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学園島狂詩曲  作者: 水鏡
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佐倉蒼佑その2

 佐倉蒼佑その2


 蒼佑が思っていたよりも、真紀は物分かりが良かった。

 とにかく事情を聞くとしよう。ただ、ここでは自分は長居できないから、とりあえずは落ち着ける場所へ移る。逸早く冷静になるや、そう提案してきたのだ。蒼佑に異論などあるはずがなく、それで、取り急ぎ真紀の手で、寝惚け眼の少女を蒼佑の服で男装させると、近場のファミレスへと移動したわけである。

 卓について、蒼佑はやっと一息吐けたが、そのわずかな暇も真紀の睨みによって妨げられる。ファミレスに向かう間に、蒼佑はかいつまんで事情を説明したのだけれども、「彼女に確かめれば、それが嘘か本当か分かるから」と露骨に信じてない反応をされていた。

「えっと、山田……さん」

 蒼佑との間で幾度かの無言の応酬を経て、焦れた真紀が、二人の心情など露知らずといった様子で興味深げに店内を見回す少女に話しかける。

「はい、山田太郎ですよ?」

 躊躇いもなく応じられて、真紀は困ったような表情をする。

 国際交流が活発化して早数十年、日本でも、今や、黒髪と黒目、黄色系の肌とは異なる外見ながらも、純和風の名前を持ち、日本語しか話せない日本人はそれなりにいる。だから、謎の金髪少女の苗字が、山田だろうが田中だろうが、それだけで、蒼佑も真紀もただちに嘘と断じるつもりはないのだけれど……。

「太郎って、男の名よ!」

 最初の名乗りの時に、叫んだのに続いて真紀が即座にツッコミを入れてはいた。

 すると、金髪少女はしばし固まるや、思わぬ反応をしてきた。

「……わ、私は、山田……太郎……、山田太郎なんです。そうに決まっているんです。だって、私がそう名乗っているんだから。私が山田太郎と名乗っている以上は山田太郎なんですよ!」

 まさかの強弁である。

 可憐な見掛けに反しての頑固さを前にして、蒼佑も真紀もこの点で争うことへの徒労を早々に悟らざるを得なかった。

「私は山田太郎ですよ?」

「あ、う、うん、そう、みたいだね……」

 屈託ない再三の名乗りに、真紀は、挫かれた矛先を蒼佑に向けた。

 やっぱり、お前がやれ。

「……あの、山田さん」

 あっさり押し切られた蒼佑が役目を交代する。

「はい、私は山田太郎ですよ?」

「うん、もう名前は、分かったから。選挙運動じゃないから、連呼しなくてもいいよ」

「はい、分かりました」

「それで、ね」

「はい、なんです?」

「えっと……」

 山田さんは、日本人なの? どこから来たの? この島の学生さん? それとも、旅行で来た人? どうして、空から降ってきたの? そもそも人間ですか? どさくさ紛れだけどバストのサイズは? 聞きたいことはいっぱいあるのに、どうにも気後れしてしまう。

