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学園島狂詩曲  作者: 水鏡
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久世奏人その1

 久世奏人その1


 中央管理ビルを出た奏人は凝った肩を解そうと回した。とりあえず、来訪の目的はどうにか果たした。奏人が提供した話題は、遥華にとって十分に意欲の発火材料になってくれたようで、今頃、執務室で猛烈に職務に勤しんでいるであろう。

 恵美からも、感謝された。しかも、今回は、言葉だけではない。

「突然で申し訳ないけれど、明後日、予定空いていたりする?」

「はい、勿論ですとも」

 もしかしてデートのお誘いですか、などと夢想的な期待が、奏人の胸の中でちらと湧く。

「良かった。今さっき先方から、返答が来たのだけれど、荒野エリナのライブ、奏人君の分の席も確保できたの」

「えっ、ほんとですか?」

「ええ、日頃のお礼もしたかったし、総裁も同行を希望されてね」

「そうですか……」

 半ば予想できたオチであった。

 そうして、奏人は総裁の元を辞したのだけれども、肩は軽くなってくれなかった。新たな荷を負わされてしまったのである。

「総裁命令だからねっ!」

 と空飛ぶ少女についての調査を直々に命じられてしまったのである。

「あくまで噂ですよ」

 自分で持ち出しておいてなんだが、水を差そうとも、奏人は言わずにいられなかった。

「現代科学は万能じゃないの! 火のないところに煙は立たずと言うじゃない!」

 憶測と誤解と妄想の三種の薪が積み重なり、摩擦して熱が生じれば、たとえ真実の火がなかろうとも、煙が充満する。それを日々、実証し続けているのがネットの世界ではないか。

 そんな冷めた正論が通じる相手なら、奏人も苦労はない。だからといって、ここまで食いついてこなくてもいいだろうに。大体にして、遥華の気晴らしの肴になればと思って、偶々、ネットで目に付いた話題なのである。噂が生じるような何かが、もしあっても、追究したとて、どうせ徒労なだけのしょぼい真相であろう。

 となると、奏人が頭を使うべきは、報告の仕方だ。いつ、どのように、どんな形でするか。成果なしとなると遥華を失望させて仕事への意欲を低下させかねないし、かといって、もったいぶって徒に時間をかければ、遥華は焦れるし、無駄に期待値を上げられかねない。

