エメロッテの謁見の日。ドリジャールは決戦を回想する
その日、目を覚ました俺は出仕の支度を済ませ、館の外で乗客を待っている馬車を見た。豪壮な装飾で飾られた王宮御用の馬車だ・・・・・・王家のお召しを受けた貴族の家へやってくるその馬車に乗るために、一階に降りていくと、すでにエメロッテが待っていた。
エメロッテは、プリシィアに帰ってきて以降、もっともめかし込んだ格好をしていた。未婚の娘が王宮に出向くにあたり、最高品質のドレスとアクセサリーを身につけている。煌びやかだが、しかし煩くない程度に飾られているネックレス、イヤリング、指輪と腕輪。さらに施された化粧の具合がすこぶるよろしく、年相応の潤いの上に格調のある美しさが加えられている。
クロコスミアの仕事に敬意と満足を覚えた俺だったが、一方でそのように装飾されているエメロッテ自身は、目の震えや肌の血色からいって、酷く不安と動揺におそわれていることを見て取った。
「怖いか? 王宮にいくのが」
声をかけた俺を、エメロッテは見た。まだ階段の途中にいた俺を見上げている様子は、寄る辺のない孤児のようでもある。・・・・・・事実、彼女はある意味で孤児のようなものであった。
「今の私は、ただのエメロッテ・レーンですもの。王様の前に出て行くには、ふさわしい身ではない気がするわ」
「だがレーン家の家名を継ぐには王の御前に出なければいけない。そしてその資格があるのは、君だけだ」
階段を下りて目線をあわせ、手を取った。小さく、働き者の手、きれいな手だ。
「俺がついている。それじゃ不安か」
エメロッテの細い首に、さっと血が上がったのがわかった。
「いいえ」
歩き出し、戸口を開く。戸口を開いて下がったクロコスミアは静かに、深々と頭を下げた。言葉はない。しかし、その所作から彼女の、エメロッテへの声援が聞こえるような気がした。
外に出ると、既に御用馬車から降りて待ちかまえていたローランドが恭しく馬車の扉を抑えて待っていた。
「エメロッテ・レーン嬢。プリシィア国王レクス陛下の御お引き立てである、馬車に乗られたし。後見人よ、同道を許す」
「お引き立て、感謝します」
緊張して口の強ばるエメロッテに代わって返答し、俺は彼女を馬車へ引き上げる。そのまま乗り込んだ俺たちを押し込めるようにローランドは扉を閉めて鍵をかけた。
ガチャリ、と嫌に耳に残る鍵の音を聞いて、エメロッテは自分の手を取っている俺の手を、きゅっ、と握った。
「まるで檻みたい」
「逃げられたらローランドの手落ちになるからな」
「按擦官というお仕事も大変なのね」
絢爛豪華に設えられた、広々とした車内にふたりきりにされたまま、馬車が揺れ、発車したことが解った。御用馬車には何度か乗ったことがあるが、いつ乗っても思うのは、これほど贅沢な乗り物はこの世に二つとないだろうな、ということだ。
さて、そんな贅沢な馬車は静かに揺れて走り続ける。御用馬車の都内における走行路は伝統と格式により完全に決められていて、まっすぐ行けば四半時とかからないのに、おそらく小一時間はたっぷり乗っていることになるだろう。
「君のドレスが間に合って良かった。クロコスミアもいい仕事をした」
「古い物を仕立て直したと、クロコスミアさんは言っていたわ。きっと、セルジュゲイル家のご婦人達のいずれかがこれに袖を通しておられたのね」
余人の気配から遮られたことで幾ばくかの余裕がエメロッテに戻ってきたのだろう、その声音には着飾っての外出を素直に喜ぶ娘の彩りを帯びている。彼女はそれでもしっかりと未だ俺の手を握り、空いた片方の手を持ち上げてみせた。
「こちらの腕輪はおじさまの御母堂さまが身に着けておられたものと教えてくれたわ」
「俺のお袋の・・・・・・」
母親のおぼろげな記憶の中にエメロッテのドレスと同じ姿を探しかけ、息を吐いた。詮無いことだ。
「君がそれを着てくれて、お袋も満足してくれることだろう。衣装棚の肥やしにしておくよりはな」
笑いかけ、エメロッテも笑顔で応えた。手は握られたままだ。
「・・・・・・だけど、おじさま」
「うん?」
「これでよかったのかしら。私たちはまだ、『墓場の友』の首魁を捕らえてはいないわ」
エメロッテは小首を傾げ、俺に問うた。たしかに俺たちは先日、奴らと対決して決定的な勝利を得たが、奴らを指導する『マスター』に手は届かなかった。
だがそれについては、俺はなにも心配していない。
「既に次の手は考えてあるさ。とりあえず今は、陛下との謁見について集中していてくれればいい。・・・・・・さっきは俺が答えたが、次は自分で答えなきゃいけないんだぞ」
「そうだったわ! ええっと・・・・・・」
エメロッテはドレスの襞の裏に仕込まれたポケットから手製のメモ束を取り出し、ぶつぶつと読み始めた。あらかじめ彼女には謁見の場で想定される質問と応答を伝えてある。後は不自然にならない程度にそれが口から出せればいい。
わずかに揺れる車内で彼女が懸命に言葉を覚えるのを聞きながら、俺はこの前の出来事を振り返った。烈しくも悍ましい戦いの記憶が鮮明に脳裏を染め、目に蘇ってくる・・・・・・。




