ドリジャール一行、セルジュゲイル館に帰る。惨状?を見る。
地面に転がっていたドイル軍曹は、まだ息が残っていた。どうやらゾンビに圧迫されたことで肩の骨が折れてしまい、立ち上がれなくなってしまったらしい。
「名誉の負傷だな、軍曹」
「面目次第もありません。隊長も、その怪我は・・・・・・」
「こんなものはかすり傷さ」
セルジュゲイルの男にとっては、致命傷以外はかすり傷みたいなものである。
とはいえ、焦げ付いた服に血塗れの顔ではレストランに行くことも出来やしない。俺たちはすぐさまグリーンシーク公園を脱出する必要があった。閑静な土地とはいえ、人がこないとも限らない。
ドイル軍曹を車内に運び入れ、運転は俺がするとして、問題はこの見上げるばかりの騎乗型ゴーレムであった。
「さすがにホルダーを載せることはできないかな」
ホルダーの肩越しにこちらを見下ろしていたエメロッテが自慢げに答えた。
「安心しておじさま。私、ホルダーに乗って帰ります。サン・アップルトンを出た時は、ホルダーに乗って港まで行ったんですもの」
「迷子にならないか心配だな」
「まぁ! ご心配なく。おじさまの馬車を目印に飛べばいいんですもの」
そうしてエメロッテはホルダーの背中から中へ入った。暗く沈んでいたホルダーの眼に光が走り、背筋を伸ばして立ち上がると、体の各所にある溝から周囲の空気をとりこむ、あの独特の音が聞こえた。
「コォォォ・・・・・・」
「エーテルの残量が思ったより少ないから、気混合率を上げて調整するわ。墜落はしない、と、思う、多分」
「・・・・・・怪しいなぁ。ゴーレムに圧殺されて逝くのは勘弁だぞ」
「でしたら、神様にでもお祈りなさるのね」
つっけんどんにそう言って、エメロッテは沈黙した、先に言っていた気混合率とやらの調整に集中しているのだろう。
ため息をひとつ、口から漏らしながら、俺は御者席に上って馬に鞭をくれた。魔術師という輩は神を信じない。この世の原理をのみ信じているからだ。
神の偶然性や恣意性を信じないからこそ、生命の神秘を侵してゾンビを作り、あるいはゴーレムという仮初めの命を作るのだ。それがいいか、悪いかは解らない。
「俺はごくごく真っ当に軍人をやりたいだけなんだがな」
人の巡りというのはままならない。それもまた神の采配と人は言うかもしれない。
セルジュゲイル館の門を潜った時、どうにも屋敷の内外が騒がしくなっていることに俺は気づいた。館内で働いているはずの使用人たちが外に出て、なにやらの作業をしているのだ。
馬車を車止めに引き込んで、俺は御者席から身を乗り出し、手近なところにいる使用人を呼んだ。
「いったいどうした。随分慌ただしいじゃないか」
「おお、ドリジャール様! お帰りなさいませ」
額に汗を浮かべ、上半身はシャツ一枚、袖までまくった姿の男使用人だった。こいつは従僕としてうちにいる男だが、普段はもっぱら出入りの商人向けの私信を担当している。そんな普段は身綺麗にしていなければならない男が、汚れ仕事をするような格好でいるのは奇妙なことだ。
「貴様とは今朝がた振りだが、男前が上がったみたいじゃないか」
「も、申し訳ありません、このような格好で・・・・・・」
「何があったか説明できるか。こちらも怪我人がいるんだ。・・・・・・俺の事じゃないぞ?」
フットマンは野良な格好のまま館内へ飛んでいき、クロコスミアを呼んできた。クロコスミアだけは今朝見たときと変わらない風情で、内心少し安心する。
「お帰りなさいませ、ドリジャール様。怪我人がおいでとか」
「後ろに乗せてある。骨が折れてるらしいから、応急処置を頼む。あと、この馬車を駐屯地に送れる奴を」
「かしこまりました。エメロッテ様はどちらでしょうか。少々、お話ししたいことがございます」
