エメロッテ、ゴーレムに乗ってゾンビを粉砕する
死体魔術師の杖が振るわれる。
膝を曲げていたゴーレム、ホルダーが立ち上がる。平たい鍋のような小さな頭にある、細い二本の溝のような目が、内側を流れる光で力強く瞬いた。
状況を見守る俺や、地面に押しつけられていたドイル軍曹に絡みついていた、独立して蠢動するゾンビの断片達・・・・・・パッチワークと呼ばれたそれらが、各々に与えられた機能と指示に従って、いまや新たに現れた彼らの脅威たるゴーレムに向かって飛びかかった。
「オオオーン!」
ホルダーの駆動機構が吠えるように唸った。鋭く突き出された腐汁まみれの爪が装甲をひっかくのも構わずに、ホルダーは拳を握り固めて、いまだ五体を保持して死体魔術師の側に控えていた最後のゾンビに、すくい上げるようなパンチを放った。
「ギャオーン!」
絶叫、と呼べる物が、ゾンビの口からこぼれたのを、俺は初めて聞いた。丸太のように太くて大きな拳が、胸骨、心臓と肺、背骨を粉砕し、ゾンビは衝撃でバラバラに千切れながら吹っ飛んだ。
全身を強く打ったゾンビは機能停止するはずだ。だがしかし、パッチワークと呼ばれるこの一群のゾンビ達はどうやらそうではないのは、既に十分解っている。
予想通り、ホルダーのパンチでバラバラになったはずのゾンビは、バラバラの部位ごとに飛び跳ねながら集合し、不格好な再結合を果たして、己の主人たる死体魔術師の前に立った。
「かかれ!」
魔術師の号令で、合計六体のゾンビで構成された無数の断片が、海中の小魚めいた群を作ってホルダーに襲いかかった。鋭く浮いた無数の肋骨が作る巨大な顎、大腿骨と碑骨を連結して作ったうねる四肢、そして所々に生えた虚ろな頭部という、形容しがたい死骸の塊に、ゴーレムとその内部に控える製造者は臆することなく腕を振るった。
「オオオーン!」
人であれば大人一人を丸かじりできそうな巨大な結合ゾンビの顎へ、ホルダーの両腕が伸びた。無数のあばら骨で構成された牙を掴み、自分にのしかかる重さへ対抗する。
「そのまま噛み潰せ! パッチワークよ!」
死体魔術師の声を味方に付けて、パッチワークこと結合ゾンビは力を加える。ホルダーの各部から外圧に抵抗する金属の重低音とエーテル混じりの蒸気が細く吹き出ていた。
俺は握る鎖刃剣に力を込めた。素早く振るって狙うのは死体魔術師が杖を握っている腕だ。
「余所見がすぎるぞ! 葬儀屋!」
呼びかけと同時に鎖刃がうねりながら伸びた。死体魔術師は挙動が一瞬止まった。結合した巨大な混合物ゾンビに命令を飛ばすのに夢中だった奴は、目の前で自分の前腕に剣が巻き付き、切断されるのを間近に見ることになった。
杖を握ったまま切り飛ばされた腕が地面に転がると、ホルダーに組み付いていたパッチワークの動きが止まる。ホルダーの目を通して状況を見るエメロッテはそれを見逃さなかった。
「オオオーン!」
ホルダーの太陽発動機から全身へ巡る波動流体、それが各部で蒸気となって・・・・・・太陽の漏れ日のように光る蒸気となって溢れた。その叫びのような駆動音を上げながら目の前に覆い被さるいびつな顎を押し返す。両腕を広げて掴み、外側へ引っ張りながら、ホルダーは結合するゾンビの塊を地面に叩きつけた。
人間の頭部を卵の殻みたいに潰せるだろう、巨大な拳が、肋骨と脊椎、腐りかけの筋肉繊維で出来上がった大顎の最奥へ捻り込まれる。
次の瞬間、結合ゾンビのパッチワークは、内側から吹き出た蒸気に切り裂かれながら爆発した。光る蒸気は無数の肉切りナイフのようにゾンビの結合を断ち切り、反自然の生命で繋がれた器官を焼き、腐敗した体液で満ちた細胞を灰になるまで燃やし尽くした。
「コォォォー・・・・・・」
拳を突き出した格好で止まったホルダーの各部位が、吐き出した蒸気の見返りを求めるような、隠圧による吸気音を上げているのが聞こえた。超人剛力でゾンビを圧倒したゴーレムの無機質な眼差しの奥で、エメロッテもはじめての闘いを終えた安堵の息を吐いている。
俺は引き戻した鎖刃剣を、千切れた腕を押さえてひざまずいたまま固まっている死体魔術師に向けた。
「降伏した方が良さそうに見えるな、墓場の友とやらの死体魔術師」
腕から絶え間なく流れる血によって顔面が真っ白になっている死体魔術師が、肩に当てられた剣を目で追うようにして顔を上げた。目が震えている。しかし、そこには己の運命が決したことの絶望とは言い難いものが感じられた。
