来客を得て、ドリジャール、妙案を得る
俺とエメロッテがクリームがたっぷり乗ったケーキをあてにコーヒーをしばいている時、クロコスミアがトレイの上に名刺を乗せて現れた。
「御面会を希望する方がいらっしゃいます」
唇の端に残ったクリームを指で拭った俺は、その名刺を見た。様々な考えが駆けめぐって、最後に俺はにやり、と笑った。
「ここに通せ」
「執務室には向かわないので?」
「恐らくそれほど堅苦しい案件じゃないからな、エメロッテのことも話してみたい」
自分の名前が出たことで、うっとりとクリームとお砂糖の国に漂っていたエメロッテの視線がこちらを向いた。
「エメロッテ、この名刺を見てみなさい」
「失礼しますわ。・・・・・・ええと、『王室按擦官』って何かしら。プリシィア王室にまだ疎くて・・・・・・」
「仰々しい肩書きだが、なんてことはない。王室直属の使い走りのことだ。国王や王子たちの私的な用件を解決するために働く役職で、近衛兵を指揮するという名目で王宮警護を行う俺とは、同じ職場の同僚といったところさ」
まもなく、その『王室按擦官』殿が食堂の戸を開けてエメロッテの前に現れた。派手な飾綬や縁飾りがちりばめられた、しかしうるさくない程度に整ったお仕着せを着た三十がらみの細面の男で、髪をぴったりと香油で後ろに撫でつけている。これまた細い眉毛が顔の上でうねり、下の目は白目がちで唇が薄い。全体的に健康とは無縁そうに見えるが、これでも精勤で宮内では知られた男である。
「セルジュゲイル卿。出仕日以外の日に仕事の話をせねばならないのを許してもらいたい。火急の用があって貴殿の知恵を借りたいのだ」
「ゲレイロ卿。俺とて王家と国家に服従する一臣民として労を惜しむことはないが、しかし、確かに俺は今日、非出仕日でもある。ゆえに、ゆるりと話を聞きたいものだ。立って話すか、それとも座るかね」
「その前に、そちらのお若いご婦人を紹介するか、退席なされるかしたらいかがか」
ゲレイロ卿は俺の方に顔を向けながら、ちらり、と横目でエメロッテを見た。悪気のまったくないものだろうが、どうにも蛇や蜥蜴のような動きに見えた。
「紹介しよう。こちら、エメロッテ・レーン嬢。かつての廷臣ダミアン・レーン卿のご息女で、縁あって今は我が館に寄宿しておられる。エメロッテ、こちらはローランド・ゲレイロ伯爵」
紹介されてエメロッテは立ち上がり、見事な所作で頭を垂れた。
「尊顔を拝し光栄ですわ、伯爵様。こちらの椅子をお使い下さいませ。仮寓の身でお二人の前で腰を下ろしているなど、ご無礼をお許し下さいませ」
「いいや、エメロッテ女史、それには及ばない。ダミアン・レーン卿のことは私もよく覚えている。貴女の父御は廷臣たる貴人として恥ずかしくない男であった。そうか、ドリジャール。彼と君は兄弟分であったな」
「そうさ。だからこうして俺の側に置かせているし、信頼もしているのさ」
一層砕けた物言いで俺たちは答えた。俺はエメロッテに椅子へ座るように促し、一方でローランドには食堂の端に寄せてあった予備の椅子を出してやった。
「さ、聞かせてくれよ。俺の貴重な休日の、それもお茶の後なんていう気持ちのいい時間に割り込んでまで、相談したいっていう話を。まぁ、概ね想像は付くがね」
「陛下に取り次いでくれ、というご婦人が溢れているのはお前も知っているだろう。余りに多いので、陛下も辟易しておられる。まぁ、あのような事件があってはその種の輩が生えてきても不思議ではないがな」
あのような事件、つまり、正妃マリーメイアが王権の影響力の下で、己の実家に利益するように国政を謀り、あまつさえその驚異となりうる存在とみた死体魔術師たちを排除するべく、手勢を市中に暗躍させた一件だ。
先にも言ったが、この事件は俺とオルフェの手で世に明るみに出、正妃はその身分のまま、事実上の幽閉を受ける形になり、手勢達は処断された。つまり今、陛下の側に侍る女性の姿はない。そこに入り込もうという野心的なご婦人たちが、ローランドの前には籠で漁るほど群れているのだ。
