朝霞と村松その1
朝霞と村松その1
「ないないないないない! なんでだよ。おかしいだろうが!」
鷹濱大学超常現象研究会の部室で、パソコンに向かう朝霞はずっと苛立っていた。
「やっぱり、見間違いだったんじゃね?」
同じようにパソコンに向かっていた村松がぼやく。
「そんなわけねーべや、お前だって、ばっちり見ただろうがよ。光ってた奴が、びゅーと飛んでいるところをよ!」
昨夜、彼らは行きつけの定食屋の道すがら、上空を駆け抜ける謎の光体を目撃していた。
「光っているのは見たよ。でもさ、やっぱ、隕石とかドローンとか、なんかそんな感じのだったんじゃねえの?」
「あれは絶対に違うべや。お前だって、そう言ってただろ!」
「あん時はな。見えた気がしたんだけどさぁ……」
「女子だったろ!」
朝霞は確信を以て言う。
「だけどさ、常識的に考えてみれば、女の子が飛ぶはずないだろ?」
「そんな台詞を吐くとは、超常現象研究会に所属する者として恥ずかしくないのか。見ただけじゃなくて、しかと聞いたろ! 『親方、空から女の子がーっ』って、野郎の叫び声を。あれは俺らと同じ目撃者がいたって何よりの証明だ。もしかしたら、俺らより間近で見ていて、それどころか、今頃は『あの子なら、俺のベッドで寝ているよ』な状態かもしれんぞ」
「飛躍し過ぎ。大体、あんだけ速いのを受け止めてたら、無事じゃすまないだろ」
「はぁー、不覚だった! もう少し早く気付けていれば、証拠が手に入っていたのに!」
村松の冷めた指摘を無視して、朝霞は盛大に嘆息する。千載一遇の機会だったのに、我に返って、慌てて携帯で撮影できたのは、夜空に溶けようとする光の残滓のみだった。おかげで、証拠の一つもないのかとネットのオカルト談議の場ですら、笑い者にされる始末だった。
汚名を返上するためにも、空飛ぶ少女の行方を追わねばならない。そのための手がかりを求めて、朝からネットを徘徊しているのだが、全然、情報が出てこないのだ。わずかにアップされていた光体の目撃動画も、改めて見ようとしたら消えてしまっている。
「……陰謀の臭いを感じるな」
「何のよ?」
「決まってるだろ。この島の支配者のだよっ!」
「出ったー、出ました、宝樹黒幕説」
鷹濱大学超常現象研究会にとって、宝樹ネタは鉄板とも言えた。「学園島は実験施設!? 宝樹の野望」、「島の要塞化に見る、宝樹と世界戦争」、「古代文明の遺産!? 宝樹がひた隠しにする学園島の秘密」などなど、これまで調査結果として、同人誌やネットで発表していた。村松は、あくまでネタ作りの素材と割り切っていたが、朝霞は真に受けているようである。
「宝樹が秘密裏に進めている超兵器の開発実験の事故か、実験体が逃亡して、それがばれるのを恐れて隠蔽工作をしているのではないか」
「おいおい、さすがに考え過ぎだよ、ファラオちゃん」
「名前で呼ぶな!」
真面目な推測を茶化してきた村松に、朝霞は勢いよく噛みついた。
朝霞ファラオ、本名である。両親は純日本人で、エジプトとは何ら縁はない。知的で、神秘的で、それでいて、誰とも被らないように、との考えで名付けられたらしいが、小学生の時に両親から由来の詳細を聞いて、ファラオは絶望した。謎かけをするくらいだから頭がいいとの認識で、スフィンクスとファラオを混同していたのだ。正解を答えられたスフィンクスがどうな末路を辿ったかすらおぼろげだった。
この名は、強固な線路となって、己の人生を方向付けていると朝霞自身は思っている。勿論、朝霞は改名したいのだが、いい加減な名付けのくせに、両親は愛着と恩着せがましさを未だ失っておらず、親に学費や生活を依存している現状では、どうにもできないでいる。
拗らせるだけ拗らせた朝霞にとって、伝統だけはある鷹濱大学超常現象研究会は、理想郷になるはずだった。ところが、近年、大学はこの手のサークルに抑圧的になっており、今やすっかり零細サークルに落ちぶれた研究会は不遇の立場に追い込まれるばかりである。
「とにかく、宝樹を探る必要があるな」
「言うのは簡単だけど、どうするんだ?」
「決まってんだろ、ハッキングだよ、ハッキング。島の管理をしているシステムに侵入して秘匿している情報を暴くんだよ!」
「上手くやれるといいな。ばれて捕まらないようにな。頑張れ」
「お前がやるんだよ!」
「なんで俺がやらないといけないんだ!? ハッキングなんてやらないし、できねえよ!」
「デブで眼鏡のオタクが、優秀なハッカーなのは、こういう場合のお約束だろ!? お前は何のために、その見た目なんだよ!?」
「ハッカーになるために太ったわけでも、眼鏡のオタクになったわけでもねえ!」
鼻息荒く村松は反論する。
