日暮れを迎えるセルジュゲイル館で、来る日の準備を進める二人
結局、その後の俺はエメロッテの助手を廃業して自室でちまちまと手紙仕事に忙殺される羽目になった。大陸軍駐屯地にいる俺の部下たちに、新式のゴーレムの評価試験を行う為の準備をさせるために、いくつかの命令書を書いた。
次に、この評価試験に国王陛下の行幸を求める嘆願書を作った。これを王宮按擦官宛てで届けさせる。ローランドは即行でこれを受け取り、陛下の御前で稟議にかけるだろう。
あとはローランドが期日を取りまとめてこちらに送り返すのを待ちながら、墓地になっているマクアフィル家の地所への襲撃を準備することだ。気が付けば、日は暮れて地平が赤黒く燃え、赤陽の明暗が街角を縁取っている。
俺は地階の倉庫へ顔を出すべく部屋を出た。自分の自慢のゴーレムが、プリシィア国王の前に披露されることになって、エメロッテは勇んでホルダーの整備改造を進めていることと思う。
薄暗い地階倉庫はほんのちょっと見逃している間に、また一層雑然さを深めたように見えた。無数のランタンが分解されて中身をほじくり出された無惨な姿で転がり、細いケーブルの束が解かれて、曲げ癖が取れるようにピンと張られて置かれていた。いずれも今朝はなかったものだ。
「精がでるね。レーン博士」
机の隅で部品を組み立てていたエメロッテに声をかけるが、彼女は顔を上げず、目の前のくず鉄・・・・・・としか俺には見えない・・・・・・のそれに、小さなドリルで穴を空けていた。
「もう少しでホルダーに新しい機能を与えて上げられるわ。さっき試運転してみたら、内蔵部品がガタついてしまったの。振動を吸収する板発条を付けて、補強をすれば完成だわ。・・・・・・あと、生憎だけど、私は博士論文をまだ出してないから、博士とは呼べないわね」
「頭が固いなぁ」
笑いかけ、俺は装甲板を開いたまま、地べたに座り込んだ姿勢で停止しているホルダーに歩み寄った。尻と両手の平で接地しているゴーレムは、ぴくりとも動かないが、かすかに太陽炉の起こす、力強い鼓動を肌で感じた。
「ソルモーターは火を落とさないのか。危険じゃないか」
「安全機構はかかっているから大丈夫。それに一度火を落とすと、再点火が大変だわ」
「点火棒を差し込むとかじゃないのか」
一般のゴーレムは、動力源の発動炉心に、先端が発火した点火棒を差し込むことで起動する。炉内で気化したエーテル水が燃え上がり、吸気と排気の循環が始まるのだ。
「太陽炉に点火棒はないの。あれを付けると炉内の圧力が上げられないから、付けられなかったのよ・・・・・・将来的には、最高圧を下げて搭載する予定だったけど」
「じゃあ、ホルダーの炉はどうやって点火したんだ?」
エメロッテは機械油で汚れた指をぼろ布で拭い、また鞄から図面を引き抜いて広げ、俺に指し示した。そこには漏斗状の構造物に矢印を引いてあり、漏斗の下方に袋型の器物が書かれていた。
「古い時代に書かれた『マコトの聖女の書』というものがサン・アップルトンにはあって、その中に、太陽の光と熱を集める術についての記載があったわ。それを参考に、太陽の光と熱を集める装置を作ったの。この方法で点火した炉を素早く密封して、高濃度のエーテル水蒸気を吹き込んで発火を促し、加圧したわ」
「聖女・・・・・・聖女ねぇ」
俺は訝った声を抑えられなかった。サン・アップルトンが聖女の国と呼ばれ、聖女と呼ばれる超存在を国教として崇めているのは知っているが、それを飲み込めるかどうかは別だ。
「あら、おじさまったら、聖心教はお嫌いなの?」
「縁もゆかりもない遠い過去の人物を、崇め奉っているのは結構だが、それにつき合うつもりはないからな」
「ふふふ。おじさまは実存主義ってことかしら」
「さてな」
逆に言えば、己に縁のある者達の思いや意志を、俺は意識するとも無意識のうちにとも、身に纏って生きていることでもある。サン・アップルトンのマコトの聖女は知らない他人だが、エメロッテ・レーンはそうではない。
「マコトの聖女は遺失していた、より以前の勇者や聖女の遺産を再発見して、産業を振興したことで名を残した方よ。死後はその偉業にあやかりたい、アップルトン王家や諸侯や、産業界から信仰されているのよ」
「くわしいな」
「私のいた錬金アカデミーは、マコトの聖女に縁のある賢者が創始したものなの。だからこの話はよく聞かされたわ」
なるほど。ならばエメロッテを通じて、俺とサン・アップルトンの聖女には小さな縁があるわけだ。
「ホルダーはさしずめ、プリシィアで生まれた親に育てられたサン・アップルトン人みたいなものだな。エメロッテという製造者が、聖女の遺構を手がかりに、火を付けたわけだから」
「そうね。だからホルダーは、私にとっては弟みたいなもの、かもしれないわね」
そう言いながら、エメロッテは新しくできあがった部品を手にホルダーに触れていた。その声音の響きにかすかな寂しさがあった。エメロッテには半分血の繋がった実の弟がいるという。自分から奪われた両親の愛を一心に受ける幼い弟。
いつかその悲しみが薄れる日がくるように、俺は彼女の側で見守っていよう。そういう思いが、柄にもなく胸に迫っていた。




