ドリジャール、エメロッテの助手をする。つまびらかになる、エメロッテの胸中
身体が水を吸った毛布を巻いているみたいに湿って重たいまま、ベッドで目を覚ました俺は億劫に思いながらも、ベッドのそばに延びているロープを引いた。
部屋の遠くからベルの鳴る音がしてしばらくすると、ドアを慎ましくノックする音がした。
「失礼します」
入ってきたのは屋敷勤めをしているメイドの一人だ。手には湯を満たした水差しを持っている。ベッドサイドテーブルに琺瑯引きの盥を出すとそこに湯を注いだ。
「何かご用はございますでしょうか」
「今はいい。下がれ」
「失礼します」
一礼してメイドは部屋を出ていった。教育が行き届いている、いいメイドだ。
盥の湯で顔を洗い、髭を剃る。髪を撫でつけてシャツを着ながら、これからのことを考えた。
オルフェを呼び戻す手紙は既に書き終わり、奴が出向くと言っていた蓬莱国にいる、プリシィア王国特使宛に送り出してある。早ければ半月ほどで特使の手元に届くだろう。まぁ、そこからオルフェの手元にいつ届くかは、神のみぞ知るところだ。
既に二度に渡って『墓場の友』からの刺客を撃退している。相手が馬鹿でない限り、この辺りで仕切り直しをはかるべく、手を一度引く頃だろう。つまり、少なく見積もっても今日一日くらいは諸々の準備の時間が取れる。
それでは何の準備をするか。向かうのは連中が塒にしていると思しき私有墓地だ。罠が仕掛けられている可能性もある。とはいえ、こちらにあるのは俺、エメロッテとホルダー、それにクロコスミアくらいのものだ。クロコスミアは屋敷を守ってもらわねばならないから留守番をさせねばならない。とすれば、結局出向くのは俺とエメロッテの二人だし、もって歩く物も高がしれている。
さて、どうするかな。考えがまとまらないまま身支度をすませた俺は部屋を出た。部屋付きのメイドが一礼するのを横目に食堂へ向かった。
腹を満たした俺はエメロッテがいる倉庫に出向いた。するとそこでは、昨日カーゴシュートに収まっていたホルダーが倉庫内まで引き下ろされて、膝を折って床に手をつく姿勢で止められていた。
「お嬢さん、玩具の具合はいかがかな」
声をかけると、ホルダーの背面からにょっきりとエメロッテの身体が出てきた。頬に一筋の煤を着けている彼女はそこからこちらを見下ろす格好だ。
「昨日、オーバーヒートした箇所を直してるの。ガレージから使えそうな部品を拝借したわ。お陰でなんとかなりそうよ。でも、ホルダーを玩具扱いなんてひどいわ。ホルダーも怒るわよ」
そうよね? と、エメロッテはホルダーの後頭部を撫でた。
「とりあえず、昨日みたいにゾンビが現れても、またホルダーで撃退してみせるわ。だからおじさまは寝ててもいいのよ」
そう言われて俺は大いに笑った。なんとも酷い言われようじゃないか。
「そう邪険にしてくれるな。今日一日は時間を取るから、そのゴーレムを使うならしっかり整備してくれよ」
「今日は出かけないの?」
「これまで俺たちは当て推量で行動していただろう。それは相手がよくわかっていなかったからだ。だが、もう二回も相手の攻撃を受けている。お陰で相手の出方もわかってきた。今度はこちらから仕掛ける番だが、手ぶらで出向くわけにも行かないだろ」
「そうね。きちんと準備して、相手と対決したいわね」
エメロッテは頷き、タラップを下ろしてホルダーの背から降りた。
「それなら、ホルダーに改造をしたいの。自動操縦装置はともかく、オーバーヒート対策はしないといけないし、それに、ソルモーターのパルスをより積極的に使える仕様を考えたわ」
エメロッテは脇にあった鞄から数枚の紙を出した。どれも複雑な数式とグラフ、その間の隙間を埋めるように機械の設計図らしきものが書き込まれていた。
「これ、私がサン・アップルトンで考えていた機構だけど、これを土台にホルダーに武器をつけるわ。昨日はただ、ゾンビを殴りつけるだけだったもの。スマートじゃないわ」
「確かにな」
丸太のような巨大な拳を持つホルダーが力一杯殴ったら、相手は形がなくなってしまうほど壊れてしまう。
