第6章 : シャーロット・宮島による幕間劇と物語…
◆◇◆
携帯電話というものは、お子さんにとって危険な代物です。それは、子どもの発達を遅らせる要因にもなり得るのです。
それが、今日の朝八時の討論番組の宣伝文句だった。お父様がいつも、仕事に向かう車の中でラジオで聴いている番組だ。
皆さん、こんにちは。私、シャーロットです。シャーロット・宮島。改めて自己紹介するなら、私は西尾くんのクラスメイトです。
私は、小学三年生の中で――いいえ、福岡の小学校全体の中でも、一番目立つ女の子です。
私は日独ハーフです。父は日本人で、母はドイツ人です。
父は軍事兵器研究に関連する企業グループで働いています。しかも昔は、日本のある部隊の指揮官まで務めていたそうです。
けれど、自分の権限を使って、研究部門への異動を選んだのです。
母は、ヨーロッパの首都でよく見かけるような、ごく普通の女性です。以前はファッション業界で働いていましたが、それほど有名になったわけではありません。
私自身は、いわゆる「お嬢様」と呼べる存在だとは思います。でも実際のところ、そんなに甘やかされて育ったわけではないので、そこはご安心ください。
私の生活のほとんどは、クラスの友達と遊ぶことです。最初は小学三年生のときに転校してきた身で、うちの家庭ではそれはごく普通のことでした。
父はヨーロッパ方面へ出張することが多く、世界中あちこちに行くこともよくあります。そのために、私は父について何度も転校を繰り返さなければならず、友達と深い関係を築く時間があまりありませんでした。
でも父が日本に戻ってきたとき、彼はこう言いました――今は日本での仕事がとても多いから、この先三年くらいはここにいることになりそうだと。それはちょうど、小学校を卒業する時期と重なっていて、それで私はできるだけたくさん友達を作りたいと思いました。
でも実際に転校してみると、みんなが私と仲良くなりたがってくれて、正直かなり驚きました。最初は、どうしてこんなに私に注目してくれるんだろうと思っていましたが、あとになって分かったのは、みんなハーフの子を見たことがなかったから、というだけのことでした。
金髪に青い目、可愛らしい顔立ち(と西尾くんが言っていました)。どう見ても目立ってしまう。でも、私は何度も転校していて、しかもただの転校ではなく、世界の違う地域への転校だったので、こういう「有名人」扱いにあまり慣れていませんでした。しかも日本語もあまり得意ではなくて、正直に言うと、あの頃話せたのは「こんにちは」だけでした。
そして、あのとき――
◆◇◆
「Hallo, Miss. Haben Sie Probleme? Willst du, dass ich dir helfe?(こんにちは、お嬢さん。困ってる? 手伝おうか?)」
ドイツ語
「Ja, es ist wirklich schwierig. Ich kann nicht mit jedem reden……えっ!!!(はい、本当に大変です。誰とも話せなくて……えっ!!!)」
そこに、彼が現れた……見た目はごく普通の男の子だけれど、どこか大人びた雰囲気を持っていて、しかも……その表情は、少し女好きっぽい感じさえした。
西尾くんだった。
でも正直に言うと、あのとき私は本当に衝撃を受けた。誰が想像できただろうか、小学三年生の子がドイツ語を話せるなんて。しかも発音まで、まるでネイティブみたいだった。
「你还习惯上学吗?(学校にはもう慣れた?)」
中国語
今度は標準中国語?