「ハッキングが無理なら、さぼらないで調べろよ。って、さっきから何見てんだ?」
「エリナたんスレ」
「エリナ? アニソン歌手の荒野エリナか?」
「そう、明後日ライブだろ。いつお出迎えするかで盛り上がっててさ」
「お前、チケット取れなかったんじゃないのか?」
「……。」
「わ、悪かったよ。残念だったな、うん。だけどさ、それって要するに入り待ちって奴だろ?」
「いいだろ。この島じゃ、一種のお約束行事なんだからさ」
いつの頃からか、学園島で有名人がイベントやライブをするにあたって、来島の時機が注目されるようになっていった。
「だけど、エリナたんいつ島に来るか分からないんだよ。何人かSNSで質問投げたりしてるけど、ヒントも何もくれないんで、下手するとただ待ちぼうけするだけになりそう」
「荒野エリナって塩対応で有名なんだろ? なら、どうせリハ、ひょっとしたら本番直前もあるんじゃないか」
「それもエリナたんらしいと言えばらしいんだけど……」
「ん? もう島に来てるって言っているのがいるじゃないか」
村松の肩越しに朝霞は画面を覗き込む。
「ああ、こいつか」
村松は冷ややかな反応をしてくる。
「書き込みは多くないんだけど、妙に粋ってて鬱陶しいんだよな。なんか、訳知りって言うか、思わせぶりでさ」
「なになに……お前らは知らないのも当然だが、エリナはマジでもう島に来てるよ。ちょっとだけ教えてやるが、一足早く現地入りしたのは、観光じゃなくて、大事な使命があるからなんだよ。……うざいのは同意だが、こいつは何を言っているんだ?」
「さあ? 釣り針に食いついた奴もいるけど、具体的には話そうとしないんだよな。それで、相手にされなくなったり、スレの流れが途切れそうになると、また匂わせてきてさ……そうだ、このうざさ、なんか覚えがあると思ったら、知ってる奴に似てるんだわ」
「誰だ? 大屋か?」
「あいつもかなりのもんだけど、あいつじゃなくて、前にエリナたんのオフ会であった奴。名前なんだっけなあ?」
村松は携帯を確認するが、うざニートの名で登録されていたため本名を思い出せない。うざニートは、母親がエリナと契約している音楽会社の偉い人間とかで、その役得を散々自慢していた。それだけでなく、本人曰く売り出し路線の助言もしていて、「今のエリナ人気のプロデュースに関わってきたって自負だってある!」ともドヤ顔で語っていた。最初のうちは話題の中心だったが、尊大で、何かといえば「これ以上は言えないんだよ」と興覚めな態度をするので、早々に顰蹙を買っていた。
村松は途中までその様子を遠巻きに眺めるばかりだったのだが、すっかり孤立していた奴に多少の同情心から声をかけてしまったのが運の尽きだった。以降、会の終わりまで奴に絡まれ続けて、挙句、連絡先の交換までさせられたのである。しかも、他の参加者には類友扱いされて、災難にも見舞われた。
そういえば、残念なオフ会がどうにか終わって、その日のうちに奴が変なメッセージを寄越してきた。
「エリナ、すげえよ! 正体が想定外にやばい! この俺が目をつけただけある!」
妙な内容に気にはなったが、とっくにうんざりしてたのと馴れ馴れしさに村松は呆れて返信もせず、以降の連絡も適当に相手していた。
そんな奴は、母親のおかげだろうが、今回のライブのチケットも当たり前に手に入れているというのだから噴飯者である。前回のことがありながらも、その後のオフ会にも出る気だったようだ。過去形なのは、数日前に「そっちで、エリナを助けてやらないといけなくなった。多分、お前らとの時間作れねーわ」と、入るつもりのない不味い飯屋の前を通ったら、店主から「お前のための飯はない」と言われるような不快な連絡をもらっていた。
「変なのと知り合いになってたんだな。しっかし、同一人物なのか知らんが、ネットのこいつも異様だな。……エリナにとって歌手は仮初の姿なんだ。本当は世の悪を倒すために秘密裏に戦っているんだよ。学園島でも、重大な使命がある。俺だけがそれを知っている………って、なんじゃこの匂わせは? 新手のステマか?」
書き込みを遡って眺めていた朝霞は、呆れた表情で言う。陰謀論大好きなこの男でも、さすがに賛同できかねる書き込みらしい。
「な、うざいだろ。スレの流れのぶった切って、定期的に湧くんだ」
「こういう輩はよ、適当に煽ってやればいいんだよ」
キーボードを引っ手繰った朝霞はカタカタとレスを打ち込んだ。
『オフのエリナちゃんと偶然会っちゃった。超ラッキー! プライベートの彼女、超良い人、超可愛い、マジ天使! もう最高だわ! ほんとに来てるんだなっ!』
唖然とする村松に、朝霞は得意げな顔をしてくる。
「どことは言ってないだろ? それよか、情報集めだ。探せ探せ」




