エメロッテ、クロコスミアから襲撃を聞く
・・・・・・事の次第を私は、エメロッテ・レーンという娘に説明してやることにした。私が掻い摘んで話している間、エメロッテ嬢は黙々と皿に盛られたスクランブルエッグとマフィンを口に運んでいた。
今日のモーニングはその二品に加え、セルジュゲイルの御領地から送られてきた野菜たちを使ったコンソメ、契約農家から買ってきたミルク、果物を絞ったジュースを用意している。私の差配ではモーニングとコーヒーを同時に出すことはしない。
「おじさまがお寝坊さんな理由は、理解したわ」
「ご理解戴き、感謝します」
とはいえ、その表情には不満、不機嫌、蔑ろにされた、という感情が、ありありと浮かんでいた。若く、青い感情だわ。心地よいくらいに。
「自分一人が気持ちよく寝ている間に、自分を狙う輩をこっそり退けられている、というのが、それほどご不満ですか、エメロッテ様」
「十七歳にもなって、ぐっすり寝かされて子供扱いされているのよ」
「十七歳はまだ子供ですよ」
「そりゃ、貴女やおじさまから見れば子供でしょうよ。でも、気分は良くないわ」
ふかふかに焼かれたマフィンを思わせる、柔らかな頬を震わせるエメロッテは、そんな彼女と並ぶほど柔らかく焼かれたマフィンをちぎって、皿に残っているスクランブルエッグをぬぐい取って口に入れた。
「ドリジャール様がお見えになるまでに、せめてそのお顔はお止めになった方がよろしいですよ。彼の心に居場所が欲しいとお思いであるなら」
踏み込んだ言葉にエメロッテの頬がさっと燃えた。
「エメロッテ様、庇護されるのを厭うというなら、強くおなりなさい。セルジュゲイルの人間は強者の一族、共にあろうとするなら、強さがなければなりません」
「・・・・・・そうね、そうでしょうね」
空になった皿を遠ざけたところで、食器を回収してカトラリーに送り出し、別のカトラリーからコーヒーセットを用意する。その間にテーブルの上を綺麗に、しかしさりげなく整えるのも忘れない。
食べ物のカス一つ残っていないテーブルの上へカップ、コーヒーポット、シュガーポット、ミルクポットを並べた。カップはあらかじめ蒸気で暖めてあり、そこへコーヒーを注ぐ。こうすればコーヒーの温度が下がって香りが弱くなることはない。
セルジュゲイルの人間はおしなべてコーヒー党だが、覚醒成分の摂取源として愛好するあまり、こうして多様で芳醇な香りを楽しむ繊細な機微とは縁遠いところがある。その点、エメロッテは目の前に注がれたコーヒーから立ち上る湯気に当たって、うっとりと目を細めていた。配膳するものとしては心密かに満足を得る瞬間だ。
その小さな口にカップの縁が重なる。一口飲んで、シュガーポットから匙一杯の白砂糖を加えて、また飲んだ。どうやら満足がいったらしい。
「でもクロコスミアさん、私はおじさまや貴女と違い、腕っ節は強くないわ」
「なにも武力を持つことが強さではありませんよ。要は、強かであることです。敵対者、自分を遮るものに不敵に笑って見せるのです。お前の企みなんて毛ほども通用しないぞ、という態度を取る。その気構えがあればよろしい。後のことは、そのうち身についてきますわ」
「いいのかしら、そんなことで」
「みんなそうしています。貴女はドリジャール様を完全無敵の偉丈夫とお思いかもしれませんが、彼は笑う度に心の奥底で震えているのですよ」
ドリジャールはセルジュゲイルの人間の中でも、どうやら数奇な星の元にある。彼の周りは魔術や奇想、怪異と恐怖が自然と寄ってくる。オルフェウスが希代の死体魔術師となったように、そして今は希代のゴーレム魔術師がそばにいるように。
でも、そんな最中にあって、恐怖と驚異に打ち曝されながら、彼は今までも、そしてこれからも、笑うだろう。
そう、嘗ては姉として、今は従者として彼のそばに立つ私は信じている。
「おじさまが恐怖で震えてるなんて考えられないことだわ。でも・・・・・・それくらい心が強くなきゃ、いつまでもおじさまに守ってもらわなくちゃいけないのね。それは嫌だわ」
ぬるくなっていたコーヒーをすっと飲み干して、エメロッテは立った。
「ホルダーのところにいるわ。オーバーヒートした箇所を修理してやらないとだし。それにまだまだ改良の余地があるわ・・・・・・次は屋根を吹っ飛ばさないようにしないといけないしね」
そういって彼女は食堂を後にした。どうやら憂いや不満は脇に押しやってやることは出来たようで、私は満足した。
さて、ドリジャールはそろそろ起き出す頃だろうか。今日の部屋付きメイドは誰だったかしら。どちらにせよ、起きた彼に湯を持って行き、身だしなみを取らせて食堂にやってくる前には連絡が入るから、それまでの間に今の食器を片づけておかねばならない。
セルジュゲイルの係累デヴォラ・ボストンとしては、つかの間の気楽な孤独に息を抜きたいところだが、セルジュゲイル家の女給長クロコスミアでもある私は、屋敷の主が目覚めて眠るまで休むことはない。
カトラリーを押して食堂を出ながら、私は今日一日の行程を数えていく。忙しくも平穏な一日がようやく始まる・・・・・・。




