引き出された宮廷で、エメロッテは王に謁見する。回復される名誉

 プリシィア市街に隣接するように造営された大陸軍(グランダルメ)営舎の広々とした練兵場に、今や色とりどりの天幕が張られ、大小の傘が花開いていた。足下には埃っぽい地面を覆い隠すように毛氈(もうせん)が各所に敷かれており、その上を、煌びやかに着飾った多数の人物が行き交っている。


 即席の屋外宮廷となっている大小の天幕の中では、移設された玉座に鎮座したプリシィア王を中心に、廷臣たちの幾名かが並んでいた。その列の中に入っている俺は今、目の前で行われる式典をしっかりと目に焼き付けていた。

 陛下の前に引き出されているのはエメロッテだ。粛然と礼をする姿は震え一つなく、伏した顔は薔薇色に輝いて見えた。


「直答を許す。顔を上げよ」


 陛下の側に立っている按察官ローランドが声をかけ、エメロッテは顔を上げる。潤んだ目が一瞬、ほんの一瞬だけあった気がした。


「その方、サン・アップルトンにて魔術を修め、新式のゴーレムを製造したとのこと。相違ないか」

「ありません」


「その若さで複雑精緻なるゴーレムを生み出す技前、見事である」

「もったいないお言葉でございます」


「陛下。付きましては大陸軍より、その新式のゴーレムを採用したいという声がございます」

「それは真か、ドリジャールよ」


「間違いございません。大陸軍所属親衛隊隊長として、エメロッテ嬢の新型ゴーレムは十分な働きができることが期待できます」

「卿の如き者がそういうのは珍しいことだな」


 廷臣の誰かがそう漏らした。俺の弟が、斜陽を迎えているゾンビ製造に精通した魔術師であることを指しているのだ。

 俺は発言者に見えるように、軽く肩をひそめた。微笑を浮かべ、ちらりと脇に並ぶ同僚たちを一瞥する。


「私の身内についてご存じの方から見れば不思議なことのようだ。だが私は軍人。国家と王に忠誠を誓う者として、かのゴーレムを新たな装備、戦力として用いることは、国の用を満たすことであると進言します」

「余はドリジャールの進言を信じる。そなたの一族は甘言を用いぬ故にな」


 陛下はそう仰るとローランドに指図し、ローランドは塗り盆に乗せられた羊皮紙を持って陛下に差し出した。陛下は羊皮紙の巻物を取り、手ずから目の前に広げた。


「エメロッテ・レーン。プリシィア王の名に於いて、そなたのゴーレムを我が兵士たちに授けることを命ずる。費用については後に各位にて詰めるがよい。そして、その功により、余はそなたに陳情があるならば、きいてやらんこともない、そんな気持ちになっておる。いい機会だ、何でも申してみよ、エメロッテ・レーン」


 天幕の屋根が微風でゆるやかにはためく下で、陛下の声が朗々と響いた。近頃の、陰鬱を絡みつけていたような陛下から脱したと見える。

 エメロッテは両手をスカートの脇に寄せ、軽く腰を引いた姿勢でそれを聞いた。手がスカートの襞をきつく握っているのは、姿勢に不慣れなばかりではない。


「無礼を承知で、お聞きします」

「うむ」


「陛下は、そこなドリジャール・セルジュゲイル卿の同輩であられた、ダミアン・レーンという者をお覚えでしょうか。かの方は近衛兵(ロイヤルガード)として王宮に仕え、名誉の殉職をした者でございます」


 陛下の眉根が震えた。暫し宙を睨むと、視線を戻してエメロッテに答える。


「ダミアン・レーン。たしかに、そのような者が余の近衛にいたことは覚えておる。市中にて擾乱(じょうらん)があり、首謀者を捜索する最中の殉職だったかと記憶している」

「私は、そのダミアン・レーンの娘として生まれました。父の死後、父の家名は断絶の沙汰を受けました。当時の私は受け継ぐには幼く、異国生まれの母に手を取られて出国した私は、こうして故国に舞い戻ってきました」


 エメロッテの言いに、廷臣たちのざわめきが止む。彼女は続けた。


「プリシィア王陛下、私に褒美を賜る資格がおありになると仰るなら、また、もし私のこれまでの生涯を・・・・・・異国で係累もなく、学問に打ち込むしか気持ちの()()()を得られなかった娘の生き様を哀れにお思いでしたら、私にプリシィア貴族レーン家の名跡をお与え下さいませ。亡父の名と、家名が背負ってきた歴代の当主の名を世に照らし明かす機会をお与え下さいませ」