 落としどころをどうするか考えていたら、携帯が鳴った。

 ある予感がしつつ画面を見れば、思った通りの相手からだった。

「……もしもし」

「私よ」

 硬質な女性の声で、相手は名乗りもせずに言ってきた。

「はあ」

 スパイものでありがちな切り出し方であるが、奏人は同調する気にもなれない。

「お姫様との話はつつがなく終わったようね」

 相手は奏人の反応など気にもしてないようだった。

 言うまでもなく、お姫様とは遥華のことである。ただ相手の声に恭しさはない。

「はい」

「本日のお姫様の様子は? 相当ストレス溜まっていたでしょ?」

「僕が呼び出されるような状態ではありました」

「ご苦労さま。それでどうだった?」

 形ばかりの労りの言葉に続けて尋ねてくる。

 求められるままに、奏人は先程までの遥華のやりとりを伝えた。

「……困ったことをしてくれたわね」

 わずかな間を挟んで嘆息が混じったみたいな返答をされた。

「はい?」

 いつもと異なる反応に、奏人は戸惑う。

「まずはこれを見て。話はそれからの方が手っ取り早いわ」

 言うが早いか、携帯にデータが送られてきた。見れば、夕闇の学園島の空をどこからか撮影した画像であった。画面の端に不鮮明ながら、光の玉が写っている。

 画像はもう一枚あって、こちらは光の玉を拡大したものだった。薄っすらと、中に人影らしきものが見える。

「女の人……?」

「画像だけで見解が一致してくれてとても助かるわ」

 ぼやけてはいるが、下手な心霊写真よりも、まだはっきり見える。

「昨夜、島内にあるカメラの一つが撮影したものよ。先に断っておくけど、画像には余計な加工はしてないから」

「えっ」

 奏人は呆気にとられた呟きを発して、画像を改めて眺める。

「これは、何なんですか?」

「不明よ」

「不明って、だって……」

「通信障害が発生したの。それもかなり局所的なね。衛星も、島の観測カメラの多くも一時的に駄目になっていて、それは無事だったカメラで撮られた貴重な一枚」

 このため、光の玉がどこからどうして出現したのかよく分からない、わけか。忌々し気ながらの説明の不足した部分を奏人は推測する。

「あれ、ということは、まさか……」

「そのまさかですよ」

「……マジですか?」

「マジですよ」

 奏人の唖然とした問いに、電話の相手は妙な口調で被せてくる。

「あの噂話はただのネット上の与太話ではなく、本当に起こったことだと?」

「ここまでの会話で、それ以外の答えに辿り着いていたのなら、よく高校に進学できたわねって言ってやるところだったわ」 

「これは、どうなったんですか?」

「不明よ」

 再びの回答であったが、不本意さが増していた。

「軌道から推測して、島の東部、もしくは近辺の海域に落下したはずなのだけれども、それを示すような観測も通報もなければ、痕跡も発見できてないの」

「こりゃまた不可解な……」

「そんな不可解なことが起こっているのに、ろくに判明もしてないうちから、誰かさんはよりにもよって、最も教えてはいけない相手に、教えちゃったのよね」

「まさか、本当に起こったこととは思わってなくて……」。

 空飛ぶ少女のことは、島に関する情報をまとめた匿名掲示板での書き込みから得た。目撃者と称する人物は、熱心に本当だ本当だと騒いでいたのだけれど、証拠となるものを出せなかったことや、それによる他からの冷やかしで目撃者がムキになったことで、荒れるばかりになったので、悪戯目的の自演と奏人は受け止めていた。

「全く、知らなかったとはいえ、余計なことしてくれたわね。せっかくのこっちの努力が台無しじゃないの」

「……すみません」

 つい詫びる奏人であったが、疑問があったりもする。

 これが本当のことであったなら、ニュースにもなって大騒ぎになってないとおかしい。たとえ何かの事情で世間には伏せていたとしても、島に関する情報は総裁である遥華には届けられているはずだ。

「証拠になるような映像を削除しているのよ。あそこまで鮮明ではなくても、他のカメラにもあの光は撮影されていたの。おかげで、危ない橋渡る必要があったり、その足跡を消さないといけなかったり、もう余計な手間が増えてばかりよ」

 ただちにそれを察したらしい相手は、ボヤキ交じりに説明してきた。

「とにかく、任務を申し渡すわ。あの女性の行方について、調べなさい。真相が分かったのなら、ただちに報告すること。言うまでもなく、宝樹遥華には絶対に知られないようにしてね」

「なんで、僕が!?」

 思わず奏人は声を上げた。

「当の総裁様からも、命令されているんでしょ? なら同じじゃないの」

「確かに、そうですけど……」

「こっちはこっちで手一杯なの。そこへ余計な、しかも、無視できない厄介な問題を増やしたのを幾らかでも申し訳なく思ってくれているのなら、少しは私の手助けをしてくれてもいいんじゃないかしら?」

 奏人は素直に応じられなかったが、反論もできなかった。

「私としては、あなたとは良い関係を維持しておきたいの。それはあなたにとっても、悪い話ではないはずよ。違って?」

 嫌味とも皮肉ともつかない、独善的で押しつけがましい口調である。

 いかにも長がつく肩書を持っていそうだな、と彼女に対して、毒のこもった感想を奏人は抱いてしまう。だが、悲しいかな、立場の弱さもさることながら、厚かましさという自我の脂肪が薄い奏人は表立って強く抵抗もできなかった。

「分かりましたけど、僕はただの高校生ですよ。過剰な期待をされても困ります」

「島の総裁に気軽に会える、ただの高校生は中々いないわ」

 それとこれとは別ですよ、と返そうとする間に通話は一方的に切られてしまった。

 画面を見詰めて、奏人はふっと息を出す。

 他人の一方的な都合による厄介ごとに、振り回されるのは初めてのことではない。

 というか、宝樹遥華と知り合ってから、それが当たり前になってしまっている。

 そもそも、彼女と接点を持つようになったのは、奏人に特別な能力があったからではなく、なんてことはない、親戚関係だからだ。もっとも、二十は親等が離れていても、親戚と言えるならだが。

