炸裂する「太陽砲」 凶手の名は「インビジブル・ハガー」
「もっとゾンビを! 前に押し出せ!」
魔術師の一人がそう叫び、ふたたび堂宇の地面からゾンビを呼び起こす。掲げる杖でこちらを指し示そうとした一瞬を狙い、鎖刃剣の突きを打つ。杖を握った拳が付け根から飛んで、鮮血の飛沫を浴びた魔術師が倒れた。
「杖を狙っているぞ! 下がれ! ゾンビを出せ!」
「ゴーレムがくるぞ!」
振り返った俺に見えたのは、両腕をゾンビの腐れ汁で真っ黒に染めた、ホルダーの光る目と胸がこちらに近づいてくるところだった。魔術師たちは懸命にゾンビを起動させてゴーレムの接近を阻むべく突撃させているが、ホルダーの圧倒的な質量と馬力の前では数体のゾンビでは到底押しとどめることができず、むしろ返す動きで繰り出した拳が次々とゾンビを破壊しているのだった。
「おじさま! あまり先走られては困るわ」
制止して深く呼吸するホルダーからエメロッテが投げかけた。
「囲め! 奴らを封じ込めろ、ゾンビで圧殺しろ!」
「あら。あんなに破壊したのに、まだ出てくるの」
「ここは奴らの本拠地で、墓地だからな」
この地下墓地の壁や床には数え切れないほどのゾンビが埋め込まれているに違いない。恐慌を来した魔術師たちが震える腕で杖を振り、四方八方からゾンビを起こしていた。
「船を爆破した時みたいに自爆特攻されなければいいんですけど」
「地下空間でさすがにやらないさ」
「なら、都合がいいわね。おじさま、あれを使うわ」
そういうとエメロッテは、ホルダーの姿勢を変えた。それまで両拳を引いて、アップライトに構えていたホルダーは、右手を前に突き出し、左手を脇に引く。両足を踏みしめ、腰を深く沈めて停止した。
その構えはちょうど、徒手空拳で渾身の拳打を見舞うための準備動作によく似ていた。だが決してそうではないことを俺は知っている。だから俺はホルダーの背後に回った。
「チャージ開始」
エメロッテの声が動作を示す。と同時にホルダーのつきだした右手の平から筒状の突起が飛び出し、両目と胸の窓が明滅する。
「チャージ終了。目標、前方のゾンビ軍団」
ほんの僅かな時間の間に、俺たちの周りにはゾンビで出来た壁とも言うべきものが押し迫っていた。ほんのちょっとでも触れれば、飛び出した鉤爪めいた指先で捕らえられて八つ裂きにされるだろう。
俺は懐から、あらかじめ渡されていた色眼鏡を掛けた。暗い地下墓地で暗色の眼鏡を掛けると、俺の目には全く周囲が見えない。だが、これが必要な現象が、次にやってきた。
「太陽砲、発射!」
瞬間、俺の目の前で極大の閃光が巻き起こった。光は熱波を伴い、ホルダーの手の平から突き出た筒先から射出され、前方のゾンビの固まりに直撃した。光は媒介しているエーテル蒸気に乗って、ゾンビの体組織を砂像が波に洗われて崩れていくように破壊した。
「ぎゃあ!」
「ああ!」
ゾンビの壁が、ホルダーの発する光の蒸気で切り裂かれていく。その隙間から見えるのは、ゾンビを指揮している死体魔術師たちが、両目を押さえて絶叫しながらのた打ち回っている姿だった。遮光性の色眼鏡で保護しなければ、たちどころに光と蒸気で眼球が沸騰破裂してしまうことだろう。
ホルダーの腕が横なぎに動く。それに併せてゾンビの群が崩れ、背後の魔術師たちが倒れていく。
「ゔぉぉぉぉ・・・・・・」
蒸気の照射を受け、悲鳴を上げるでもなく溶けるゾンビの群れは、次第にちいさくなって、やがて光が貫通した。高圧蒸気の光線はまっすぐ伸びて堂宇の壁を打ち、ぱちぱちと弾けている。
頼りない篝火しかなかった巨大な地下堂が、真っ昼間のように照らされる中で、俺は注意深く周囲を見た。光線を直視しては色眼鏡越しでも目が潰れてしまう、そんな光景の中で、俺はマクアフィルを探した。
だが、いかにしてかマクアフィルは姿を消していた。倒れているゾンビと魔術師の中に、あの貴人ぶった服装の輩は見あたらない。一体、どこに・・・・・・。
と、その時。ホルダーの照射していた蒸気の光線がじょじょに小さくなり、やがて途絶えた。と同時に、ホルダーの全身の給排気口から猛烈な吸気音が轟いた。
「コォォォォ・・・・・・オオン」
「照射終了。クールダウンに移行するわ。おじさま、ホルダーから離れ・・・・・・きゃあ!」
「なんだ!?」
エメロッテの悲鳴に俺は色眼鏡を外してホルダーを見上げた。ホルダーの丸みを帯びた背中の上に、陽炎を伴う何かが、懸命に張り付こうともがいていた。
加圧蒸気を放出する為に、体内機関を高速稼働させていたホルダーの表面温度は極めて高くなっていて、生身の肌で触れることなどとても出来ないほどだ。
それだというのに、そのホルダーの外部装甲面を、何かが蠢いていた。それは時折、力強く表面を叩き、そのたびに鉄板で肉が焼け焦げるような音と、酷く胸をむかつかせる悪臭を放っていた。
「何かがホルダーに張り付いているわ!」
