ドリジャールは眠る。足音が迫る。
「みんなを、私の工房所属の魔術師とすることで、ホルダーの製造を手伝ってもらうことになったわ」
エメロッテの友人たちを送り出した後、彼女は俺にそう教えてくれた。
「急に四人の部下が出来たわけだな。敏腕親方よ」
「イヤだわ、そんな言い方。・・・・・・でも、私のせいでみんなはアカデミーを追われたわけだから、その埋め合わせはしなければいけないわ」
ともあれ、エメロッテはサン・アップルトン時代の仲間と再会した。彼ら若者たちは再び結集して、ホルダーの、いや、新時代のゴーレムの研究と開発に励むだろう。
「オルフェおじさまのことを聞かせてくださいな。せっかく急いで帰ってきてもらったのに、出迎えに行けなかったのだし」
「なんてことない。あいつはいつも通りだったさ・・・・・・そうだ」
俺はベルを鳴らした。まもなくクロコスミアが部屋に入ってくる。
「あの箱をここに持ってきてくれ。エメロッテ、君に土産があるよ。奴が選んできた蓬莱のドレスだ」
「まあ! そんな高価な物を?」
「どうせ奴の懐から出たものだ。気にせず貰ってやってくれ」
クロコスミアが持ってきた衣装箱をエメロッテに渡した。箱を開け、胸の前でドレスの見頃を広げた瞬間、エメロッテの目は美しい物を見る娘特有の、煌めきに彩られて見開かれた。
「わぁ・・・・・・こんな・・・・・・まるで宝石のような織物のドレスね」
「蓬莱のシルクは上物だからな。こっちじゃ相当値の張るものだが、向こうで買えばもう少し安かろうさ」
とはいえ、目の前でエメロッテが広げ、胸や腕に合わせているドレスが安物ではないことくらい、俺でもわかる。オルフェウスはどうやら、旅先で小金を稼ぎながら巧く暮らしていたらしい。
楽しげにドレスを相手にダンスするエメロッテだったが、不意に体に沿わせていたドレスを目の前に広げて、矯めつ眇めつする。
表情が俄に陰ってつぶやいた。
「でもこのドレス、すこしばかり派手、というか・・・・・・デコルテが開きすぎているような気がするわ」
「それなら、私が手直しさせていただきます」
箱を差し出したままだったクロコスミアが答える。
「エメロッテ様のご要望に沿うように、そちらのドレスに手を加えましょう。たしかにそのドレスは、エメロッテ様には少々早う拵えかもしれませんね」
俺はエメロッテの持っているドレスを改めて見た。空色の地の中に銀色の雲が流れている端麗な柄だが、袖や裾は薄い。おそらくミラベルが着込んでいたようなドレスとあまり変わらないのではないか。
だとしたら、まかり間違ってもエメロッテには着せられないな。
「俺が許す。好きなように手を加えてもかまわない。切り刻んで他のドレスの飾り布にしたっていいぞ」
「ドリジャール様、それはあまりにも」
「なんだ」
「センスが足りません」
すげない言葉。俺が呆気にとられていると、エメロッテの転がるような笑いが起こった。
「ふふふ。そうね、おじさま。それじゃああまりにも勿体ないわ。もっといい案があるはずだもの」
「ええ、まったく。ドリジャール様は女心に疎うございます」
「そ、そうか・・・・・・」
居心地がすこぶる悪くなって、俺はそそくさと部屋を逃げ出した。
鎖刃剣を立てかけ、寝間着に着替えたまま、俺はぼんやりとベッドに腰掛け、壁を見ていた。
頭に浮かぶのは、やはり、どうしても、エメロッテのことだ。
自分をつけねらう陰謀をはねのけて以来、ますます彼女の生気は漲り、内から出る魅力が陽光のように暖かく、周囲を力づけるものになった。
先ほどのことも、そうだ。自分を追いかけてプリシィアにやってきた友人たちも、複雑で穏やかならない気持ちでやってきたはずなのだ。
だが、エメロッテは自分の気持ちを素直に、そして巧妙に相手に伝え交わして、彼らが胸中に持っていただろう疑念や不安を解いてやったにちがいない。でなければ、ホルダーを前にして若気に満ちた議論が出来るほど打ち解け直せるわけがない。
もちろんそれには、彼女自身が持っていた不安や疑念が解消されたことが、大きな力になっている。エメロッテ・レーンは己の才覚と運で廃絶したレーン家を貴族として叙位された。それに見合った財物も、ゴーレムの製造によって培われつつある。
彼女が身一つで帰ってきた故国で、欲していたものは概ね得ることができたのだ。この上、俺に何が出来るだろう。現在も後見人としての地位は認められているし、エメロッテのゴーレム製造工房の登記上の裏書きは、俺の名義になっている。だがそれは、公にそうなっているだけのことだ。
もしかすれば、もはや俺は彼女に必要ないのではないか・・・・・・などと、うら寂しい気持ちが芽生えそうになり、俺は首を振った。らしくない、まったくらしくないぞ。
夜も更けた。俺は鬱気を忘れるべく、ベッドの中に入った。クロコスミアとその配下たるメイドが仕上げたベッドは綿雲のように柔らかく体を包む。その心地よさが緊張を解きほぐし、次第に意識を緩やかに宵闇の床に沈めてくれるのを静かに待った。
戸口の奥で、誰かがゆっくりと歩き、そのたびに床板のかすかな軋みが、敷かれた絨毯の毛足の中に吸われている。その者は俺の部屋の戸口の前で止まった。
きりり、と、戸口のノッブを回す金音。蝶番の開く音が僅かに、蚊の鳴くほどより小さく鳴って、軽い足音をひとつ、ふたつ、部屋へと引き入れて消えた。
侵入者はしばらく、その場に立ったままだった。声一つ上げることもなく。しかし、耳朶に聞こえる息の音。鼻孔が嗅ぎ取る肌の匂いが、闇に沈んだ室内にあっても明朗に、正体を知らせている。
しっとりと揺れる衣擦れの音が、その者がナイトガウンを着ており、その下に身に纏う物の儚さを伺わせる。
一歩。素足が絨毯の上を動いた。ベッドまではあと五歩といったところだろう。
「おじさま・・・・・・」
熱っぽく、湿った声音。足取りは夢遊病者のよう。それでも、また、一歩。
布が絨毯に落ちるさらさらとした音がした。一歩。
薫る娘の匂いを自分で深く吸いながら、一歩。
俺の脳裏に、一人の稚い子供が成熟の徴を見せていく時間の階が浮かんだ。亡き友の忘れ形見が、麗しく成長して現れてからの日々を思い返した。
彼女の目の前でマクアフィルを惨殺した、あの時。彼女の中でどうやら何かが変わった。血を見たせいだろうか。それとも、俺の心身を同調するほどに意識の奥底で感じ取ったからか。
彼女の中にある、苛烈で激情なセルジュゲイルが目覚めている。ベッドの陰に入った彼女の気配が動き、ベッドの端が軋んだ。
彼女の手が俺の被っている毛布の端をめくろうと伸びる。
俺は目を覚ます。彼女の手を素早く掴んだ。
そして俺は・・・・・・




