表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/32

ドリジャール、死体魔術師と対決する。迫るゾンビ『パッチワーク』




 公園の空き地に降り立った俺は、油断なく辺りを見渡した。空き地の外周を囲む木々の木陰や枝の上に伏兵はいない。どうやら、うっかり相手の罠に踏み込んでしまった、なんていうヘマはやらずにすんだらしい。


 俺たちの軍用馬車から相手の停めた霊柩車まではざっくり数十メートルといったところ。話し合いをするには余りに遠いが、危険な連中と隣り合うにはこれくらいあった方が安全と言える。


 だからエメロッテを頑丈な馬車の中に待たせ、俺一人で相手の所まで歩き出した。背中にエメロッテと、御者席にいるドイル軍曹の視線を感じた。


 空き地の真ん中まで進んだ時、向こうから声がかかった。


「そこまでだ。ドリジャール・セルジュゲイル」


 誰何の声に反応するように、霊柩車の背面扉が跳ね上がって、そこからローブ姿の人影がごろごろと出てきた。

 最後にゆっくりと御者席の覆いの下から、いかにも紳士ぶった服装の男が降りてきて、ローブ姿の連中の真ん中に立った。死体魔術師。であるならば、このローブ姿の連中は・・・・・・


「白昼にゾンビの群れを伴って移動とは、面倒なことだな」

「我が作品たちは同時に優れた手足である」


「ふん。日向で腐れる手足とはな。おい、そんなにエメロッテのゴーレムが目障りかね? 俺たちの命を消したくなるほどに」

「その腐れる手足のその先にいる、サン・アップルトンの友人たちが告げたのだ。カロリーヌ練金術アカデミーが開発した新式のゴーレムの動力機関(エンジン)は、我等のゾンビの製造と維持にとって極めて危険であると。そのようなものを、プリシィアに持ち込ませるわけにはいかぬのだ」


「ほぉ。ずいぶんご大層な事を言うじゃないか。まるで手前らがプリシィアの死体魔術師の代表面をする」

「然り。我等はプリシィアの死体魔術師が結集した、いわば同業組合だ。その構成員の頭目である我々には、死体魔術師を守る義務があるのだよ」


「そのために、俺とエメロッテを亡き者にすると」

「やぶさかではあるまい? なに、命を失っても我々の手で第二の生を与えれば済むこと」


 その声に応じるように、ローブ姿のゾンビ達が空き地に広がった。


「そなたはかの高名なるオルフェウス殿の兄御である。彼の不興を買うのは気が進まぬが、彼の目の届かぬ所で起こった出来事であれば、こちらも知らぬ存ぜぬを通すことができよう。今なら私が目こぼしすることもできるぞ。そこなゴーレム魔術師の娘をつれてプリシィアを出るならば、手を引こう」


 背筋がゾクゾクと震えた。言葉とは裏腹の殺気が目の前の男から周囲に広がっている。

 燃えるじゃないか。俺は鎖刃剣(ソード)を抜いた。


「この場でおまえ達を始末すれば、俺と俺の可愛い姪は枕を高くして眠れるんだぜ? 無礼(なめ)るのも大概にしろ、木っ端死体魔術師が」

「誠に残念だな」

「ああ、まったく」


 言葉が切れ、空気が張り詰める。男の侍らすゾンビ共が、ローブの下から両腕を出した。紫色の爪先は肉切りナイフのように鋭くなっており、黄色い滴が刃先を伝って地面を汚している。

 俺は死体魔術師の呼吸を読んだ。ゾンビたちを指示する男の動きに注視する。宙を睨みながら、男は腰のベルトに挿していた小振りな杖に手を置いていた。男の指が杖をまさぐるたびに、ゾンビ共が俺に向かって唸った。

