ドリジャールとエメロッテ、墓地に侵入する。
朝ぼらけを過ぎ越し、すっかり世の中が太陽の光の下に収まった頃に、俺とエメロッテは馬車に乗り込んでセルジュゲイル館を出た。
馬車といっても、前回のように装甲で固めた軍用馬車ではない。むしろむさ苦しいくらい厚ぼったい幌で覆われた荷馬車であった。太くて堅く締まった角材を縦横に渡してあり、見るからに頑丈な作りをしていた。そんな無骨な荷馬車に肉置きのよい大型の馬が三頭つないであった。
御者席に入った俺は鞭を振るって発進する。鈍そうな馬達だったが、力強い脚運びはぐんぐんと加速して、荷馬車はいつのまにか大路を行き交う車の流れへ自然と交ざっていた。
朝露もとうの昔に消え去って、車輪たちが立てる地埃のうねりの中で、時折車体が小さく跳ね上がった。路上にこぼれた舗装に乗り上げているのだ。
車輪が小さな障害物を踏みつぶすたびに、荷台の幌の下で鍋や釜をひっぱたくような、軽快な打音が聞こえた。
「頭でも打っているんじゃないか」
俺は御者席から荷台へ身を寄せてそう聞いた。くぐもったエメロッテの声が返ってきた。
「頭を打ってるのは私じゃないわ。ホルダーよ」
ちらっと荷台を覗く。広々とした荷台の上に、窮屈そうに身を折り曲げた格好で巨大なゴーレムが横たわっていた。
横たわるホルダーはしかし、先日の姿とは僅かに異なるものに変わっているのが、俺にも観察できた。右腕の肘間接の隙間から一本の細い管が延び、手の甲に繋がっている。比べてみると、ほんの少しだが左手より右手が膨らんでいるように見えた。
もう一つ、目に見える違いがあった。ホルダーの胸部装甲板のちょうど真ん中辺りに、ガラス製の丸い小窓のようなものが取り付けられていた。そこから、体内の太陽路から発せられる仄かな光が漏れ出ていた。
「窮屈じゃないのか、ホルダーの中は」
「私にとっては快適だわ。ふふ、いつかおじさまにもホルダーの中を見せてあげるわ」
「そう言えばまだ見たことはなかったな。教えてくれよ、どうなっているのか」
俺は路上に視線を戻し、馬たちを目的地へと誘導しつつ尋ねた。
「そうね・・・・・・まず、ホルダーの内部ゴンドラには、腰掛けがあるの。私はそこに座っているわ」
「さぞかし具合のいい椅子なんだろうな」
「ふかふかしてるわ。目の前には覗き窓があって、ホルダーの視界と連動しているから、これで外を見ることができるようになっているわ。・・・・・・今は、茶色い幌しか見えないけど」
馬車が大路から一本細い道へと曲がり込み、水の溜まった窪みを踏み越えた拍子に車体が跳ねた。ホルダーの頭が、荷台の縁を打つ。
「・・・・・・私の手元には、ゴンドラから延びた二本の杖があって、大きな杖頭がついているわ。その杖頭に手を乗せて、私の指示をホルダーの制御回路に注ぐの。二本の杖の間には、計器があるわ。エーテル水の残量や、炉内の圧力が計測できるようになってる」
「話を聞いていると、なんだかホルダーに乗るのが楽しいように思えてくるな」
「楽しいわよ。私、ゴーレムが好きだもの」
弾む声で答えるエメロッテの顔は、きっと晴れやかなものだろう。彼女は自分と、自分の作ったゴーレムを信じている。
ふと、俺はこれまで彼女から死体魔術師たちを恐れるようなことを聞いたことがないことに気づいた。不思議なものだ。死体魔術師たちは彼女とゴーレムをあれほど恐れているというのに。
「ホルダーの如きゴーレムが市井に溢れれば、ますます死体魔術師とゾンビには居所がなくなる。『墓場の友』ならずとも、プリシィアで辛酸を舐めている死体魔術師たちは君を恨むことになるんじゃないか」
「私はゴーレムとゾンビが対立するものとは思っていないわ」
エメロッテの声に呼応するように、ホルダーの目が明滅するのが見えた。俺は馬車をさらに枝道へ誘導し、徐々に景観が閑静なものに変わっていった。遠景に灌木が点在する丘陵が見え、そこは各種の垣根で区切られながらひろがっている。
ここは既にプリシィアの郊外であり、辺りは都市貴族の領有地となっている。地所として開発されている場所もなくはないが、多くの土地は所有を示す最低限の造作だけが施され、半ば放置されている。
