ドリジャールとクロコスミア、第二の刺客と対峙する
一斉にエントランスを占めている全面の窓と、屋敷正面の三人が並んで入ってこられる扉が開く。なだれ込む煙霧の量が倍増して、より質量が感じられる。窓と扉から吹き込むガスの奔流の中を泳ぐようにゾンビの群も屋敷の中へとなだれ込んだ。
すぐさま俺とクロコスミアはそれぞれの鎖刃剣を抜いて切りかかった。ゾンビたちは横合いから伸びた切っ先で容易く切り裂かれ、漸く自分たちを攻撃する存在を認知し、吠え、爪を突き出して躍り掛かった。
だが、その動きは俺とクロコスミアにとっては、あくびがでるくらい鈍いものだ。
「ヴァアア」
「オヴァヴァ」
ガスを纏ってやってくるゾンビのうち、ニ体が俺の間合いから離れ、クロコスミアの立っているエントランス中央階段へ迫っていた。
一見すれば、お仕着せのメイド服姿の長身女性であるクロコスミアを、与しやすい相手と判断するのは間違いではない。ゾンビの腐った脳髄にしては鋭い。だが、クロコスミアはただのメイドではない。その手には小降りの鎖刃剣が二本握られている。
「しゃっ」
鋭く抜けた息とともに小型鎖刃剣がうねるように伸びた。鋭利なエッジを備えた鎖の目が伸びきった時には、彼女に迫ったゾンビの脳天は、彼女の突きによって抉り貫かれている。
「心臓と脳を壊すだけじゃだめだ。前に戦った時は細切れにしても動いていたから」
「了解しました」
次の瞬間、クロコスミアの両腕が、楽団の指揮者が演奏を始める時のように激しく動いた。握られている鎖刃剣はそれに合わせて波を打ち、斬撃の波間に洗われたゾンビの体は瞬く間に寸断されていった。四肢が離れ、各部位が四散し、肉屋に吊られた精肉みたいになって床に散らばった。
「すぅ・・・・・・」
息を吸う動作と同時に鎖刃剣が彼女の手元に戻っていく。剣が滲ませているゾンビの腐汁を振るって、一足に跳躍して俺の側に立った。
「ドリジャール様。お気づきですか。このゾンビたちの特殊性に」
「ああ」
またしても俺たちが対峙しているゾンビ達は、標準的な製造法によるものではなかった。それはまず、剣を突き入れた際の手応えによってわかった。
尋常な製造のゾンビなら、その血肉は死後硬直と保存薬により石のように冷たく、堅くなっている。それなのにここに押し寄せるゾンビ達は、まるでスフレのように柔らかく、大きな傷口ができると内部から汁とともに充満した気体を吹き出すのだ。
「どうやらこのガスの発生源はこのゾンビたちのようだな」
「そのとおり! よくご存じだ!」
夜更けの空気を切り裂くような声が開かれた戸口の先から飛び込み、俺とクロコスミアはそちらに目を向ける。
やおらゾンビ達が一歩引き下がり、エントランスで不格好な列を作る中で、一人の男が入ってきた。昼間に見た魔術師と同じ柄のローブをきた、しかし、酷く太った男だった。肥満体の上に乗っかっている顔は青黒くむくんでいて、ゾンビ達のそれによく似ている。
「ごきげんよう、ドリジャール・セルジュゲイル卿。夜分の訪問をお許し下さい。私、『墓場の友』から参りました。用件は・・・・・・ご存じのはずだ。”パッチワークのギース”めがベラベラ喋ったと、我らのマスターが仰っていた」
「あいにくと当家で夜会の予定はないから、お帰り願いたいのですが」
クロコスミアを無視して、肥満体の魔術師は俺を見て言った。
「ゴーレムとその製造者を引き渡してくだされば、卿の御身には手を振れずにおりましょう。それに私は昼間に現れたパッチワーク野郎のような不作法なことは致しません・・・・・・眠るように、痛みもなく、事はすみます故」
慇懃な笑みを浮かべ、肉に埋もれた瞼の下で目を細める魔術師へ、俺は鎖刃剣を向けて言った。
「夜陰に紛れて敷地内に踏み込んできた癖に、言うじゃないか。腐れ魔術師め。お前たち『墓場の友』のマスターとやらに伝えろ。ドリジャール・セルジュゲイルはエメロッテ・レーンを絶対に渡さない。欲しければ手下ばかりでなく自分でやるがいい、とな」
「ふむ。なるほど。それはそれは・・・・・・残念・・・・・・」
含むように頷いて、魔術師の纏う雰囲気が変わる。それまで抑えられていた殺意が、その巨躯のように膨張し、辺りに並んでいたゾンビたちが電撃で打たれたように、激しく動き始めた。
ゾンビ達の体にある、傷口、あるいは耳や鼻、口などから、ふたたび周囲に濃厚な催眠剤を含んだ煙霧が放出され、屋内に充満する。
「我が傑作ゾンビ『スリーピング・マーダー』の餌食となるが良い!」
支配者の号令に応じて霧に隠れたゾンビ共が八方からとびかかった。俺は鎖刃剣を振るい、剣の伸張力を目一杯使った切り払いを放つ。
