大地穿つホルダー。崩れ落ちるは墓場の友
「どうしたドリジャール卿。今更臆したか」
「マクアフィル。あまり喋ると居場所がバレるぜ」
沈黙。しかし、低く、呻くような奴の笑いが聞こえてきた。
「無駄だ。お前たちに私が見えるはずがない。だが、念の為ということもあるからな」
その声がしてすぐ、羽音が近づいてきた。しかしその標的は俺たちじゃない。近くで燃え残っている篝火が揺らいだ、と思った次の瞬間、あの激しい爆発が起こって、篝火を消し飛ばした。
来ると分かっていれば音も熱波も避けるのに難はない。だが爆発の余韻が去ると、地下空間には一切の光源がなくなってしまった。
「これでも私の居所が分かるっていうのかい、狂犬ドリジャール。いかなセルジュゲイル家が激情の武門一族で、お前が弟からゾンビの知識を得ているとしても、全くの暗闇の中で私が潜んでいる場所が、分かるものかよ!」
相手を見下すマクアフィルのいらだちにまみれた声が響く。ゾンビの目は闇を見通すから、奴からはこちらが把握できるはずだ。
「よし、行け! ホルダー!」
「オォォォォン!」
俺はホルダーの背を叩き、中のエメロッテに合図する。ホルダーは気炎を文字通り吐いて、暗闇の中へ突進した。 巨大な手足を降って大股に進むホルダーの姿が、瞬く間に見えなくなった。次の瞬間、立て続けにホルダーの装甲を叩く音が聞こえた。奴の『インビジブル・ハガー』なる自爆ゾンビがふたたび、ホルダーの体表面に張り付きにかかったのだ。
おそらくは、天井近くに張り付いて、あるいは浮遊しながらこちらを伺い、射程距離に入った途端に下降して取り付きにかかるのだろう。ホルダーが、ゾンビが張り付く度によろめき、たたらを踏んでいるのが足音で伝わった。
しかし、数体のゾンビで足を止められるほどホルダーは貧弱なゴーレムではなく、それを操るエメロッテも怯みはしなかった。確実にその足音は、俺が示した地点まで進むべく続いていた。
「頑丈なゴーレムめ! 止めろ、ゾンビたちよ!」
マクアフィルの声に呼応するように、立て続けにゾンビの張り付く音がした。
「オォォォォ・・・・・・」
金属のこすれる重苦しい音が闇から聞こえる。硝煙の臭いが立ちこめる。肉の千切れる、ぶちぶちとした音もそこに加わりながら、重い足音は途切れることなく続く。
「やめろ! ドリジャール! どうなっても知らんぞ!」
「どうとでもなるさ! エメロッテ!」
「配置に付いたわ! チャージ開始」
腹に響く重低音が歩み去った闇の中からホルダーの位置を教えてくれる。
最初にホルダーが太陽砲を発射した時、俺はこの地下墓地の構造をよく観察した。地面は湿った土が突き固められ、壁には死体を寝かせる横穴が無数に開き、空間中央の布が掛けられた段状の祭壇へ向かうように、出入り口から篝火の列が伸びていた。
それらの光景の中で、ひっくり返した擂り鉢めいた天井の頂点から、一点の染みが広がっているのを見覚えている。この地下墓地は地上の墓地にある円丘の下にあり、円丘は人工的に造成されたものだ。地下の墓地を覆い隠すための、見かけばかりの出来なのは想像に難くない。適当に敷き固められた土が雨露を吸って地下に流れるに際し、真下の空間に突き当たるのは至極当然のことだろう。
問題はそうして水のしみ通るようになった土の層は、外部からの力に対して酷く脆くなるということだ。
エメロッテは配置に付いている。祭壇の上。その真上が狙うべき場所だ。
「チャージ完了。発射!」
両手足、腹に背中に張り付いた不可視自爆ゾンビを振り切って、ホルダーが真上に向けて太陽砲を放つ。とっさに目をかばいながら色眼鏡を掛ける。
一直線に伸びた白光する蒸気が、地下墓地の天井を撃った。薄い石で葺かれている天井は瞬く間に破砕され、あたりには高圧蒸気で濡れ崩れた土砂が降り注ぐ。
「ぎぇ!」
「ぎぎぃ!」
見えざるゾンビの絶叫だけが聞こえた。天井を撃つ蒸気は土砂をまき散らしながら地下に拡散した。きらきらと輝く蒸気の幕が地下空間全体に降り注いで、明かりもないこの場所を柔らかく照らし出した。
「やめろ! 天井が崩れ落ちる! 生き埋めになるぞ!」
マクアフィルの悲鳴に近い叫びの発信源を見いだすのに十分な光源がそこにあった。空間に満ちた蒸気そのものが明るく照らしているのだから、ゾンビの自爆攻撃で消し飛ばすことなどできやしない。
そして俺はマクアフィルの潜伏場所を見つけた。なんと奴は、地下墓地の天井を形成する堂宇の縁に張り出した桟敷のような場所におり、自分の目の前で吹き上がっている蒸気の柱に恐怖の目を向けていたのだ。
「いたぞエメロッテ! 奴を狙え!」
「了解! お覚悟なさいませ!」
ホルダーの腕がゆっくりと砲口を動かしていく。迫る蒸気の奔流とその輝きにマクアフィルは叫んだ。