でもこれくらいなら私も話せる。
「我开始习惯了。但还有很多事情我还不熟悉。(少しずつ慣れてきました。でも、まだ慣れないことがたくさんあります)」
「Quindi lascia che ti aiuti. Dopotutto eravamo nella stessa stanza.(じゃあ、僕が手伝うよ。せっかく同じクラスなんだし)」
イタリア語
今度はイタリア語。しかもかなり上手だ。
「매우 감사합니다 도와주세요.(本当にありがとうございます。よろしくお願いします)」
韓国語
でもごめんなさい、私はイタリア語は話せない……聞き取るだけなら分かるけど。とりあえず韓国語で返しておこう。
「그래서 저는 너무 행복해요.(そうなんだ、すごく嬉しいよ)」
話せるんだ!!! この人、歩く語学辞典なの? すごすぎる。でも――いや、何と言えばいいのか。この人、言語の使い方がすごく無駄が多い。一文ごとに違う言語を使うなんて。
それが、西尾くんとの初めての出会い。日本で最初にできた、私の友達だった。
◆◇◆
「最初の友達」とは言ったものの、最近はあまり彼と話していない。
喧嘩をしたとか、そういうわけでは全然ない。ただ、私はいつも別のグループの子たちと一緒にいることが多かったからだ。
ひどい話だと言われても仕方がない。転校してきたばかりの頃、色々話しかけてくれて、学校を案内してくれた人たちがいたのに、いざ自分で友達を見つけて、学校に慣れてくると、その人たちのことを忘れてしまうことだってある。
でも、彼にあまり話しかけなかったもう一つの理由は――彼が、あまりにも「格が違いすぎる」人だったからだ。もし私が、周りが両手を広げて受け入れてくれるような「有名人」タイプだとしたら、彼は――近づこうとしているのに、周りが恐れて近づけないタイプ。誰も彼と肩を並べられる人はいなくて、だからこそ彼はいつも孤独だった。
彼の周りの雰囲気は、はっきり言って、北原さんよりもさらに近寄りがたいものだった。あの頃、北原さんはまだ、ただ勉強だけに一生懸命な、もう一人の子どもに過ぎなかったのに。
彼は、普通の子どもよりもずっと賢くて(少なくとも私の目にはそう見えた)、性格もかなりふざけたところがある。その強烈な圧を受け止めきれなくて、私は少しずつ距離を置くようになった。
そのあと、前の学級委員長が別の学校に転校していって、北原さんと西尾くんが、その頃から学級委員長になった。
それで、私たちクラスメイトは、ますますあの二人に近づきにくくなってしまった。
でも今では、彼らも私たちともっと関わるようになってきている。北原さんは誰に対しても優しいし、西尾くんも(女の子にだけだけど)紳士的な振る舞いをするようになった。
どう言えばいいだろう。あの二人が並んで歩いているのを見るたびに、なんだかこの二人は将来、リーダーか何かになりそうだなって感じる。二人が一緒にいるときはいつも、完璧なオーラみたいなものが漂っていて、私はよく「ああ……あの二人、お似合いだなあ」なんて思ってしまう。
その後、内気だった九依奈さんも、まるで別人みたいに変わった。西尾くんのグループに入るようになったからだ。それから、いろはちゃんみたいに、彼らに近づく人も増えてきた。ずっと彼を見てきた私としては、ようやく彼に近づく人が現れたことが、本当に嬉しかった。
私も……もう一度、彼に近づいてみようかな。みんなはどう思う? 私にできると思う?
Q: それでどうするつもりなの?
A: 今考えてるところ。また話しかけてみようかなって。
Q: 話しかけたら、彼はあなたをグループに入れてくれると思う?
A: 大丈夫。だって私、すごく可愛いもの。これだけで、きっと入れてくれるはず。
彼がどんな人か、忘れちゃだめよ。私が甘えた目で見つめるだけで、喜んで身を捧げてくれるくらいなんだから……あっ!!!! そういえば、今日私が何をしているか、まだ話してなかったっけ。
◆◇◆
今日、私は東京に向かっているところ。今は父のコレクションの一つである高級車に乗っている。
もちろん運転しているのは父ではなく、専属の運転手さんだ。
今日は急な出張だった。昨日の夕食のとき、公園から帰ってきたあとに、父が急に、今日は東京の視察に連れて行くと言い出したのだ。
でも勘違いしないでほしい。父が私を自分の仕事の分野で働かせようとしているわけじゃない。むしろ、父としては、仕事というものについて学ばせたいんだと思う。
本当にせっかちな人だと思う。
そんな話をしているうちに、車は東京に着いてしまった。
目の前にあるのは、どう見ても人間が建てたとは思えないような高層ビルだった。
私はゆっくりと車から降りた。運転手さんがドアを開けて、まず父が降り、それから私が続いた。
「さて」
ずっと討論番組を静かに聴いていた父が、口を開いた。
「言わなくても分かってるとは思うが、公的な場所ではどう振る舞うべきか」
「静かに落ち着いて、相手の話をよく聞いて、分からないことは質問する、です」
「よろしい。それともう一つ」
父は私の前に来て、ネクタイを整え直してくれた。今日は視察ということで、私はジュニア版のビジネススーツを着ていた。
「初対面での印象を保つことも、同じくらい大切なことだ」
「はい」
この人は相変わらず厳しい。
そして、そのビルに入ろうとしたとき――
ブブッ、ブブッ、とメッセージの音が鳴った。私は父のほうを見て、確認を求めた。
「さっさと片付けなさい。中に入ったら電話は切るように」
「承知しました」
私は父に敬礼のような仕草をして答えた。
(ねえねえ、シャーロットちゃん……今日、僕と遊びに行かない?)
