槻澤狩真その1
槻澤狩真その1
転校初日の不慣れで校内を彷徨っていたら、木の枝にリボンが引っかかっていた。きっと風で飛ばされて持ち主も困っているだろうと、木に登って取ってみたら、すぐ目の前の部屋で女生徒が着替え中だった。予想外なことに驚いたのと、重みで枝が折れかけたので焦って飛ぶと、室内にいる下着姿の女生徒を押し倒す形になってしまった。
意図せず起こった痴漢騒動、自分は完全な誤解だと弁解するも、女生徒は怒髪天をつかんばかりの有様で少しも聞く耳を持ってくれない。それどころか逆に火に油を注いだ形となり、話の流れで、自分が重装機の使い手と彼女が知ったことで、私的制裁を目論んでのことか、あろうことか重装機を使った決闘をすることになってしまった。
わざわざ挑んでくるだけあって、相手はただの可愛い子ちゃんではなく、白銀の剣姫なる異名を持つ使い手だった。対する自分は、編入試験をぎりぎりで合格、事前に受けた重装機の適性検査も、最低ランクの劣等生、敗北は不可避と思われた。だがしかし! 実は自分には特別な能力があり、その能力の活用と奇策で見事に勝利、剣姫様は言うに及ばず、観戦した教師や生徒たちの度肝を抜かしたのだった。
いらぬ騒動に巻き込まれて、ヤレヤレと思いながらも、手続きを終えて学校の付属寮の割り当てられた部屋に行くと、先住の同居人は生憎、入浴中だった。そして、入浴を終えた同居人と対面して、お互いにびっくり。なんと、あのプライドの塊のような剣姫様だった。
ここでも痴漢と勘違いして大激怒する彼女に、自分も弁解を試みたが、どたばたの果てにここでもまた押し倒す形になってしまい……。
かくして、劣等生でありながら、高慢稚気なエリート優等生どもを次々と倒していく俺様TUEEEEEEEE伝説と、そんなナイスガイな俺様が、可愛い子たちにひたすら、もてまくる学園ハーレムライフが始まる。
「……はずが、停学っておかしくね?」
「全然、おかしくないよ」
槻澤狩真の心の底からの問いかけに、高村佳幸もまた心の底からのツッコミで応じた。旧友が学園島に転向してくると言うので、久しぶりに会ってみれば、よもやこんな阿呆話を聞かされるとは。
「え、なんでだよぉ!?」
ところが、狩真は真顔で問い返してくるではないか。
「あのさ、その子の下着姿や裸ばっちり見て、どさくさ紛れでも、胸も触ったりしたんだろ?」
「ただのラッキースケベじゃないか」
「それ、その場でも言っちゃったんだろ?」
「ラノベやアニメのお約束じゃんか」
「それも、真面目に言っちゃんたんだろ?」
「本当のことだろ」
欠片も悪びれた様子のない旧友に、佳幸も深々と納得を示す。
「うん、やっぱ停学は当然だわ。っていうか、よく停学で済んだな」
「なんでだよ! 覗きはわざとじゃないんだぜ。部屋割だって、システムの不備だったかで、学校側のミスだったんだぜ」
佳幸は額に手をやりたいのを堪えて、通じそうな言葉を探す。
「あのさ、多分だけどさ、ネコババみたいなもんなんだよ」
「どういうことだってばよ?」
「財布が落ちていたとするだろ。それ自体は持ち主の落ち度だとしても、拾った人間が入ってた金を使っちゃたりしたら犯罪だろ。で、ましてや、それを漫画やゲームではお約束のネタじゃんって言われたら、そりゃねーよ、とツッコミたくなるだろ。お前の件も、他の人間からすると、そういうことなんだよ」
「んっ? ん? ん? ん? うーん?? そうなのかぁ!?」
「そうなんだよ」
「え~なんか釈然としないなあ……」
「そういうことなんだって」
狩真はどこまでも納得しかねるようだが、これ以上、引きずられても堪らないので、佳幸は強引に結論に持っていき、話題を変える。
「で、学園島に来てみてどうよ?」
「いきなり停学くらったからなあ」
身も蓋も、ついでに皮肉もない返答をしてから、狩真は佳幸を見てくる。
「そういやさ、お前って、妹とはまだ仲良いのか?」
「え? 仲良いってほどじゃないと思うけど」