 そして男は、やおら杖を抜き放つとその石突きを俺の背後にある軍用馬車に向けた。


「やれ!」


 ゾンビ共が一斉に走り出す。その数、六体。


 向き合う俺は一足に駆け出し、二歩目で先頭を走る二体のゾンビを間合いに捉えた。

 鎖刃剣を横一線に振るう。鎖の目が一杯に引き延ばされて、鋭利なエッジがゾンビの体を覆っているローブに食い込んだ。


 斬。


 遮光素材のローブごと、ゾンビの薬漬けにされた脆い胴と二の腕が両断される。断面から溢れるのは腐ったワインのような赤黒く酸っぱい体液と、濃緑色の臭い汁だった。

 一杯まで延びた鎖刃剣が引き戻される。その勢いを殺さずに振り返り、既に自分を捨て置いて馬車に迫ろうとするゾンビの背中に向けて、剣を振った。


 馬車に迫るゾンビは三体。内一体に見舞った剣が右肩から左腰にかけて切り裂き、攻撃を受けたゾンビは地面につんのめるように倒れた。その先で、御者席から飛び出たドイル軍曹が短剣と鞭とで一体のゾンビと組み合っている。


「軍曹! 無理はするな!」


 俺は走り、馬車に迫る残りの一体に飛びかかった。すると目前で背中を見せていたゾンビがぐねりと身をのけぞらせ、その悍ましい体躯がローブの隙間から顔をのぞかせた。 

 虚ろな眼窩は白く濁った目が燐光を発していて、肌は黒褐色に変じており、その上を薬臭い薄汚れたリネンの包帯で所々覆っている。


 ローブの袖から飛び出した手指の先から骨質の鋭利な切っ先が五本、こちらに向けて突き出される。俺は底と側面に鉄板が入っているブーツでそれらを蹴って、空中で軌道修正する。着地と同時に構えると、ゾンビは体勢を直してこちらに向けて躍り掛かった。


 両腕の手指十本、鋭利な骨の先が俺の体を刺し貫くべく迫った。だが、その動きは決して複雑な戦技術理に基づいたものではない。単に意図的に人力の限界を超えさせたことで得られた早さと強さでしかない。


 そんなものに、俺の剣の冴えが劣るものか。


 素早く右下から左上、手を返して左下から右上へ、鎖刃剣の刃先がなめらかに伸びた。小枝のように指の骨をヘし切り、両肩口から入った刃先が腕を切り飛ばす。

 両腕という武器を失っても、ゾンビの抗戦能力は無くなったわけではない。そのことを俺は熟知している。現に腕をなくしたゾンビは、今度は首を突き出し、鋭く生えた乱杭歯を剥き出している。


 そこに俺は鎖刃剣による必殺の突きを叩き込んだ。鎖の目が伸び行き、だらりと開いたゾンビの口腔を切り裂いて、後頭部へと貫通する。それでも威力は減衰せず、さらに伸びた剣の切っ先は、ドイル軍曹と組み合って格闘するもう一体のゾンビのこめかみに突き刺さった。


 ゾンビとなっても、その身体機能の中枢は生前と変わらない。脳と脊髄だ。死体魔術師が作った護符なりなんなりの器具がそこにあり、そこでゾンビの霊体を捕まえ、体を動かしている・・・・・・と、()()()()()()のオルフェウスは言っていた。


 お陰で俺は、大陸軍(グランダルメ)でもっとも効率的にゾンビを狩り倒す事ができる男になった。

 鎖刃剣を引く。伸びきっていた鎖の目が詰まっていき、二体のゾンビを貫いていた刃が抜ける。俺の前にいた奴は刃が抜けた衝撃で力なくその場に倒れたが、ドイル軍曹が相手していた方は、まだフラフラとその場に立っている。


 軍曹は、片手に握っていた軍用短剣を納め、もう一方の手で使っていた馬用の長い鞭で、ゾンビの下顎を思いっきり、ぶっ叩いた。

 顎を繋いでいた腱がちぎれるほどの一撃がゾンビを襲った。首を明後日の方向にねじ曲げて、ゾンビはその場で数回ほどターンを披露してから、湿った地面の上に倒れた。


「お見事。軍曹」

「お褒めに与り恐悦至極。しかし、敵はまだ残存しています」


 ドイル軍曹の言うとおり、俺たちは高々五体のゾンビを破壊したにすぎない。腐れた死体の転がる先で、ゾンビをけしかけた張本人が、あまりよろしくない視線をこちらへと向けていた。