エメロッテは懸命にホルダーを指示して、腕を背中に伸ばさせる。だが、ホルダーの関節構造は人体を模してはいるが、完全に再現されているわけではない。あの大きな腕は、背中に回ることが出来ないのだ。
そうしてホルダーがもがいている間にも、背中に張り付いている不可視存在は装甲を叩き、押し込もうとしているらしい。とはいえ、頑強極まりないゴーレムの装甲はびくともせず、叩く度に打面にべったりと、肉の焦げ付いて出来たおぞましい手形を残していた。
「ちぇい!」
猿叫一声しておぞましさを振り払い、鎖刃剣で俺はホルダーの背中を打った。堅い金属同士が打ち合う硬質な打音の中に、間違いない、肉を切り裂く感触があった。
「きえぇ!」
奇声を発したのはホルダーの上で切られた不可視存在だった。その瞬間、ばりっ、という耳障りな音を立ててそいつはホルダーから離れた。
血の軌跡が宙に描かれ、僅かに残った篝火の明かりの中に落ちたそれは、ぶすぶすと煙をあげていたものの、姿形がはっきりと視認することが出来ないものだった。透明な存在が地に這いつくばっており、そいつの身体に紫煙が絡みついて、かろうじて存在が認知できる。
「なんだ、こいつは・・・・・・まさか」
「ぎえぇ!」
煙に巻かれた不可視存在が奇声を上げて、俺に躍り掛かる。俺は素早く鎖刃剣を繰り出した。俺の手から伸びる刃の蛇が不可視の壁を貫通した。
「ぎ、ぎ、ぎ・・・・・・」
「おじさま、その、ゾンビは?」
「・・・・・・俺は常々疑念に思っていた。墓場の友の刺客どもは、作戦に失敗すると身体を強ばらせた後に、烈しく爆裂して痕跡を残さず死ぬ。俺は最初、刺客ども自身の身体に何か仕掛けがしてあるのだと思っていた。だが、そうじゃなかった」
不可視ゾンビが、自身の体液にまみれてようやく姿を表しはじめ、と同時に、各部の傷口から発していた煙の量が増大する。火にくべた生木のようだが、鼻につく硫黄の臭いがその正体を俺に教えてくれる。
「こいつは!」
「ぎひひぃ!」
不可視ゾンビがその瞬間、閃光を放って爆散した。烈しい熱波と衝撃が地下空間に広がり反響する。俺はとっさにホルダーの陰に入り、爆発の直撃を避けることが出来た。
だが、炸裂音は地下空間の壁面を跳ね返りながら長く響き、俺の耳を襲った。平衡感覚が揺さぶられ、目の前に立っているホルダーの膝に頭からつっこみそうになった。
そのまま突っ込んでしまえば俺の頭は炙り焼きになってしまっただろう。辛うじて俺は腕を突きだし、ホルダーの膝を覆う装甲を叩いて倒れる軌道を逸らした。
「おじさま!?」
「悪い、耳をやられた・・・・・・すぐに、よくなる」
ホルダーの装甲に手の平を焼かれる痛みが、かえって俺の正気を取り戻す呼び水になってくれた。エメロッテはホルダーの目から周りを見ているから、角度からいって俺の状態を完全に把握出来てはいないだろう。
揺れに揺れている脳髄からこみ上げるものに、今にも吐きそうになりながら、俺は前を見る。見えているのは爆散したゾンビの僅かな燃えカスが薄く煙を上げているところだった。
「こいつは・・・・・・この『見えないゾンビ』は、相手に抱きついて、締め上げ、最後には自爆する・・・・・・ただ腹の中に爆薬を仕込んであるだけじゃ、こうも見事に爆発しない。奴の体液そのものが激発性爆薬になっていて、体組織にたっぷり染み込んでいるんだろう。だが、もっと恐ろしいのは、このゾンビの目的が俺たちを攻撃するだけじゃないことだ」
感情が、血液を巡らせ、思考を速やかに行動と結びつける助けになる。俺は鎖刃剣を油断なく構え、明かりの届かない奥に潜んだものに向かって叫んだ。
「貴様は! これを自分の部下を始末するために使っている! 手下を監視し、失敗したものを消すために!」
「それが『墓場の友』の掟だ。部外者が喚かないでもらいたいな」
マクアフィルの声が闇の中から答えた。
「だが我がゾンビ『インビジブル・ハガー』の正体を喝破したのは流石だと言っておこう」
「この様子じゃ、外で感じた視線や気配もこいつと同じものだな」
「常に監視は必要だからな。だがお前たちが同士たちと大立ち回りしてくれていた間に、手許に戻すことが出来た」
耳を揉みながらマクアフィルの声を聞いていた俺は、次第に聴覚が復帰しつつあるのを覚えた。奴の言葉の他に、ほんの微かだが蚊の飛ぶような頼りない羽音が聞こえるのだ。
「飛行、不可視化、自爆能力。結構な多機能ゾンビを惜しげもなく使うじゃあないか・・・・・・エメロッテ」
俺はホルダーの膝に触れた。まだ温かいが触れないほど熱くはない。そのまま頭を膝に当てて話す。こうすれば小声でもホルダーの体内が響いてエメロッテとも話せる。
「太陽砲をもう一回使えるか?」
「大丈夫よ。でも、相手が見えないんじゃ当てようがないわ」
「それは気にしなくていい。絶対に当たる方法があるからな」
「それって?」
「それはな・・・・・・」
俺は作戦を伝えた。そうしている間にも、地下堂の中で聞こえる羽音の数がぞくぞくと増えていた。




