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学園島狂詩曲  作者: 水鏡
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佐倉蒼佑その1

 佐倉蒼佑その1 


 結局、学校をさぼってしまった。

 佐倉蒼佑は、自室のベランダにて膝と頭を抱えていた。

 学園島の大半の学生は、親元を離れての生活である。当然、島内には彼らのための住居が整えられていて、東第三男子学生寮は、そんな目的の管理人付き単身用マンションであった。

 具体的な方針は各学校に委ねられているものの、大枠である学園島の教育方針は「自主性、自律性、社会性を育む」である。親元を離れての生活は、親離れと子離れを同時に促すことになり、学園島の生徒の引き籠り率は、島から離れた後も、それ以外の出身者に比べて圧倒的に低いとの統計があった。それだけでなく、学園島に子供を送りだした家庭では、その後、新たな子供が誕生する事例も少なくなく、少子化対策として、中高生の子供を家庭から積極的に離そうとの声すら一部にはあるとかないとか……。

 ともあれ、首都圏とはいえ、離島で、どこへ行くにも不便な学園島であったが、今や進学先として大人気で、全国各地から学生がやってきている。彼ら彼女らが、進路に選択する理由は大別して二つあった。一つは、島内の学校や島全体の教育環境の良さ、もう一つは、家庭を離れての生活を欲してのことである。

 学園島にある私立鷹濱学院に蒼佑が進学したのも、後者の理由からであった。これで口煩い親から離れてお気楽な独居生活を満喫できる、などと合格通知を受け取った当初は小躍りしたものだが、島側も各学校側も、そんな不届きな子供の魂胆などお見通しであった。学園島においては、遅刻、欠席は通常の学校よりむしろ厳しく、怠惰な生活に改善の見込みなしと判断されたならば留年どころか即退学もある。学園島での退学は即ち島での滞在資格の喪失と同義だった。通りで、日頃のぐうたらに呆れていた両親が、学園島への進学を反対しなかったわけだ、と蒼佑が気付いた時には後の祭りであった。

 おかげで、蒼佑の生活態度は中学の頃よりも改善した。といっても、比較的であって、先日もオンラインゲームに夢中になってうっかり徹夜をして、仮眠のつもりで横になったら、目覚めた時には夕刻になっていたことがあり、学校から無断欠席を厳しく咎められていた。説教は勿論、反省文や課題の提出、とどめに夏休みの補習の罰を受けては、さすがに真剣に反省せざるを得なかった。

 ……にも拘らずの、再びの無断欠席である。

 蒼佑は溜息を吐く。幾度かの転寝を挟みながらも、太陽が地平線から姿を現し、昇って、下り、朱色に染まる空模様を眺めては、ずっとそればかりであった。

 再犯ということで課される罰則を考えるだけでも相当に気が重い。だが、それ以前に今の状況をどうにかせねばならない。色々とそろそろ限界だが、この状況はいつまで続くのか。

 室内の様子をそっと窺う。

 ベッドにこんもりとできた山は未だに動く気配がない。

 ベランダの片隅で蒼佑が動けないでいるのは、ひとえに今なおベッドを占領している存在に理由が求められた。

 昨夜、夜間に行われるゲームイベントのために諸々を早々に済ませて、後は開始時刻を待つばかりとなった蒼佑は、気まぐれにベランダから外の景色を眺めていた。

 その時、夜空の一点がきらりと光った。

 流れ星か、などとのんきに眺めていたらどうも違う。

 もしや隕石か、はたまた飛行機の墜落か。

 驚く蒼佑の目に、はっきりと映ったのは、光体に包まれた少女らしき姿だった。

「親方、空から女の子がーっ!」

 意図せず、そんな叫びを発してしまっていた。

 その間にも、光体はぐんぐんと迫ってきていて、本能的な恐怖から蒼佑が慌ててしゃがみこんだ直後に、頭上を高速で通り過ぎた。

 恐る恐る蒼佑が顔を上げてみれば、光体は開け放たれたままの室内に入り込んでふわふわと浮いていた。眩い光は徐々に弱っていき、それに伴い少女の身体はゆっくりと下降して、丁度いい位置にあったベッドにすとんと着地したのである。

 あまりに非現実的な出来事に、蒼佑はしばし茫然としていたが、我に返ると室内に戻り少女の様子を窺った。

 最初に目に飛び込んできたのは、金色の長い髪であった。寝顔は穏やかで、美術の参考資料にある絵画から出てきたような神秘的な美しさがあった。不思議な石を首から下げていないどころか、他に怪しげなものもない、一糸まとわぬ姿だった。

 全裸っ!?

