ローランドの助言にて、エメロッテとドリジャールの展開は上向く
ふと外を見ると、夕日が街の果てを横切って地平に没しようという頃合いだった。
ローランド・ゲレイロの思わぬ訪問、そして俺の思わぬ奇想が合致したことで、思いがけない仕事が舞い込んだエメロッテは、困惑しながらも、己のささやかな野心が大きな躍進を遂げる機会の到来を、静かに受け入れた。
「国王陛下に謁見できる機会など、今の私には望むべくもないこと。その上、ホルダーを照覧していただく栄誉まで下さるなんて、言葉にならないくらいだわ」
しかし、こうして新たに増えた課題の前に、問題は山積みになっている。何しろ、俺たちは命を狙われている身なのだ。そのことを俺はローランドに聞かせた。
ローランドはここ数日の間に起こった出来事を聞き、しばらく口をつぐんで額をさすっていた。宮殿の奥に引っ込んでいることの多いこいつにとっては、少しばかり刺激が強すぎたのかもしれない。
だが、やがて顔を上げて口を開いた。
「『墓場の友』・・・・・・そのような結社が、このプリシィアに潜んでいるとは知らなんだ」
「宮廷でさえずっている噂好き共でも知らないのか」
宮廷に出仕している、数多の老若男女に共通するのは、風聞、噂、流言に目がない、ということだ。彼ら彼女らはどこからか聞こえてきた話しに、己の想像のつく限りに尾鰭を付け加えて、隣の同僚たちへと語って聞かせる。それが三度の飯より好きでたまらないのだ。
そのような者達を、この場の誰よりも知っているだろうローランドは、ゆっくりと被りを振った。
「生憎だが寡聞にして聞かないな。マリーメイア妃の讒言で、宮廷によりつく死体魔術師は一掃されたから、宮廷内にそれらの一派に組みする者はいないんじゃないかね」
それを聞いて、俺は別の方向から攻めることにした。
食堂の隅に垂れている呼び鈴を引っ張り、どこかで鳴った鈴の音を合図に、食堂の扉が開く。深々と頭を下げたクロコスミアの長身が目に入った。
「お呼びでしょうか」
「例の部屋で使った地図を、ここに持ってきてくれ。大至急だ」
「かしこまりました」
呆然としてるローランドとエメロッテを前に、クロコスミアは一礼して静かに消え去った。
「いったい何の話をしてるんだ?」
「実は明日、討ち入りに行くつもりだったのさ。なぁ、エメロッテ?」
「え、ええ! そうね」
急に水を向けられたエメロッテは、年上の男二人の視線に打たれて酷く動揺を見せた。
「穏やかじゃない話だな。セルジュゲイル家というのはいつの時代も慌ただしくていけない」
「ゲレイロ家がいつの時代も悠然と構えていられるのも、俺たちのような連中がいるからだぜ」
嘯けば、奴はその高い鼻を鳴らして言った。
「これだから武門の輩は困るのだ。もっとも、ゲレイロ家もヘイロー上王の御代までは一党を率いた武門の家柄だったがね」
「まぁ。ゲレイロ家は伝統がございますのね」
エメロッテが感心してみせたことで、この男の高い鼻がひくひくと擽られたらしい。
「いかにも。当世にて拝命したる高家職の按擦官もヘイロー上王の御代に下されたもので、その由来は・・・・・・」
ローランドが得意の長広舌になだれ込もうとしたところで、クロコスミアが戻ってきた。お国自慢が遮られて憮然とした奴の前に、地図を広げる。
地図には昨日のうちに印やメモが書き込んであって、端から見れば落書きだらけの、酷い代物に見えるだろう。
「なんだこれは」
「『墓場の友』の根城になっていると、俺が目星をつけている場所さ。王立墓地の周囲には私有墓地が広がっているが、その土地の持ち主は貴族だ。都に隣接する開けた土地を所有できるくらいの格があり、ということは、宮廷にも顔出しが出来る連中であるはずだ」
ここまでの襲撃者の風体ややり方からいって、田舎の中小都市で細々とやっている結社ではないことは明らかだ。
「ローランド、お前ならこの辺りを所有している貴族に覚えがあるんじゃないか」
そう言うと、奴は小さく唸った。
「流石にこの地図だけではな、紋章は分かるか」
俺は紳士録と見比べたときに見覚えた紋章の特徴を伝えた。
「それなら、わかるぞ」そういうとローランドは懐から渋色の革で綴じられた手帳を出し、素早くめくった。
「マクアフィル宮中伯家。先々代までは宮中職を奉じていたが、代替わりの折に職を辞して以来、これといった事績もない家だ。だが、確かに都内の各所にまだ地所を持っている。それらの一所を、そのうろんな結社に貸し渡していても不思議はないな」
「あら、どうしてですの? ゲレイロ卿」
首を傾げたエメロッテに対し、ローランドは無垢な者を見る優しげな目で、しかし憂いを帯びて答えた。
「エメロッテ嬢には思いも付かないでしょうが、この世には栄達のためなら後ろ暗い連中と平気で手を結ぶ輩が五万といるのです。恐らくマクアフィル家は、先の正妃陛下の謀で窮した魔術師の一派を囲い込み、来る巻き返しのために飼うつもりだったのでしょう。此度のことがどれほどマクアフィル家の意志かは解りかねますがな」
小鼻を鳴らしてローランドは嘆息した。王家の住まうお膝元で、そのような悪事の温床が蔓延りつつあることへの嘆きだ。
「この地図じゃマクアフィル家の屋敷はわからないな」
俺の言葉を聞いたローランドが飛び上がった。
「まさか、討ち入るつもりか!?」
「こっちが討ち入られたんだ。やり返すのも悪くない」
「馬鹿を言うな、王都内で貴族二家が表立って闘争するなど、王家臣下の恥だ!」
にわかに顔を紅潮させて、細い目を見開いて俺とエメロッテを交互に見据えるローランドは、しかしそれでも、生来の気質ゆえの穏やかさを滲ませた声で続けた。
「どうか穏便に事を進めてくれ。陛下はマリーメイア様の件で既に相当の心痛を抱えているのだ。これ以上入らぬ心労を重ねさせるわけにはいかない」
「それは王宮按擦官としての言葉か」
「そうだ」
毅然と言い放った彼に、今度は俺の口からため息がでた。
「わかった。討ち入りはしない。だが『墓場の友』の拠点となっているかもしれない奴の地所には踏み入らせてもらうぞ」