「目下のところ、公的行事で陛下が行幸する予定はない。だというのに、陛下にはいつお目見えになれるか、四方八方からせっつかれているんだ。このままでは日常業務に支障を来す。何より、私の頭がおかしくなりそうだ」
前者より後者の方がより深刻な問題だろうことは、長年の経験から察することが出来た。この男はタフで我慢づよく仕事に励むが、一方で見た目通りの繊細な神経の持ち主でもある。それらが合わさっていなければ、王家の公私に跨がるような微妙な問題の解決などという、面倒この上ない職業に何年も居座ってなどいられない。
「要は、お前の所に押し掛けてくるご婦人たちの不満をどこかで解消してやる機会を作れないか、ってことだろう。陛下とお目通りの機会をな。ただし、物見高く野心高くあられる婦人たちに、そんな好機は訪れないのだ、ということを、それとなく理解できるように」
「そうだ。あのような事件を起こしておきながら、陛下はいまだ正妃を愛しておられる。かの人の所行に深く悲しみながらも、宮殿の端にある塔に留め置き、諸人の頭が冷えるのを待っているのだからな」
端から見れば、間男と実家に唆され、矢面に立たされたとはいえ、陰謀の片棒を担いでしまった相手に対して、ずいぶんと甘い対応をされたものだ、と思うところだが、そこまで踏み込んだことは流石に口にはしない。
「そうなると、何か行幸の当てがあればいいんだな」
「うむ。宮廷の外の非公式な場がいい。軍で何かやれないか。閲兵式とか」
「時季が合わないな。うーん、適当な式典をでっち上げるしかないな」
俺はその時、うっすらと頭の中に浮かんだ考えをこね回しながら、眉間にしわを作っているローランドを、そしてそんな俺たちを静かに、しかし興味深げに眺めているエメロッテを見た。
「かような話しはご婦人には退屈でしょうな」
俺の視線を追ってローランドはエメロッテに言った。彼女は首を振った。
「最近、私は外国から帰ってきたばかりですから、どのような話しでもよく聞くようにしておりますわ」
話を継いで、俺はエメロッテの来歴をざっくりとローランドに聞かせた。廷臣としてのローランドは、サン・アップルトンでの学研生活という縁遠い世界からやってきた娘に、なかなかの関心を見せた。
「ほう、ゴーレムの研究ですか。かような才媛を得て、亡きダミアン・レーン卿も鼻が高うことでしょう」
「そうであれば、と思い偲んでいますわ。今はおじさま・・・・・・ドリジャール様の下で、ゴーレムの研究と、実業化を目指しております。いつの日か、父の代で断絶した家名を引き継ぐことを願いながら」
「ふむ。良い心懸けだ。微力ながら私も応援しましょう」
エメロッテの輝かしい、晴れ晴れとした前途を予感させる表情に、堅物なローランドも感じ入ったと見える。柄にもなく笑みを返していた。
と、その時。俺の頭脳に雷光が跳ねるような、とびきりの思いつきが沸き上がった。
「そうだ! エメロッテとホルダーを陛下にお披露目しよう! 国王が最新のゴーレムを観覧する、という名目で行幸してもらえば、それに反応して不作法な自称愛人候補どもも白日の下に引っ張り出せる」
「おお!」ローランドが窮地を脱する道を見て歓声を上げた。
「え? ええと・・・・・・おじさま?」
一方でエメロッテは急に自分が指名されたことで面食らっていた。俺は続けて言った。
「ホルダーを、国王陛下にご覧になってもらうんだよ。プリシィアでは各産業でゾンビからゴーレムへと置き換えが進んでいる。ここで新技術で作られた次世代のゴーレムとして国王に披露して、エメロッテの興す事業に先鞭をつけてもらうのさ。ゴーレム魔術師エメロッテ・レーンの事業は王家のお墨付きを得ているのだ、と人々が理解すれば、ことは大きく進むだろう」