 遅蒔きながらその事実に気付き、蒼佑は仰天した。咄嗟に彼女に布団をかけたのは、今にして思えば上出来であった。更衣室に行くのを面倒くさがって、教室で女子がいきなり着替えだした現場に遭遇して、泡を食った時以上に、あたふたと蒼佑はベランダへ避難した。

 蒼佑とて思春期真っ盛りの男子である。美少女が、わずか数歩先で、どこまでも無防備な状態でいたら、邪な想いは多少でも生じる。

 だが、それよりも、混乱と得体の知れないものへの恐怖が大きかった。突如、目の前に出現した妖しげな美女の正体は、おどろおどろしい化け物で、鼻の下を伸ばして不用意に近付いた間抜けな男が哀れ最初の獲物に、といった展開はそっち系の映画ではありがちではないか。

 よしんば、正体が恐ろしい何かではないにしても、現実問題、不意に少女が目覚めて悲鳴の一つでもあげたら、もうおしまいだ。学生寮に異性を連れ込むなどご法度だ。停学は確実、場合によっては即退学、警察沙汰の可能性だってある。裸の少女が空から降ってきてベッドに寝着いちゃいましたなんて、誰が信じてくれよう。

 他者に助けを求めたいが、島に来たばかりの蒼佑に、こんな難しい状況を手助けしてくれるほどの友人はまだいなかった。何よりも、携帯はベッドの傍にある。

 ともかく部屋から脱出すればいいではないか。随分と時間が経過してから、そのことに思い至った。それで、自室なのに、まるで変質者か空き巣の心持ちになりながら、蒼佑は息を殺し足を忍ばせて、通り抜けようとしたのだが、試みる度に、まるで見計らったかのように謎の少女は寝返りをうったり、思わせぶりな寝息を零すものだから、蒼佑はびっくりしてベランダへ逃げ帰る羽目になっていた。

 その繰り返しに消耗して、ベランダの片隅で寝入って夜を明かし、状況が変わらないままに、今に至ってしまっている。

 苦悩する部屋の主を他所に、少女は未だにすやすや眠ったままで、惰眠を貪るのを愛する質の蒼佑からすれば羨ましいご身分であった。

「腹減った……」

 疲労と空腹から、自分から動き出す気力もなくなっていて、もういっそ早く目覚めてくれないかとすら願うようになっている。

 突如、インターフォンが鳴り響いた。

 不意打ちに、蒼佑の心臓が跳ね上がる。

 しかも、一度ならず、インターフォンは鳴るではないか。

 学校より無断欠席の連絡を受けた管理人か、それとも、担任が自ら訪問してきたのか。

 蒼佑が反応に困っていると、入れ替わりに扉が乱暴に叩かれ出した。

「こら、佐倉、佐倉、佐倉蒼佑! いるのは分かっているんだから出てきなさい! 居留守使うな、それか、電話ぐらい出ろ、電源切るな! 佐倉蒼佑!」

 少女の声であった。

「よりにもよって……」

 不躾な訪問者の正体に、瞬時に思い至り蒼佑は頭を抱える。

 居留守を決め込みたいが、相手は反応がないからと黙って引き下がる性格ではない。

「うーん……」

 扉越しの呼びかけに反応しているのか、金髪の少女が、もぞもぞと動き出した。

「またズル休みして! 親がいないからって、だらけるな!」

 扉を叩く音も、呼び掛けも、激しくなっていく。

「こら、寝ているのか!? 出てこないなら、踏み込むぞ。こっちは鍵だって借りてきているんだから!」

 狼狽した蒼佑は、そうとは気付かぬうちに、ほぼ丸一日かけても突破できずにいた部屋の中を駆け抜けていた。

 慌てて扉を開けると、実に見慣れた表情で肩を怒らせた立花真紀が立っていた。

「やっと出てきた! いるなら、とっとと出てきなさいよ!」

「な、何しに来たんだよ!」

「分かってるでしょ。あんた、今日も無断欠席したんだってね。これで二回目よ。分かっているの? 入学したばっかで、緩み過ぎよ」

「お、お前には関係ないだろ」

「そうじゃないから、こっちも迷惑しているの!」

 立花真紀とは小、中学校が同じいわば腐れ縁だった。そこへきて、蒼佑の母と真紀の母は親交があり、真紀もまた蒼佑の母に懐いていた。そのため学園島に進学するにあたって、母が余計なことを言ったがために、真に受けた真紀も律義にいらぬお節介を焼いてきている。男子寮に踏み込むという責任感だけでは不可能な干渉が出来るのは、真紀がこのマンションの管理人と親戚という蒼佑からすれば反則と言うしかない事情からだった。