 剣の血振りをしながら、俺は奴に近づいた。奴のそばにはまだ一体のゾンビが控えている。


「どうやら自慢の手足は砕けちまったと見えるな? ええ?」

「これしきのことで図に乗るな、無魔法者(パーソナー)無勢めが・・・・・・」


「無魔法者、ね。その無魔法者を随分と恐れているじゃないか、おまえたちの結社は。なに、俺とて弟を見て死体魔術師の機微を知らない間柄じゃあない、これまでのことを謝罪して、陰に引っ込んでいてくれれば、お前たちの領分を侵さないようにゴーレム事業を進めるのも、吝かじゃないぜ」


 形勢が有利と見て、俺はそう言った。後から振り返れば、これは少しばかり気の逸った行動だったかもしれないが、危ういゾンビ共を蹴散らしたことで目の前の脅威を退けたつもりでいたのだ。


 だがそれがまったくの間違いであると気づいたのは、数歩近づいて死体魔術師の表情がよく見えるようになってからだった。奴は決して自分が不利になっているなどと思っていなかった。その証拠に奴の手に握られた杖はその手の中でゆらゆらと揺れている。その動きが、気になった。


「無魔法者、無知なるドリジャール殿。そなたは死体魔術師を知らぬ。オルフェウス卿の技ばかりが死体魔術師ではないのだ!」


 決然と目の前の魔術師が宣言する。その瞬間、奴から発せられた殺気とは別の方向から近づく何かの気配を感じた俺は、無意識のうちに脇に飛び退いた。全くの無意識であり、偶然だった。それが、良かった。


 目の前を鋭い爪を立てたゾンビの腕が飛び去った。ジャケットの裾先から伸びた飾り帯の先がわずかに掠り、黒く変色して穴が開いた。

 避けてから俺はそれがゾンビの腕だけであること、それが空き地の草むらの下に転がっていたこと、そしてそれが完全に破壊されたゾンビの体の一片であったことを理解した。破壊されたはずのゾンビの腕だけが飛んだのだ。


 そう気づいた次の瞬間、草むらの下に無数に千切れ飛んでいたゾンビの手足が、おもむろに地面から飛び上がり、それぞれの爪や拳を突き出して襲いかかった。


「なんだ! これは!?」


 腐れて剥き出しになった骨から溢れる腐汁が飛沫となり、飛びかかる手足を避ける度にジャケットやスラックスの上に穴を開ける。こんなものをまともに受けたら、なんて想像するまでもない恐ろしい威力の攻撃だ。

 哄笑する死体魔術師の、低く薄い笑い声が小耳に届く。不快きわまりない。俺は鎖刃剣の突きを飛び込んでくるゾンビの爪を避けざまに、魔術師に向かって打った。

 ゾンビの頭蓋を二つ貫通して尚威力を損なわないはずの突きだ。まともに受けられるものではない。だが、


「ふははは!」


 余裕の笑いをあげた死体魔術師の前で、剣の突きが止まった。魔術師の足下から飛んだゾンビの腕が縦横に絡み合って、突きをも防ぐ強靱な盾になっていた。

 ゾンビ盾に弾かれた剣を戻しながら、スラックスの裾を撫でる気配に気づいて飛び上がった。

 次の瞬間、足下を骨ばったゾンビの下半身が通り抜けた。剥き出しになった素足は指先まで尖っており、ぶつかったら脛から下を削ぎ落とされるかもしれなかった。


「かぁっ!」


 苛つきの声とともに下段払いを打つ。しかし下半身だけのゾンビは素早く飛び退いて草むらの陰に消えた。

 そうしている間にも、俺の顔へ、腹へ、腕へ向けてゾンビの断片が飛んでくる。飛び出した骨を持つ肉片が自分の意志を持つように回転し、飛び上がり、目の前で跳ね回っていた。その奥でいやらしい笑みを浮かべた死体魔術師は、悠々と空き地の中心・・・・・・俺が立っている辺りを・・・・・・迂回して、軍用馬車の前へと近づこうと歩を進めていた。