えっ!! 西尾くん!!! どうしてこんなタイミングで。待って、さっき自分から近づこうって考えてたばかりなのに、どうして向こうから声をかけてくるほうが先になっちゃうの。しかも……遊びに誘ってくれるなんて。本当? 私みたいな人間が、しばらく話していなかった友達と遊びに行くチャンスをもらえるなんて。嬉しい。
あ……いや、今は無理だ。父を長く待たせるわけにもいかない。今回は断らないと。
「あ……ごめんなさい。今日は父にゴルフと東京での商談に連れてこられてて、今日は空いてないんです」
このゴルフというのは、父がどうしても私に教えたいと思っている活動の一つで、今回ここに連れてこられた理由の一つでもある。
(そ……そっか)
私は急いで電話を切って、父と一緒にビルの中に入った。
このビルの内装は、未来的な建物というような雰囲気だった。
右側には受付のお姉さんの机があって、左側にはソファ席が並んでいる。上を見上げると、上の階が少し張り出していて、ビル中に窓ガラスが見える構造になっていた。
父は、家を出たときと同じように、せかせかとした様子でビルの中に入っていった。受付のお姉さんが父に挨拶をして、父もそれに応じた。私はその後ろについて歩きながら、部外者として、このビルでの用件を記入するために署名をした。
「あら……あなたは……」
「私……シャーロットといいます。今日は父と一緒に来ました」
「ああ……シャーロットちゃんね。宮島健太さんの娘さんね。今日はどんな用事で?」
「はい……今日は父の視察に付いてきました」
「厳しいのね……まあいいわ、ここと、ここと、ここに記入してね。保護者の名前と、目的を忘れないでね」
「はい」
この人、思ったより話しやすい。普段の私は、知らない人とのやり取りがあまり得意じゃない。ほとんどいつも友達とばかり一緒にいるから。用事がなければ、自分から話しかけることもない。
つまりこれが、他人と仕事をするうえでの、最初の関門――会話、というわけだ。
「ありがとうございます」
私は受付のお姉さんにお礼を言って、応接スペースで待っていた父のもとへ歩いていった。
「事務所の人との会話は合格だ。それと、忘れるな。毎日会う人との関係も、大事にしなければいけない」
「分かりました」
「行こうか」
毎日会う人との関係を作る、か……。簡単そうに聞こえるけど、実際はなかなか難しい。私にとっては特に、知らない人が相手だとなおさらだ。
そういえば、西尾くんって、私にとって「知らない人」なのかな。かつて私が、彼から逃げるように離れていった、あの人。
そして彼にとって……私は「知らない人」なのかな。
ずっと自分が気にかけてきた相手なのに、結局は置き去りにされて、相手だけが幸せになって、自分だけが孤独で辛い思いをするなんて。
もしかしたら私って……最低な人間なのかもしれない。
「ねえ……中上、何か食べに行かない?」
「行こう、ちょうどお腹すいてたんだ」
一組の男女が、私の前を通り過ぎていった。
きっと、すごく仲のいい友達なんだろうな。喧嘩したことなんてあるのかな。
「健太さん……もう着かれてたんですか」
急に、誰かが父に声をかけてきた。おそらく同僚だろう。
「うん……何かあったか」
その人は父の耳元に何かをささやいた。もちろん、私には聞こえなかった。
「シャルちゃん……」
それは、母が私をよく呼ぶ愛称だった。家にいるとき、たまに父も同じようにこの名前で呼ぶことがある。
「今日は会議があってね。中には入れられないから、先に何か時間をつぶしておいて。携帯を使ってもいいよ」
「そうなんですね」
「行ってくるよ」
「いってらっしゃい」
そう言って、私はその同僚の方にお辞儀をした。
◆◇◆
「はあ……」
ビルの中をひととおり歩き回ったあと、私はビル内の社員食堂にたどり着いた。
ここの食堂は、五つ星ホテルの社員食堂とだいたい同じような感じで、特に変わったところはなかったけれど、ここの食事は無料で提供されていた。
私はトレーを受け取った。ご飯、お肉、から揚げ、サラダ、ソーセージ、目玉焼きが載っている。正直、この一食で夕方までお腹いっぱいになりそうだった。席を探すと、幸い今はまだ社員のお昼休みの時間帯ではなかったので、人はまばらだった。
父から携帯を使っていいと言われたので、電源を入れた。
そして、それを見てしまった……着信履歴。同じ番号からの表示が、何百件もの不在着信として並んでいた。
背筋がぞっとする感覚が、一気に私を襲った。
それでも……なんとか食事を続けようとした。あまり喉を通らなかったけれど。
もしこんなふうに何百件も電話がかかってくるなら、きっと子どもを狙うような変質者に違いない。でも、もしこれがつい最近始まったことだとしたら、犯人はきっと近くにいる。まず私は助けを求めなければいけない。それも、絶対に信頼できる人に。