「あんた、危機意識ある? あと一回で、親呼び出しよ」

「この前の時も散々注意されたから、分かっているよ」

「なら、なんで休んだの? どうせ徹夜でゲームか動画に夢中になって、寝坊したんでしょ!」

「そういうわけじゃ……」

「じゃ、今日の休みの理由は何? 見たところ病気でも怪我でもないようだけど。しっかりしてよね、あんたがずぼらだとこっちに面倒が降りかかってくるんだからさ!」

「反省しているよ。だから今日は……」

「ん、ん、うーん……」

 蒼佑の釈明に、背後から少女の艶めかしい吐息が重なった。

「……誰かいるの?」

 さして大きな声ではなかったのだが、真紀の耳にもしっかりと届いてしまったらしい。剣呑さが段違いになった。

「別に、そういうわけじゃ……」

 蒼佑の弁解をかき消すように、室内からどすんと何かが落ちた音と少女の小さな悲鳴がした。

「ちょっと、あんた、まさか!?」

 何かを察した真紀は、固まる蒼佑を押しのけるや豪胆にもずかずかと男の部屋に突撃をする。

「お、おい、勝手に入るな……」

 蒼佑は後を追うも、真紀は既に短い廊下の先で立ち尽くしている。

 同じ光景を目にして、蒼佑も言葉を失った。

 例の金髪の少女が、寝ぼけて落っこちたのだろう、ベッドの傍で腰をさすっていた。

 謎の光線が不要なぐらいには、絶妙な具合に大事なところは布団と髪で隠れていたが、何も身にまとっていないのは一目瞭然だった。

「た、立花さん、これは、これはですね……」

 動揺して畏まった口調になりながら蒼佑は説明しようとするが、物凄い勢いで振り返ってきた真紀に胸倉を掴まれて壁に押し付けられる。

「な、な、な、な、な、な、な」

 顔を真っ赤にして、口をパクパクさせてから、真紀はやっと言葉にした。

「何、あれっ!?」 

「苦しい……お、俺にも分からないんだよ」

「あんた、どこの誰かも知れない相手を連れ込んでいたの!? 何考えているの。寮に女を連れ込むなんて、一発で、退寮、退学、退去よ。馬鹿! 不良! スケベ!」

「待ってくれ。連れ込むなんてしてない」

「嘘吐くな、正直に言え!」

「ほ、本当なんだ。信じてくれ!」

「あれれぇ、ここはどこぉですかぁ?」

 やたらと緊張感のない寝惚けた声が、会話に割り込んできた。

 蒼佑と真紀が揃って見れば、目元を擦りながら金髪の少女が室内を見回している。

「信じられない! 拉致ったの!?」

「誤解だ。まぎれもなく誤解だ、潔白だ、無罪だ」

「この期に及んで、信じられるか。最低! 変態! 有罪!」

「ほんとに誤解なんだって。本当に俺は何もしてない、ほんとぉーにやましいことはない」

「何もしてないのなら、あれはなんだ!? 裸の女が勝手に押しかけてあんたのベッドにもぐりこんだとでも言うのか!」

「事実そうなんだよ」

「言い訳ならもっとましな嘘をつけぇぇぇっ!」

「あのぉ……」

 二人の言い合いに、またものんびりとした口調で金髪少女が加わる。

「もしかして、こちらのお部屋の方ですかぁ?」

 はだけかけた布団をまとった金髪の少女は、蒼佑と真紀を交互に見ながら尋ねてくる。

 流暢な日本語だった。地球の言葉であったことに驚くべきだろうか。

「こいつの部屋だけど、あなた、何をされたか、覚えてないの?」

 真紀は締め上げた蒼佑を少女の前に突き出す。

「はい、はじめましてですぅ。多分ですけど、むしろ感謝をしないといけないような……」

 金髪少女は気恥ずかし気に、自分の身体の無事を確かめ、ベッドや布団を見つつ答える。

「ほ、ほら……」

 蒼佑は不当な非難に対して精一杯の抗議をする。

「にわかには信じられないわ……」

 疑いを濃厚に漂わせながらも、真紀は蒼佑を解放する。

「ところで、あなたは誰なの? なんで、そんな恰好で、この部屋にいるの?」

「……誰? 私が、ですかぁ?」

「そう、名前。ユアネーム」

 真紀の問いに、緩い笑顔を浮かべていた金髪美少女は固まった。

「私はぁ……」

「うん」

「……えっとぉですねぇ、私の名前はぁ……うんとぉ……えーっとぉ……山田ぁ……山田太郎と言います。よろしくお願いします」

 緩いままの調子で名乗るや、金髪少女はぺこりと頭を下げてくる。

 数秒の沈黙を挟んで、蒼佑と真紀は溜まらず叫んでいた。

「嘘吐けぇ~~~!」


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