墓場の友の首魁、現る。激突、戦いが始まる
まことに幸運なことに、地下墓地への入り口を塞ぐ鉄扉の大きさからいって、内部の通路はホルダーを滑り込ませるのに不都合のない広さがあるのが解った。
「開けるわね」
エメロッテの声と共にホルダーの手が扉の縁を掴み、ぐいっと引っ張り上げた。重い扉は苦もなく開かれた。
「変なの。外の扉には鍵をかけていたくせに」
「油断しているな。あるいは、誘っているか」
俺はホルダーの背から降り、足下の様子をみる。地下からの湿気でじめじめとしているが、苔むしたりはしていない。人やものの行き来がある証拠だ。
「明かりがいるな」
「まかせて」
いうとホルダーの両目、そして胸に空けられた小窓の三カ所から眩い光が放射された。前方数メートルを悠々と照らせる光量だ。
「便利なものだ」
「いいでしょ?」
感心しながら、俺たちは中へと進み行った。静かな討ち入りだ。先の不可視の襲撃者を除けばまだ誰にも出会っていない。
通路は緩やかに下方へ、右周りに曲がりながら延びていた。円丘の外観はいわば塔のてっぺんに被せられた尖り屋根みたいなもので、この道を下っていく先が『墓場の友』の本陣であろう。
「どんどん下っていくわ。いったい、どれくらい広いのかしら」
「マクアフィル家の地所の地下全体に広がっている、と見ていいだろうな。おそらく別の出入り口が隠してあって、そこから余所の地所の墓地へ忍び込み、死体を盗み出してゾンビの材料にしているのさ」
都市貴族のマクアフィル家が代表をしているといっても、一個の葬儀会社が扱える死体の数は限られている。そしてうまいことに、この地所の周囲三方は別の家の地所であり、同じように墓地が広がっているので、こっそりと開けた裏口から侵入して無防備な警備をくぐり抜けて、死体を盗掘するのは難しくない。
「むしろマクアフィル葬儀会社が本当に会社として機能しているのかさえ怪しいものだ。表看板だけで、裏の死体盗みばかりしていそうなものだぞ」
「貴族の管理している墓地にしては地味だものね、ここ」
比較すれば王立墓地の墓守たるオルフェウスはよく働いていた方だな、と俺は思った。少なくとも奴には奴なりの、死者への敬意がある。
「おじさま、通路を抜けるわ」
ホルダーの光る目を通して先を見ていたエメロッテがそう告げた。真っ暗闇に穿たれた道の先へ進むと、高天井の大部屋に突き当たった。天井を支える梁が闇の中に浮かんでおり、さらにそれは地面へ伸びる螺旋細工の柱で床に繋がっていた。樹木の幹と枝めいて、外よりよほど装飾が凝っている。
「さすがに長居する場所には、居心地のいい飾りをしておきたいものらしいな」
「そなたの如き粗忽な武者に貴族の機微が理解できるとは、到底思われぬがな、ドリジャール卿」
「誰だ!?」
俺の誰何に呼応するように、それまで闇の中に潜んでいたものたちの気配が一斉に立ち上がり、青白い不気味な光を放つ篝火が、点々と小さな爆発を起こして燃え上がった。
篝火の列の下でうずくまっているのは汚らしいローブ姿の魔術師たちだ。ローブの頭巾の陰から煌々と目が光っている。恨めしげな眼差しが俺とホルダーを射抜いている。
だが篝火の列に控える魔術師たちは声の主ではあり得なかった。篝火の列の奥、天鵞絨で覆われた台座を背にした、貴族風の男がこちらを見ていた。ローブを端折って悠々と着こなしており、前合わせの隙間から見える、血のように赤いベスト、その下のシルク地のシャツが、かえってこの空間では場違いなくらい目立っている。
「貴様がマクアフィルか。いい趣味をしているな、こんな場所を掘っ建てて破落戸魔術師を匿うとは」
「彼らは私の同志たちだ。誹謗中傷は引っ込めてもらおう」
「マスターは偉大なり! 死体魔術師の大魔匠を讃えよ!」
「讃えよ!」
「讃えよ!」
魔術師たちが一斉に叫び出す。決して狭くはないはずの地下の堂宇に、男たちの正気外れな声ががんがんと響き渡って、耳を舐りにくる。
不快感に血液が沸き上がりそうだったが、ここは一旦堪え、死体魔術師どもの言葉を引っ張り出してやらねばならない。
「・・・・・・ここで貴様等をたたっきってやるのは容易いが、いくつか聞きたいことがある。真面目に答えてくれるなら、命乞いぐらいは聞いてやらんこともないぜ」
「ふん。大言壮語がセルジュゲイルのお家芸と見える」
うぅぅん。俺の隣でホルダーの関節が唸った。
「問おう。セルジュゲイル家の縁者エメロッテ・レーンと、彼女の研究成果であるゴーレムを狙ったのは何故だ」
「かの者はプリシィアの死体魔術師全体の敵だ。そのゴーレムはゾンビを塵に還し、我らの精髄を抹殺する。この地に存在することこそが許し難い所業なのだ!」
「殺せ!」
「壊せ!」
マクアフィルの声に魔術師たちの声が続く。心ない悪罵の雨がホルダーに、その中にいるエメロッテを打ち付けていた。並の婦女であれば喪心して果てそうな言葉の乱打。
だが、エメロッテはやはり、ただの娘ではなかった。ホルダーの目が、胸の小窓の奥に潜む太陽炉が烈しく光り、四肢を巡ったエーテルをさらに加圧させる加給器が唸る。
