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学園島狂詩曲  作者: 水鏡
11/16

荒野エリナその2

 観光客のように島内を巡ってから、荒野エリナは滞在先のホテルに戻った。

 部屋で休息していたら、マネージャーの椎名から呼び出されたので、ホテル内のレストランに向かう。

 教えられた卓に行くと、少し顔を赤らめた椎名がいた。卓上にはワインが置かれている。

「先にやらせてもらっているぞ」

「いいご身分ね」

「そう言うなよ。島に着いたばかりだ。焦ってもしょうがないだろ」

 エリナの嫌味に、すっかり寛いでいる椎名はさして堪えもせず、グラスを傾ける。

 さりげなく周囲を窺うエリナに、ワインを飲み干した椎名は頷いて見せた。店内は植物や囲いで個室のような配慮がされていて、近隣の卓の会話もあまり聞こえてこない。だらけていても、最低限のことは忘れていないらしい。

 エリナは呆れの成分を表に出すのを控え目にして、向かいに座る。

「有名になるのも考えものだな。下手に部屋で打ち合わせでもしようものなら、いらぬ醜聞に発展しかねない。マネージャーとの恋愛疑惑なんて、飛躍中の歌手には致命的だからな」

「どうでもいいでしょ。歌手になったのなんて、成り行きなんだから」

「そんなこと言ってくれるなよ、お前はうちの稼ぎ頭なんだぜ」

「すっかり業界人の言葉ね」

「そりゃ、俺はお前のマネージャーだからな」

 エリナの棘のある言葉に、椎名はしれっと答える。この仕事をする前は、「なんで俺がそんな七面倒なことを」と散々ぼやいていたのが嘘みたいだ。

「だらけているだけなら、こんなに早く来なくても、当日で良かったじゃない」

 表向きはオフでありながら、彼女たちが常になく逸早く現地入りしたのは、所属する組織から課された任務を果たすためであった。

 抜群の歌唱力を持つ、ミステリアスな新人歌手と、特に一部のアニメファンから熱狂的な支持を受けている荒野エリナが、闇の世界に入ったのは、なんてことはない、代々の家業だったからだ。

 ところが、三年前、とあるメディアへの潜入工作がエリナと組織の運命を激変させた。任務のための易い手段として、形だけの芸能事務所とデモテープを作って、新人歌手として、エリナを潜入対象の会社で行われたオーディションに参加させたら、なんと合格してしまったのだ。しかも、アニメの主題歌の歌手に起用されるや、作品とともに、あれよあれよという間に人気歌手の階段を昇ってしまった。突如、出現したドル箱に、組織も驚くばかりだった。仮初のはずの事務所は、今やエリナを売り出すことに本気になっていて、それどころか即席弱小の癖に、次の歌姫の発掘すら企てているらしい。

「中央管理ビルに、行ったんだろ。どうだった?」

「どうもこうも、普通の観光名所よ。見物客が大勢いて、お店があって、そこそこ賑やか」

 注文したフルーツジュースが来ると、エリナは少し飲んで喉を潤す。

「あと、普段はどうか知らないけど、どことなく警戒している感じがあった」

「連中も馬鹿じゃないってことかな」

「どういうこと?」

「今回の下準備のために使った、パシリがかぎつけられてな、片付けがてら、番犬の餌になってもらったんだ」

 言わんとするところを、エリナはただちに理解した。要するに、下請けをやらせた別組織を警察に売ったのだろう。

「それで安心してくれず、女王様はお城に籠ったまま。外出予定も全て断っているらしい」

 女王様にお城とは、的確な比喩とエリナは思う。そして、今回、エリナたちに課された任務が、宝樹遥華の暗殺であった。

「当てが外れたってことよね?」

 ライブ当日までに厄介な仕事を片付けておきたい、と提案したのは椎名である。

「そうでもないさ。機会はある」

「無理をする必要があるの?」

「俺は夏休みの宿題も先に片づけていた質でね。これも一緒さ」

「へえ、すごく意外」

 皮肉気に応じたエリナは探るように相方の顔を見る。

 エリナの歌手として成功は、組織に多大な利益をもたらしているが、反面、望外の金銭と名声は、守旧的なお偉方から、堕落に繋がると面白く思われていなかった。今回、エリナたちに宝樹遥華の暗殺を命じたのも、そうした背景があるのだろう。