 奏人と遥華が知り合ったのも、限りなく薄い親戚関係が成立したのとほぼ同時期である。互いの遠縁の結婚式で、偶々、顔を合わせて話す機会があった。数言の雑談だったが、奏人は妙に気に入られたらしい。選択肢になかった学園島への進学も、宝樹家が運営する宝樹学園がわざわざ便りを寄越してきたからだった。

 そして、彼女は、学園島に引っ越してすぐに電話をかけてきた。

「久世奏人ね?」

 お高い第一声であった。

 学園島の意思。ふざけているとしか思えない名乗りをした彼女は、宝樹の関係者であると言い、便りが届いて以来、奏人が抱いていた疑問への答えを明らかにしてきた。宝樹遥華は実は荒唐無稽な願望狂であること、奏人を学園島に招いたのはその実現を期待してのことであり、故に近々、呼び出されるであろう、と。

 実際に、翌日、奏人は遥華に呼び出されて、怪しげな電話がもたらした情報の真偽を知ることになる。

「悪戯電話ではなかったのは、ご理解いただけた?」

 唖然と圧倒が交錯が遥華との再会が終わった直後に、やはり彼女は連絡を寄越してきて、ここで自分に接触してきた真意を語った。

 危うい本性を持つ宝樹遥華を時に宥め、時に抑えて暴走しないようにしてほしい、簡単に言えばそういうことだった。

「目付け役をやれってことですか?」

 奏人はより端的に確認をした。

「そう受け取ってもらっても問題ないわ」

「なんで、僕なんかに」

「あなたが、宝樹遥華に選ばれたからよ」

「どういうことです?」

「理由はどうあれ、応じた瞬間、あなたはもう当事者になったの」

 後出しとは、何と悪辣な。電話の相手は澄んだ声で、年は若そうだが、イノブタのような醜悪な魔女の横顔を、この時の奏人は想像した。

「理由はともあれ、宝樹遥華は、あなたが己の願望を実現する手助けをしてくれると期待しているの。こちらとしては、あなたを遥華の傍から排除するより、協力者になってもらった方が得策と判断したわけ」

 一方的過ぎる論理を奏人に押し付けてきた点では、こちらもお姫様と同類だった。

 返答の仕方こそ悩んだが、奏人は当初、協力するつもりはなかった。

 それまでに抱いていた印象を太平洋の彼方に吹っ飛ばした遥華の本性には奏人も絶句はしたが、悪感情を抱くまでに至らなかった。そこへきて関係者と称するが得体の知れない相手のために密偵の真似をするなど、いささか以上に忌避感があった。

「面倒なお願いをしているのは十分承知しているわ。だから、無償でやってくれとは言わない」

 電話の主が提示してきたのは、金銭ではなく、奏人の父親に関することだった。奏人の父親は、とある新興企業にいる知人に誘われて転職を考えているようなのだが、その会社は問題を抱えていて、しばし様子を見た方がいいと言ってきたのである。

 彼女との会話の後に、奏人は半信半疑ながらも、実家に連絡をして、父親にそれとなく確認をしたら、転職話は事実だった。そこで、奏人はネットで見掛けた情報だけど、と適当な理由をつけて父親に離職を含む転職活動を思い止まるように説得した。

 そうしたら、間もなくその新興企業の不正問題が続々と報じられ、逮捕者まで出て、挙句に倒産してしまった。宙ぶらりんにならずに済んだ父親から感謝されたのは言うまでもない。

「私と協力関係を築くことは、あなたにとって有益だと理解して頂けたかしら?」

 家庭の平穏と学園島での学業生活を脅かす危機を未然に防いでくれたとあっては、さすがに奏人も、相手の要請を拒絶できなかった。

 こうして、奏人は学園島の意思と称する謎の人物に密かに協力するはめになったのだが、それによって、遥華への後ろ暗さがあるかと言えば、思ったよりない。遥華に対する懸念は、奏人も素直に同調できるところであり、遥華本人を前にしても、その点で偽ってなかった。補佐役の恵美も、基本的な立ち位置がこちら側なのも大きい。