「行きます」
「応!」
そのやりとりだけで俺たちは動いた。延びきった剣の下を潜るようにクロコスミアが飛ぶ。手で掬えそうなほど濃く溜まったガスの中へ、両手に鎖刃剣を構えて突っ込む。
「なんだ!? お前は!?」
「メイドです」
「かぁ!」
ガスの奥で肥満体の魔術師とクロコスミアが対峙した。次の瞬間、赤色の光がガスの奥で生まれた。
俺は咄嗟に床に伏せた。次の瞬間、辺りに満ちているガスが一瞬のうちに燃えた。光と熱が瞼を打つ。
俺の着けている耐ガスマスクはゴーグルがついているおかげか、目へのダメージは軽微だった。すぐさま見開いて見えたのは、青白い炎を身体の各所から上げながら、戦闘態勢を構えるゾンビの群、その数八体。そしてその背景となって見える、セルジュゲイル館エントランスを飾る壁紙や調度が、黒く煤にまみれてくすぶっている様だった。
闘志が血潮を過熱させ、俺は押し寄せようと踏み出したゾンビより素早く踏み込み、鎖刃剣でその身体を切った。斬撃の力で伸張する剣を捻り、鞭で打ち据えるように別角度から爪を突き出してきた別のゾンビ一体を切る。
切った瞬間、切り口からブシュッという不快な音がする。内部を膨張させているガスが漏れる音だ。切り口がゾンビ達の燃える青白い炎でうっすらと視認できた。
このゾンビ達・・・・・・肥満の魔術師のいう「スリーピングマーダー」達の身体には、どうやら何らかのガス製造機らしき器官が埋め込まれているらしい。おそらくこのゾンビは、死肉が自ら発生させる腐敗ガスを体内で催眠剤ガスに置換させているのだろう。
「クロコスミア!」
切り開いた血路の先、戸口の外に出ている二人の陰が、屋内と同様のガスを起因とする青い炎、そしてそれらが引火して燃える赤い炎の間で確認できた。
こちらからは、あの肥満体の魔術師が、ローブの下からにやにやと不快な顔を出して、両手を広げて構えているのが見えた。クロコスミアは両手の鎖刃剣を握ったまま、不動の姿勢で立っている。が・・・・・・何かおかしい。
「ぐふっ、ぐふっ、ふふふ。ドリジャール卿、貴下の女給めはどうにも、教育不足ですな。いや、武門で知られた貴下の一族の家人ならでは、といったところか」
汚らしく笑う魔術師に対し、クロコスミアは動かない。
「何があった! クロコスミア!」
「・・・・・・不覚を取りました。先ほどの光と熱、ガスが引火したのではないかと思われますが、目を守るのが遅れました」
クロコスミアはゆっくり、一歩ずつ後ずさりした。足先が小さな段差を踏んだところで、バランスを崩して片膝を付いた。
「アッハッハッハ! これはケッサク! 威勢のいいメイド一匹が飛び込んできたと思ったら、私のガスに目を焼かれ、フラフラと主人に助けを求める始末。セルジュゲイル家というのも存外変わっておりますなぁ」
「黙れ下郎!」
一歩踏み出て剣を突く。鋭く伸張する鎖刃剣の切っ先が、魔術師の手前であらぬ方向にはじかれた。
「ほ、ほ、私の『スリーピングマーダー』はまだまだおりますぞ」
それは奴の背後に控えていた予備のゾンビだった。すでにガスに引火しているのか、体表面を青白い炎がうっすらとつつんでいるそいつが飛び出して、主人に迫った剣先を弾いたのだ。
「ドリジャール様、お屋敷内にはやくお戻りを」
「しかしクロコスミア」
「まだ屋敷に侵入したゾンビの掃討が終わっておりませんよ。私は、問題ありません」
たしかに大半のゾンビを蹴散らしてはあるが、すべてのゾンビを停止させたとは言い難い。そんな中振り返ると、クロコスミアの様子が変わっていた。
彼女は常日頃、後ろ髪を結わえ纏め、幅広のリボンで結んでいる。それを解いて取り出したリボンで、負傷した目を覆うように結んでいた。肩口を長い髪が流れ落ちている。
「貴方の言うとおり、どうやら私は鈍っていたみたい。でも大丈夫。もうこれ以上、そこのデブに自由な真似はさせないから」
その声音、纏う雰囲気が、肌を伝うように俺に知らせる。そこにはセルジュゲイル家女給長であるクロコスミアではない彼女が立っている。俺やオルフェがよく知っている、昔の彼女がそこにいる。
俺は頷いた。彼女ならば問題ない。なにも。
「わかった。後は頼んだ」
彼女の肩を叩き、俺は屋敷内の後始末に向かおうとしたところ、魔術師が声を上げた。
「これ、ドリジャール卿、逃がすと思うのか」
「お前はもう、俺の屋敷に入ることなどできないさ」
「そこに突っ立っているメイドに何が出来るものか」
「出来るさ」
俺は鎖刃剣を脇に寄せて走った。