「連絡のやりとりぐらいは、してたりするんだろ?」
「なんで、そう思うんだ?」
「学園島に来るとさ、どんな感じかって地元の人間だけじゃなく、家族からも尋ねられるらしいじゃん。特に下に弟妹がいるとさ。上がそうなら自分もみたいな」
「ああ、そういう連絡はある、かな……」
佳幸は言葉を濁す。佳幸の妹の智乃は、その例にばっちり当てはまっていた。自分も学園島への進学を目論んでいて、時に佳幸が鬱陶しく感じるほどにあれこれ尋ねてきている。それどころか今週末には、遊びに来るとの連絡すらあった。
「うちは全然なんだよな」
当然だろ、と、女の子なら甘いお菓子が好きに決まっているのにおかしいよな、みたいな口調の旧友に、佳幸はぼやき以上の、ツッコミを思わず入れそうになった。
佳幸と狩真は同じ中学出身である。他に三年間のクラスト、二歳年下の妹がいることも共通している。中学時代はまずまず親しい友人関係と言えたのだが、編入初日に停学になったように、狩真は当時から個性的で、一般の常識とずれたところがあった。
最初のうちは、少し変だが、ノリが良くて面白い奴だったのに、奇怪な方向に曲がりだしたと佳幸が認識するようになったのは、狩真が妹物のラノベやアニメにはまりだしてからだ。年頃の男子が、お色気を強調する萌えアニメにはまるのは珍しくないが、いつの頃からか狩真は、佳幸の家の兄妹の間柄を訪ねてきて、自身の妹のこともよく話題にするようになった。
妙な影響を受けているな、としか感じていなかったのだが、佳幸の見えないところで、面倒な事態になっていたらしい。
狩真本人の話や、狩真の妹紗那と付き合いのある智乃からの情報によると、紗那は元々、神経質なところがあったという。
偶々、紗那の親しい友人の一人が不登校になり、兄からの虐待が原因、との噂が広がった。
これを引き金に膨らんだ不安感に耐えられなくなった紗那が両親に訴え出たことによって、槻澤家は家族会議を行った。通常であれば、本人の気にし過ぎ、あるいは兄への多少の注意で済むはずであったのに、よりにもって、狩真自ら、とんでもない爆弾を落とした。
「けど、妹ってのは、お兄ちゃんに恋愛感情を抱いているもんだろ?」
狩真自身が主張するところによれば、妹に対して後ろ暗いことはないとのことである。妹に肉親の情とは異なる感情を抱いているわけでもなければ、具体的な何か、たとえば妹の下着を盗んだり、着替えや風呂場を覗いたり、寝込みに良からぬことをしたり、はたまた異性が近づかないように暗躍するなど変態的偏執的行為は一切ない、とのことだった。そこに嘘はなく信じても良いだろうと佳幸は思う。歪んでいるのは、妹への感情ではなくて、妹観であった。
「口では拒否していても、妹なんてのは、心の奥底ではどんな男よりもお兄ちゃんを愛しているもんだろ?」
当の兄から「お前こそ、俺に家族を超えた愛情を抱いているんだよな」と決めつけられた紗那は、過呼吸を起こして倒れ、救急車を呼ぶ羽目になったらしい。目覚めた後も、紗那は平静になれず、家に帰るのを強く拒絶したという。狩真の両親は、息子が所有していた妹物グッズを全て廃棄し、カウンセリングに通わせもしたが、さして効果はなかったようだ。本人からすれば「俺自身が近親相姦をしたいと望んでいるわけでもないのに何故?」だった。ここに至って、両親は、狩真本人を矯正させるより、兄妹を物理的に引き離した方が効果的だと悟った。
当初は狩真を近くの親戚の家に預けたそうだが、紗那の状態は回復しなかったので、そこでやむなく、高校受験にあたって、本人が希望していたものの、母親が強く反対して、断念するに至っていた学園島にある高校に転入させることで、解決を図ったとのことだった。
この話を聞いた佳幸は最初、唖然とするばかりだった。それで、久しぶりに実際に再会してみれば、狩真の脳がラノベに毒されている状況は悪化こそすれ、改善されてないのを確認させられた。これで未だ流行している異世界転生ものにはまったらどうなるのだろうか、と他人事ながら余計な心配を抱く。