 ぐう、と盛大に腹の虫が鳴った。

 音源は山田さんで、餌を待ち侘びる子犬みたいな表情は、十分に圧力があった。

「先に何か注文しようか……」

 腰砕けになった蒼佑の足を、真紀が蹴ってくる。

「仕方ないだろ、俺だって、ずっと食べてなくて腹減ってんだから」

 偽りではない。朝も昼もないまま来ているのだ。食事のための空間で、なお我慢を強いられるのは、蒼佑にとっても拷問である。

「私、お腹ぺこぺこなんですよぉ。えっとぉ、食べたいものは、これを押せばいいんですか?」

 素直に喜びの反応をしてきた山田さんは、卓上にある注文画面を覗き込むや、楽し気に料理を選んでは、遠慮なくボタンを押していく。

 そんな山田さんを横目で見ながら、真紀が蒼佑に顔を寄せてきた。

「言っておくけど、私は出さないからね!」

「え、なんで!?」

「当たり前じゃないっ!」

「今月、金欠具合がやばいんだって。まずいんだって」

「どうせ、ゲーム課金とかが原因でしょ!?」

「そ、それは一因として否定はできないんだけど……」

「自業自得じゃないの! あの子のことも含めて」

「だから、何度も言うが、山田さんのことは俺のせいじゃなくて……」

 切実なやりとりをしている合間にも、注文した料理が続々と運ばれてくる。分かってはいたが、かなりの量であった。

「わあ! 美味しそうです! 頂きますぅ!」

 並べられた料理を前に、瞳を爛々と輝かせた山田さんは早速、貪りだした。

「あの、山田さん……」

「ふぁい?」

「えっと……」

 リスのように頬を膨らませた山田に、蒼佑は力なく首を横に振った。

 お金持っているよね? 一糸まとわぬ姿で部屋に飛来してきた彼女には愚問であった。

 今月のこれからの生活を考えると頭痛しかないが、蒼佑の前にも、自分が注文したハンバーグセットが到着しており、現状での切実な問題である空腹を片づけることにした。

 しばし、夢中で食事をして、幸福感をも味わっていた蒼佑であったが、さっさとパスタを片付けた真紀に、脇腹を突かれる。

「分かってるって」

 蒼佑は意を決して、男の自分ですら驚く食欲をなお旺盛に発揮している山田さんを再び見た。

「あの、山田さん」

「はひ?」

「ああ、呑み込んでからでいいから」

 食べ終わってから、と言いかけるも、真紀に睨まれたのと、何より山田さんがいつ食べ終わるか分かったものではない。

「なんですか?」

 呑み込んだ山田さんは純真な眼差しを向けてくる。

「名前の他に、山田さんのことを教えてほしいんだけどさ……この島の学生? なら、学校はどこ? ってより、どこから来たの? なんで俺の部屋にいたのか分かる?」

 自分が連れ込んだのではない、と言外で強調しながら、蒼佑は思い付くまま尋ねてみる。

 それはですねえ、と山田さんは言いかけて、またも固まった。

「どうしたの?」

「……よく思い出せません」

「え、なんで?」

「何か大事なことがあったんです。そのためにここに来たはずなのですけれど……そう言えば、なんだか頭のこの辺りが起きた時から、ずっとズキズキしてます……」

 さして深刻さもなく、山田さんは自身の後頭部を触れながら答える。

「ちょっと蒼佑、まさかこれって……」

 記憶喪失……?

 蒼佑と真紀は茫然とした顔になって互いに見合わせた。

「本当にどこの、誰かも分からないの?」

「はい……」

 真紀の問いに、少しばかり申し訳なさそうに答えてから、山田さんは続ける。

「あ、でも、山田太郎って、名前は本当ですよ?」

 それは間違いなく嘘だよね、と蒼佑は言いたくなるのを寸前で堪える。ふざけた答えであるが、山田さんの態度には悪意が感じられない。

「ちょっと、どう思う?」

 真紀が当惑しきって、囁いてきた。

「分からないよ」

「ベッドから落ちた拍子に頭をどこかにぶつけたとか? それとも、あんた何かした?」

「してないしてない! あと、ベッドから落ちてもあんな高さじゃ、記憶は飛ばないだろ。部屋に来る前に何かあったんじゃ……?」

「だとしても、どうするの?」

「こっちが聞きたいよ」

「あんたが連れてきたんでしょ!?」

「だから、違うって。山田さんに聞けばはっきりするよ。ねえ、山田さんは空から……」

 蒼佑が言いかけようとしたら、隣の卓から驚きの声がした。ついそちらを見れば、大学生らしき男たちが卓を囲んでいて、一人が自身の携帯を覗き込んでいた。

「どうした?」

 向かいの問いかけに、男はにんまりした顔になった。

「金になりそうな話が来たぞ」

「なんだ? 俺にも教えろよ」

「空から降ってきた女に関する情報が金になるんだと」

 蒼佑と真紀はまたも互いに顔を見合わせる

 それが聞こえているのかいないのか、うんうん唸っていた山田さんがぱっと顔を上げた。

「あ、そうでした、そうでした!」

 思い出したのか。蒼佑たちは期待を寄せるも、山田さんが何か言いかけたのを遮るように近くの席から男の叫び声がした。

「佳幸、伏せろぉ!」

 直後、店に車が突っ込んできて、蒼佑の視界は眩い光に覆われた。


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