「コォォォォ」
と、その時。ホルダーの背中がぷしゅ、と蒸気の漏れる音と共に開き、エメロッテが顔を出す。ホルダーの頭の上に肘を突き、自分の分身ともいえるゴーレムをにらみつける者たちを見下ろした。
「三下魔術師の嘆きなんて聞きたくないわ。あなた方も魔術師なら、技術的問題は頭脳で解決なさいな」
「なんだと小娘!」篝火に並ぶ死体魔術師の一人が叫んだ。
「私は・・・・・・私たちは、様々な問題を解決して、ホルダーを生み出したわ。貴方たちにとっては降って沸いた災難とでも思っているのでしょうけど、私に言わせれば遅かれ早かれ、現状のゾンビと死体魔術師に居場所はなくなるんじゃないかしら」
エメロッテとサン・アップルトンのゴーレム魔術師たちは、現状のゴーレムのさらなる発展のために、既存の問題の解決に取り組み、結果としてホルダーを生み出した。であるなら、エメロッテならずとも、サン・アップルトンの魔術師ならずとも、いつかは太陽炉は発明され、現状のゾンビに行き先がなくなることは疑いない。
「目先に来た驚異だからと力付くで排除して、それで解決したつもりになるなんて、『墓場の友』という方々は浅薄ではないかしら。・・・・・・そんな人たちに、私とホルダーは決して負けないわ」
「おのれ言わせておけば! マスター、私に執行の許可を!」
「私にも!」
「我も!」
魔術師たちの絶叫にマクアフィルは手を掲げ、声を制した。
「どうやらこれ以上の論議は不要のようだ。ドリジャール卿、貴殿はオルフェウス卿の顔を立て、この場にゴーレムと娘を残して立ち去るならば」
俺は言葉が終わる前に、稲妻よりも早く鎖刃剣を抜き、マクアフィルに向けて突きを放つ。鎖の目が火花を散らして薄暗がりの空間で軌跡を残したが、切っ先は奴の喉笛を貫くことはできなかった。
俺の剣の切っ先はマクアフィルの目の前で何かにぶち当たって跳ね返った。奴の目の前で火花が飛んで青ざめた頬が驚きと恐怖に気色ばむのが見えた。いい気分だ。
「気が触れでもしたかドリジャール・セルジュゲイル!」
「それはこっちの台詞じゃないか。俺たちは別に示談交渉に来た訳じゃない。最後通牒に来たんだぜ」
「おのれよくもマスターへ剣を向けたな! 我らの傑作ゾンビ群の一部にしてくれる!」
篝火に居並ぶ三下魔術師たちがいきり立ち、奴らの陰に控えていたであろう、襤褸を巻き付けたような人型が立ち上がった。
真っ赤にただれた瞳を光らせたゾンビたちを篝火の前に押し出し、魔術師たちは腰の帯から杖を抜いて振り上げていた。すると篝火の届かない闇だまりから、無数の蠢く陰が浮かび上がってこちらへと押し寄せてきた。
「おじさま、来ますわ」
「うむ。三下どもの相手をしてやろうか。・・・・・・やれるな? エメロッテ」
「言ったでしょう? 私は負けませんわ! そうでしょう、ホルダー」
エメロッテは優しく目の前の平べったい頭を撫で、身体を装甲の内へと引っ込めた。その途端。
「コォォォォ・・・・・・オオオン!」
ホルダーの四肢が唸りを上げ、各部の給排気孔が叫んだ。
「ゔぁがぁぁぁ!」
ホルダーの叫びに反応した、一体のゾンビが飛びかかった。俺は側に立っているホルダーの脇腹に向かって蹴りをいれ、その反動でさらに高く跳ね上がった。
宙で体を反転させる。天地が逆転した視界が一瞬目に入り、俺の下で・・・・・・視界としては上方だが・・・・・・ホルダーに群れ付こうとするゾンビに向けて、ホルダーがあの巨大な拳を叩きつけているのが見えた。
俺は体を捻り、鎖刃剣を緩やかに引き延ばす。身体の周りを鎖の刃が回転し、そのまま俺は篝火の一つへ向けて落下する。
真上から落ちた俺の剣、そして俺の脚が、木組みに鉄かごで出来ている篝火を粉砕し、あたりに火の粉が、燃えかけの木片と共に舞った。炎の襞の真ん中で、俺の四方では目を剥く顔でこっちを見ている死体魔術師の顔が見えた。
四つまで数えたところで、剣を振る。鉄の蛇が汚れた魔術の使い手たちを切り裂くべく唸って走り、狙い過たず、杖を持つ腕の一本を切り飛ばした。
「ぎゃっ!」
悲鳴をあげた魔術師のとなりで固まっている奴へ向けて剣を横滑りさせる。迫る金属の光沢に怖じけた男が腕を遮二無二振ったので、鎖刃剣の伸びきった切っ先が腕の付け根まで二重三重に絡みついた。俺はそれを、思いっきり引っ張った。
「しゃっ」
一息に引っ張ったことで剣が腕に食い込み、魔術師の身体が浮いた。俺の目の前に引きずり出された魔術師は、膾に切り裂かれてしまった腕の痛みに息も絶えかけていたが、絡んだ剣を解いてやった。
その瞬間、ローブの袖の中でぱっくり開いただろう傷口から多量の出血を得て、魔術師は苦悶の声と共に気絶した。
ちょうどいいので、俺はその気絶した魔術師を片手で掴んで、盾のように押し出して次の標的に詰めた。
「ひぃ! く」
来るな、と言おうとしていたようだが、言い終わる前に掴んでいた魔術師を押しつけて黙らせた。ひ弱な魔術師は脱力した男一人の重さに耐えかねて尻餅をついたので、俺は投げ出した手を握っている杖ごと踏みつぶした。