敵の顔かたちが分からなくなるのは諸々の後始末を考えると避ける方が無難だ。
「よし。それじゃあ今日一日で、何とか形にしないとな。手伝うよ。屋敷にある物も、何でも使っていい。俺が許す」
「ありがとう。頼りにするわ」
エメロッテは微笑んで答えた。
それから終日、俺とエメロッテは屋敷の地下バックヤードを占拠して、ホルダーの改造に取り組むこととした。
この時、ゴーレムの内部と外部に触れたことで、俺はホルダーの構造を概ね掴む事が出来た。無論、標準的なゴーレムの構造や駆動方式は知悉していたが、実験的な存在であるホルダーには、それらとは異なる部分がいくつもあった。
やはり最大の違いは、動力源ともいえ太陽発動機に起因するものだ。エーテルと水の混合物をモーターに導引して連続加温し、各部間接を可動させるパルスを発生させて、大小のケーブルで行き渡らせる。それ自体は他のゴーレムと違いないが、ソルモーターで発生させたパルスはエーテルの蒸気の中で光の波長を伴っていて、蒸気そのものが光っているように見えるのだ。
眩しく目を刺す、しかしどこか暖かな光が、モーターの作動と同調してホルダーの各部から漏れている。
「この光が、太陽の光と同じ波長を持っているわけだ」
「そう。ゾンビ化した体組織にはまさに天敵。真夜中でもホルダーから出た光を浴びたら、たちどころにゾンビは崩壊してしまうでしょうね」
ただし、この太陽光を帯びたエーテル蒸気は尋常ではない高圧の蒸気であり、そのままでは体内を巡るケーブルが圧に負けて破断してしまうほと強いという。そこでホルダーにはいくつかの安全機構が備わっていた。一つは、モーターから直接エーテル蒸気を導引する噴出抗が足の裏と股下についている。これでホルダーは上空を飛行することができる。
もう一つは、普段の出力を抑えるために、導引するパルスを各部の小さな増幅装置で高める仕様になっていること。そのために、各部には装置で加圧するための吸気抗がついている。ここから吸気するときに、独特の呼吸音のようなものが聞こえるのだ。
「・・・・・・ということは、普段のホルダーはかなり出力を抑えているわけか? ソルモーターの」
「そうよ。飛行用蒸気パルス噴射抗も最初、モーターが暴走したときの非常弁として用意したんだけど、それを応用して飛行機能を追加したの。スマートでしょ」
「ああ。まったくな」
つまりホルダーはまったくの手加減をしながら動いているわけだ。
「ホルダーが試作品だっていうのは、そういうことなの。私がいた研究グループは、本当はもっと小型のゴーレムを作るつもりだったんだけど、そのために新しい高出力モーターが必要で、その研究としてホルダーが出来たの。本来は、ホルダーの運用からデータを取って、もっと小型で簡素で、しかも従来品より高圧のパルスが出力できるモーターを作る、そんな予定だったわ」
「長い道のりだな。気が遠くなる」
「研究は長い道のりなのよ」
よいしょ、と、話しながらエメロッテは納屋から見つけてきた石炭ストーブの煙突を引っこ抜いていた。他にも石炭燃焼式の鉄製オーブンやらなんやらが、部品をはぎ取られて無惨に転がっていた。
「それじゃあ、ホルダーを持ち出したのはまずかったんじゃないか」
「かもしれないわね。でも、いずれホルダーはお役御免になって、廃棄とは行かなくても、封印されて倉庫に送られるところだったわ。それなら、私がもらっていっても罰は当たらないでしょ? ホルダーの基礎設計は私がやっているし、試験操縦も私がやっているんだから」
「私権濫用だな。後日サン・アップルトンから訴えられそうだ」
「かまいやしないわ。あんな国」
「そんな言い方はないだろう。自分の母親がいる国だし、お前だってそこで育ったんだから」
他愛なくそう言った時、エメロッテの目が俺を射抜くように見た。非難と失望が滲んだ眼差し。
「すまない」咄嗟に口から出た言葉だった。
「・・・・・・おじさまは、私があの国に行ってからのことはよく知らないのよね。ほとんど手紙の行き来もなかったし」