そうだ……受付のお姉さんだ。
でも彼女は一階の入口にいて、今の私は五階にいる。相手に気づかれないよう、少しずつ動かなければ。
私は冷たい水を飲んで、トレーを片付けた。
それから出口に向かって歩き出した。
幸い、まだ人の行き来がある方だった。かかってきた番号に見覚えはなかったけれど、もしかしたら誰かが番号を変えたと知らせようとしているのかもしれない、と思った。
私は何度か折り返してみた……。
でも、誰も出なかった。
もう、知り合いからの電話ではないことは、はっきりした。私は急いでエレベーターに向かおうとしたが、このビルはかなりの高層で、エレベーターを待つには時間がかかりすぎた。
そのとき、私は感じた……誰かが、私の後ろをついてきている。私は携帯の画面を鏡代わりにして、気づかれないようにこっそり後ろを確認した。それは、スーツを着た、はっきりと顔の見える若い男だった。
彼は、私を見つめていた……あまり思い出したくないような目つきで。
その人は……さっき父の耳元で何かをささやいていた、あの同僚だった。
彼はどんどん歩調を速めてきた。私も歩調を速めた。
私は急いで階段を降りて、一階へ向かおうとした。
だが……彼は素早く走って追いついてきて、振り返った拍子に、私は階段を踏み外して転んでしまった。幸い、大きな怪我にはならなかった。
彼は立ち止まった……無表情な顔で……あの気味の悪い目で……私の脚のあたりをじっと見つめている。
彼はどんどん近づいてくる。私は立ち上がろうとしたけれど、さっき階段で転んだせいで、うまく立ち上がれなかった。
彼は近づいてくる……
どんどん、近づいてくる……
「なあ……お前さ」
彼は私にそう言った。
「恋人、いる?」
「……いません」
「じゃあ……今から教えてあげようか」
「やめて!!!!!」
彼は私に襲いかかり……体を押さえつけてきた。
――ここから先の詳しい描写は控えるが、彼は私の体に手をかけようとした。
「やめて!!!!!」
私は抵抗しようとしたけれど、子どもの力ではどうすることもできなかった。
「まあまあ……大きくなったらどうせ恋人に使うんだから。今日はすごく親切に、教えてあげようとしてるだけなんだよ。感謝してほしいくらいだね」
声が震え始めた。嫌だ……。
こんなところで終わるわけにはいかない!
「うわあああ!!!!!!」
その瞬間、その変質者は、思い切り顔を蹴られた。
「大丈夫?」
そう言って助けに来てくれたのは、あの受付のお姉さんだった。
「なんだ……くそ……せっかく……」
「もうしなくていいわよ。だって、今度はあんたが叩きのめされる番だから」
言い終えると、その変質者は慌ててお姉さんに殴りかかろうとしたが、お姉さんはそれをかわし、彼の顔に一撃を叩き込んで気絶させた。
「立てる?」
「……無理です」
「じゃあ、おんぶしていくね」
◆◇◆
今回の物語の結論。
その変質者は、十三歳未満の女児に対する性的暴行未遂の容疑で逮捕された。どうやら彼は、これが初めてではなく、過去にも七回以上同様のことをしていたらしい。その後、警察官が到着し、私を落ち着かせてくれて、今はだいぶパニックも収まってきていた。
「他にどこか痛いところはないか……」
警察の方との話を終えた父が、私のところへ歩いてきた。
「もう……大丈夫です」
「そうか。よかった」
父は私の頭を撫でてくれた。私も少しずつ、落ち着きを取り戻していった……。
時間が経ってから……まだ心の中に引っかかるものがあった私は……急いで携帯を手に取り……ある人に電話をかけた。
(もしもし……シャーロットちゃん……)
私は彼に電話をかけた……私の最初の友達に。さっきの出来事のせいで、少し勇気が湧いたのかもしれない。今、私は彼の世界に足を踏み入れようとしていた。
「ごめんなさい!!!!!」
(え……ちょ……何かあったの!!! 急に謝ってきて……)
「ごめんなさい……私……私」
ああ……結局、言葉が出てこない。これで何度目だろう。
(何に謝ってるのかは分からないけど、まあ、もう過ぎたことなんだし、気にしなくていいよ)
「私みたいな人間が……私みたいな人間が……私みたいな人間が、西尾くんの友達になれるかな」
なぜか、涙が溢れてきた。
なぜか、こんなに嬉しいのか分からなかった。
なぜか、こんなに安心できるのか分からなかった。
(……変なこと聞くんだね。だって、もうそうじゃないか……友達だよ)
「そっか……」
今朝の討論番組の司会者は、携帯電話は私たち子どもにとって危険なものだと言っていた。
でも私にとって、電話を通して話すということは、前へ進む力をくれるものだった。もっと自分を守れるようにしてくれるものだった。
そして……「友達」という名の、あたたかい気持ちを、私に感じさせてくれるものでもあった。




