久世奏人その2
久世奏人その2
久世奏人は、宝樹遥華との関わりを例外とすれば、どこまでも普通の学生である。少なくとも、本人はそう認識しているし、世間的な評価もずれがない。ただ今時の若者にしては珍しいところもあって、携帯への依存度の低さがそれであった。昨日、見ず知らずのデブに理不尽に破壊されてしまった携帯を、ただちに修理に出さずに、そのまま帰宅してしまったのは、一日使えない不便よりも、住まいと反対方向にある店舗を訪ねる面倒の方を避けたかったからだ。店に近くいく用事もなければ、なお数日は放置していただろう。
それでいて、渋々ながらも翌日、修理に出向いたのは、厄介ごとを背負っているためである。店で代用の携帯を受け取って確認すれば、案の定、遥華と、それと同じくらいの確信があった学園島の意思から連絡が来ていた。どちらの連絡の内容も、これまた予想を外れるものではなかったが、他からの連絡で頭を抱える羽目になった。
空飛ぶ少女の関連の調査について、一介の高校生でしかない奏人の独力など限りがあり、さしたる当てもないので、以前、遥華の代わりに連絡窓口になったことがある、鷹濱大学の超常現象研究会に所属する学生に助力を頼むことにしたのだ。ところが、依頼の途中でぶつかってきたデブに携帯が踏まれた拍子に、依頼文が作成途中で送信されてしまっていたらしい。「お礼はできませんが」と伝えようとしたのが、「お礼が」で文が途切れていて、それを彼らが都合よく解釈してしまったのが、その返事で明らかになっていた。
これはまずい。早速、訂正を伝えなければ、と奏人は思ったのだが、今になって「お礼はできません」と言うのも、かなり躊躇いがある。上げて落とされて、やる気を根こそぎそいでしまう危険があった。正直は話、専門家でもない彼らにどれほども期待していない。ただ、ばっさり切り捨てて自分だけで調査するのは、いささか以上に心許ない。
もし、払う必要が生じても、遥華に言えば気前よく報酬を払ってはくれるであろう。ただ、その場合、余計なことを教えたと、学園島の意思や、何より恵美の心証を悪くしかねない。それは避けたかった。
ともあれ、超常現象研究会には進捗報告を求める連絡をする。それから、奏人はついさっき新たに来た恵美からの連絡を確認した。
「何をやっているんだ、あの人は……」
遥華が執務中に行方不明となって、その行き先の問い合わせに、奏人は呆れるしかない。
遥華が仕事を放り投げて、抜け出すのは初めてのことではない。だが、今は命を狙われて自重を求められているのではなかったか。
学園島では公的な警察力がかなり乏しいが、島のあちこちに監視カメラが配備されているだけでなく、保安局という自警組織があり、治安体制は十分に機能しているとのことである。昨日の一件を例外とすれば、実際、奏人も生活していて危険を感じたことはない。ただ監視カメラの方は、学生を囚人のように監視・管理下に置くことへの批判を回避するために設置場所には偏りがあるようだった。遥華はそれを把握しているようで、一度、姿をくらますと容易に捕まえられなくなるらしい。
奏人は試しに遥華に連絡してみるも、当然ながら応答がない。居場所を探られなくて、端末の電源を切っているのだろう。困ったお嬢様である。恵美には同情するしかない。
恵美に、遥華に連絡しても反応がないことと行方が分かったら報せることを伝えると、奏人は、昨夜、事故があったというファミレスに行ってみることにした。学園島の意思からの連絡では、どうもただの事故ではないらしく、空飛ぶ少女との関連があるかもしれないので調査しろとのことであった。面倒な依頼である。だが、無視するわけにもいかない。
奏人が指示に素直に従った理由の一つに、事故の現場が携帯の店から歩いて数分の距離にあったのもある。到着してみれば、店舗は営業しておらず、窓にはでかでかとビニールシートが張られていて、事故の痛々しい痕跡は観ることができた。
しかし、他に注目するべきものはといえば見当たらない。もし、学園島の意思の推測通りに、この件が空飛ぶ少女と関係があるとしたら、店を訪れていた可能性が高い。試しにネットで事故に関する情報をさらっていたら、発生時に原因不明の発光があったとの情報があった。何か関係があるのかもしれないが、事故から既に半日以上経過していては調べようもない。一応、聞き込みでもしてみようか。どれほどの意味もないだろうが、少なくとも、調査のために努力したと言えるぐらいのことはしておいた方がいいと思う。
さて、誰に聞いてみようかと奏人が周囲を見回していたら、向かいからやってきた少女と目が合った。
「あっ……」
呟いたのは、彼女の方だった。
相手の反応に、一呼吸置いて、奏人も彼女の顔と記憶が繋がる。昨日ぶつかった女性だ。
「どうも」
半ば反射的に、奏人は挨拶をしてみる。
「あれ?」
「はい?」
「携帯、昨日とは違うよね?」
彼女は目敏く気付いてきた。
「壊れて。さっき修理に出したばっかりで、これは代わりの」
「私が原因?」
「全然、違う。あのすぐ後にまた別の人にぶつかってっていうか、ぶつかられて、その人に思いっきり踏まれたんだ」
「そっか、ついてないね」
彼女は事故現場のファミレスをちらっと見ると尋ねてきた。
「ここで、何をしているの?」
「ちょっと、調べものっていうか」
「もしかして、空飛ぶ少女?」
「まあ、そんなところ」
自分が持っていた携帯も覚えていたぐらいだから、送ろうとしたメッセージの内容を覚えているのも当然か。奏人は微妙な気恥ずかしさを覚えつつ肯定する。
「本当の話だったんだ」
「えっ?」
思わず奏人が少女の顔を見返すと、からかいの表情ではなかった。
「こっちの話。それより、何か分かった?」
「何も。今来たばかりだったし」
「昨夜、ここで事故あったんだよね。何か関係あったりする?」
「え、なんで?」
「変な光り方していたから」
さらっと答えられたが、奏人は驚いた。
「ひょっとして、事故を目撃した人?」
「遠くからだけど。ぱあっと光ったのを目にしただけ」
彼女が指差したのは、島でも高級で知られるホテルだった。
「ここに来たのって……?」
「ニュースでは事故とだけしかやってないから、何となく気になって」
暇潰しで来たといった軽い調子で、彼女は答えてから、奏人が想定してなかった問いを向けてくる。
「それで、どうするの?」
「えっ?」
「事故の跡だけ見てても、何も分からないでしょ」
「まあ、そうなんだけどね……えっと、聞いておきたいことがあるっていうか……」
「私はリナ、そっちは?」
「久世奏人だけど」
「よろしく」
「え、あ、よろしく……」
応じてから、あまりに滑らかに話が次に進んでいたことに、奏人はやっと気づいた。
「え、え、えっ!?」
「いきなり変な声出してどうしたの?」
「いやだって……」
どうも、リナと名乗る少女は、自分の「調査」に同行する気らしいのだ。彼女の様子を見る限り、とてもこの手の謎が好きなようには見えない。となれば、いかなる事情や魂胆があってのことか。疑問が幾つも浮かんだが、奏人は呑み込むことにした。単純に、引き続きの調査を一人で続けるのは面倒だった。理由はどうあれ、よく知らないとはいえ、手伝ってくれる人、それも、同年代の少女なのはありがたかった。あれこれ質問して、機嫌を損ねるようなことは避けたい。
「じゃあ、調査でもやりますか」
意識しないが、奏人はいささか弾んだ声で言いながら、次にとるべき行動に思いを巡らせて改めて周囲を見回した。