 一応、良き協力関係は築いているものの、電話口の彼女が何者なのか、奏人はろくに知らないままだった。それとなく、恵美に聞いてみたら、当然ながら、遥華の言動に神経を尖らせている人間が宝樹家にはいるとのことである。ちなみに、試しに学園島の意思についてネットで調べてみたら、島内に同名の占い師の店があった。偶然なのか関係があるのか、奏人は確認するに至ってない。中々評判らしいけど。

 とにもかくにも、奏人は面倒な人たちから、別々の理由で、同じ厄介ごとを押し付けられてしまった。自分を一体、なんだと思っているのか。一介の学生ごときができることなど限られているのに。独力が無理なら、彼女たちがそうしているように、奏人も他者に頼る他ない。試みに、同じ学校の何人かに空飛ぶ少女について尋ねてみる。すぐに返信が来た人間で、知っていたのは、一人二人だった。

「となると、しょうがないっか……」

 あまり関わり合いを持ちたくないし、どれほど役に立つか甚だ疑問であるけれど、乏しい人脈の中で、この手の問題に動いてくれる人間は、そうそう限られている。

 連絡先を探し、依頼を送ろうとしていたら、奏人の視界の端に人影が入り込んできた。

 避けられずにぶつかってしまう。

 奏人の手から携帯が飛び、よろけた相手の帽子も飛んだ。

「ああ、すみません、すみません! 前方不注意で」

 奏人は謝罪する。歩きながらの携帯操作なんて普段ならしないのに。

 ぶつかった相手は若い女性で、むっとしていたが、即座の謝罪が功を奏したらしい。

「こちらこそ」

 愛想良くとまでいかないが、責めるでもなく応じてくれた。

 ハッとして奏人は帽子を拾いに行く。

 埃を払い、渡そうとしたら、相手は代わりに携帯を拾ってくれていた。

「空飛ぶ女の情報が欲しい?」

 作成中の依頼文を見られてしまった。

「あ、それは……」

「これ、なに?」

 不躾に問う彼女は、顔立ちが整っているのもあって、妙な迫力を漂わせていた。

「与太話って言うか、噂なんだけど、昨日の夜、目撃されたらしくて」

「え? 空飛ぶ女が? 昨日の夜に?」

「そう、空飛ぶ女が、昨日の夜に」

「何かの冗談?」

 これが普通の反応だよな、と帽子を渡し、携帯を受け取りながら奏人は苦笑しかける。

「冗談であったらいいんだけどね」

「本当ってこと?」

 呆れと戸惑いによるものか、女性がまとっていた空気がふっと緩む。落ち着いた服装のせいで年上と思い込んでいたが、彼女がさして変わらない年の頃と奏人は気付く。

「嘘か真か……だから、知り合いに聞いてみようと思ったところで」

 奏人はぼかして答える。

「ふーん。あ、ごめんね、勝手に見ちゃって」

 少女は帽子を被ると、詫びの言葉を残して奏人の前を去っていく。

 観光客だろうか。すたすたと中央管理ビルに入る少女の後姿を、奏人はつい見送ってしまう。

 気持ちを切り替えて、歩き出そうとした奏人は、再び人とぶつかった。先程と違って、かなり強烈にぶつかられ、尻餅をついてしまう。

「痛ってぇ」

 見上げれば、デブの男が猪のように鼻息荒く、睨んできていた。

 敵意と言うしかない視線に奏人がぎょっとしていると、デブは奏人の携帯を容赦なく何度も踏みつけてくる。

「ちょっと……」

 奏人は抗議しかけるが、デブは忌々し気に何事か吐き捨てるや、足音荒く、これまた中央管理ビルへ行ってしまった。

「なんだんだ、一体……」

 奏人は茫然としながら携帯を拾い上げる。

 画面は見事に罅が入っていて、携帯は作動しなくなっていた。


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