「・・・・・・ああ、エメロッテなら」
その時、上空をつんざく轟音が近づいてくる。雲間に見えた黒点が徐々に大きくなり、巨大なゴーレムが車出しの先の角に降りていった。
先の闘いの渦中ではしかとは見れなかった着地を、俺はしっかり見た。ホルダーは両足の裏、股の下、両手の平から白い噴射物を断続的に発射して、落下する機体にかかる重力を和らげていた。辺りには加熱されたエーテルの独特の匂いがする。
ゴーレムの駆動に欠かせない、全身を巡る波動流体。それは内部で高温高圧になったエーテルと水の混合物だ。どうやらホルダーはそれを局所的に放出することで飛翔するだけの推力を得ているらしい。
もちろん、ただのゴーレムであればこれほどの圧と温度を持ってはいないから、まさにホルダーに内蔵された太陽発動機の力があってこその機能だろう。
ホルダーが着地すると、辺りの気温が一気に上がったような気がした。ホルダーの全身から熱気が放たれている。 陽炎を纏っているホルダーの背面が開いた。中からエメロッテが飛び出して、叫んだ。
「暑い! 誰か水を! 水をちょうだい! ゴーレムの腹の中で蒸し焼きになっちゃうわ!」
額と頬に髪を張り付けてあえぐエメロッテの上気した顔が、ゴーレムを見上げる俺たちを見つける。俺は手を振った。
「賑やかな帰還になってしまったな! 大丈夫か」
「さっきまで酷かったけど、今はまだ耐えられるぐらいだわ。ここまで飛ぶのに内蔵タンクに残ってたエーテルと水じゃ足りなくて、冷却水を回したのよ。そうしたら排熱ができなくて、ホルダーの中にいる私はロースターの中で炙られてるチキンになるところだったわ!」
俺はホルダーに近づいた。間近にいていまだ熱気を感じているということは、ホルダーの装甲表面はかなり熱されているに違いない。ホルダーの背中にいるエメロッテがそこから降りるには尋常なら装甲の上に手足をついて降りればいいけれど、これではそうはいかないだろう。
「車庫から梯子を持ってくるよ。それまでそこで涼んでいるといい」
「ええ、そうするわ」
手で顔を仰ぐエメロッテとホルダーをその場に残して俺は車庫の方へ歩き出す。そこにクロコスミアがついてきた。
「ドリジャール様。その、車庫なのですが」
「車庫がどうした。・・・・・・」
俺は敷地の角を曲がった瞬間に、クロコスミアが何を言おうとしているのかを理解した。
そこには今朝まで、それなりに立派な作りの車庫が建っていた。四頭立てで牽引できる馬車が三台は並べられるように作られた、木造二階建ての小屋だ。駒形の屋根を持っていたはずのその車庫の、二階から上が、物の見事に吹き飛んでいた。辺りには壁や柱の木材と屋根に葺かれたスレートの残骸が散らばって、それらに混じって、物置になっていた二階にあっただろう、古い家財道具が転がっている。
それらを使用人たちが、疲れた顔でせっせと拾い集めている。皆、本来の仕事を放り出して駆り出されてしまったと見える。
吹き飛んだ屋根を呆然と見上げていた俺ははっと気づいた。今朝まで車庫に車は置いていなかった。置いてあったのはエメロッテのホルダーだけだ。
「・・・・・・ホルダーが、やったのか」
「突如、爆音を上げて庫内のゴーレムが屋根を突き破って空へと飛んでいきました。その際、ゴーレムから出た高熱高温の噴気で車庫が全壊しました。当家の馬車が無かったのは幸いです。昨今はいい馬車と馬を仕入れるのが困難になりました。高いですからね」
まるで目の前の廃墟と化した車庫の損害を無かったことのように言う様に、俺は肩をすくめた。こういう所は、どうやら母親に似たらしい。クロコスミアの母は、かつてこの家の会計秘書をしていたのだ。
「いかがいたしましょう」
問われて、俺は息を吸った。今日という一日はまだまだ長いな、と埒もなく思った。