 はっきり口にこそ出しはしないが、椎名はどうも、ライブを台無しにする任務が不満らしい。当のエリナは歌手活動などに固執はしておらず、今後に支障が出たとしても、それまでで、むしろ追っ掛けに煩わされずに済むからありがたいとすら思っている。もっとも、エリナとて、組織の大義など妄信もしていない。

「だけど、それだと、ライブにも出てこないんじゃないの?」

「そっちは確約が取れた。同行者の追加付きでな」

「……恋人?」

「知り合いの学生って話だ。なんであれ、女王様はかなり楽しみにしているようだ。オタク系の趣味があるって噂は本当だったんだな」

「なら、やっぱり」

 ライブ当日にやるのか、とエリナは目線のみで問いを続ける。

「こっちに任せてくれ。一先ず余計なことは気にせずライブに集中してくれればいい」

「当日のことだけ考えておくわ」

「ああ、それでいい」

 エリナの不分明な物言いを、椎名はあえて質そうとせずただ頷いた。

「そういえば、ちょっと気になったことがあるんだけど」

「なんだ?」

「ライブの演出って、外部に漏れていたりする?」

「まあ、照明、演出、大道具、どれも外注だからな。携わる人間はそれなりに知っている」

「一般には?」

「漏れてないんじゃないか。どうかしたか?」

「中央管理ビルに行った時のことなんだけど」

 そこで出会った少年が、空飛ぶ少女に関する情報を求めていたのを、エリナは伝える。今回のライブで、エリナを有名にしたアニメのOPを歌うにあたって、エリナ自身が天使を想起させる空中を舞う演出になっているのだが、それが漏れているのかも、と少々、気になったのだ。

演出の秘匿性より、無遠慮に自身に関することを探られるのが、エリナは好きではなかった。しかも、今回は本命の任務にも関わる。

「守秘義務はあるが、違反したからって殺されるわけじゃないからな。多少は漏れているかもしれない。たとえそうであっても、気にするほどじゃないさ。珍しくでかい山で、緊張しているのか?」

「まさか」

「少しぐらい気負ってくれた方が、こっちとしても仕事のしがいがあるんだけどな」

 どっちの仕事のことだ、と思うも、エリナもまた口には出さない。

「初めての本格ライブってことで、ファンもかなり期待している。楽しみですってメッセージが連日、大量にきている。ほら、心病んでるっぽい中学生も、わざわざ島に来るってよ。『島に行くのは不安ばかりだけど、エリナさんに会いたいから、頑張って、友達といきます』だってよ。たまには何か返してみないか?」

「そっちの仕事でしょ」

 椎名が携帯の画面を見せてくるが、エリナは冷淡に一瞥するだけだった。SNS対応なども椎名に任せっぱなしである。レコード会社が、神秘性を売りにしたいと言ってくれたのは、心底、ありがたかった。もし、一般的なアイドル路線だったなら、エリナは一ヵ月とせずに歌手を辞めていただろう。

「たまには画像の一つでもあげてみるか。ここからの夜景とか」

「酔ってるの? 下手したら島に来ているのがばれるでしょ」

 世の中には、一見して特徴がなさそうな風景から、どこの場所かを割りだしてしまう執拗な人間がいる。芸能ファンには特にそうした偏った熱意を持つ人間がいるのを、歌手となってからエリナも、嫌でも認識せねばならなかった。

「おっと、そうだな。思ったより、酔ってるな」

「しっかりしてよ」

 エリナは苦言を呈する。こんな体たらくでは幹部の老人たちに何を言われるか。

 溜息を吐く代わりに、エリナは窓外へ視線を外す。丁度その時、市街の一角が、眩く光った。あまりに不自然な発光で、テロかと思い椎名を見るも、携帯の操作に意識を奪われていて気付いた様子はない。

 光は徐々に収まっていき、爆発であったならば伴うはずの火災も煙もいつまで経っても出てこなかった。

 何だったのだろう。今後の歌手活動について語りだした椎名からの逃避が働いて、エリナは些末なはずの疑問に思いを巡らせた。


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