「そういや、ロボットの方はどうだった?」
佳幸はともあれと再び話題を変えることにする。
「重装機な。やっぱ、有名校だけあって凄いぜ。何もかも最新で、最先端」
重装機とは、人型の搭乗用ロボットの名称である。軍事利用目的もあって、搭乗用ロボット研究は世界各地で進められているが、ロボットアニメに対するいささか大人げない批判、ただ的になるだけ、はやはり現実問題であり、兵器活用は進んでいない。その代わり、民生部門では進出が著しく、ロボット格闘は、近年、盛んになってきて、狩真が通う私立DD高等学院は、重装機の操縦者や技術者の育成で有名な高校であった。
「いきなり停学したんだけどな」
仕方ないとはいえ、どうしても話はそちらに流れる。
ただ、ラノベ脳にも良いところがあるのか、狩真の精神は逞しい。
「こういう始まりも、展開的にはありなのかもしれないよな」
「TUEEE伝説も結構だが、くれぐれも退学しないようにな」
佳幸は真面目に忠告をする。
「そうだそうだ。荒野エリナのライブ、この島でやるんだってな」
ロボット物の繋がりからか、狩真が不意に持ち出してきた。
「どうした、いきなり?」
「いや、島に来たらあちこちで宣伝してっからさ。何かおかしいこと言ったか?」
「お前が、アニメじゃなくて歌手の方に興味があるとは思わなかったからさ。ファンなのか?」
「嫌いじゃないぜ。妹がかなり好きでな、部屋から漏れてくるのを、よく聴いててさ」
「へ、へえ」
応じる佳幸は頬が突っ張るのを自覚する。
槻澤家の場合は例外としても、他の兄妹、姉弟事情を聞く限り、主観がどうであれ、自分と智乃の兄妹仲はまずまず良好な部類に入るらしい。そして、そんな智乃から、狩真の妹紗那も、よりにもよって一緒に来島すると聞かされていたのだ。
せっかく強烈に忌避する兄が遠くへ行ってくれたのに、何故、自らわざわざ訪れようとするのかと言えば、荒野エリナのライブのためだった。荒野エリナは、露出が少ない歌手で、今回は初の大ホールでの本格ライブであった。それだけにチケットの競争率もかなり激しかったらしいのだが、智乃と紗那は幸運にも入手できたとのことである。
たとえ忌むべき兄がいる島であろうとも、荒野エリナのライブのためなら、紗那にとって赴く価値があるらしい。ファンの鑑で結構であるが、佳幸にとっては、無責任に感心してもいられなかった。紗那の来島を、くれぐれも狩真に気取られぬよう、そして、彼女に近付けぬように、と智乃より強い要請が来ていたのである。
当然だが、狩真は紗那の来島について、何も知らされていないようだ。島の人口やライブ目的の来島者の規模を考えれば、特段、警戒する必要はないはず……なのであるが、転校早々に本人曰く「ラノベの主人公的展開」の騒動を起こしている。こうした妙な巡り合わせを狩真が持っているのを、佳幸も経験則から知っているだけに、一抹の不安があった。
杞憂であればいいが、と佳幸が内心、願っていると、三人組の客が新たに店に入ってきた。
何となく興味を引かれた。三人のうちの二人は、ありふれた男女だ。女子は制服姿で、鷹濱学院の生徒だろう。気になったのは、残りの一人だ。お洒落とは無縁で、上下は明らかに身の丈に合ってない。帽子を目深くかぶっていて、金髪を覗かせている。外国人の生徒など、学園島でも珍しくもないのだが、本人の挙動と、それを気にする同行者の様子に怪しさがある。
「お前も気になるか?」
不意の狩真の問いに、佳幸は少し驚いた。
「何が?」
「恍けるなよ、あの、三人組だよ」
「偶々、視界に入っただけで、気になるってわけじゃ……」
「俺は気になるね」
狩真は思わせぶりな口調である。
「なんで?」
「あいつらは、何か異質なものを感じさせる。俺の脳波がそう告げているんだ。そして、何かとんでもないことを引き起こす、そんな気がしてならない」
今度はどんなラノベに毒されているんだ。
佳幸は思わず尋ねたくなったが、どうにかして、言葉を呑み込んだ。