 そう言いきると、エメロッテは沙汰を待つべく頭を伏せた。

 その場の誰もが、王の答えを待った。陛下はゆっくりと息を整え、ちらりと、脇にいるローランドを、そして俺を見た。


「エメロッテ・レーン。そなたが余の近衛だったダミアン・レーンの娘とはしらなんだ。許せ」

「もったいないお言葉でございますわ」


「ならば、プリシィア王はそなたをレーン家の当主であると認める。当家ないし他家が管理せしめていた、レーン家の財物はそなたに帰属するものであると認める。ローランドよ、紋章官を呼べ。レーン家の紋章を復活させ、この者に与えよ」

「御意にございます」


「うむ。ここにいる臣に告ぐ。余の名に於いてエメロッテ・レーンを貴族に叙する」

「異議なし」

「同じく」


 銘々に声が上がる。もとより、王の決定に申し立てをする場ではない。この一連のやりとりは今日一日を通じて進行するセレモニーの一つであるのだ。ここに並ぶ者は俺を含め、宮廷儀礼の一役にすぎない。


 実際のところ、今陛下の宣言した諸々は、前日の内にすでに決定していた。国王というこの地の最高権威の口から宣言されることにこそ、意味がある。

 白日の下に、エメロッテ・レーンはダミアン・レーンの娘として、彼の負っていた家名や財産を受け継いだのだ。


 軍楽鼓笛隊が蒼天高らかに喇叭(ラッパ)を、太鼓を、銅鑼(ドラ)を鳴らし、屋外でお祭り気分を味わっていた人々は、ついに天幕から自分たちの王様がお見えになるのだと知り、衛兵らが仕切る境界線の縁いっぱいまで押し寄せた。


 天幕の前は毛氈の代わりとばかりに色粉が蒔かれ、彩り豊かな地面の上を先触れが竜の(のぼり)を掲げて行進する。その次に、国王を護衛する近衛兵の精鋭が立つ。といっても、小さな催しとする故に、前列5名、後列5名の小さな集まりだ。俺は隊長として、前列の右端を進んだ。


 二人の近習が日傘と椅子を担いで王と共に出て来た後、後列をまた近衛隊が並んで、その後、陛下と一緒にゴーレムの実演を見物したい廷臣たちが続いた。

 その一団の中にエメロッテの姿はない。一足早く天幕を辞した彼女は、実演会場で駐機してあるホルダーの元へ移り、実演の段取りを反芻していることだろう。


 練兵場の敷地内に、即席の垣根にて一回り小さく区切られた場所が見えた。垣根の外にはこれまた即席の段が組まれて、見物人を収容出来るようになっている。俺たちの一団はそのまま垣根の内側にはいると、めいめいに所定の配置に付いた。陛下を中心に、左右に並ぶ廷臣たちを前後に挟むように、近衛隊が立つ。俺は一応陛下に一番近い位置にいるが、それでも一足飛びに駆けつけるには少し距離があった。


 陛下の御座として掲げられた幟の下に日傘が立ち、その下に椅子が二脚置かれた。一方には陛下が着座され、屋外の風を浴びてその顔色は幾分爽やかだ。隣の席に人はいない。そこは本来、王妃の席であるが、席の主人は罪罰を負って今も幽閉の身である。


 では、なぜそんな不必要な物が置かれているのか。それは次にこの席を占めたい、という野望を燃やす女たちの気持ちを挫く、その一点にある。

 現に、表に現れた王を射抜く、無数の毒花めいて着飾った婦人連中の姿が、垣根の最前列に見受けられた。


 陛下は未だ、罪にまみれた王妃マリーメイアを愛している。例え自分の愛が報われなくても、いや、報われないからこそ、彼は決してマリーメイアと離縁しないし、幽閉のまま留め置かれるだろう。悲しい関係性だ。

 そしてそれ故に、陛下にまとわりつこうとする女性陣には引き下がってもらいたいのが、按察官であるローランドの目論見であり、この一連の式典(イベント)の目的なのだ。


 ローランドは空の座席に、紫の布を一枚敷き、一輪の花を生けた花瓶を置いた。花は青ヤマユリのようだ。

 それを見た婦人たちが、落胆と嘆きの声を上げているのが聞こえる。

 紫地に青いヤマユリは、マリーメイアが出た一族の紋章の一つ。これは未だ王妃はマリーメイア自身であることを、この場の全員に示すことに他ならない。


 目の端でローランドが垣根でくずおれ、途方に暮れる求婚者たちを見て、口の端を僅かにつり上げたのを俺は見た。

 まったく、王宮勤めも楽ではない。

 

 さて、茶番につき合っている間に、エメロッテとホルダーの準備が着々と進んでいた。

 ホルダーのお披露目を控え、内部で合図を待っているエメロッテの緊張を思うと、なにやら俺まで不安な気持ちになってくるから不思議だ。だが、ホルダーとエメロッテの実力は本物だ。

 事前に打ち合わせた通りに実演を行えば、不測の事故は起こるまい。

 何か起こるとするならば・・・・・・


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