「わ・・・・・・私の、傑作が・・・・・・パッチワークが・・・・・・」
「また作るんだな。もっとも、そんなことが出来ればだが」
死体魔術師は己の精力をそそぎ込んだゾンビが、跡形もなくなってしまったことがまだ信じられないかのようだった。
だが突然、死体魔術師は空へ目を向けるや、明らかな恐怖を帯びた引き攣った悲鳴を上げて立ち上がった。
「ひぃ! い、いやだ! まだ死にたくない!」
「おい待て! 死体魔術師が死にたくないはないだろう。それに何もこっちは命までとろうってわけじゃ・・・・・・」
錯乱を見せながら死体魔術師は足を引きずるように走って、その場を去ろうとする。俺は奴を追おうとした。そのとき俺は、奴が俺たちから逃げようとしているのではないことに気づいた。
死体魔術師はひっきりなしに空を見て、耳を澄ませながら、血の気の失せた顔を絶望に曇らせて叫んでいた。
「ああ! 待ってくれ! 私はまだやれる、挽回の機会をくれ!」
必死に懇願、いや、哀願しながら不格好に走る死体魔術師だったが、空き地の外れに出ようとした途端に足を止めた。その場で痙攣を始めた死体魔術師がこちらを見た。
「・・・・・・助けてくれ、ドリジャール・セルジュゲイル・・・・・・私はもうだめだ・・・・・・」
「まったく意味が分からないぞ、死体魔術師め。知恵者らしく説明してみせろ」
己の運命を悟った人間特有の、諦観とやるせなさに満ちた男は、震える唇で言った。
「墓場の友は友愛結社だ。死体魔術師たちの。だがその内部では激しい位階闘争がされている。私は結社内で起こったある競争に、参加した・・・・・・」
「サン・アップルトンから持ち込まれた、太陽の力を放つゴーレムと、その製造者の抹殺、だな?」
目の前の男は頷いた。心なしか、奴のローブの上を何かがまとわりついているように見える。
「参加した魔術師は、各々の自信作と自負するゾンビを競わせるのだ。だから、自分のゾンビを失った者は、競争から脱落させられる・・・・・・失敗した者は、結社の存在を危うくした過度で処刑されるのだ!」
絞り出した声は、次に出てきた絶叫でかき消された。奴のローブの上を、何か透明な存在が締め付けているのだ。
「うおお! ドリジャール・セルジュゲイル! 墓場の友は必ずや、お前たちを滅ぼすだろう! 助かりたくば、お前の弟御の力を借りねばならぬだろう! さもなければ、お前と、そのゴーレムを駆る娘は、絶望のうちに死ぬことになる! 私のように!」
死体魔術師がそう言った、次の瞬間。目の前で死体魔術師の体が爆発した。激しい光と熱波が俺を打ち、俺は強かに吹き飛ばされて地面を転がった。
「おじさまっ!」
再起動を果たしたゴーレムからエメロッテが声をかけ、早足に歩み寄ってくるのが聞こえた。
耳の奥に甲高い唸りがまとわりつく不快感に頭を揺さぶられていた俺は、それでもそう悪くない反射速度で立ち上がった。見下ろす自分の体からは、ぶすぶすと煙があがっている。ちくしょう、勤務中ならいざ知らず、今日みたいな日に一着駄目にしたのは不快きわまりないな。
「おじさま・・・・・・?」
金属ごしのくぐもった誰何の声に、俺はゆっくりと顔を上げた。頬の上を温かい物が流れているが、目も耳も機能している。
「ああ、エメロッテ。大丈夫だ。見た目よりダメージはないさ・・・・・・」
乾いた口の中で舌が張り付く。血の味がする。
「・・・・・・でも、酷い顔をされていますわ」
「そうかい?」
「血の涙を流してますもの」
そう言われて俺は顔を撫でた。
「爆発を間近で浴びたからな、粘膜が所々焼かれているらしい・・・・・・」
言葉が詰まって、咳をした。痰にも血が混じっている。
「すぐに治療が必要だと思いますわ」
「かもしれないな。だが、しばらくは医者にかかりたくないな」
俺は腫れ上がった眼で爆心地を見た。エメロッテもホルダーの眼を通して同じ物を見ているはずだ。
絶望の震えていた死体魔術師の姿はなかった。代わりにあるのは爆発の跡だけで、死体さえない。仮にあっても細かな肉片となって辺りに飛び散っているのかもしれない。それほど瞬間的だが激しい爆発が、突如として奴の身に起こったのだ。
「墓場の友に墓は要らないらしい」
「あるいは友ではないのではないかしら」
なるほど、と俺は思った。失敗したものは友ではない。友ではないから、死体さえ残さない。死体魔術師にとって死体は友であるからだ。