「そうして我が新式死体使役術『パッチワーク』と戯れておるがいい。その間に、私は忌々しいゴーレム製造者を始末させてもらう」

「貴様! やらせると思っているのか!」


 あばら骨を突き出して張り付こうとする、手足も頭もないゾンビを剣で払い、その余生で再び突きを放つ。だが再び、魔術師の目前で飛び上がったゾンビの肉片が盾を作り、剣を止めた。


「そういうのは馬鹿の一つ覚えというのだぞ、ドリジャール・セルジュゲイル。そこで指をくわえて、ゴーレム魔術師を始末するところを見ているがいい」


 俺の口から怒りのうめきが漏れた。それを無視して死体魔術師は歩を進めて馬車に近づく。馬車のドアの前で短剣と鞭を持ったドイル軍曹が壁のように立っていた。


「それ以上近づくな」

「ゾンビたちよ、あの者をどかせ」


 杖先を軽く振って、魔術師が指令する。たちまちゾンビの断片達が飛び上がり、ドイルの前で絡み合って一個の形を成した。それは大腿骨と背骨をグロテスクに結合させて作られた、いびつで巨大な拳の形をした塊だ。

 結合ゾンビの拳は脊椎で出来た尾で跳ね、ドイルの上に覆い被さった。重く、そして強靱な筋肉が束ねられている巨大な手のひらによって、ドイルは地面に押さえつけられてしまった。


「うおお! 離せ!」

「うるさい無魔法者め、黙っておれ!」


 結合ゾンビの太い、丸太のような指がドイルの体を握りしめ始める。ドイルの引き締められた口から絶叫が絞り出され、死体魔術師はそれを満足げに聞いていた。


「ふん、そうだ。そうして歌ってくれ。いくらか気が紛れるというもの。さて・・・・・・」


 俺の目の前で、死体魔術師が馬車のドアに手をかけた。俺は相変わらず飛びかかるゾンビ断片の相手で手一杯だった。


「エメロッテ! 逃げろ!」

「いいえ、逃げませんわ」


 ざわめくゾンビの群の中、彼女の凛とした声がその場ではっきりと聞こえた。不思議なことだった。

 死体魔術師が馬車のドアを開けようとした瞬間、反対のドアを跳ね上げてエメロッテが飛び出し、姿を現した。その手には得意げな顔で屋敷から持ってきたトランクボックスが握られている。両手で掴んでいるそれは口を開いていて、内側から一本の針が飛び出していた。


「お初にお目にかける、お嬢さん。私は『墓場の友』の構成員をしているものだ。君が持っているというゾンビを破壊させるという機械は、我々にとって危険なものだ。君自身に不満はないが、始末させてもらおう」

「ごきげんよう、不埒な方。・・・・・・そう、あなた方は『墓場の友』というのね」


 空気がじわじわと何処かから届く振動で震え始めていた。振動の元となる物が近づいてくる・・・・・・死体魔術師は怪訝な顔で空をみた。


「おじさま。私は宣言します。私と、おじさまの邪魔をするような輩は、徹底的にこらしめなければいけないわ」


 空から振動の源が近づいてくる。空き地を囲む木々の上を、巨大な陰が掠めた。と同時に、轟音がその場に響く。


「来なさい、ホルダー!」


 エメロッテの呼びかけに答えるように、それはその場に重々しい着地音を伴って出現した。鈍色(にびいろ)の金属で出来た、見上げる巨体のゴーレムが、空から舞い降りたのだ。

 エメロッテのゴーレム、ホルダーは体の各所からエーテルの混じった蒸気を噴出させ、その場に膝をつく。するとホルダーの背中の装甲板が開き、昇降用の細いタラップが足下まで伸びた。


 目の前に出現したゴーレムに圧倒され、死体魔術師が指揮の手を止めて呆然とする中、エメロッテは素早くホルダーの背を上り、機内にある操縦室(ゴンドラ)に滑り込む。再びホルダーの背中がぴったりと閉じると、ようやく死体魔術師は我に返った。


「はっ! も、もしやこれが報告にあった、太陽の力で動く忌まわしきゴーレムか!?」

「いかにもその通り。その汚らしいゾンビでは傷一つつけられやしないわ。覚悟なさいませ!」

「ふん、小賢しい娘め。ならばその身でゾンビの恐怖を味わうがいい! やれ、パッチワークよ!」

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