「私を守れ!『インビジブル・ハガー』!」
その号令と同時に、ホルダーの周囲から一斉に何かが動き出した。それらはあたりに満ちる蒸気の幕を突っ切る際に、不可視の身体に太陽の光放つ蒸気を纏わせて、姿を現しながらマクアフィルの桟敷に集まった。
「壁になれ! おのれドリジャール! おのれ忌まわしい、太陽のゴーレム! よくも私の聖域をこのような蒸気で汚し・・・・・・」
マクアフィルの声は、目の前で作られた即席のゾンビの防壁が、打ち付けられた高圧高温の、太陽の光を纏う蒸気に切り裂かれたことで打ち切られる。体組織の大半を激発性の爆薬と化している不可視ゾンビは外部からの刺激により、制御不能の爆発を起こしたのだ。
肩を寄せ合い積み重なるようにして、迫る太陽砲の光線に立ち向かっていたゾンビは、一端の一体が爆発すると、連鎖反応的に次々に爆破した。その衝撃は天井を深く穿たれて強度を大いに損なってしまった地下墓地の全体を揺るがし、マクアフィルの潜んでいた桟敷が基礎の根本から崩れ落ちた。
発射目標を失ったホルダーは太陽砲の発射を終えた。再び全身から熱気を放出しながら、平べったい顔を周囲に巡らせて、内部のエメロッテが言った。
「動く目標なし。対象の沈黙を確認したわ」
「ご苦労。これで『墓場の友』は壊滅したはずだ」
「・・・・・・これで、終わり、ってことで、いいのかしら」
「多分な・・・・・・おっと!」
感傷に浸るまもなく、天井に深い亀裂が走り、巨大な瓦礫が落下してきた。床に当たって砕け散り、鋭い粒となって蒸気に塗れた空気を切り裂いてくる。
ゾンビどもよりよっぽど厄介だな。俺は矢継ぎ早に降ってくる瓦礫の団塊を避けながら、ホルダーの元へ走った。
「このままじゃ生き埋めになってしまうわ」
「もちろんそんなわけには行かないさ。天井を見ろ。ホルダーの攻撃で崩落が進んで、外光が入ってきている」
外部からの浸食、そして内部からの刺激で天井から一筋の光が差す程度であるが、小さな開口部が生まれていた。
「あそこからなら崩れかけた道をさかのぼっていくより、素早く脱出できるんじゃないか」
「まぁ。でも、ちょっと穴が小さいわ」
「もう少しホルダーで広げてやればいい」
「そうしたいのは山々だけど、そろそろタンクの底が見えてるの。もう太陽砲は使えないわ・・・・・・」
そういうと、エメロッテはホルダーの背面を開いた。内部で圧された空気がしゅっ、と漏れ、それまでこもって聞こえていた彼女の声が明瞭に耳に入った。
「おじさま、中に入って!」
「なんだって?」
「噴射でジャンプして、ホルダーの拳で直接穴を開けるわ。そのまま外に飛んでいくから、一緒に飛ばないと」
「・・・・・・やれやれ」
俺はホルダーの頭に鎖刃剣を巻き付け、壁面を登攀するようにゴーレムの上に上がった。足の裏が、熱された装甲に焼かれて薄煙を上げている。
登り切って足の下に開いた隙間につま先を下ろすと、小さな背もたれのついた椅子に腰を下ろしているエメロッテの背中が見えた。
「もっとこっちに入ってくれないと、閉められないのだわ」
「わかったよ。・・・・・・うわ、これは狭いな」
ホルダーの内部にある『ゴンドラ』は、天井が低い上に側面から突き出た各種の計器類で、実際以上に狭苦しい場所に見えた。なるほど、このような場所で自在にホルダーを操作するならエメロッテのような小柄な女性のほうがいい。
そんな狭隘な空間に自ら納まろうと入った俺であるが、どうにかこうにか頭を納め、足を座席の隙間に押し込め、腕を両脇をせり出す壁に突っ張らせてゴンドラ内に身体を置いた。
俺の後ろ毛に触れそうな位置で背面装甲がぴたりと閉まると、人間二人の熱気とホルダー自身の発する熱で内部は蒸し風呂のようになった。
「これは・・・・・・苦しいな」
「少し我慢してくださいな。それでは、脱出!」
壁に張り付いている俺の身体に、ホルダーの起こしている駆動の振動が、より迫って伝わってくる。足の下で起こった激しい振動とともに、僅かな浮遊感の後、肺腑を引っ張られるような加重に襲われた。
どんな屈強な馬の全力疾走だって、乗り手にこれほどの負担はかけるまい。
「ぐ、ぐ・・・・・・エメロッテ、平気なのか、これは?」
「え? ああ、おじさま。すごいわ、ホルダーの加速を生身で受けても意識を持ってられるなんて。でも、もう少しだから、がんばってね」
要領を得ないエメロッテの言葉も、次第に身体にかかる負担からくる意識の混濁に混ざって、よく聞き取れない。
これ以上エメロッテの操作の邪魔をしたらいけない、とだけを決め、俺は意識を体勢の維持と、加重からくる負担に耐えることに集中した。内蔵を押し潰すような苦しみが、次第に肩や腰の関節を経て、全身の骨身を軋ませる。 額に一滴の汗が垂れた。そこで俺の意識は一旦途切れるのだった。