仕方ないことだわ、と、エメロッテはホルダーの胸部装甲を開き、その下に入った。今瞬間、彼女の姿を見ないで話を出来ることは、俺にとってはありがたいことだ。
「知っているかしら。私と母がサン・アップルトンに行ってすぐ、母は再婚したわ。継父は聖心教会に深い繋がりのある商社の頭取で、血筋のいい、まだ子供の産める若さの妻が欲しい人だったの。成り上がり扱いされる社交界ではぐれものにされないような相手と結婚して、その血を継いだ自分の子供が欲しい男」
とげのある言葉をこぼしながら、ホルダーの体内に走っているパルス伝導ケーブルをまさぐる音が聞こえていた。
「私にも表面上は優しかったわ。でも、母のいない所ではとても冷たい目で私を見ていた。いつまでここにいるつもりだ、って、言っているような目だった・・・・・・学問を禁止されなかったのは幸運だったわ。きっと目に付かないところにいてくれれば、何でもよかったんでしょうけど」
装甲の隙間から手が伸びた。「そこにストーブから取った反射板があるから渡して下さいな」
俺は作業机の上にあった白くて柔らかい板を掴んで渡す。
「そうやって自由に学問していたら、見合い写真を突きつけられて激昂したわけだ」
「それだけなら、まだ我慢してもよかったかもしれないわ」
俺はその次の言葉を、しばし待った。エメロッテは沈黙したまま、ホルダーの内部で作業を続け、不意に装甲の下から這い出て、装甲をバチン、と勢いよく音を立てて閉めた。
「もう半年くらい前のことになるかしら。用があって久し振りに家に帰ったの。にぎやかな声が聞こえた・・・・・・母と同じか、それより年上くらいの、見慣れないメイドが、ゆりかごに乗った赤ん坊をあやしていた。
彼女は部屋に入ってきた私を見て、『どちら様でしょうか』と言ったわ。彼女は私がこの家の娘であることを知らなかったわ。私が自分の名を明かすと、しまった、というような顔をして頭を下げたわ。私はそれを無視して、その子はなに? と聞くと、酷く驚かれて、答えてくれたわ。
『この子は奥様と旦那様の、かわいい赤ちゃんですよ。貴女様の弟御ではありませんか』
私はその時、初めて自分に弟が・・・・・・半分だけ血の繋がった弟が出来たことを知ったのよ。さすがにその場は取り繕ったけれど、体中の血が沸騰してどうにかなりそうだった・・・・・・」
ホルダーの背に腰掛けながら、エメロッテは話してくれた。その目は潤み、振り返った記憶がその時の感情を思い起こさせているようだった。怒り。羞恥。悲しみ。
「見合い話はその後のこと。さっさと出て行け、と言っているに等しい二人に絶縁を叩きつけて、アカデミーにとんぼ返りしてホルダーになけなしの私物を詰め込んで飛び出し、今に至るわけね」
ホルダーの装甲を撫でるエメロッテの手は、実に優しく、愛おしげに愛機を扱った。彼女が身一つでサン・アップルトンを飛び出せたはずなのに、敢えて巨大なホルダーを持ち出したのはなぜか。ずっと疑問に思っていたことだが、俺はそれをなんとなく理解した。
ホルダーこそ、エメロッテがサン・アップルトンで暮らした十年間で、真に自らの物として獲得した、あらゆる物の象徴なのだ。学問、研究、友人との時間。そういったものが結実した存在としてホルダーがあるのだ。
であるからこそ、エメロッテは決して、ホルダーと、そこに収まっているソルモーターを「墓場の友」に渡したりはしないだろう。そのためなら、恐らくどんな苛烈な選択だって躊躇はするまい。俺ならばそうする。
「あら、お茶の時間じゃないかしら」
陰でこっそり瞼を拭ったエメロッテが、視線をはずしながらそう言ったので、俺は黙って立ち上がり、手を差し出す。
ぽかんとしていたエメロッテだが、意味を察してほう、と肌に一筋の赤みを挿しつつ、手を取って立ち上がった。
「かわいい手だな」
不意に口に出た言葉だった。手のひらにふれる彼女の柔らかで、働き者で、機械油とインクがうっすら滲んだ手に触れて、思わず出てしまった。
それを聞いたエメロッテが、俺の手をぎゅっと握った。
「うれしいわ・・・・・・そう言ってくれる人がいるのって」
蕩けるような口振りでそう言った。