そんな殺風景な場所だが、点在する垣根には『○○葬儀会社管理墓地』と書かれた看板が刺さっていた。
「ゴーレムにできないことがゾンビにはできるでしょうし、その逆もあるわ。うーん、うまく説明できないけれど・・・・・・」
「まぁ、言いたいことは何となく解る。・・・・・・俺に言わせれば、連中の繰り出してきたゾンビは、オルフェの作るそれとは比べものにならないくらい不出来な代物だからな。優れた死体魔術師なら、エメロッテのゴーレムに負けないゾンビを作れるだろう」
「オルフェウスおじさまみたいな」
「そうとも」
俺は自信を持って答えた。俺はいかなる魔術も修めていないが、オルフェウスという希代の死体魔術師の腕と知能には全幅の信頼を置いている。
ふと俺は、エメロッテのホルダーとオルフェのミラベルが対決したら、いったい勝敗はどうなるだろうか、と考えた。共に恐るべき戦闘力を有しており、二系統の優れた魔術師の傑作として並び立つだろう。・・・・・・というところで、俺はその考えを捨てる。つまらないことだ。
「まったく、返す返すもオルフェの奴が海外へ渡航している現状が歯がゆいものだ。なんで俺とエメロッテがわざわざ死体魔術師の屯してる墓場なんぞに殴り込みにいかねばならんのだ」
「愚痴っては嫌よ、おじさま」
「そうはいうがな、今頃奴がのんびりと船に乗って扶桑や蓬莱辺りで漫遊してると思うと、愚痴の一つも言いたくなる」
「早く帰ってくるように手紙は送られたのでしょう? 私、オルフェおじさまにお会いになれるのが今から楽しみよ。オルフェおじさまがつれて歩いているという、ゾンビにも興味あるし」
まったくの純粋な好奇心から、エメロッテはそう言っているのが伝わる言葉に、俺は肩をすくめた。
マクアフィル葬儀会社所有墓地、という文字が錬鉄製のアーチに飾られた門が見える。手前十数メートルの位置で、いったん馬車を止めた。
御者席の上に展開式の庇を広げて、その下の陰から門を窺った。人の気配はない。この辺りに人家はなく、砂利敷きの粗い舗装道路が垣根の間を延びているばかりだ。
しかしながら、よく見れば地面には何度も車の行き交ったことを示す轍が残っている。
「繁盛してる墓地らしいな」
俺はゆっくりと馬を前進させた。馬達はこの辺りに漂っている胡乱な気配を察知しているのか、落ち着かない様子だったが、車を曳くだけの努力はしてくれた。
門の前まで近づいても、誰何する人の気配はない。俺は御者席から地面に降りてみた。門には太い鎖で繋いだ錠前が掛けてあって、ちょっとしたことでは外れそうもない。墓地扉の鍵にしては、ずいぶん仰々しいじゃないか。
俺は腰の鎖刃剣を抜いた。
「はっ!」
一閃。甲高い打音を鳴らして鎖の輪が千切れ飛んだ。馬達が悲鳴を上げる中で、門扉を押し広げた。
御者席に舞い戻って鞭を打ち、馬達を叱咤して入場する。手綱からも馬達の恐怖と不安が伝わってくるようだ。
「もう少し辛抱だぞ」
熱っぽく深い呼吸で胴を震わせて馬が車を曳き、墓地の敷地内に進んでいく。
粗雑に造成された小高い丘を背に、麓に幾棟かの小屋が建っているのが見えた。恐らく、墓守の小屋だ。死者を迎える墓穴を掘り、亡骸を埋め、埋葬品を狙う墓暴きの盗人たちから死者の安らぎを守るのが、本来の墓守の仕事だ。
だが、ここはやはり、そうではないらしい。俺は御者席に立ち上がり、荷台に掛けてある幌を下ろす準備を始めた。その間も、馬たちは寂しげに鳴いて震えていたし、誰何する墓守の姿は見えなかった。ひっそりと、まことに静かな場所だ。だというのに、俺はこの敷地に入った瞬間から、体に絡みつくような視線を感じていた。見張られているのだ。しかし、どこからかはわからない。
そんな中で俺は荷馬車の幌を外した。骨組みに結わえられた紐を切り、引っ張ってやると、重たくはためいて幌布は地面に滑り落ちる。日の光の下に、荷台に寝かされていたゴーレムの姿が晒されるや、ホルダーの平べったい頭部にある二つの目が光った。
「コォォォォ」
吸気音と共にホルダーの体内を高圧のエーテル蒸気が巡り、エメロッテはゴーレムの身を起こした。ちょうど、ベッドから身を起こすようにも見えた。だとすれば、ひどく天蓋の低いベッドである。
ホルダーが背伸びをするように両腕を伸ばし、頭に引っかかりそうなほど低い幌屋根の骨組みを、まるで小枝を払うように他愛もなく折り破った。次に脚をのばして荷台の外へ投げ出すと、股下の噴気孔から吹き出した蒸気の噴圧を使って立ち上がった。
俺は慌てて荷馬車から離れた。辺りの気温が一気に上昇し、ホルダーから溢れた蒸気が朝霧のように漂った。
「ついたのね」
「ああ。連中は俺たちを見ている。わかるか」
エメロッテはホルダーの内部でなにがしかの操作に集中しているようだった。ややあって、ホルダーはゆっくりと頭を振った。
「ホルダーの耳、鼻、共に感なし」
「うまく隠れているわけだな。よし、では行こう」
俺は立っているホルダーの背後に回り込み、一っ飛びに背中に張り出している小さな手すりに飛びついた。そこを梃子に背中の突起を蹴って体を上げ、巧い具合にホルダーの肩に着地した。
「ほぅ、これはなかなかの景色だな」
ホルダーの背からは墓地を緩やかに囲む丘の稜線がすっかり見渡すことができた。転々と築かれた大小の墓碑や納骨堂が、物言わぬ様子で薄曇りの空の下、染み出る湿気と風雨に耐えながら、徐々に朽ちていっている。
「このまままっすぐ進むわ」
俺が肩にとりついたのを確認して、エメロッテはホルダーを発進させる。端から見ている以上にホルダーの歩みは安定しているな、と思った。
「おじさま。まだ私たちって見られている感じがするの?」
「ああ。さっきからビシビシ来ているぜ」
「今後はホルダーの感知機能の研究をしなくちゃだわね」
ゴーレムの研究の徒であるエメロッテには悪いが、戦闘者としての経験と勘に迫る五感を備えたゴーレムなんてとうてい無理じゃなかろうか。実際の所、俺たちを見ている何者かの視線、絡みつくような気配が四方八方からこちらに向けられているのだが、一方で、視覚的にも聴覚的にも、なにも不審なものは見えないし聞こえてはこない。
見えているのは殺風景な墓地、聞こえるのは自分たちの踏みしめる足音ばかりだった。
みる限り墓石はデザイン的に貧相極まりない、先の丸い板状の石に名と年月日が刻まれ、警句が一行二行書かれているだけだ。これが本当に貴族の有する土地に作られた墓地かと思うと呆れるが、あくまで表向きの造作であって、本体は見えないところにあると考えれば納得はいく。
「おじさま、扉のようなものが見えるわ」
ホルダーの扁平な顔が辺りを巡って、エメロッテが伝える。示された先にはきれいな円丘が作られていて、足下の道はそこへと続いているようだった。
円丘は表面を芝草で覆われ、そこへ至る道を飾るように墓石、あるいは墓石を飾る彫刻が配置されているように見えた。道そのものが蛇行していて、敷地の出入り口から円丘は直視できない作りになっていた。
「あの円丘、地下墓地への入り口だな」
「じゃあ行ってみましょう」
そのとき、道の左右に並び立つ墓石と彫刻の陰から、俺たちの上へ飛びかかるような、圧倒的な気配がこちらへと迫った。
俺はとっさに鎖刃剣を抜き放ち、空に向かって遮二無二振り回した。刃を繋ぐ鎖の目が引き延ばされ、空中を鋭利な舌先が舐めた。
「何?」
「わからん。だが・・・・・・」
見えも聞こえもしないのに、確実にそこには驚異が漂っているという、明らかな実感だけが、俺の精神を捕らえていた。俺は懸命に剣を振り、頭上の宙空を切り裂き、突く。
途端、迫っていた気配が遠ざかるのが肌で解った。見えざるものは再び墓石と彫刻の陰へ帰って行き、辺りは再び無人の野となって、俺は剣を鞘に戻した。
「・・・・・・居なくなった。だが、確かに今さっきまで何かが空中を漂って、俺たちを襲おうとしていた」
「信じるわ。おじさまの勘の方が、私やホルダーより敏感で鋭いはずだもの」
見えざる敵手がここにいる。その事実に総毛立つものを覚えながら、俺たちは地下墓地に通じると思しき鉄扉のある、円丘へと進んでいった。




